東海道を歩いてみよう!京都三条~大津宿
東海道を歩く、阪急バスツアーに参加してきました。道中ガイドさんに、本当にたくさんのことを教えていただき、できる限り覚えておきたいと思いましたので、とめどなく記録のような、日記のような…。
京都三条大橋~山科駅
スタートは京都三条大橋の広場。(ここまで名古屋からバスできました。)まずはこの河原で準備体操をして出発しました。








京都で、お酢はもともと染物とかでも使われていたそうです。

こっわ…
☆そして、このあたりのインクラインについて…。
昔、京都の空気が悪いぞ!と、琵琶湖の水を引いて整備をするために作られたもの。この際、途中で峠があるため船をひけない…という問題を解決するために作ったのが線路。この上に船を置き、引っ張って持って行った。田辺拓郎という人物が責任者(当時21歳!!?で東京帝国大学出身)

ちなみにここらへんには、太平洋戦争中空襲でやってきた戦闘機を落すための砲台もあった。
日野岡峠…地名の由来は、京都に太陽が昇ったとき、最初に当たるのがここらへんだったから。







山科駅→三井寺(昼食)
バスに揺られて15分くらい…。着いたのは三井寺の隣にあります、風月さんです!





昼食後は、また山科駅まで戻り、ウオーキング再開です!
山科駅~滋賀に入るところまで

由来が、山科駅の前は棚田の影響で斜めになっているため、とのこと。





☆ちなみに、かなり健脚な飛脚さんだと、江戸から大阪まで平均3日で着いていた。ただリレー方式です。さすがに…。
ただ、いつ出発するのかなど保証はされていなかったので、もしこれを保証してもらうとなると、かなり割高のよう。



ここから県境を越えて滋賀に突入だ~!
~大津宿




このあたりの道はかなり変わってしまったが、明治期の画家橋本関雪が土地を買って、この寺のあたりは保護されています。小野小町が住んでいたとされる場所も保管されているそうです。






よく和歌でもうたわれますね。




トンネル→両方から掘った。ずいどう→片方から掘った。
という違いがあるそうです。












だいたい6時間くらいのウオーキングだったんですが、情報量がありすぎて、本当にあっという間!!と感じるくらいの充実さでした。というより、ガイドさんの知識がすごすぎる…。歩く中で、どんどん歴史の話やその土地の話がポンポンでてきて圧倒されてました…。すごい…ありがとうございます…。(途中から脳みそキャパオーバーしててメモることすらできなかった)
これから26回にわけて、日本橋の終着点にむけてツアーが組まれているらしいです。またどこかの回で参加したいな、と思いました。
おまけ~バス内で聞いた話~
※完全にメモ用です。
☆名古屋から向かっている最中にみえた車窓からの鈴鹿山脈にみえる方向には中山道がある。
☆関ヶ原の戦いが終わったあと、江戸幕府はすぐに街道の整備に取り掛かった。
→理由として、江戸から(幕府)京都まで(天皇がいる)、スムーズに物資や情報が行き渡るように。
☆五街道…甲州街道や中山道など
☆すべての起点は日本橋!
☆一番古いのは奥州街道(最終ゴールは青森)
☆五畿七道…奈良時代から一応整備はされていた。(東山道や山陰道など)
☆宿駅伝馬性…宿場ごとに役所を立てて、都と江戸をつなぐ
☆モネやゴッホは広重のファンだった…空の色など青色が魅力的だった(広重ブルー)
☆大津絵…昔は教訓を書いてお土産として渡していた。(良縁とか夜泣き防止とかも)
