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大人だって泣いていい。泣き虫は恥ずかしくない。

 昔はよく泣きませんでしたか?お父さん、お母さんに怒られて泣く。先生に叱られて泣く。友達と喧嘩したり、悪口言われたりして泣く。これはみなさん経験するんじゃないでしょうか。
 わたしが思うに、「泣く」という行為は心の防御なんです。私の解釈ですが、泣くという行為をすることで心のダムから放水するイメージですかね。つまり、ダムにはストレスや感情という「水」の受け皿(ダム)が存在していて、そこには常に「水」が供給されている。子供の頃は、このダムが小さいからすぐに放水しなければならなくて、すぐに泣く。大人はこのダムが比較的大きくなっている感じですかね。(イメージであり、科学的な観点でのお話ではありません)
 だから子供の頃はよく泣くんだと思います。しかも感受性が豊かで、自分の感情にも素直に反応します。これらのことを大人は意外と羨ましいと思うかもしれません。今日はそんな大人の方への処方箋です。

泣く事は恥ずかしいことじゃない

 大人になると「泣く」という行為が恥ずかしい事だったり、情けない行為だと意識すると思います。「大人なのに泣いてる」、「弱い大人」なんていうレッテルを貼られたくないから、必死で泣くことを我慢する人もいるかもしれません。
 結論から言えば、「どんどん大人ほど泣け」です。もちろん仕事中などに、業務が回らないほど感情的に泣くのはどうかと思いますが、おうちに帰って泣く、トイレで泣く、車の中で泣く。大いに結構なことだと思います。
友達の前でもいいし、家族の前、なんなら自分の子供の前で泣いてもいいと思います。不思議なくらい楽になりますよ。大人だからって我慢しなくていいんです。「大人」という言葉に縛られる必要なんかないんです。もっとも人間らしくていいじゃないですか。
 現代人は「感情」が乏しいと思います。喜怒哀楽は、どの感情も無くしてはいけないと思っています。なんとなく世の中的に、喜怒哀楽の喜びと楽しみは肯定されるのに、怒りと哀しみは否定的ですよね。本当は人間らしさは、怒りと悲しみに出ると思うんです。
 本来、怒りっていうのは自分という存在を守るために持つもので、哀しみという中から思いやりや反省が生まれると思います。

私自身が泣いてはいけないに囚われていた

 私自身がこの「泣いてはいけない」に囚われていた経験あります。しかも、「大人」と「男」の二重苦だったと思います。大人の男は人前で泣かない。そんな価値観をいつ覚えたかわからないですが、泣くという行為に非常に抵抗がありました。男が泣くのは「男泣き」という、いわゆるかっこいい泣き方でなければならないみたいな。高校球児が負けて泣くようなイメージですかね。なんとも視野が狭かったと感じます。
 そんな私は我慢に我慢を重ねて「うつ病」かかります。何年も苦しみましたね。当時うつ病の原因って、自分で分からなかったんです。嫌な人がいるわけでもないし、仕事が特別辛いわけでもない。だけど、会社に行くと吐き気や蕁麻疹がでる。
 結論からいうと「ダム」が満杯だったんだと思っています。嫌いな人がいないんじゃなくて、嫌いな人と思わないようにしていたり、仕事に対して無理やり意味を持たせていたり、本当は嫌だったんだと思うんです。だけど、「いい人」や「大人」な自分を演じて生きていたので、決壊してしまったんです。この時少しでも「泣く」ことができる自分なら違う未来もあったかもしれません。(決して今を悲観はしていません)

妻の前で大泣きした

 私は休職中も自分の殻といいますか、自分の弱さを周りに見せないようにしていました。よく考えれば、休職しているのに強がるとか意味不明ですよねwでも、ある時妻が言ったんです。「あたしが働くから、しばらくゆっくりしなよ。ぽんの弱さも強さもすべてひっくるめて結婚したし、また復活するのわかってるから。あなたはできる人だからって」。マジ大泣きしましたね。なんだろう、書いていて泣けてくるwそれぐらいうれしいというか、心に刺さったんですよね。
 私は他人に本当に自分を隠して生きて来たんです。面白い自分、強い自分、器の大きそうな自分。全部無理して演じてたんです。妻から弱さをまず言われ、妻にはわかっていたし、実はみんな分かっていた。その瞬間、心の鎖が外れた気がしました。そんな自分でも受け入れてもらえると。
 未だに悩みもするし、仕事も続かないけど、人生を悲観せず、楽しく生きているのは妻のおかげです。


 

今の自分

 そこから私よく泣くようになりましたw子供みたいにえんえん泣かないけど、映画見て泣く、本音で友人と語って感極まって泣く、綺麗な景色を見て感動して泣く(この感性が自分にあってびっくりでした)。なんか生きているって感じです。泣くことにフォーカスしていますが、感情表現が豊かになりました。感情は大事ですね。人前ではコントロールしますが、解放するときはとことん解放します。人間らしい生き方ってこういうものなんだと思います。

結論

 現代社会では感情を殺し、一生懸命自分のキャラや存在を守ろうとしている人が多いと思います。わかります。数年前の自分もそうでした。でも、生きていてそれで楽しく暮らせていますか?人間が人間らしく暮らせる瞬間って、本当に自分を理解してもらったり、理解されなくても自分自身で肯定できたときだと思います。
 息が詰まりそうになって生きている人に少しでも、ダムからの放水の助けになればと思います。

では。



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