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I thinkが伝わらない💦

コミュニケーションでは、語気の強弱は意外と大きい。

同じ言葉でも、強く聞こえたり、柔らかく聞こえたりする。言い方と、言われ方の解釈は、かなりズレることがある。

もう一つ気になるのは、言葉と語気の相性みたいなもの。

例えば、柔らかい表現のつもりでも、相手には圧や否定に聞こえることがある。

以前、少しショックだったのは “I think” が通じなかったこと。

こちらは「一つの考え」という感覚だった。でも相手には、そうは聞こえていなかったらしい。

言葉そのものより、語気や空気の方が先に届く場面は、結構あるのかもしれない。

今もアメリカの大学の授業スタイルは変わらないと思うが、グループでのやりとりが多い。もちろん科目にもよるのだろうけれど。

Freshman と呼ばれる大学一年の時、いきなり椅子を動かして六人くらいの小グループを作る授業が多かった。

アメリカ人の学生は、高校時代からそういうスタイルに慣れているのだと思う。

一方で、日本から行った自分には結構きつかった。

何を話せばいいのか、どのタイミングで入ればいいのか、距離感がわからない。

不思議なのは、社会人になった今でも、初対面同士の研修で突然グループトークになると少し身構えてしまうこと。

とある授業でのこと。

自分の説明にそこまで自信があったわけではない。つたない英語で、とにかく “I think, I think” の繰り返しだった。

でも今思えば、弱めの語気と “I think” の相性があまり良くなかったのかもしれない。

グループのメンバーから、

“How can you be so sure?”
「なぜそんなに確信があるのか?」

“Are you sure? On what basis?”
「本当?どんな根拠で?」

と返された時は、もう二の句が出なかった。

こちらとしては、「自分の考えを述べる時は I think を使う」と習ってきたし、それが自然だと思っていた。

でも相手には、「控えめ」ではなく、逆に「強く主張している」に聞こえていたらしい。

言葉は合っていても、語気や場の感覚までは一致していなかったのだと思う。

そのグループで、不思議なことに誰も “I think” を使わなかった。

自信なさげに “I guess”。
遠慮気味に “I suppose”。
少しマウント気味に “I’m sure”。
根拠を聞かれる前に予防線を張るような “I would assume”。

「なんじゃこりゃ???」と思った。

英語は “I think” を使えばいい、と単純に考えていた自分には、かなり衝撃だった。

でも実際は、みんな細かく語気を調整していた。

言葉を選んでいるというより、温度や立ち位置を選んでいたのかもしれない。

世の中、 “I think” だけではなかった。

もちろん、それは日本語だって同じなのだと思う。

「〜だと思います」だけで済む場面もあれば、

「〜かもしれません」

「〜という気もします」

「〜ではないでしょうか」

みたいに、微妙に温度を変えている。

当時の自分は、英語にもそういう細かな選択肢があることを知らなかった。

ただ文法的に正しい表現を覚えるだけでは足りなかったのだと思う。

できれば、そういう“語気の選択肢”も事前に学んでおきたかった。


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