教室のアリseason1 小さなカラダの大きな夢
前書き
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。オレの生活はみんなが落とした大きな給食を食べ、寝る。それだけだ。のんきに見えるが二日ごとに、オレの身に危険が迫ってくる。それは、そうじの時間だ。死んでしまうのではないかと思ったのは一度だけではない。オレの何倍も何十倍もあるホウキに捕まえられ、引きずられ、ちりとりに流し込まれたんだ。ラッキーなことにそこからオレの足の速さをいかし逃げ切ることができたが、あの時、子供に見つかり、オレの体よりもでかい目で睨みつけられたら、怖くて動けなかっただろう。
でもアリには、人間とは全く違う視点で物事を考えられるんだ。オレは小さい。人間が使っている消しゴムも、筆箱も体の何倍もある。ものさしはときどき道路にもなるぞ。
オレの楽しみ、悲しみ、苦しみ、いろいろ全部をいまから話すぞ。
第1話 「4月9日」 〈絶望の初給食〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。いつもの場所は窓側の前、先生の机のうしろのあたりだ。そこにいる理由はただひとつ、「給食を配る場所に近い」からだ。先生のよこ顔や怒った顔を観察しつつ、ひたすら、じっとお昼を待つんだ。12時25分を待つんだ。
今日は4月9日、もう我慢できないくらい待ったこの日がやってきた。もうみんな分かるよな。今日からやっとやっと給食が始まる。3月24日から給食はお休みだった。5年2組は大掃除をていねいにやったせいで、砂糖ひとつぶ、落ちていなかった。だからオレはじっとしていたんだ。無駄な体力は使えない。そういえば、先生がクマの冬眠を教えていた。オレを見つけて、オレを観察すればいいのにと思っていたよ。
6人で机をくっつけているその時、匂いと一緒に扉が開いた。大きい体の子も小さい子も同じように、同じ量が配られていく。メインはクリームシチューだが、オレはそれには興味がない。狙いはただひとつ、寒天ゼリーだ!詳しく言えば、寒天ゼリーを配るときにこぼれた「汁」だ!36人に配膳される間はまだ動かない。チャンスは給食係が「いただきます」を言った後、子供たちが一心不乱に食べているそのときだ。
結論を先に言うよ。この日は大失敗だった。新学年、新学期だから子供たちは丁寧によそいやがった。ただ一滴、配膳の時にこぼさなかった…「危険エリア」、みんなが食べている机の下に行くか迷った。ぺちゃクチャ話して、おかわりをする男の子の周りには多少、「汁」がある。だけど、幸いにもまだオレは体力があった。あと2日はもつはずだ。シチューと寒天ゼリーの匂いだけを嗅ぎながら、教室の隅、いつもの場所に戻った頃、5限が始まった。
第2話 「4月10日」 〈サステナブルとオレのエサ〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。「汁」を食べ損ねた翌日、教室は「どよーん」としていた。なんでかな?理由は3限にわかった。今日は「道徳」がある。それも、3.4限連続だ。「道徳」は人気がない。長年、授業を聞いているが「答えはみんなそれぞれの考えです」と言いながら「ひとつの答え」になんとなく導いている感じがしていたし、子どもたちもうすうすそれをわかっている、そんな気がしていた。この日のテーマは「サステナブル」だって。オレに言わせればいまさらだよ。人間がこぼしたり、捨てたりした食べもので生きているんだもん。アリは「サステナブル」。でも、踏まれたら一瞬であの世だ。
先生は熱くしゃべっていた。
「モノを大事に使いましょう。えんぴつや消しゴムは最後まで使いましょう。買い物をする時は、材料を確認して、長持ちするものを選びましょう。ビン缶、ペットボトルはリサイクルしましょう」。ずっと昔から教えていた〈モノを大事に〉を〈サステナブル〉に変えて、いかにも今、一番大切なこと感を出した。そしてどんどん、眠そうな子どもたちを起こすように声が大きくなり余分なことを言った。「食べ物は残さず、キレイに食べましょう」。やれやれ、である。
12時25分から13時の間、オレはまた何も食べられなかった。5年2組はもともと、おとなしい子が多いようだ。おかわり競争もそんなに激しくない。休みの人のゼリー争奪じゃんけんの声も小さめだ。新学年の始まりは残飯なし。つまり、オレの食べ物なし。
だから決めた!あしたは、遠征だ。
第3話 「4月11日」 〈決死の給食大作戦〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。今日はこの教室を飛び出す。正確に言うと「飛び出さなければ死んでしまう」。おとなしく、ムダ話をせず、残さずキレイに給食を食べる5年2組ではオレの食欲は満たされない。だから、遠征することにした。目的地は1つ下の階の1年3組だ。
4限の授業中、黒板の真下の壁際をはうように進んだ。チョークの粉さえも砂糖に見えてきた。空腹は限界のようだ。教室を抜け出し、階段を降り、1年3組に入ったのは12時20分、4限はもう終わる。オレは字が少ししか読めない。でも、人間の言葉はわかる。4限終了のチャイムが鳴った。「今日はパンの日だね!」、新1年生は2度目の給食にウキウキしている。オレもウキウキしている。刈り上げ頭の男の子が言った、「きな粉揚げパンって何?」。その瞬間、オレの心は高鳴った。長年この学校に住み着いたオレにはわかる。一番おいしく、一番「こぼす」パンだ!
「いただきます!」、36人の子どもと先生と一匹のアリが一斉に食べ出した。狙いはろうか側、なぜなら窓から入ってくる春の風がきな粉をろうか側の壁に流してくれる。オレは食べた。子どもが大きな口に詰め込もうとすればするほどこぼれるきな粉を食べた。18日ぶりの食事は、それはそれは美味しかった。美味しさは空腹に比例する。「待つのも食事だよ」って小さい頃に言われたような、言われなかったような…丈夫な屋根の下、1日3回、何不自由なくごはんを食べる。それが普通だと思っているから、美味しさを少し感じないのではないか?そう言えば、職員室に侵入した時、先生たちが言っていた。「運動会のあとのビールは、美味しいよね!」って。だから5限が体育の日より4限が体育の日の方が食べている子どもも美味しそうだ。そう見える。話がそれた。
階段を登り5年2組に戻って、ろうか側の壁を歩いたけどきな粉は落ちていなかった。このクラスはダメだ。オレにとってはダメだ。でも、人間の常識ではいいクラスなのだろう。こばさない。残さないのだから。人間が考える正しさはオレにとっては正しくない。こぼせ!残せ!子どもたち。ひとりぼっちのオレのために!
あ、オレってなんでひとりぼっちなのか…それについても話さないと。
第4話 「4月12日」 〈仲間との別れ 孤独の始まり〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。
本当に昨日はいい日だった。我ながら1年生の教室に遠征を思いつくなんて天才だと思ったよ。これで10日は腹がもつ。
改めてだけど、オレは一匹狼だ。正しく言うと一匹アリだね。でも数年前までは仲間がいたんだ。女王さまのためにせっせと働いていた。列をなして、甘いものを運ぶ役割だ。グラウンドの隣が公園で、子どもたちがセブン-イレブンで買って、食べて、捨てたりこぼしたりしたお菓子を狙っていたんだ。芝生の隅にある穴が「巣」だった。それはそれは平和な日々だったよ。そんな「平和」が終わったのは突然だった。原因を作ったのは「シロツメグサ」そう、王冠とかネックレスとか作る、春先に咲く白い花。公園ができた頃は(ほとんどの公園がそうであるように)長めの芝生がキレイに植えられていた。でも(ほとんどの公園がそうであるように)踏まれて、冬になり、はげて、春にはいろんな草が生えてくる(雑草って言葉はあんまり好きじゃない)。その一つが「シロツメグサ」だった。まぁ、クローバーだね。「シロツメグサ」は強い。年々、そのエリアはひろがってくる。春が来るたびに白が多くなって、緑が少なくなった。嫌な予感はしていたんだ。
上下お揃いの作業服を着たおじさんたちが、リュックみたいなタンクを背負ってやってきたのは数年前の5月の終わりだと思う。オレは少し離れたところで、「グミ」を運んでいた。その時、おじさんたちは公園の隅に集合して、何やら話をした後、長い棒の先から色のついた水を撒きはじめたんだ。5人で横一列に並び公園の端から、丁寧に、まんべんなく…。おじさんの目はサングラスで隠れていたけど、なんか怖かった。おじさんたちから巣までは約150メートル。オレはさらに50メートル遠い200メートルのところにいた。オレは足が遅い(アリの中では速いけど)。迷った…グミを捨て全力で走って仲間に伝えるか、諦めるか。走っておじさんたちを追い越す自信はない、おそらく無理だ。諦めるのは簡単、走ってもオレも巻き添えになるかもしれない。ちょっと触れただけで命の危険がありそうな液体だと思う。だって、芝生は枯れず、シロツメグサだけ枯らしてしまう不思議な水なんだもん。人間は恐ろしいものを作る。オレからみれば同じ人間なのに、殺し合う武器だって作るらしい。とにかく、オレは巣に向かうことにした。
結論から言うよ。巣は…巣の中にいる女王様と仲間は、全滅した。黙って、横一列で、液を撒き続けるおじさんたちはそんなに速くないけど、オレはもっと遅かった。オレの速さはみんなわかるよね。色付きの液体が巣に流れ込んでいくのを20メートルくらい遠くから見ていたよ。溺れてしまったのか、毒の成分が入っていたのかはわからない。でも、夕方になって巣を見にいった時には心が絞られるみたいにギューと寂しくなった。悲しかった。誰にも聞こえないだろうけど泣きわめいた。
「シロツメグサが生えてても、いいじゃん!」
もし、毒素が入っていたとしたら公園にはもう住めない。だからオレは学校の教室に向かったんだ。もしかしたら、逃げることができたり、遠くに食べものを探して巣にいなかった仲間と会えるかもしれない。そう思いながら歩いたけど、誰とも会えなかった。すれ違ったのは、蚊とか蜂とか、空を飛べる虫だけだった。「空を飛びたい」。生まれてから一番そう思ったね。
こうして5年2組の一員になったオレは、それ以来いろんなことを勉強していったんだ。人間のルール…子どもたちが考えていること…そのほか、楽しいこと、悲しいこと、いろんなこと。
第5話 「4月15日」 〈デシリットルと不信感〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。新学年も2週目になってみんな新しいクラス、仲間、先生に慣れてきているようだ。オレは先週のきな粉揚げパン大食いのおかげですこぶる機嫌がいい。子どもたちがこぼしたほんの少しのソーセージの破片をいただくだけで十分な生活をしている(5年生でも少しはこぼす)。さて、オレがなぜ5年2組にいると思う?1年でもなければ6年でもない。それは「ちょうどいい」からだ。低学年の騒がしさもなく、6年生のピリピリ感もなく(人間の世界には〈受験〉と言うのがあるらしい)、国語も算数も社会も理科もオレのレベルに合っている。もちろん、1年生から6年生まで一通り見学して、考えて、5年に決めたよ。そうやって〈授業参観〉をしていて一番混乱したのは2年生の算数だった。
2年くらい前かな、オレは給食室から近い2年3組で〈授業参観〉をしていた。先生は言う「このあと、みなさんが給食で飲む牛乳は200ミリリットルです。何人飲んだら1リットルでしょう?」。子どもたちは大声で答えた「5にーーん」。先生「正解」「ではみなさんは給食で何デシリットル飲むでしょう?」。生徒「20!」「2!」「…」「わかりませーん」。正直、オレもわからない。デシリットルってナンダ?面白いことに、デシリットルという言葉が出てきてから日にちが経つと、子どもたちの集中力が薄れた感じがした。大袈裟にいうと先生への視線に変化があった。ここからは推測。①デシリットルについての宿題がでる。②家でデシリットルについての話になる。③親が、「デシリットルなんて、一生使わない」と言ってしまう。④子どもたちが大人になって使わないことを学校は教えるのか?と不信感が湧く。と、言ったところだろうか?オレにとってはミリリットルもデシリットルもリットルも〈多い〉のひとくくりだ。きな粉揚げパンの大きさの価値が人間とアリで違うように…ま、デシリットルは先生も子どもたちも親も不幸にしたってことだな。※日本デシリットル協会(もしあればだが)の方すみません。
そんなこともあり、オレは5年2組にお世話になることにしたんだ。おっと、今日は全編ズレてしまった。まぁ、オレはいろいろ全部話すって最初に言ったからこんな回があってもいいか(笑)。さて、これもオレの個人的な感想だから間違っていたら申し訳ないが、最近暑いよな?人間に壊された「巣」も昔よりは深く掘らないといけなくなるくらいだった。あと、子どもたちが頭に紐を巻いて、やたら走ったり、騒いだり、親も騒いだりする日が早くなった気がするんだ。その日は年に1回しかない。オレにとってもビッグイベントだ!
