工場勤務で気づいた。「仕事ができる人ほど、“人のせい”で終わらせない」
仕事でミスが起きる。
数量が違った。
置き場所を間違えた。
入力を忘れた。
確認が抜けた。
そんなとき、
最初に出てきやすい言葉があります。
「誰がやったの?」
もちろん、
事実確認として必要な場合もあります。
誰が。
いつ。
何をした。
ここを確認しなければ、
原因が分からないこともあります。
でも、
そこで、
「○○さんが間違えました。」
「じゃあ次から気をつけてもらおう。」
で終わる。
私は最近、
これだけでは同じミスがまた起きる可能性があると思っています。
なぜなら、
人を特定しただけでは、ミスが起きた理由はまだ分かっていないからです。
「誰がやった?」と「なぜ起きた?」は違う
例えば、
商品を違う場所に置いてしまった。
確認すると、
新人が間違えていた。
そこで、
「新人だから仕方ない。」
「次から注意してね。」
で終わる。
確かに、
本人が置き場所を間違えたのは事実です。
でも、
もう少しだけ考えてみる。
なぜ間違えた?
表示が分かりにくかった?
似た製品が隣にあった?
教え方が曖昧だった?
置き場所のルールが複雑だった?
忙しくて確認できなかった?
もしかすると、
本人以外にも原因があるかもしれません。
「注意してください」は一番簡単な対策
ミスが起きた。
「次から注意してください。」
これで対策完了。
よくあります。
もちろん、
本人が意識することは必要です。
でも、
私はこれを見ていて思うことがあります。
人間って、ずっと注意し続けられるのだろうか。
忙しい日。
疲れている日。
急いでいる日。
別のことを考えている日。
必ずあります。
そのたびに、
完璧な注意力を求める。
これは結構難しいと思います。
「気をつける」だけで防げるなら、最初からミスしていない
少し厳しい言い方ですが、
これも現場で感じます。
ミスした本人だって、
最初から、
「今日は間違えてやろう。」
と思って仕事をしていたわけではありません。
正しくやろうとしていた。
でも間違えた。
それなら、
「次はもっと気をつけよう。」
だけでは、
同じ条件になったときに、
また間違える可能性があります。
だから、
人の注意力だけではなく、
間違えにくい方法に変えられないか
を考える必要があります。
例えば「置き場所を間違えた」なら
Aという製品と、
Bという製品。
見た目がよく似ている。
置き場所も隣。
新人が間違えて置いた。
対策として、
「製品名をよく確認すること。」
とする。
これも一つです。
でも、
さらに考えるなら、
置き場所を離せないか。
表示を大きくできないか。
色や番号で区別できないか。
バーコードやQRで確認できないか。
間違った場所に置いたら気づける仕組みにできないか。
こうやって、
「注意する」から「間違えにくくする」へ
変えていく。
これが改善なのだと思います。
「ミスした人」を責めると、次のミスが見えなくなる
ミスをした人を強く責める。
すると、
本人は反省します。
でも同時に、
「次は怒られたくない。」
とも思います。
そして、
また何か間違えたとき。
すぐ報告するより、
「自分で何とかできないかな。」
と考えるかもしれません。
問題が小さいうちに言えない。
結果、
問題が大きくなってから発覚する。
これでは、
ミスを減らそうとして、
逆にミスが見えにくくなってしまいます。
責任をなくすという話ではない
ここは大切です。
「人のせいにしない」というのは、
誰も責任を取らなくていい、
という意味ではありません。
決められた手順を守らなかった。
確認を省略した。
何度伝えても同じことを繰り返した。
こういう場合は、
本人に伝える必要があります。
仕事には責任があります。
ただ、
「本人が悪かった」で分析を終わらせない。
ということです。
本人の行動と、
その行動が起きた環境。
両方を見る。
これが必要だと思います。
ミスが起きたら「その人以外でも起きる?」と考える
私はこれが結構大切だと思っています。
誰かがミスした。
そのとき、
「別の人でも同じミスをする可能性はある?」
と考える。
もし、
「ある。」
なら、
個人だけの問題ではありません。
仕組みに改善できるところがあります。
逆に、
誰がやっても間違えない仕組みなのに、
一人だけ何度もルールを無視する。
それなら、
個人への教育や指導が必要かもしれません。
人の問題なのか、仕組みの問題なのか。
ここを分けて考えることが大切です。
新人が間違えたときほど「教え方」を見る
新人がミスする。
「ちゃんと説明したのに。」
と思うことがあります。
でも、
説明したことと、
相手に伝わったことは別です。
一回説明した。
↓
本人は理解したつもりだった。
↓
実際にやると違った。
こんなことは普通にあります。
だから、
新人のミスなら、
本人だけを見るのではなく、
教え方も確認する。
説明だけだった?
実際にやってもらった?
理解できているか確認した?
手順書は分かりやすい?
