CT38|「静かな退職」を選ぶ人たち──サボりか、防衛か、それとも静かな抗議か
1. はじめに──「やめるときは、静かに去る気がする」
もし今の職場をやめるとしたら、きっと僕は、大きな音を立てずに去る気がする。
誰かを糾弾するわけでもなく、「今までお世話になりました」とだけ伝えて、淡々と引き継ぎをして、ある日ふっといなくなる──そんなイメージだ。
働きながら、心のどこかでずっと感じてきたことがある。
「頑張っても、報酬も評価もほとんど変わらない」
「線を引かないと、自分だけどんどん消耗していく」
実際、派遣エンジニアとして7年同じ現場にいると、
最初の頃の「せっかくだし、ちゃんとやろう」というスタンスから、
「ここから先は、やってもやらなくても給料変わらんよな」という冷めた感覚が、少しずつ混ざってくる。
そこから先で人が取りがちな行動の一つが、今話題になっている「静かな退職」だ。

2. 「静かな退職」とは何か──言葉のラベルを一度整理する
「静かな退職(quiet quitting)」という言葉は、もともとアメリカで2022年頃から話題になり、日本でも広く知られるようになった。
会社を辞めるわけではないが、出世や過剰な貢献は目指さず、必要最低限の仕事だけをこなす状態を指す、とされることが多い。
定時内の業務はきちんとやる
でも、それ以上の「頑張り」はもう差し出さない
心理的には、仕事への熱量が下がり、職場への期待も薄れている
日本の調査でも、「静かな退職」を
「仕事への熱意が薄れ、必要最低限の業務にしか携わらない状態」
と定義しているものが多い。
ここで大事なのは、
「サボっている」というより、「ここまでならやるけど、これ以上は差し出さない」という線引きの話だ、ということだ。
3. 日本で「静かな退職」が広がる背景
3-1. 入社してから “静か” になっていく人たち
働きがい調査を行うGPTW Japanのレポートによると、
「静かな退職」をしている人のうち、7割以上が「働き始めてから静かな退職を選ぶようになった」と回答している。
つまり、多くの人は最初からやる気がないわけではない。
入社後の経験や職場環境の変化を通じて、だんだん熱量を下げていく、という流れが見えてくる。
しかも同じ調査では、「静かな退職」をしている人の約4割が
「勤め先の環境に変化があっても、自分の働き方は変わらない」
と答えている。
ここから見えてくるのは、
会社側が慌てて「やっぱり評価するから」「制度を変えるから」と言っても、
すでに心のスイッチが切れた後では、巻き戻すのがかなり難しい
という現実だ。
3-2. 「残業をしない」ことが当たり前になってきた
パーソル総合研究所が行う「働く10,000人の就業・成長定点調査」の分析では、
2019年以降、日本全体の平均残業時間は減少傾向にあるとされる。
働き方改革やコロナ禍をきっかけに、
「長時間労働はNG」というルールが浸透し、
仕事量や残業のプレッシャーは、以前よりは抑えられるようになった
一方で、同じ調査からは、
「仕事そのものへのやりがい」
「仕事を通じた成長」
といった項目を重視する人の割合が減っている傾向も見える。
つまり、
時間は短くなったが、心も一緒に冷めている。
その結果として、「静かな退職」のようなスタンスを選びやすくなっている可能性がある。
3-3. 企業から見た「静かな退職」の広がり
エン・ジャパンが人事担当者を対象に行った調査では、
5社に1社が「静かな退職状態の社員がいる」と回答している。
特に「役職についていない一般社員」層に多い
年収帯は「400〜599万円」が最多
対応としては「給与体系の見直し」と同じくらい
「特に何もせず様子を見る」という回答も多い
「静かな退職」は、
個人の生き方の選択
であると同時に、企業が見て見ぬふりをしてきた「納得感の欠如」が表面化した現象
とも言えそうだ。
4. 「静かな退職」はサボりか、防衛か──派遣エンジニアとしての実感
派遣エンジニアとして働いていると、「静かな退職」という言葉に、少し複雑な感覚を覚える。
4-1. 最初から「やる気がない」わけではなかった
今の現場に入ったばかりの頃は、正直もっと頑張っていた。
残業もそれなりにこなし、
新しい仕事も積極的に引き受け、
自分なりに「価値を出そう」と動いていたつもりだ。
でも、
その頑張りに見合うほど給料が上がることはなかった。
多少の昇給はあっても、派遣先の社員と比べると、やはり大きな差があると感じる。
そういう年月が積み重なっていくと、
「ここから先を差し出しても、自分に返ってくるものはほとんどないのでは」
という感覚が、じわじわと大きくなる。
4-2. 「線を引く」のは、サボりではなく“自衛”
今は、むしろ残業を増やさない方向に意識的に振っている。
あまりにも割に合わない仕事は、断ることもある
新しい仕事を任されても、「それに見合う評価や条件があるか」を自然と見てしまう
その結果、人間関係的には「距離を置いている」「あまり前向きではない」と見られている可能性もある。
でも、こちらとしては「サボっている」というよりは、自分の時間とエネルギーを守るための“線引き”に近い。
静かな退職の議論では、よく
「やる気がない若者」
「サボりたいだけ」
のようなレッテルが貼られがちだ。
しかし現場側から見ていると、
「散々頑張っても報われなかった結果として、ブレーキを踏んでいる」
という人のほうが多いのではないか、と感じてしまう。
5. 「静かな退職」が抱えるリスク──個人と組織の両方で
5-1. 組織にとっての見えにくい損失
ギャラップの調査では、世界全体で従業員の約半分が「心理的に仕事から切り離され、最低限のことだけしている」状態とされ、
こうしたエンゲージメントの低さが、世界で数兆ドル規模の生産性損失につながっていると指摘されている。
日本でも、「静かな退職」が広がれば、
表面上は回っているように見えても、
新しい挑戦や改善の動きが生まれにくくなり、
長期的には競争力の低下につながる
というリスクがある。
5-2. 個人にとっての「長期的な納得感」
一方で、
「静かな退職」は個人にとって短期的にはメンタルの防御壁にもなる。
やりがいを感じないまま、全力で消耗するより、
「ここまではやる/ここから先はやらない」と決めたほうが、
心身のダメージは確実に小さくなる
ただし、その状態が長く続くと、
スキルの伸びが止まりやすい
「自分は何ができるのか」がわかりにくくなる
転職市場で自分を説明しづらくなる
という長期的なリスクもある。
「静かな退職」は、短期的には防衛だが、長期的には自分の選択肢を狭める可能性がある。
このアンバランスさが、難しいところだ。
6. 「静かな退職」に飲み込まれないために、僕らができること
ここで「静かな退職」を責めるのは簡単だ。
でも、責めたところで、
現場のしんどさが解決するわけでもない。
個人としてできるのは、
「働き方」と「自分の将来」を、丸ごと同じ箱に入れないことだと感じている。
6-1. 「今の職場での線引き」と「自分への投資」を分ける
たとえば、こんな整理の仕方がある。
この職場で、これ以上は差し出さないと決めるライン
無償の残業
評価にもつながらない追加業務
「そのうち見てくれるよ」と言われ続ける改善提案
それとは別に、自分の将来のために使うエネルギー
転職や副業につながる学び
自分の強みを言語化する作業
noteやポートフォリオとして形に残るアウトプット
「静かな退職」の一番の問題は、
職場への期待を手放した瞬間に、
自分の未来へのエネルギーも一緒に下がってしまうことだと思う。
だからこそ、
「この会社には、これ以上は期待しない」
「でも、自分の将来には、まだ期待してみてもいい」
という切り分けが、
すごく大事になってくる。
6-2. 声を上げるか、静かに去るか──選択肢を持っておく
日本では今、「退職代行」を使って静かに会社を離れる人も増えている。
古い企業文化の中で、直接言いにくい人が、新しい手段を使って職場を離れるようになってきた。
声を上げて職場を変えようとするのも一つの選択
何も言わずに、静かに離れるのも一つの選択
大事なのは、
「本当はどうしたいのか」
「どこまでなら、自分の時間と心を差し出せるのか」
を、自分の言葉で一度はっきりさせておくことだと思う。