第6話 「4月19日」① 〈ランドセルの大冒険〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。本当に平和な1週間だった。子どもたちは仲良しグループもできて、給食の時にはみんなおしゃべりをして楽しい雰囲気。配膳の時も、「多目〜!」「少なめ〜!」などリクエストを出すので、よそう時にちょっとだけどこぼしてくれる。それをいただいて、オレは満腹だ(運ぶ「巣」が無いのは悲しいけれど)。給食のあと、5限は体育。みんな元気に飛び出していったよ。教室に一匹残されたオレは窓からグラウンドを眺めていた。オレはその時、涙が出るくらい懐かしい光景を目にしたんだ。
〈アリも人間もやっていることは、『同じ』??〉
子どもたちは9人ずつ4チームに分けられた。すると、身長と同じくらいの柔らかそうなボールを先生が持ってきた。9人はさらに3人グループになった。そしてなんと、先生の合図でそのボールを転がしてリレー競争をはじめたんだ!これには本当に驚いたよ。オレたちが女王様のために毎日やってきたことと全く同じではないか!!子どもたちはとっても上手だったよ。元気に声を出してタイミングを合わせながら手で押して転がすんだ。オレたちと違うところは「手」を使うところ。オレたちは「口」で運んでいたよ。歩くのに6本の足が必要だからね。子どもたちは曲がるのに苦労していたけどすごいスピードだった。あとからわかったこと…これは「子どもたちが頭に紐を巻いて、やたら走ったり、騒いだり、親も騒いだりする日」の練習だったみたい。その練習風景をずっと見ていたら、「みんなと一緒に遊びたい」「子どもたちと友だちになりたい」。そんなキモチが芽生えてきた。活躍していたのは、体が大きく元気なダイキくんだった。転がすパワーがすごかったし、思い出してみると給食もよく食べる(よくこぼすのでお世話になっている)。
〈ダイキくんと友だちになりたい〉
ダイキくんにはある噂があった。「給食の残りをランドセルに隠して、持って帰るらしい。」アリの世界ではそれが良いことなのか悪いことなのかはわからない。ただ一つ言えることは、もしそれが本当ならランドセルにはオレの好物が詰まっているということだ。オレの計画はこうだ。ダイキくんがランドセルに給食の残りを入れる瞬間を見届ける。6限の途中、ランドセルに忍び込む。ダイキくんの家に行き、晩御飯をご馳走になる。(できたら友だちになる)。翌日、ランドセルの中に再び隠れて、5年2組に運んでもらう。
この時はいい作戦だと思っていたんだけど…
第7話 「4月19日」② 〈絶望と歓喜のランドセル〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。
〈ランドセル大冒険スタート!〉
給食が終わり、みんなが片付けをしているとき、オレはずっとダイキくんの動きを観察していた。観察なんて言葉じゃない、ジーっと見ていた。噂は本当だった。休みの子どもの余ったパンのジャンケンに勝ったダイキくんは、その半分とジャム(ビニールの小さな袋に入っている)を素早くランドセルに押し込んだんだ。誰にも見られないようにね。だからオレはダイキくんのロッカーの場所も確認できた。「ランドセル大冒険」決行の時間は近づいてきた。6限開始のチャイムが鳴る、科目は社会。先生、「日本はこの場所にあり、海に囲まれています」。オレは海をみたことがない。死ぬまでに海を見られるのだろうか?シロツメグサの件で死んでしまった仲間は海を見られなかった。果たしてこの学校から海まではどのくらいあるのだろう?それもわからない。幸いなことにオレは海や外国の写真を授業で見ることができる。エベレストもアマゾンもサハラ砂漠もだいたいわかるし、行った気にはなれるというわけだ。話がそれた。
〈忍び込め!ダイキのランドセルへ〉
いつもの場所(教室の黒板に向かって左の前の隅)から窓ぎわに沿ってダイキくんのロッカーに向かった。願いはひとつ、「子どもたち!えんぴつや消しゴムを落とすな!」ただそれだけだ。もし、落ちたえんぴつがオレの前に転がってきて、見つかりでもしたら大変だからな。「先生〜アリがいます!!」って騒ぎになって、毒素スプレーでもかけられたらひとたまりもない。祈るような気持ちで素早く、静かに歩いた。ダイキくんのロッカーは下から2段目。歩く道は仕切ってある「枠」だ。そり立つ崖を登るみたいに進む。何度か足を滑らせそうになったけど、なんとかたどり着いた。そしてついに、ランドセルの中に侵入した。その時、マジで気がおかしくなってしまうくらいの衝撃を感じた。「くくくく、臭い〜」「ゲホっ!」。何の匂いかはわからないくらい、いろんな「臭さ」が混ざっていた。腐った何かか、汗か、あるいは…とにかく若い頃に間違ってダンゴムシのフンを運ぼうとした時くらい臭かった。口で呼吸をしながら奥に進むと、さらにもうひとつ事件が起きた。なんか、足がベタベタするぞ…この感触…これは昔、踏んだことがある。「ジャムだ!」。休みの子どもの余ったジャムをじゃんけんで勝ち取り、ランドセルに隠したまではよかったが、何かの拍子につぶれて、漏れてしまったのだ(と、推測できる)。ってことは、何日前の「ジャム」かもわからない。いったい、ダイキくんのランドセルはどうなっているのだ?とりあえず、ジャムを舐めてみた。「うまい」ではないか!そして、パンもある。もっと体が大きかったら、たらふく食えるのに!臭さとうまさにサンドされて興奮しているとチャイムが鳴った。さぁ、冒険の始まりだ!
第8話 「4月19日」③ 〈恐怖のランドセル〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。
6限終了のチャイムが鳴り、終わりの会が始まった。心臓(ちっちゃいけれど)はドキドキだ。「教室のアリの大冒険」…大袈裟でもなんでもない、人生最大の旅だ。
〈アリ生 最大の勇気 最大の旅〉
今、オレはランドセルの中にいるんだ。「さようなら!」、元気の良い挨拶が旅の始まりの合図。ランドセルから顔を出して待っていると、ダイキくんが…「うおリャー!!!腹減ったぜーーー」とかなんとか叫びながら猛ダッシュでやってきた。オレ(とランドセル)を奪うように取ると、机に戻った。その次の瞬間、オレの上に筆箱が降ってきた。なんとかギリギリでかわして、潰されずに済んだとホッとしたそのまた次の瞬間には、教科書やらノートやら、紙やらなんやら次から次へとオレを襲ってくるではないか!「ドーン」「ガーン」ランドセルの底が凄まじい音をあげていた。オレは「そりゃ、ジャムもつぶれるよ…」、やれやれと思ったね。で、振り回すようにオレ(とランドセル)を背負うと、玉転がしの練習の時と同じように、「バイバーイ」って言いながらすごいスピードで走り出した。時間にして10分くらい、オレは生きた心地がしなかったよ。走る衝撃と左右に揺れるランドセル。荷物も揺れるからいろんなものが向かってくる。並の運動神経しか持ってないアリだったら死んでいたね。そんな中でもオレは外が見たかったんだ。這って上の方に上がっていき、顔だけなんとか出すことができた。初めて経験する「高さ」から街を見るのは新鮮だった。いつもならすごく高いところにある葉っぱや人間の顔もすごく近いんだよ。風も気持ちよかったし、いつかオレも「この高さで走ってみたい」そう思った。学校から出るのはシロツメグサ事件以来だった。ダイキくんは走ったと思ったら、突然止まる。1分くらい経つとまたまた走り出す。それを繰り返し、遂にダイキくんの家に着いた。人間の家はどんな食べ物があって、学校から帰ってくるとなにをするのか?ワクワクしていた。だけど到着の1秒後、最大級の事件が起きた。
〈ランドセルジェットコースター〉
なんと、ダイキくんはオレ(とランドセル)を「ただいま〜」と言いながら投げたんだ!オレ(とランドセル)は壁にドーンとぶつかり、教科書2冊くらいとオレは外に放り出された。ダイキくんはすぐに、長い靴下、膝下のズボンにベルトをして長袖のシャツの上に半袖を着て、帽子をかぶり、信じられないくらい大きな手袋と鉄の棒を持ってまたまたダッシュでどっかに行ってしまったんだ!家の奥の方には誰かがいる。オレはその人とふたり(ひとりとひとアリ)っきりになってしまった。わかったことは「人間は意外と忙しい」ということだね。ダイキくんはどこに行ったのか?そんなことを考えながらしばらく待つことにしよう。あ、いい匂いがしてきたな。
第9話 「4月19日」④〜「20日」① 〈ママに感謝、ママは激怒〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。
ダイキくんのママとふたり(ひとりとひとアリ)っきりになるといい匂いがしてきた。オレは給食と公園に落ちているお菓子には詳しいけど、「家庭料理」はよく知らない。小さい鼻を全力でひろげ、空気を吸い込んでみた。その匂いを過去の給食のデータと照らし合わせてみた。カレーではない。シチューでもない。しょうゆをベースにした「何か」でもない。もう一度、大きく息を吸ってみた。そして、年間220日ほどある給食を何年も嗅いできた鼻がついに答えを導き出した。今日の夕食は「コロッケ」だ。その匂いの方へ、恐る恐る近づいていった。ダイキくんのママは白い粉を2回ほど付けて、鍋に入れると茶色くなった。オレはコロッケが大きな銀の箱に並んでいるところしか見たことがなかったから驚いた。「意外と手間がかかる」そう思ったよ。一瞬の「おいしい」のためにいろんな準備や順番があると初めて知ったよ。ママ&給食を作る人、ありがとう。そして子どもたち、たくさん食べて、少しだけこぼしてくれ。
〈どろんこが帰ってきた〉
ダイキくんが大きな手袋と鉄の棒を持ってどっかいってから2時間くらい経ったその時、「ただいまー」「疲れた!」「ご飯なにー??」とまるでセットのように叫びながらドアが開いた。「コロッケだよー」、ママの声に「やぎゃっぷー(多分、やったー)」といいながら走ってくるダイキくんの姿は「茶色」だった。どうすれば服がそんなに汚れるのか?と思うくらいの泥だらけだった。10分後、どっかに消えて帰ってくると無茶苦茶綺麗になっていたけど。コロッケとごはん、サラダにスープを食べて、ダラダラしているダイキくんが怒られたのは「ごちそうさま」の1時間くらいあとだった。
〈発見される…ジャム・パン・テスト〉
「臭いー、キャー!!」。ママの叫び声でオレの耳はちぎれてしまいそうだった。ママは見つけてしまったのだ。体操服を取り出そうとランドセルを開けたその瞬間に見つけてしまったのだ。底にへばり付いている「ジャム」、固くなった「パンの破片」…「32と赤のペンで書いてある紙」、「参観日のお知らせ」。最後の2枚にはジャムがベッタリついていた。そのあと、オレはダイキくんがどうなったのか知らない。すごく眠くなってしまったから。キッチンの隅(オレは隅が好きだ)でぐっすり眠らせてもらったよ。