これを見るだけでも、
次の新人への教育が変わります。
ベテランのミスにも理由がある
逆に、
ベテランがミスすることもあります。
「何年やってるの?」
と言いたくなるかもしれません。
でも、
ベテランだからこそ起きるミスもあります。
慣れているから、
確認を飛ばした。
いつもと同じだと思った。
無意識で作業した。
経験から判断して、
今回だけ違う条件を見落とした。
つまり、
新人には新人のミス。
ベテランにはベテランのミスがあります。
だから、
経験年数だけで判断せず、
何がその判断につながったのか
を見る必要があります。
「忙しかったから」は言い訳なのか
ミスの理由を聞くと、
「忙しかったので……。」
と言われることがあります。
これを、
「言い訳するな。」
で終わらせることもできます。
でも、
本当に通常より仕事量が多かったなら?
人が一人少なかったなら?
急ぎの仕事が重なっていたなら?
確認する時間が取れない状態だったなら?
そこには、
改善できる情報が含まれているかもしれません。
もちろん、
忙しければ何をしてもいいわけではありません。
でも、
忙しさがミスを起こしやすくしていたなら、それも原因の一つ。
事実として見る必要があります。
「なぜ?」を人に向けすぎない
原因を探すとき、
「なんで確認しなかったの?」
「なんで間違えたの?」
「なんで忘れたの?」
と、
本人へ質問を続けることがあります。
すると、
だんだん尋問のようになります。
だから、
人だけではなく、
仕事にも「なぜ?」を向ける。
なぜ、
確認しなくても作業できる仕組みだった?
なぜ、
間違えても気づけなかった?
なぜ、
似たものが同じ場所にある?
なぜ、
一人の記憶に頼っている?
こうすると、
改善できる場所が見つかりやすくなります。
「間違えない人」を作るより「間違えても止まる仕組み」
どれだけ教育しても、
人は間違える可能性があります。
だから、
ミスを完全にゼロにすることだけを目標にすると、
限界があります。
そこで、
一回間違えても、
次の工程で気づく。
数量が違えば表示される。
入力漏れがあれば警告が出る。
違うものを選べば先へ進めない。
こうした仕組みを作る。
つまり、
ミスをゼロにするだけではなく、ミスが大きな問題になる前に止める。
この考え方も重要だと思います。
「誰が悪い?」では改善案が出にくい
ミスが起きた瞬間に、
「誰の責任?」
という話になる。
すると、
人は自分を守ろうとします。
「私は聞いていません。」
「○○さんがこう言いました。」
「前からこのやり方でした。」
責任の押し合いになる。
でも、
「次に同じことを起こさないために何を変える?」
と考えると、
少し話が変わります。
表示を変えよう。
チェック方法を変えよう。
手順書を直そう。
置き場所を変えよう。
教育方法を変えよう。
人探しから、改善探しへ。
この切り替えが大切なのだと思います。
良い改善は「誰がやっても同じ」へ近づいていく
Aさんならできる。
Bさんだと間違える。
ベテランなら分かる。
新人には分からない。
これでは、
人によって仕事の結果が変わります。
できるだけ、
表示を見る。
手順を見る。
チェックする。
決められた方法でやれば、
誰でも同じ結果になる。
そんな状態へ近づける。
これが標準化だと思います。
人の能力に頼る部分を、
少しずつ仕組みに移していく。
すると、
教育もしやすくなります。
ミスは「悪いこと」だけではなく、改善場所を教えてくれる
もちろん、
ミスは起きない方がいいです。
品質。
安全。
納期。
お客様。
影響が出る可能性があります。
でも、
起きてしまったミスを、
ただ、
「○○さんが間違えました。」
で終わらせるのは、
もったいないと思います。
なぜなら、
そのミスは、
今の仕事の弱いところを教えてくれている可能性があるから。
分かりにくい。
間違えやすい。
忘れやすい。
確認しにくい。
そこを直せば、
次の人のミスを防げます。
管理する側ほど「人」より先に「仕組み」を見る
現場を管理する立場になると、
問題が起きれば、
当然対応しなければいけません。
誰が。
いつ。
何をした。
事実確認は必要です。
でも、
その次に、
「この人に注意して終わり。」
ではなく、
「この仕事のやり方に改善できるところはないか。」
を見る。
人を変えることは難しい。
でも、
表示。
配置。
手順。
確認方法。
教育方法。
こうしたものなら変えられることがあります。
そして、
仕組みを一回変えれば、
一人だけではなく、
そのあと仕事をする人全員に効果があります。
おわりに
仕事でミスが起きると、
どうしても、
「誰がやった?」
となります。
責任を確認することは必要です。
でも、
そこで終わらない。
なぜ起きた?
別の人でも起きる?
分かりにくいところはなかった?
確認しなくても進める状態ではなかった?
もっと間違えにくくできない?
そこまで考える。
本人には、
必要なことをきちんと伝える。
そして同時に、
仕組みも変える。
この両方が必要だと思います。
「次から気をつけます。」
だけで終われば、
次も人の注意力に頼ることになります。
でも、
一つ仕組みを変えれば、
次に同じ状況になった人を守れるかもしれません。
仕事ができる人は、
ミスをした人を見つけるのが上手な人ではありません。
ミスが起きた場所から、“仕事の弱点”を見つけられる人。
そして、
「誰が悪かったか」だけではなく、
「次はどうすれば、誰でも間違えにくくなるか」
まで考えられる人。
工場で改善を続けるうえで、
この考え方はとても大切なのではないかと感じています。
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