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「神を売った男」


プロローグ 完成版 銀貨が石畳に散らばった。 三十枚。それだけの重さで、私の名前は永遠に刻まれることになった。 神殿の柱の影から、祭司たちが私を見ていた。
憐れむような、蔑むような目で。
その中に、幼なじみの顔があった。
共に泥の中で遊び、共に星を見上げた男だった。
彼は私の目を見なかった。ただ地面に転がった銀貨を見ていた。
その視線が、思いのほか深く刺さった。
覚悟はしていた。悪魔と呼ばれることも、唾を吐きかけられることも。それは最初から分かっていた。
しかし彼の目が、こんなにも冷たくなれるとは。
人間とはそういうものだと頭では分かっていても、胸の奥が静かに痛んだ。 私は彼らの視線を背中に感じながら、外の光の中へ歩き出した。 振り返らなかった。
ふと気づくと、指先が震えていた。しかし心はどこか静かだった。痛みも後悔も、恐怖さえも、不思議なほど感じられなかった。 おかしいと思った。
私はそれを分析するように、自分の内側を探った。怖いのか。怖くないのか。指は震えているのに、心が震えていない。その奇妙なずれが、かえって不安だった。やはり私は怖いのかもしれない。ただそれを感じるには、今の私はあまりにも遠いところにいた。
エルサレムの朝は白かった。
石畳の上に伸びる私の影が、やけに長く見えた。頬に風が当たった。それがどこか心地よかった。
イエスはもういない。 その事実だけが、乾いた風の中に立っていた。
彼奴が裏切ったのか。
そう問う声がどこかから聞こえる気がした。
群衆の声か、祭司の声か。 私は答えなかった。 答える必要がなかった。私がしたことの意味を知っているのは、この世でもう一人しかいない。そしてその人間は今、十字架の上にいる。 銀貨の音がまだ耳の中で鳴っていた。 あれは裏切りの音ではない。私だけが知っている。あの音は、愛が形を変えた音だった。

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