翌朝、(土曜日)ダイキくんは元気がなかった。なんか、イジイジしてブツブツ話して机に置いた紙になにか書いたりしていたよ。ごはんは3回食べていた。で、話を聞いているとあしたはまた、大きな手袋と鉄の棒を持って出かけるみたい(手袋はグラブ、鉄の棒はバットと呼ぶらしい)。なので、ダイキくんのリュック(ランドセルではない)に忍び込んで一緒に外に出ることにした。
第10話 「4月21日」 〈ダイキのリュック、戦争について〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。
日曜日の朝がきた。お掃除があまり得意ではないダイキくんのママのおかげでお腹は満タンだ(キッチンの隅に好物があった)。そしてオレはリュックに忍びこんでその時を待った。8時半(オレは時計が読める)、金曜日のように乱暴に扱われるかもしれないからリュックの中で身を守っていると、宙に浮くような感覚がした。どうやらダイキくんに背負われたようだ。「いってきまーす!」。昨日の落ち込んだ感じはどこかに飛んでいったようだ。
〈小さなアリが踏み出した小さな一歩〉
今、オレは自転車に乗っている。勇気を出してリュックから顔を出してみた。「速い」「高い」そして、「とっても気持ちいい」。もし、教室にいたままだったら、こんな気持ちにはなれなかった。ずっと窓から元気な子どもたちを見ているだけだった。一歩を踏み出して良かったと心から思う。アリでもできたんだ。小さなオレでもできたんだ。
〈競うこと、戦うこと、生きること〉
川を見ながら自転車に乗って進んでいると…「キキーー!!」。ありえないくらいに急に止まった。オレはリュックから飛び出すかと思ったよ。グラウンドには同じ服を着て同じ帽子をかぶった子どもたちが30人くらい集まっていた。そして、10人くらいのママもいた。2列になって声を出しながら走り出すと、次は小さなボールを投げあっていた。その時、グラブの使い方を初めて知った。次に鉄の棒にボールを当てると、ボールは遠くに飛んでいった。遠くに飛べば飛ぶほどダイキくんは喜んでいた。これは「野球」と呼ぶスポーツらしい。隣のグラウンドでは「サッカー」をしている子どもがいた。思ったことは人間っていろんなことで喜べる。じゃんけんで勝った時、走って人より速かった時、玉転がしで勝った時…勝ったり負けたりで喜んだり悲しんだりする。アリは生きていくだけで喜べるのに…そう言えば先生が授業の前にこんなこともを言っていた。「国と国が戦っています。悲しいことです。争いは良くないです。」どっちなんだろう?いろんなことを考えていると、野球は終わった。オレはまたリュックに入り、風を浴びて家に帰った。あしたは学校に戻ろう。
第11話 「4月22日」〈アイスクリームと温暖化と運動会〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。
きのう(日曜日)は旅行だったね。野球を観たあと、オレはダイキくんの家に帰ってお肉やじゃがいも、玉ねぎ、ピーマンを板の上で焼いて食べるダイキくんとママ、パパの姿を観察した。あの食べ物は給食には出てこない。けむりは出ていた。美味しそうだった。
〈再び、5年2組へ〉
そしてきょうはダイキくんの家から登校する。臭さは無くなったけど食べ物も無くなったランドセルに忍びこみ5年2組へ向かった。1限は社会だった(気のせいかもだけど、このクラスは社会が多い)。「アイスクリーム会社の人は…」、先生が突然、オレの大好物の名前を言うからびっくりした。だからこの授業は真面目に聞くことにした。先生「アイスクリーム会社の人はあるデータを元に生産量を決めています。どんなデータでしょうか?」。グリーンの服の女の子「人の数!人口!」。先生「それもあるかもしれませんが、違います。」ブルーの長袖の男の子、「砂糖をどれだけゲットできるか!」。先生「違います。」ダイキくん「勘!」。先生「勘で作ったら会社が潰れます。」「でも、そのデータを使う前は『勘』だったそうですよ。」「なので、半分正解!」。ダイキ「やったー!給食は増えますか?」。みんなは爆笑した。そのあともみんなで意見を出したけど正解は出なかった。先生「答えは、気象情報です。天気予報ですね。」「気温が25℃をこえるとアイスクリームが売れるというデータを元に生産します」。「先生が大好きなビールも売れはじめます」。あ、ビールか…公園で空き缶の中身をなめていたら、苦くてまずかった汁だ。そのあとフラフラして真っ直ぐ歩けなかった。マジで「苦い思い出」、なんちって。
〈アリ的地球温暖化〉
前にも言ったけど、最近暑いよな。オレたちの巣(昔の話だけど…)も少しずつ深くなっているし、子どもたちも半袖になるのが早いし…だから、みんなで頭に紐を巻いて、やたら走ったり、騒いだり、親も騒いだりする日も早くなったのか?黒板には「『運動会』まであと33日」って書いてある。(今年は国語の授業をちゃんと受けているので読めるようになった)なんで暑いんだろ?先生の話を長年聞いていると「人間が悪い」ってことらしい。地面を掘ると燃える水や黒い石が出てきて、それを燃やしていろいろ作ったり、車を走らせたりすると、空気のバランスが変になって、暑くなっるてことのようだ。オレへの影響はあんまり無いけど、実はあるのかもしれない。つまり人間は自分たちで自分たちの生活をピンチにしているってことか??先生も、ダイキくんも、ダイキくんのママもパパもわかっているけどどうしようもないと…そう言えばオレが若い頃、爺さんアリたちは「食べものの味が変わって、最近は甘い」ってよく話してたなぁ。色も鮮やかでピンクとかブルーとかのお菓子も増えたんだって。これはもしかして全部繋がっているのだろうか?5年生の授業ではわかることと、わからないことがある。6年生の授業に行ってみようかとも思う。いや、その前に「運動会」、あ、「遠足」もあるけど…オレは忙しくなってきたのかもしれない。
第12話 「4月23日」〈不思議な給食室、三文の徳〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。
きょうは早起きをした。アリは人間みたいに6時間とか8時間とか寝たりはしない。1時間半くらい、何回か「休憩」して体力を回復するんだ。オレも昔はそうだったけど、学校のリズムに合わせていたら、人間と同じになってしまった。いつもは子どもたちが登校してくる8時に起きるのに、7時に起きてしまった。先生が言っていた「早起きは三文の徳」。シーンとして安全な校舎を散歩していた時、給食室の隅に甘いものを隠しておいたことを思い出した。たまには廊下の真ん中を「触覚」で風を切って歩いた。大通りの真ん中を王様気分で給食室に進んだ。記憶では窓ぎわの棚の中に隠したはずだ。きっちり閉まらない戸の隙間から奥に入った。すると…「なななな、無い!」。きな粉揚げパンのきな粉も、アセロラゼリーのカケラも、タルトのカスもなんにも無いではないか!!誰だ!早起きは三文の徳とか言ったやつは!しかし、なぜだろう?あまり使われない食器が入っている棚の奥、つまり人間の手が伸びない場所を選んでオレはエサを貯めてきた。戸も開け閉めされた形跡はない(気がする)。オレは考えた。この日は国語の時間も、体育の時間も、社会(なぜか5年2組は社会が多い)の時間もずっと考えた。そしてひとつの結論が出た。うれしく、希望に満ちた結論だ。
〈この学校には、仲間がいる〉
① 給食室には4限の前にエサが集まることを知っていること
② エサのありかを突き止める「勘」と「経験」を持っていること
③ エサの好き嫌いがオレと同じこと
以上、3つの点からオレは、『この学校にはアリがいる』『そのアリはかつて公園で一緒に暮らしていた仲間』と確信した。この推測が正しいのか間違っているのか?確かめる方法はただひとつだ。もう一度、エサを集めて給食室のあの棚に運ぶこと。今週はきょうを除いてあと3日…運動会の練習、遠足、エサ運び…人手が、いや「アリ手」が足りない。
第13話 「4月24日」〈冒険か、再会か…決断のとき〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。
今週の予定を書いておくよ。きょう24日は運動会の練習を見ながらエサを給食室に運ぶ。あした25日は遠足(行くかどうか迷ってる)。あさっての金曜日は運動会の練習と理科の実験、エサ運び…あー、忙しい。とは言っても、体育は5限と6限。午前中は特にすることがないから先生の机の中を探検することにした。オレは長年、5年2組にいるからいろいろな先生の机の中を知っている。キレイに整頓している先生、グチャグチャな先生。中でも「いい先生」は…わかるよな。さて、ヒラヤマ先生は…「あった!」。お菓子を隠しもつクセがある先生でした。ま、見た目20代だし、当然だな。グミにアメ、うまい棒か、困ったときにはお世話になろう。そう、4月の終わりから5月の初めはなぜか子どもたちも先生も来ないから、給食も無いしね。
〈体育の間にやること〉
給食が終わると子どもたちは着替えてグラウンドに出て行った。今日は走って「棒」を渡す練習をしている。ダイキくんは3位で「棒」もらって、次の女子に1番最初に渡していた。あらためて、あんなに早く走るダイキくんのランドセルに入ったオレの度胸をほめてほしい。さて、6限も体育だから時間はたっぷりある。配膳台の下に落ちているエサ、風で流れつく廊下側の壁にあるエサ、そして申し訳ないが、先生が隠れて食べて袋ゴミごと机に隠したうまい棒のカスを給食室に運ぶとしよう。2組と隣の1組が体育なので安全なルートがある。足りない分は給食室で集めて、あの棚のあの場所に隠した。もし、学校のとなりの公園…数年前、仲間たちが謎の液体で全滅した公園…あそこで一緒に働いていたアリなら絶対に来るはずだ。好きなものを集めてあるし、量もちょうどいい、色もカラフルだ。誰なのかはわからない、でも誰でもいい。正直、少し寂しくなってきているんだ。
「誰か来てくれ!」心の中で叫んでみた。
〈一晩悩もう〉
あしたは遠足だ。ダイキくんのランドセルに忍びこみ、「旅・冒険」の楽しさを知ったオレは誰かのリュックに隠れ、みんなといっしょに大きくて長い車に乗ることに憧れている。楽しいに違いないし、エサもたくさんある。それにもしかしたら、違うグループのアリに出会えるかもしれない。悩んだ。悩みに悩んだ。多分、ダイキくんが紙に(ア)って書くか(イ)って書くか悩むくらい悩んだ。だいたいは(イ)って書いて、先生は赤ペンで「✔️」ってする。話がそれた。寝られなくなってきた。学校にはもう誰もいない。外は真っ暗だ。星がキレイだからあしたは晴れで遠足は楽しいだろう。どうしよう。
第14話 「4月25日」①〈懐かしく怖い音、ピンクのリュック〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。