7. まとめ──「静かな退職」を責める前に、問い直したいこと
「静かな退職」は、サボりでも美談でもない。
それは多くの場合、
「このまま頑張り続けても、報われない」
「もうこれ以上、自分だけ損をしたくない」
という、生活と心を守るための防衛線だ。
同時に、それに甘んじ続けることは、
自分の選択肢をじわじわと削っていく危うさも含んでいる。
だからこそ、問うべきなのは、
「なぜ、ここまで頑張っても変わらない設計になっているのか」
「なぜ、報酬や評価の話を、まともに交渉できない空気があるのか」
「このまま“静かな退職者”が増えても、会社も社会ももつのか」
といった、もう少し大きなレベルの問いだと思う。
そして個人としては、
「今の職場にはどこまで付き合うのか」
「その外側で、自分の将来のために何をしておくのか」
を、静かに・でも確かに決めていくことが、
「静かな退職」に飲み込まれずに生きていくための、小さな一歩なのかもしれない。

参考文献・情報源
GPTW Japan「静かな退職に関する調査2025」
(静かな退職を選ぶきっかけや、入社後の経験との関係について分析したレポート)パーソル総合研究所「定点調査から見える『静かな退職』の動向 ~背景に潜む3つの変化~」(2025年)
働く10,000人調査のデータから、「静かな退職者」の傾向や残業時間・仕事観の変化を分析したコラム。エン・ジャパン「『静かな退職』実態調査」(2025年)
人事担当者へのアンケート結果から、静かな退職状態の社員の割合や、企業側の対応を整理した調査。リクルートマネジメントソリューションズ「働く人の本音調査2025『静かな退職』に関する分析結果」(2025年)
正社員7,000人超への調査にもとづき、静かな退職者と周囲の人への影響を分析したレポート。Gallup “Is Quiet Quitting Real?” (2022–2023年)
従業員エンゲージメントの低下と「quiet quitting」トレンドを、世界規模のデータから分析した記事。Indeed Recruit Partners「データから考える『静かな退職(Quiet Quitting)』」(2025年)
価値観や意識調査のデータから、静かな退職に関係する要因を4つの設問で分析したレポート。
出典リンクの安全性について
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