「常識」という鎖に縛られている人へ。
「常識」という鎖を、少しだけ緩めてみる
私の記事で何度も書いている内容ですが、今回は「常識」という鎖につながれている人の、その鎖を少し緩める、もしくは開錠するための、私なりの考え方を書いてみたいと思います。
少しでも、日々の生きづらさが変わればいいと思っています。
そもそも「常識」とはなんでしょうか?
「そんなの分かるわ!」と言われそうですが、その「分かるわ!」という感覚こそが、常識そのものだったりします。
多くの人が共通して認識していること。誰に聞いても一般論として答えられること。社会生活の中で秩序を保つために必要なこと。
おそらく、みなさんが考える「常識」とは、そんなものではないでしょうか。
そして、この常識から外れてしまうと、人は「変な人」「世間知らず」「常識がない人」と見られてしまいます。
変な目で見られたくない。
馬鹿にされたくない。
仲間外れになりたくない。
そんな人間心理があるからこそ、私たちは無意識のうちに常識へ合わせようとしてしまいます。
でも、この「常識」という言葉に苦しめられている人が、大勢いることをご存じでしょうか。
もしかしたら、その当事者はあなたなのかもしれません。
私自身、間違いなく「常識」にとらわれ、そして苦しんできた人間です。
世の中には、常識にうまく適応できる人もいます。
一方で、そもそもそんなフレームワークに入りたくない人もいます。
人間の考え方や感じ方は、それくらい違います。
だから私は、万人に適応できる「常識」なんて存在しないと思っています。
それなのに、多数派の考え方が正しいように扱われる。
学校でも「みんなと一緒」「協調性」「周りに合わせる」「はみ出さない」といった価値観を学びます。
もちろん、それらが必要な場面もあります。
でも、それが苦しい人にとっては、たまったものではありません。
だから、今の私の価値観から言えば、そんな常識は無視していいと思っています。
嫌われるのが怖いかもしれません。
仲間外れになるのが怖いかもしれません。
「変な人」と思われるのが不安かもしれません。
でも、大丈夫です。
今はインターネットがあります。
昔のように、狭いコミュニティから外れたら、すべての人間関係を失うような時代ではありません。
自分と同じ考え方を持っている人は、探せば世界中にいます。
つながろうと思えば、いつでもつながれます。
そもそも「常識」というものは、意外と狭い範囲で成立しているものです。
その会社での常識。
その学校での常識。
その地域での常識。
その家庭での常識。
そのコミュニティの中では当たり前でも、少し外に出れば誰も知らない。
そんなことはいくらでもあります。
つまり、自分の周りにある「常識」が、世界全体から見れば、ただのローカルルールだったということもあるわけです。
そして今は、その常識を疑うための手段がいくらでもあります。
インターネットで調べてもいい。
本を読んでもいい。
海外の人の考え方を知ってもいい。
違う文化に触れてもいい。
そうやって少し視野を広げるだけで、「あれ?今まで当たり前だと思っていたことって、別に当たり前じゃなかったんだ」と気づくことがあります。
だからこそ、自分の周りにある常識を一度疑ってみてもいいと思うんです。
もちろん、人を傷つけたり、恐怖を与えたり、誰かの権利を奪ったりするようなことまで「自分らしさ」で正当化していいわけではありません。
そこは別の話です。
でも、自分にとって大切なことが、周囲の常識から外れている。
ただそれだけなら、無理に自分を周りへ合わせなくてもいいのではないでしょうか。
むしろ、世の中を変えてきた人たちは、最初から「常識的な人」だったのでしょうか。
私は違うと思います。
今では偉人と呼ばれている人たちも、その時代には「変わった人」「非常識な人」と見られていたことがあります。
新しい考え方というのは、既存の常識を疑うところから生まれることがあります。
たとえばアインシュタインも、それまでの物理学をすべて否定したわけではありませんが、ニュートン力学では説明しきれなかった問題に向き合い、時間や空間、重力について新しい考え方を提示しました。
当時の「当たり前」を疑ったからこそ、新しい世界の見方が生まれたわけです。
だから私は、あなたにも少しくらい「非常識」であってほしいと思っています。
自分が好きなことをやっている。
自分が満足している。
誰かを傷つけているわけでもない。
それなら、周りから「変わっている」と言われても、
「そうですか。まあ、私はこれが好きなので」
くらいでいいんじゃないでしょうか。
もしかしたら数年後、数十年後、あるいは自分が亡くなった後に、その生き方が誰かに評価されることだってあるかもしれません。
実際、亡くなった後になって評価され、後世に名前を残した人たちはたくさんいます。
もちろん、偉人になれと言いたいわけではありません。
そんな大それた話ではないんです。
ただ、自分の人生くらい、自分の価値観で生きてもいいんじゃないか。
私はそう思っています。
「みんなと違う」
それは欠点ではありません。
「人と違う考え方」
それは、もしかしたらあなたにしか持っていない宝なのかもしれません。
だから、もし今あなたが「自分は周りと違う」と悩んでいるなら、一度立ち止まってみてください。
その違いを、無理に消す必要なんてないのかもしれません。
人と違う考え方は「宝」です。
そして、
そんなあなたも、きっと「宝」なんです。