朝が来た。おおげさじゃなく、眠れないほど悩んだけど、オレは「遠足」に行くことにした。理由は2つだ。ひとつはこの前、ダイキくんの家に冒険をしてとても楽しかったから。いろんなところに行って、いろんな景色を見てみたくなったから。アリの世界、オレが生きてきた世界を広げたいと思ったんだ。もうひとつは、給食室のエサを食べにきた仲間(推測だけど)と会えるチャンスはまだまだあるかな、と。遠足はきょうを逃したら秋まで無い。そう決めたオレが次に決めなきゃならないのが、「誰のリュックに忍び込むか?」ってことだ。学習したことは給食をよく食べて、体が大きい男の子は乱暴にリュックを扱うから命の危険があるってこと。だから、女子にしよう。さらに言えば、目立つ色のリュックがいい。見た目で決めた、ピンクのリュックのサクラちゃんにした。都合のいいことに、オレの居場所から近い窓側の前から2番目の席。ゆっくり、すばやく、机を登り、リュックに入り、ひとまず横に付いている小さなポッケの中へ。あとはジッと、ひたすら、待つだけだ。
〈速い、速すぎる〉
サクラさんはリュック(とオレ)を持ち上げると背負って移動して、みんなと長くて大きい車に乗った。バスと言うらしい。少しすると、「ブーーン」言う音がして動き出した。オレはまだ真っ暗なポッケにいるので外の様子はわからないが、多分、バスは自転車より速い。体がポッケにくっつきそうだ。オレはどれくらい速いのか知りたくなってサクラさんのリュックを抜け出してみた。先生が話しているから、子どもたちはそっちを見ている。だから、窓の方を歩けば見つからない。ガラスに体をくっつけて外を見た。速くて目が回りそうだ。もし、窓が少しでも開いていて外に放り出されたら…あの世いきだ。でもこれが、オレがしたかった冒険なのだ。遠くに山があって、近くには田んぼがある。ダイキくんの家と似ているけどちょっと違う家もある。それが流れるように後ろにいってしまうんだ。1時間くらいして、バスは止まった。慌てて、リュックに戻りサクラさんと一緒に降りた。リュックは一ヶ所にかためて置かれ、子どもたちはそれぞれ走っていった。着いたのは、学校のグラウンドよりむちゃくちゃ広い、草の原っぱだった。グループに分かれて、ボールで遊んだり、とにかく楽しそうだ。そんな姿を見ていたら、オレも動きたくなったぞ!草をかき分けて、とにかく歩き回った。シロツメグサを集めてネックレスを作っている女の子を見た時は少し悲しくなったけど…
〈お弁当、最高!おやつもね!〉
腹が減ったら、お昼になった。子どもたちはいろんな色の敷物の上に座って弁当を食べた。ポロポロとこばしながら…さらに、「オレのウインナーとそのコロッケ交換しよー」とかいってワイワイしているからさらにこぼす。蜂さんとか蝿さんとかが来てしまうかもと、少し心配になったよ。まぁ、来たら身を隠すか、あいさつするかだけど。子どもたちはお弁当の時間におやつも食べる。これも「狙い」だ。包みの中からカラフルなお菓子を取り出すんだけど、オレはちょっとイライラしている。なぜか…子どもたちがなかなかお菓子にたどりつかないんだ。紙をはいで、箱を開けて、袋をやぶって、やっとお菓子と出会える。昔からそうだったっけ?一回開けたら、すぐお菓子が登場してた気もするんだけど…。これも、運動会の時期が早くなったり、俺たちの巣(もう無いけど)が深くなったりしていることに関係あるのだろうか?
〈恐怖の行進〉
そんなことを考えたり、空を見たり、雲を見たり、風を感じたり、草の匂いをかいだりしていた。いい日だなぁ。子どもたちは、敷物をたたんでリュックにしまうとまた遊びにいってしまった。オレは昼寝をしようと草のベッドにゴロンとした。その時だった!「カサカサっ」「すすっす」。どこかで聞いたことのある音が聞こえた。それは一度ではなく、何回も。そしてどんどん近づいてくる。「カサカサカサ」は何回も連続でやってくる感じ。音はどんどん大きくなる。この音は…アリの行進だ!そりゃそうだよな。子どもたちが甘いものをこぼしまくったんだもん。やばいかな…
第15話 「4月25日」②〈アリの勇気〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。
足音(多分アリの)はどんどん近づいてきた。「カサカサ」は「ガザガザガサガサ」になった。向かっているのはサクラさんのグループが食べていた場所に違いない。敷物をたたんだときにこぼしたお弁当と、お菓子のカケラがあるからだ。「ガザガザ×5!」、草をかき分けて黒の軍団はやってきた。葉っぱの陰から姿が見えた。アリだ!先頭は優しそうな若い子で全部で15匹くらいはいる。オレは草に上手く隠れてその様子を見ている。「グッグッ」いつもと違う心臓の音がして、鼻の頭に汗もかいてきた。アリの行進は、目的地につくとそれぞれバラバラに分かれてエサを集めている。一匹で運ぶ力持ちアリ、三匹で運ぶ小さなアリたちもいる。その姿を見ていると昔を思い出した。あの公園にいた頃はオレもこうして女王様のため、巣にエサを運んでいた。オレは「働きもの」だったから、よく褒められたよ。これを「思い出」って言うって先生は言っていた。アリの集団はきょう食べる量を集めると帰ろうとした。その時だ!一匹遅れるアリがいた。よく見ると左の後ろ足に傷がある。何かに挟んだ感じで、とても痛そうだ。
〈勇気〉
エサを運んでいるからここに来る時より動きが遅い。仲間は気づいていないのだろうか…手伝いに来ない。どんどん、遅れていく。頑張って集めたエサもこぼして、減っていく。多分、彼のところからは「アリの行進」は見えなくなっている。オレは、勇気を持って草陰を飛び出して声を振り絞った、「大丈夫?手伝おうか?」。彼はあまりにも突然だったので、キョトンとしたけど、すぐに泣き出してしまった。「足が、動かないんだよ」「きのう、石の間に挟んじゃったんだ」。オレは久しぶりにアリと話してさらに心臓が大きくなった。「ずっとここに住んでいるの?」。彼は答えず、必死に仲間を追いかけようとする。でも、うまく足が動かない。「うっ」うめき声を上げながら進もうとするけど、もう無理だった。オレは近づいて足を見た。「ひどい。これじゃ歩けないよ」。彼はただただ泣いていた。オレ「見た感じ、ケガはひどそうだよ。ここじゃ治療はできないけど…」。彼「ここではできないけど?」。オレは再び勇気を出して言った。「オレは学校っていう、子供たちが勉強したり遊んだりするところから来たんだ。バスに乗ってきた。このケガじゃ、仲間はずれになっちゃうかもしれないから、いっしょに学校に行かない?」。彼は上手く理解できないようだった。そりゃそうだ。学校?バス?理解できるはずもない。もう一度、今度は違う言い方をしてみた。「オレはひとりで暮らしているんだ。まわりにエサはあるし、安全に取れる(少しウソ)。人間の子どもたちは親切で(かなりウソ)面白いから」。子どもたちがリュックのある場所に集まって来た。時間はない。サクラさんも自分のピンクのリュックを探し始めた。「いいから、信じてくれ!学校の教室はいいところだ!」オレは少し強めに言った。彼は涙でグチャグチャの顔でうなずいた(ように見えた)。「名前は何?」…「ポンタ」。
第16話 「4月25日」③〈魔法の水、ヒャー〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。
オレは傷ついたポンタを、エサを運ぶように口にくわえて走った。必死に走った。サクラさんのリュックまで、あと10メートル、5メートル…オレたちが転がり込むようにリュックに入った瞬間、フワッと体が浮いた。ギリギリセーフだった。「大丈夫?」息を切らしながらオレは聞いた。
「ありがとう。ちょっと痛いけど我慢できるよ」「ところで、名前はなんていうの?」。
「コタロー。昔はコタって呼ばれてた」。
オレは久しぶりに自分の名前を口にした。シロツメグサの日から誰とも喋らなかったんだ。ポンタは心配で顔を真っ黒、肩は震えていた。そりゃそうだ、仲間とエサを探しにきたら、色々あって、知らないアリとバスに乗っているなんて人生(アリ生)最大の出来事だ。足の傷は思ったより大きい。だから、窓から景色を眺めることなんてせずに、真っ暗なリュックのポケットの中でとにかくじっとしていると1時間くらいで学校に着いた。「ダイキがかっ飛ばすから、ボールが無くなっちゃじゃん」とか「サクラさんにもらったブロッコリー美味しかった」とか、ワイワイしている子どもたちに見つからないように、リュックを抜け出し、ポンタをオレの居場所に運んだ。「ここに住んでいるの?」「そうだよ」オレが答えると、ポンタは周りを見渡し、不思議な顔をした。オレはここに住むようになった理由とがを話そうと思ったけどやめた。まず、最初にしなきゃいけないのは「治療」だ。
〈保健室のヒミツ〉
オレは学校のいろんなことを知っている。給食室のこと、音楽室のこと、図工室のこと…そして、保健室のこと。体育とかでケガをしたり、熱が出たりするといくところが保健室。で、ケガをした子どもには、「魔法の水」みたいなのが塗られる。綿に染み込ませて血が出ているところにチョンチョンってつけると、子どもは「ヒャー」って言うんだ。そして、綿はビニールの袋に捨てられる。きょうは全校生徒みんな遠足だからたくさんの子どもがケガをして、保健室に行って「ヒャー」と叫んだはずだ。4時になって子どもたちが帰ったあと、オレはポンタを連れて保健室に行った。そして、綿が捨てられている袋を見つけた。「ポンタ、この袋に入って、ケガしたところをあの綿にこすりつけるんだ。ヒャーってなるけど、あしたには治るから」。ポンタは小さくうなずくと、袋に飛び込んだ。そして、何回か傷ついた後ろ足を綿に擦り付けた。「うっ、しみるーーー、ヒャー」。オレはポンタの大声を初めて聞いた。痛いのか、ポンタは泣きながら袋から出てきた。「きょうはおとなしくしておくんだよ」オレが保健の先生のマネをすると、ポンタは「うん」と言った。5年2組に戻ると、オレもポンタも眠ってしまった。
第17話 「4月26日」〈ポンタの推理〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。
ほんとうによく寝たよ。オレもポンタもすごく疲れていたんだろう。起きたら教室には誰もいなくて、外を見たら子どもたちはグラウンドでダンスをしていたよ…あっ体育、3限か…。音楽が鳴って、少し踊ったら音楽が止まり、ダンスもやめる。先生が何か大声で言う。また音楽が鳴って踊る…それを繰り返していた。なんでいちいち止めるんだろ?まあ、いいや、今はもっと重要なことがある。オレはポンタの足を見た。傷はふさがっていた。つくづく人間の作る「薬」の凄さを感じたよ(芝生を枯らさず、シロツメグサだけ枯らすことができる)。
「痛みは?」オレが聞くと、
「全然痛くないし、自分で歩けるよ。きのうはありがとう。」
ポンタはニコリとした。今までは泣き顔や不安な表情しか見たことがなかったから少しホッとした。そのあとはいろんな話をした。オレが教室に住んでいる理由、給食のこと、ダイキくんのランドセルのこと、野球のこと、そして遠足のこと、運動会がもうすぐあること、そして「給食室で『仲間』と会える」かもしれないこと。もちろん、ポンタはすべてを理解できたわけではない。そりゃそうだ…1日前は草原で仲間と働いていたのに、リュック入れられてバスに乗って保健室に行ったんだもん。ひとまずオレは、先生の机の中を案内してお菓子を二人(二アリ)で食べた。ポンタはすごく美味しそうに食べながら聞いてきた。
「これはなに?」
「ハイチュウだよ。甘くて美味しいけど、たまにネバネバして口が開かなくなったり、足がくっついてしまうから気をつけてね」「あと、イチゴの絵が書いてあるけど、本物のイチゴは入ってないらしい」「昔、公園にいた頃、子どもたちが言っていたよ」
そう答えたら、ポンタは不思議な顔をしていた。オレは改めて思った。人間はなんてこんなお菓子を作るんだろう?イチゴが入ってないイチゴのお菓子?イチゴを食べればいいのに…話がそれた。
〈給食室へG O〉
給食の時間になった。ひと通り、子どもたちの動きをポンタに説明した。配るときはよくエサが床に落ちることとか、狙う場所はろうか側とか、よくこぼす子どもの席と特徴とか、美味しい給食とか…頭はいいようだ、すぐにわかってくれた。そのあと、午後の授業を見学して(きょうもダイキくんの算数の答えで大爆笑だったけど、割愛)放課後、給食室に行った。エサを隠していたら無くなっていたことをていねいに話した。ポンタは言った。
「コタローくんには言いにくいんだけど、エサを持っていったのは『仲間』じゃないかもしれないよ」。オレはびっくりした。95%くらい『仲間』の仕業だと思っていたのに…
「なんでそう思うの?」
「なんとなく。うまく説明できないんだけど、食べ残しの仕方とかいろいろ、もちろん『仲間』であって欲しいし、その可能性もあるけど…」
「じゃぁ、誰だと思う?」
「蝿(ハエ)、かなぁ?」
「蝿??」オレの声は裏返った。だって、蝿が入るすきまなんてないし、蝿は汁をなめるだけ(あと手をこする)だと思っているし、でもポンタは頭がいい(多分)。で、もう一度聞いた。
「『仲間』の可能性もあるよね?」
「もちろんあるよ、コタは信じているんでしょ?」
もちろん、エサを食べたのが『仲間』の方が嬉しい。でも前とは少し気持ちは変わっていた。理由は、隣にポンタがいるからだ。
「ポンタの夢はなに?」オレは聞いてみた。自分の夢も決まってないのに。
「まだよくわからない。ここの生活に慣れてから考えるよ。」
学校はシーンとしていた。あしたは土曜日で休み。オレとポンタは給食室の隅と隣の1年生の教室からエサを集め、窓際の棚の中のヒミツの隠し場所に集め、5年2組に戻った。『仲間』が来るのか?蝿が来るのか?ずっとここで見張っていればいいんだけど、なんだか結果を知るのが怖くなったからだ。まぁ、土日だから時間はたっぷりあるし、ポンタとも相談して決めよう。気分が向いたら見に行こうか…
第18話 「4月27〜29日」〈子どもが来ない…〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。
学校は休みだったのでポンタと公園に散歩に行くことにした。クローバーが元気よく伸び始めていた。オレはもう一度ポンタにシロツメグサの件を説明した。
https://note.com/hide0505nnn/n/n4f1007daea07?sub_rt=share_pw
少し長いオレの話が終わるとポンタは言った。
「とっても悲しいと思うけど、コタローだけでも逃げられてよかったね」
仲間と離れ離れになった。その意味ではオレもポンタも同じだ。
「ひとまず、給食室のエサをとったのは誰なのか?それがわかるまではオレたち二匹で生きないといけない」
オレは確認するように言うとポンタは黙ってうなずいた。すると子どもたちがこぼしたお菓子を探しに行った。結構、動きは早い(ケガをするまではエサ集めのエースだったらしい)。きょうは土曜日だ。公園にはたくさんのエサ(エサを持った子どもたち)がやってくる。チップス、飴、グミにお弁当、そしてアイスクリーム!でも、オレたちには「巣」がないから5年2組か給食室に運ぶしかないんだけど、ほとんどは公園で食べてしまった。今、振り返ればこのときにたくさん食べておいて本当に良かったよ(理由はまた話すね)。公園ではトラブルもたくさんあった。お弁当を狙っていたら、芝生に引いてあったシートが風で飛んで、オレは宙に舞った。チップスの袋の中にいたポンタはくしゃくしゃにまるめられそうになった。ハイチュウを探していたら(ポンタは教室で食べたハイチュウがお気に入りになったようだ)サッカーボールが飛んできてつぶされそうになった(ポンタにはサッカーと野球は教えておいた)。
〈アリ生(人生)を考える〉
空は青く高く、風がほのかに薫る、4月の終わり。このままアリ生を過ごすのも悪くない。そんな気持ちの一方で、もう一度みんなの先頭に立って働きたい。それが叶わないなら、いろんな土地のアリと出会いたい。一緒の冒険をしてくれる(だろう)友はいる。大きな地球(アリにとっては果てしなくデカイ)の公園の片隅でそんなことを考えていたんだ。
夕方になった。子どもたちは家に帰ったので、オレたちも給食室にエサを運ぶことにした。ポンタと力を合わせた。校舎に入り、廊下を歩き、給食室の棚の中へ入る。隠しておいたエサはそのままだった。誰も来ていないってことだ。食べ物がある幸せと、少しのがっかり。
〈子どもたちが来ない〉
日曜日はポンタと音楽室の絵を見て「ヘアスタイルが変だね」って笑って過ごした。給食室のエサも確認しに行ったけど、この日も「そのまま」だった。
そして月曜日の朝、事件は起きた。子どもたちが…先生が…学校に来ない。なぜだろう?
第19話 「4月30〜5月1日」〈先生の会話・ダイキがピンチ〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。
きょう(火曜日)も子どもたちは来なかった…実は金曜日に気になることはあったんだ。終わりの会で、先生が「体調管理をしっかりと、早寝早起き!」「スポーツの試合や練習がある人は、ゲガに気をつけて」って言っていたんだ。うーん、もしかしたらしばらく休みなのだろうか?心配になったから、ポンタと職員室に行ってみると、先生は4人いた。何度かみたことがある紙に○とか✔️とか書いて、最後に大きく数字を書くんだ。ダイキ37、サクラ92っていうふうに。学校はシーンとしていた。保健室も音楽室も図工室も誰もいなかった。
翌日(水曜日・5月1日)も先生が何人かいるだけだ。安全だと思ったので学校のウラの花壇に行ってみた。キレイな花が咲いているからポンタにも見せてあげたかったし。そしたら5年2組の担任、ヒラヤマ先生と白髪の先生(名前はわからないけどヒラヤマ先生より年上)が口からけむりを出しながら話をしていた。
「ダイキくんは野球をしているんだっけ?」白髪の先生が聞くと、
「はい!一生懸命頑張っています!運動神経が半端ないんですよ!すごいんです!」とヒラヤマ先生は元気よく答えたけど、白髪は難しい顔をした。
「大丈夫なの?」
「大丈夫とは?ケガもしませんし、運動会も大活躍間違いなしです!」
「そういうことじゃない!君はいまの状態をわかっているのか?」白髪が大きな声を出すので、オレたちはひっくり返りそうになったけど、ちっちゃいからバレてないようだ。
「状態と言いますと?」ヒラヤマ先生は小さな声で質問した。
「勉強だよ!相当悪いそうじゃないか!今のままだと、親を呼んで野球を控えてもらうように言わなきゃならん。学年の平均点をかなり下げているだろ!」
ヒラヤマ先生は小さくなってしまって、静かになって、けむりを地面の方に吐いた。
〈勉強、大事?〉
たしかにダイキくんの「数字」はいつも少ない。37とか41とか26の時もある。でも、足は速いし、高くジャンプできるし、なんといっても野球が上手い!かっ飛ばすんだ。すごいじゃないか!でも、白髪は「ダメ」って思っている。オレにしてみりゃ憧れだよ。体も大きいしよく食べるのに、人間の世界では数字が大きくないと野球ができなくなってしまうみたいだ。
「変だよね?」ポンタに聞いてみた。
「ボクたちはエサを探して、運べばいい。でも人間には、やることがひとつじゃなく、たくさんあるんだろうね」
ポンタの言うことはもっともだけど、少し納得いかなかった。オレは1個すごいところがあればいいと思う。アリ界にもいろんな意見があるんだ。オレとポンタじゃ、育ってきた環境も違うし、ましてや公園と草原と住んでいたところも違う。なんか、音楽で子どもたちが歌っていた曲みたいだ。なんだっけ?「パセリ」だっけ?話がそれた。
とにかく、ダイキくんは「ピンチ」だ。野球ができなくなってしまうかもしれない。ヒラヤマ先生は上手く伝えられるのだろうか?オレたちにできることはあるだろうか?そんなことを考えていたらお腹が減ってきたので給食室に行くことにした。エサがあっても無くなってても嬉しいし、悲しい…今はそんな場所だけど。
第20話 「5月1日〜5月4日」〈アリ的フードロス〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。
ポンタと給食室に行った。エサは残っていた。だから二人で少し食べた。オレの予想ではしばらく学校に子どもたちは来ない。先生が数人来て、○とか✔️とか100とか92とか27とか書くだけだ。そして、花壇のところで口から煙を吐くんだろう、多分。ポンタに体育館を説明して(ここにはエサはない)5年2組に帰った。
「あした、どうする?」オレが聞くと、
「学校、公園、ダイキくんの家、遠足の草原…コタローは他にどこに行ったことがあるの?」
「ダイキくんと行った、野球場かな」
「行きたいところは?」ポンタの質問にハッとした。ピラミッド、氷河、エベレスト、なんとかの滝…授業で写真を見て行きたいところはあるけど、『絶対に』自分ひとりの力では行けないところばかりだ。オレはアリ、教室のアリだから。
「スーパーマーケットかな、あそこにはエサがありそうだから」オレがそう答えると、ポンタは
「あしたはそこに行こう。で、いろんなエサを集めよう!」
元気な声に勇気がわいた。
〈もったいないけどありがとう〉
学校から公園と反対側にスーパーマーケットはある。風向きによってはとってもいい匂いがしてくる。オレはいろんな匂いを嗅いでいるなぁと思う。草の匂い、給食の匂い、スーパーから流れてくる匂い、体育の後の子どもたちの汗の匂い、ヒラヤマ先生の足の臭い(これはキツイ)などなどだ。そしてきょうはついにスーパーに行く。オレが長年窓から見ている感じだと9時くらいから人が集まってくる。でも一番人が多いのはお昼くらいだ。だからその前、授業で言うと3限くらいに出発した。ポンタと校門を堂々と出て、道を渡り、フェンスを通り抜け裏口からスーパーに入った。
「向こうにフルーツと野菜があるね」ポンタの鼻はいいようだ。足で指した方向にフルーツと野菜はあった。絶対に見つかってはいけない。オレたちは慎重に、でも素早く床の隅を歩いた。買い物をしているダイキくんのママのような格好をしている人間たちは床なんか見ていない。だからいろいろな場所を歩けた。チップスやハイチュウは袋や紙に包んであった。人間が開けてくれないとオレたちには足も足も出ない(アリには手がない)。そろそろぐるっと1周したかな?と思ったその時だった!
「コロッケがある!」オレは思わず叫んでしまった。
「シー」ポンタは慌てていたけど、人間に聞こえるはずはない。音楽も流れていたし…
「コロッケって何?」ポンタに質問にオレはダイキくんの家であったことを説明した。
「ボクが知らない美味しいものが、まだまだ世界にはあるんだね」ポンタの一言はこのあともずっと、オレの心に残っていく。
エサを探して歩いていると、オレたちは少し暗いところに来てしまった。周りを見渡すと、パンの端とか、少し黒くなった野菜の葉っぱとか、コロッケの外側についている茶色いところとかが袋に入っていた。その袋はたくさんあって、少し破れているところもあったから、その場でたくさん食べて、あとは運べるだけ給食室に運ぶことにした。
「こんなに美味しいのになんで人間は食べないんだろう?」
「オレにはわからないけど、『なんとかロス』って授業で言っていた気もする」
ポンタにあやふやな答えしかできないオレ…もっと授業をちゃんと聞いていればよかった。まぁ、人間には必要ないけどアリには必要なものがあるってことだ。
ありがとう、人間。
スーパーで集めたエサは給食室に運んで、キレイに並べた。きのうまでのエサは残ったままだった。そして翌日(5月3日)もその次(5月4日)も誰も来なかった。オレたちは貯めたエサを計画的に食べた。そして5月5日、いろいろなことが一気に起きた。
第21話 「5月5日」①〈対決の刻(とき)〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。
計画的に食べてはいたんだ。でも、給食室のエサは少しずつ減っていった(ポンタはよく食べる)。きょうも学校に子どもたちは来ないから給食もない。公園か、スーパーマーケットか?遠征に行くとしたらこの2か所しか思いつかない。朝起きて、ポンタに相談しようとしたとき、雨が降ってきた。オレたちは雨に弱い。朝ごはんはヒラヤマ先生が隠し持っているうまい棒のカスで済ませ、ランチは給食室に貯めているエサを食べると決めた。
〈対決の刻(とき)〉
時計の長い針と短い針が12のところで合体した。いつもだとダイキくんのお腹から「グー」と大きな音がしてみんなが大爆笑する時間だ。オレとポンタは触角で風を切りながら給食室に向かった。雨は上がったけど、太陽は出ていない。階段を降り、廊下の真ん中を歩き、ドアの隙間から給食室に入ったその時だった。
「ブーーーーン」その音が聞こえてすぐ、ポンタは言った。
「やっぱり…」
ものすごいスピードでオレたちの頭の上を通り過ぎていったのは『蝿』だった。エサが隠してある戸棚の小さな隙間をするりと抜けて中に入って行った。蝿はオレたちを襲うことはないとわかっていたけど、少し怖くなって柱の影に隠れた。
「ポンタは何でエサを取ったのが蝿だとわかったの?」
「エサを食べたあと蝿は飛び立つでしょ。その時、風がエサを吹き飛ばす。残りのエサがそんな形をしていたんだ」ポンタの説明に納得。それは同時に大きな寂しさ…学校に仲間はいなかったんだ。やっぱり、全滅したんだ。久しぶりに涙が出てきた。
「コタロー、棚の中から変な音がするよ」ポンタが言った。オレはよく聞いてみた。
「ブーーン…ガサガサ」「タタタ、ブーン」確かに変な音がする。ひきつけられるように棚に向かった。隙間から入る僅かな光がエサの周りを照らしている。オレが見たのは真っ黒な蝿と…『真っ黒なアリ』だった。2匹は戦っている。エサを食べようとするアリを上から攻撃する蝿。かなりやり合っているようだ。息が荒れている。暗くてアリが昔の仲間なのかどうかはわからない。今度は蝿が食べようとしたところをアリが足で攻撃した。このままでは、2匹ともゲガをしてしまうかもしれない。だからオレは心の底から叫んだ。
「ケンカをやめるんだ!オレたちは同じ『虫』だ!足が6本あるだろ!」
「みんなで分ければいいじゃないか!」ポンタがオレに続いてくれた。蝿はオレたちの方を見ると震える声で言った。
「アリはいいよね。目立たないから。ボクは油断すると、すぐ叩かれる」
アリ(まだ、仲間かどうかはわからない)は戦いに疲れたのか、動かない。とにかく、戦いをやめさせるのが第一だ。オレは蝿とアリに言った。
「オレは学校に詳しい。学校の周りにも詳しい、誰よりも!(おおげさ)オレと教室に住めばお腹を空かすことは絶対に無い(少し嘘)。公園やスーパーマーケットでは簡単にエサが手に入る(やや嘘)。もう少しすると運動会がある。その日は美味しいエサが食べ放題になる(妄想)!ダイキくんの家に行けば足が速くなるコロッケをダイキくんのママが作ってくれる(オレのために作ってくれたわけではない)!だから、ケンカはやめるんだ!」しばらく棚の中はシーンとしていた。聞こえてきたのはアリの荒々しい呼吸だけだ。
「少し考える」蝿はそう言うとどこかに飛んで行った。
〈再会〉
人間もそうなのかもしれないが、オレは棚の中の暗さに目が慣れてきた。暗闇の中の黒いアリが少しずつ見えてきた。息はまだ荒い。
「大丈夫?」
「とりあえず、ケガはないよ。ん?んん?コタローじゃないか!」
「あっ、まるお?まるおかぁ〜」
一番食べて、まるまると太っているから名前はまるお。あの日、離れ離れになってしまった『仲間』だった。
第22話 「5月5日」②〈雨のち晴れ、だったのに…〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。
〈チーム『コタポンまる』結成〉
お互いに6本の足を絡ませて、ぴょんぴょん跳ねて喜んだ。笑顔と涙で顔はグチャグチャになった。ポンタはニコニコしながらオレたちを見ていた。シロツメグサ事件から何年経ったかもわからない。本当に久しぶりに『仲間』が目の前にいる。オレとポンタ、そしてまるお。学校の給食室に3匹のアリがいる。人間が見たらなんとも不思議だろう(アリのことなんか気にしてないか…)。5月5日の夕方(ここにきたのはお昼だったのに)、3匹で5年2組に帰った。雨は止んで、雲さんたちもどっかに飛んでいき、窓からは元気な太陽の光が差し込んでいた。おんなじくらい、オレは元気になった。
教室に帰ってまるおといろんな話をしたよ。あの日、まるおはオレとは別班でエサをとりに行き、大きいアメのカケラを運んでいたらはぐれてしまい、難を逃れたこと。巣に帰って悲しい風景を見てしまったこと。飛んでいる蜂を眺めながら公園の隣の小さな保育園に逃げたこと。保育園の子どもたちはエサをたくさんこぼすけど、いきなり泣いたり、動いたり、寝転んだりして予想外のことばかりするから、潰されそうになり、命の危険があったこと。だから、違う場所に移動しようかと思っていたけどなかなか覚悟が決まらなかったこと。ちなみに「星組」に住んでいたそうだ。で、隣の大きな建物(小学校)にいつか引っ越そうと思っていたんだって。オレと同じように一人で生きてきたけど、度胸を決めて小学校に侵入したら、エサがありそうな部屋(給食室)に迷い込んでしまったんだ。で、隅を歩いていたら棚にキレイに集めてあったエサを見つけた。ひと通りまるおの話が終わると今度はポンタが自己紹介をした。オレは遠足での出来事を説明した。
〈ダイキくん、マジでピンチ〉
その時、大人の声がした。
「今度の中間テスト次第かなぁ」
「野球は続けさせてあげたいですし、僕から親にそんなことを言うのはおかしいと思うんです」
「そんなこと?そんなことってなんだ!学力テストの平均点をダイキがどれだけ下げていると思っているんだ!」話しているのは、ヒラヤマ先生と白髪の先生だった(花だん煙コンビ)。二人は後ろの扉から勢いよく教室に入ってきた。
「ダイキくんの席は?」
「ここです。」と、ヒラヤマ先生は答えた。白髪は机の引き出しを力任せに開けると、ため息をついた。
「ひどいな。この汚さが勉強への姿勢そのものだ。」
とっても雰囲気は悪い。カーテンの隙間から夕日が入ってきて光景はいい感じなのに…。オレたち3匹は心配になって二人の姿が見えるところまで移動した。何かできることがあるかもしれない(ま、そんなことは『あり』はしない。アリだけに…なんちって)。
「これはいつのテストだ?」
23と赤い字で書いてある紙を手にとって白髪は言った。
「3週間くらい前です。」
「こういうところだよ、ダメなのは!連休が明けたら、親に学校に来てもらおう。私も同席して話をする。」
「でもシュニン、(ふむ、白髪はシュニンと言う名前なのか?)ダイキくんは成績が少し悪いだけで、運動神経抜群で、体は大きく…体が大きいからといって威張るわけでもなく、イタズラもしませんし(給食の残ったパンをランドセルに詰め込む癖はある)、ムードメーカーですし…」
「もういい!決定だ!伝えておくように。」そう言うと、シュニンは教室を出て行った。ヒラヤマ先生はダイキくんの机を片付けた。(潰れたジャムはゴミ箱に捨てたから後から食べよう)そして、カーテンを開けて夕日を眺め、深く息を吐いた。合わせるようにオレたちも息を吐いた。
「テストってなに?」まるおの質問にどう答えていいかわからなかったけどオレなりの意見を言ってみた。
「この子は、頭がいいとか悪いとか、人間を分けるんだ。紙1枚で分けるんだ」
まるおはポカンとして、ポンタはうなずいていた。
蝿との戦い…まるおとの再会…ダイキくんの大ピンチ…
疲れた、本当に疲れたよ。横を見たら2匹はいびきをかいていた。オレも寝よう。
第23話 「5月6日〜5月7日」①〈穏やかな日々は続かない…〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。
「元気で力持ち!よく食べ、カラダはまーんまる〜まるお!」
「クールで頭脳明晰!イケメン名探偵、ポンタ!」
「度胸満点、アクティブボーイの命知らず!コタロー!」
『3匹揃って、コタポンまる!!』(決まった…かな?)
大変で、いろいろあった1日が終わり、爆睡して起きて、オレたちはこんなことをしていた。それだけこの出会いは3匹にとって『よかったこと』だったんだ。みんなでスーパーマーケットへ行き、ゴミ置き場のエサを給食室に運び、食べ、音楽室や図工室を案内した。音楽室の絵のヘアスタイルにはまるおも大爆笑だった。この日も子どもたちは学校に来なかった。
「ポンタ、まるお、字は読める?」
「読めない…」とポンタは答えた。そりゃそうだ、つい最近まで草原にいたんだから。
「ひらがななら」まるおは答えた。そりゃそうだ、保育園にいたんだから。オレは考えた。2匹はもっと小さい子どもたちのクラスが良いのではないか?
「勉強する?簡単なことから」オレは2匹に聞いた。
「もちろん!」元気で揃った返事だった。あした子どもが来たら遠征だ。おそらく、2年生くらいがちょうどいいだろう。国語があればなお良いと思った。
「ダイキくんは大丈夫かな?」ポンタが言った。
「多分、近いうちにダイキくんのママ(コロッケが上手)が学校にくるよね?その時、オレたちも同席して(ただ、同じ教室にいるだけ)話を聞こう。で、作戦を考えよう」
「運動会はいつだっけ?」今度はまるおが聞いてきた。
「25日だよ。それまでは大きなボールをオレたちみたいに転がす練習や、棒を走って渡す練習、ダンスとかをグラウンドでやるんだ。見ているだけでも楽しいよ」オレの答えにまるおはうなずくとヒラヤマ先生の机に入って、うまい棒のカスを食べ始めた。だからまるくなってしまうんだ…と、オレは思ったけど口にはしなかった。その後、ポンタとまるおは仲良く散歩に出かけ、オレは誰もいないグラウンドを眺めた。
〈将来について〉
「『コタポンまる』か…悪くない」3匹いれば、エサも上手に集められる。学校の中だけでこの先も十分な生活ができるはずだ。でも、でもなんだよ。オレはどんなアリ生を歩むのか…いろいろ考えていたら、いつの間にか寝てしまった。
「ひっさしブリブリ、ブリブリう○こ!!」ダイキくんの大声で目が覚めた。まるおは初めて見るダイキくんにビックリしていた。
「あの大きい子のことをシュニンたちは話していたの?」オレはうなずいた。
「昨日はホームランを打ったんだ!」(この日の夕方、いろいろあるのに今は元気…)ダイキくんの言葉に、やっと普段通りだと一安心。よし、2年生に行ってみよう。さぁ、勉強だ!
第24話 「5月7日」②〈がんばれ!先生〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。
久しぶりに見た子どもたちは元気で、ひと回りカラダが大きくなっていた(オレたちも人間に気づかれない程度に大きくなっている)。
「今年は長いゴールデンウィークだったけど、楽しかったですか?」と、ヒラヤマ先生は聞いた。そうか!毎年やってくる4月の終わりから5月の初めの休みだったのか?でも、いつもはこんなに連続じゃなかった、学校がある日もあったんだけど…まぁ、いいや。
「早く、勉強しに行こう!」ポンタが言った。さすがだ、感心してしまう。オレたちは一列になって廊下の隅を歩き、階段を降り2年生のクラスをのぞいた。
「えー、2年生では160文字の漢字を覚えないといけません。」
「えーー、多い!」
オレは教室から聞こえてくる言葉を聞いて国語の授業だと一発でわかった。だから迷わずこのクラスに入り、3匹で窓際に並んだ。
「内と外は逆の意味になりますね。では西の反対はなんでしょう?」
「東――」
「正解です。ではちょっとイメージっぽいですが角の反対は?」
「真ん中―」「飛ぶー」(この子は将棋をしているのだろう)などなど答えは出てきたけど正解は出なかった。
「正解は丸です。尖っているイメージがあるのでその逆はまるっこいこの字です」「ボクの字だぁーーー」まるおが叫んだ。「やった!やった!ボクは漢字がある」「食べ過ぎて太ってるから、まるお…ピッタリだね…」ポンタは少し皮肉を込めて言ったのに、まるおには伝わらなかったみたい。丸男か丸夫だろうか?まぁぴったりだ。※今後も【まるお】で表記します。あしからず。
1限の国語が終わったので隣のクラスに移動したらまた国語の授業だった。オレたちはこうやって午前中、いろんなクラスの国語を回って勉強した。途中、少し難しかったから3年生だったのかもしれない。ポンタはすごく真剣に聞いていたけど、まるおは途中寝ていた。まぁ、ダイキくんも寝るからいいか。で、最初の2年生のクラスに戻って、給食を食べ(一緒に机で食べたわけではない)、5年2組に戻った。
〈居残り司令〉
5限が始まる前の休憩時間、グラウンドで遊んでいたダイキくんをヒラヤマ先生が呼んだ。
「放課後、少し残ってくれる?お母さんもお呼びしているから話をしよう」
「えー、聞いてないー」最初はゴネていたけど、先生のいつもと違う表情に何かを感じたのか、うなずいた。午後の授業が終わり、子どもたちは帰っていった、ダイキくんを除いて…オレたちはカーテンの影に隠れていた。
「お世話になります…」ダイキくんのママが入ってきた。その後すぐに、シュニンが来た。机を4つくっつけて黒板側にシュニンとヒラヤマ先生。後ろ側にダイキくんとママが座った。
「単刀直入にお伝えします。ダイキくんの成績の件です。」
「クラスのムードメーカですし、体育ではスターで、野球も頑張っているって聞きます!」シュニンの言葉をさえぎってヒラヤマ先生が話した。
「おうちでの野球と勉強のパランスはどのようになっていますか?」シュニンが少し大きな声で言った。
「勉強は…机には向かっているとは思うんですが…」
「『思う』では困るんですよ。学年の平均点にかなり足りないんです。」
ママは下を向き、ダイキくんにいつもの元気はない。
「ダイキ、野球は楽しい?」ヒラヤマ先生が聞いた。
「楽しいよ。ホームランを打つとみんなが喜んでくれるんだ。」
「週に何回してるんだ?野球を。」机に肘をついてシュニンが聞いた。
「4回。火、金、土日」ダイキくんはシュニンの質問にヒラヤマ先生を向いて答えた。
「多いんじゃなんですか?その時間を勉強に回せませんかね?」
いつものように夕日のオレンジが教室を包んでいた。でも空気は薄青い…長い沈黙が流れた。次に言葉を発したのはヒラヤマ先生だった。
「運動会が終わったら中間テストがあります。ダイキくんも少し本気を出して…そう!本気を出して無いだけなんですよ!ねっ、野球みたいにガツンと本気でやってみよう!ね、お母さんも、そうですよね!」
オレは少しヒラヤマ先生を見直した。お菓子を隠し持って、社会が好きなだけの人だと思っていた。シュニンはスッパイ飴を舐めている感じの顔をしていた。
「ありがとうございました」ママはお辞儀をして教室を出ていった。ダイキくんは背が縮んだみたいだった。
「人間の世界では、ただエサを集めて食べてまるまるのからだをしているだけだとダメなんだって」ポンタはつぶやいた。まるおには聞こえているのかいないのかわからない。夕日のオレンジはもっとオレンジになっていた。
第25話 「5月8日」〈友のために命懸けのジャンプ〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。
水曜日の朝がきた。いつもの教室、いつもの笑顔、いつもの先生…でも、ダイキくんだけは違っていた。いつもは落としても拾わない消しゴムを素早く拾い、3限が終わる頃には5年生になって初めて鉛筆を削った。国語・算数・社会…ヒラヤマ先生が黒板に書いたことの多くをノートに書いていた。先生は時々ダイキくんを気にして、いつもより多くあてていた(少なくてもオレたち3匹にはそう感じた)。
4限は国際コミュニケーション(簡単にいうと英語)。ダイキくんは…力尽きた。この授業はヒラヤマ先生ではなく、ブルーのセーターを着た女の先生と金髪の男の先生が教えていた。
「What’s this? 」
「バナナー」 最初はみんなと同じように元気に答えていたのだけど…体力の限界…気力も尽きて…まぶたが下がってきた。
「がんばれ!」まるおが叫んだ!(もちろん、聞こえない)
ダイキくんの瞳は閉じられた。右ほほを机につけ、窓の方を向いていた。その時だ!まるおは床に飛び降りてダイキくんの机に向かっていった。続けて、ポンタも飛んだ。
「マジか??死ぬ気か?」オレは言った。
「助けるんだ、起こすんだよ!」まるおは進んでいく。ポンタがそれを追う。こいつらは命知らずのバカだ。でも、シュニンに責められ、家でも何か言われた(はずの)ダイキくんのために飛び、歩く2匹をオレは誇りに思う。だから、オレも行く。踏まれたら、一瞬であの世行きだ。足をバタバタしている子どももいる。鉛筆が降ってくるかもしれない。授業中に教室の真ん中に入って行くなんてこの2匹と出会う前のオレでは信じられない。でも、今は違う。人を助けるために(大げさ)前へ!
「キャー!」いきなりサクラさんが叫んだ。まるおが見つかった。
「先生、大きな丸いアリがいます!」サクラさんの言葉に教室の後ろで授業を見ていたヒラヤマ先生が答えた。
「落ち着いてください。(やばい、机に隠しているお菓子がバレたのか→心の声)アリさんも、天気がいいので散歩ですかね?ほっといてあげましょう」いいぞ!ヒラヤマ先生!
ダイキくんはサクラさんの大きな声で目が覚め、再び授業に集中した。オレたちは、『天気がいいので散歩しているアリ』を演じて元の場所に戻り、カーテンの影に隠れた。
〈どうした!?ダイキくん〉
給食と休憩時間が終わり、5限と6限は体育。運動会の練習だ。さぁ、元気満々の子どもたち、そしてダイキくんが見られるぞ!オレたちは窓を開けて(自分たちで開けたわけではない)グラウンドを見つめた。まずは、走って『棒」をみんなでつなぐ。2組はスタートしてからずっと2位だった。そして『棒』はダイキくんに渡された。ダイキくんは…3位になってしまった。抜かれたんだ。
「あれ?足が速いんだよね?」まるおが聞いた。
「そうなんだけど…」オレはそう答えるのが精一杯だった。あんな姿は初めて見た。
コタポンまるは『ダイキくん元気復活プロジェクト』を始めることにした。
第26話 「5月9日」〈まるおの考えと「係」について〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。
『ダイキくん元気復活プロジェクト』とは言ってみたものの、オレたちはアリだ。いったい何が出来るのだろう?この日も5年生の授業はレベルが高いので、ポンタとまるおを連れて低学年の授業を受けた。だいたいは国語と算数。とにかく文字や言葉をわかるようになりたいし、計算もしたいからだ。給食を挟んで(給食は1年生にお世話になった)5限は国語、6限は算数のクラスを選んだ。2匹は真面目に聞いていたけど、オレはうわの空だった。ダイキくんを元気づけるアイデアが浮かばなかったからだ。終わりの会が終わり、静かに教科書をランドセルに入れ、歩いて帰っていくダイキくん…
「今日は野球が無いから急いでないんだね」呑気なまるおの言葉に少し気が抜けた。
「宿題やるかなぁ?」ポンタはつぶやいた。今日も教室はオレンジになった。
〈まるおの考え〉
5年2組は上手に掃除をする。廊下側の壁にエサが残ってないかチェックしたけど、少しも落ちてなかった。しょうがないかと思いながら3匹でグラウンドを眺めていたら、まるおが話しだした。
「ねえ、小さい頃に聞いたんだけどボクたちは昔、小さな種とか、他の生き物とかを運んでいたんだって。でも、今は人間が作ってこぼしたものを運んでいる。で、人間も自分で食べ物を作る人と作らない人がいるんだよね。給食を作る人も自分で肉や野菜を作っているわけではないよね。だから作る人は他の人が食べる分も作るんだよね?ということは、子どもたちは、知らない人が作った食べ物を、給食にしてもらって、給食係りによそってもらって食べるってことだ。自分で食べる分は自分で作って自分で料理して食べれば、量だってわかるから残したりしないけど、そうじゃない。人間は『係』が多いんだ。ヒラヤマ先生は教える係。シュニンは嫌なことを言う係。ダイキくんは野球係と走る係。だからダイキくんは勉強しなくていいんじゃない?」無茶苦茶だなと思ったけど、間違ってもいない。
「どの『係』になるのかはいつ決めるんだろ?」ポンタが言った。まるおは黙ってしまった。オレンジは黒になって星が見える。オレは2匹に提案した。
「明日は金曜日だよね。学校が終わったらダイキくんのランドセルに忍び込んで家に行こうよ。元気にするヒントがあるかも知れない。勉強をしているかチェックもできるし。」
「だから、勉強はしなくていいんだよ!」まるおは頑固だ。
「ちょっと危ない目に遭うかもしれないけど、どうする?」オレはもう一度聞いた。
「行くしかない」2匹は口を揃えた。運動会とテスト…時間はあんまりない。
『ダイキくん元気復活プロジェクト』は進むのだろうか?
あー、コロッケ食べたい
第27話 「5月10日」①〈期待と不安をランドセルに詰め込んで〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組で名前はコタロー。
仲間は頭のいいポンタと食いしん坊のまるお。
「あんたは食いしん坊だね〜」給食が終わった時、赤いチェックのスカートを履いて、髪は肩の長さで前髪はまっすぐな女の子がダイキくんに言った。
「まぁ、きのうよりは食べたけどいつもの勢いはないよね」ポンタは静かに解説した。
「じゃんけんもしなかったし」まるおはどこか寂しそうだった。
このあと、午後の授業が終わったらオレたちは『決死の大冒険&恐怖のランドセル』の旅に出る。その覚悟はこの2匹にあるのだろうか?オレは前回の体験を2人に説明した。
「大げさでしょ、教科書が降ってくるって…、でも人間の家に行ってみたい!」「そのコロッケのまわりの茶色いところ、マジ食いたい!楽しみすぎる!」人もそれぞれ…アリもそれぞれ…そう思った。
6限が終わるころ、ヒラヤマ先生の机の下から静かに素早く移動した。窓側の壁沿いを一列で進み、教室の一番後ろまでたどり着いたら角に沿って左に曲がる。木の柱4つ目を少し登った左側にダイキくんのランドセルがある。オレは2匹に言った。
「腐ったジャムがあるかもしれないから気をつけてね。足がくっつくかもしれないし、とても臭い」
「わかった!それは食べてもいいの?」まるお、先が思いやられるぞ…。オレたちは人間から見れば小さな隙間からランドセルに入った。いろんなことを知っているオレは息を止めた。でもジャムも…パンも…ランドセルにはなかった。
「臭くないじゃん!ジャムもないし…給食をもっと食べとけばよかった」まるおはがっかりしていた。ポンタはじっくりとランドセルの中を観察していた。オレは2匹に言った。
「もうすぐダイキくんはダッシュでランドセルを取りに来て、自分の机に運び、筆箱や教科書を投げ込むから隅でじっとしているか、素早くかわすんだ」そういうとまるおは、
「まかしとけ!」頼りななると思った。
でも、オレの注意は意味がなかった。ダイキくんは静かにランドセルをロッカーから取ると、机の上で横にして丁寧に教科書、ノート、筆箱を入れ、担ぎ、さよならと小声で言って歩いて校舎を出た。揺れなくて臭くないランドセル…ダイキくんが心配だ。
3匹でランドセルから顔を出した。2匹は空の近さに感動して、オレは風の匂いを触覚に浴びた。人間がいる、アリもいる。蝿もいるし、蜂もいる。犬も歩いていた。この街では誰が偉いのか?人間がこぼさないとオレたちのエサは無いから人間が偉いのかな?家もビルも車も人間が作った。アリは…オレたちは何も作ってない。ただ集めて食べるだけだ、ひたすらに…でも今は、今のアリ生はとっても楽しい。ダイキくんは楽しくないようだ。
「あの建物の一番上に行ってみたい」とポンタが言った。
「あの娘が食べているアイスが欲しい」とまるおが言った。
「オレは海が見たいんだ…」
ダイキくんの家はもうすぐだ。ヒューと冷たい風が吹いた。灰色の雲がやってきた。雨が降りそうな金曜日の夕方だった。
第28話 「5月10日」②〈涙の素振り、雨の熊本〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組で名前はコタロー。仲間は頭のいいポンタと食いしん坊のまるお。
ランドセルから顔を出していたら雨が降ってきた。パラパラからシトシトに変わり、ダイキくんの家に着く頃にはザーになった。
「ただいま」小声で言うとランドセルを背負ったまま自分の部屋に行き、静かに置いて教科書やノートを机に出した。オレたちは身構えていたけど、拍子抜けだった。
「雨が降ってきたから練習は無しだよー!家で素振りをするようにだって!」ママが大声で言った。それを聞いたまるおは言った。
「『素振り』ってなんだろ?『素揚げ』なら聞いたことがある」本当に食べることしか頭にないのだろうか…聞いたポンタは笑っていた。
〈雨か涙か、宮崎か熊本か大分か…〉
オレたちはランドセルを安全に抜け出すと部屋の隅、タンスの影に隠れた(隅が好きなわけではない)。ダイキくんは机に置いてあるファイルから紙を一枚取り出してじっと見ている。紙には複雑ないろんな方向に曲がった「線」、「図」と漢字が書いてあったけど、オレたちの所からは見えなかった。ダイキくんは、紙を見つめて、天井を見て、別の紙に書く…それを何回も繰り返した。ぶつぶつと呟いていたが聞き取ることは出来なかった。
「勉強だね」ポンタは言った。
「だから、しなくていいんだよ。野球がうまくて足が速い、それでいいんだ。ボクはエサ集めが上手くてたくさん食べる。それでいいんでしょ?」まるおの意見は本当にブレない。オレはこの後、このやりとりを何万回も聞かされるのだろう、そう思った。すると、ポンタが言った。
「そう言えば、コタとまるおが算数の授業が終わった後、ハイチュウのことでケンカしているときに、ダイキくんはヒラヤマ先生に呼び出されて何か言われていたなぁ…○○は覚えないとダメとか、なんとか…」そうか、今は何かを覚えているのか。でも、一体何を覚えているのだろう?その後も15分くらい、紙を見て、天井を見て、別の紙に書く…それを繰り返していた。しばらく沈黙が続いた後…。
「あー、こんなん無理だ!」ダイキくんは突然大声でそう言うと、立ち上がりオレたちの方にやってきた。ややや、見つかる!ヤバイ!と思った次の瞬間、タンスに立てかけてあったバットを持ってどこかに行ってしまった。すぐにオレたちは追いかけた。何か嫌な予感がしたからだ。もちろん、オレたちの方が遅い。家の中をぐるぐる探した(ダイキくんの家はアリにとってはとても広い)。ダイキくんは雨がザーザー降っている庭にいた。公園と同じ芝生が生えていた。その上に靴を履かないで立って、バットを振っていた。胸に大きく赤で「C」、背中には「SUZUKI」と書いてあるシャツはビショビショになっていた。
「ブン、ブン」一回バットを振るごとに音がした。「ザー」と「ブン」…そしてよく聞くと「あお…」「いわ…」「…ぎ」「ふく…」ダイキくんがブツブツ言っているのも聞こえてくる。雨はどんどん強くなる。髪も顔もビチャビチャだ。オレは思い出した。ポンタの話と合わせると、ダイキくんは多分、多分だけど(自信はない)本当なら4年生で覚えなきゃいけない日本の…何だっけ…『ケン』みたいなのを頭に入れようとしているんだ!オレはもっと耳を澄ました。
「オオサカ」「ヒョウゴ」「ナラ」…間違いない。日本、そう!オレたちが住んでいる島をいくつかに分けているのが『ケン』だ。『ケン』の他にもあったはずだけど、忘れた。雨はどんどん強くなった。ダイキくんの顔も濡れている。バットを振ると水が周りに飛び散った。
「ミヤザキ!」「オオイタ!」「クマ、クマ、なんだっけ?クマ…あー、わからない、クマ、クマ、クマ、クマヤマ…違うか…」ダイキくんは、ポケットから紙を出した。
「クマモトか…クマモト!」と、言いながらバットを振った。クマモトと5回言って、バットも5回振った。顔はグチャグチャだ。オレには泣いているように見えた。涙かもしれない、雨かもしれない…オレたちにはわからない。キッチンの窓からママが見ていた。ママの目にも雨が入っていた。晩ごはん、ダイキくんのコロッケは大きい2個だった、パパは1個だったのに。
「きょうは素振りを94回振る予定だったんだ!でもいろいろあって100回振っちゃった」ダイキくんの言葉を聞いたけど、パパとママは何で増えたのかは質問しなかった。あ、コロッケの周りの茶色を食べるのを忘れていた。
「ね〜、僕たちのご飯は?」まるおが言った。窓の外は黒で、あしたは土曜日だ。
第29話 「5月11日」① 〈父と子の絆、天才の努力〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組で名前はコタロー。仲間は頭のいいポンタと食いしん坊のまるお。
朝早く野球に出発するかもしれないから、オレたち3匹はダイキくんのリュックで寝た。グラブは良いベッドだった。
「コロッケの周りの茶色いところって本当に美味しいんだね」こいつ、夜中に食べに行ったのか…オレはまるおの言葉にビックリを通り越して、少し呆れた。
「ダイキ、自転車で行くぞー」パパの声がする。ダイキくんはママが作ったサンドウィッチを頬張りながら(おそらくそのあと歯磨きはしない)着替えて、リュックを背負い、帽子をかぶって自転車に乗った。昨日の雨は止んだ。5月にしては元気な太陽と、5月らしい風の中、ダイキくんとパパはこぎ出した。
「昨日の素振りはいい感じ?自分のスイングが出来てる?」パパは少し早口で聞いた。
「インコースはいい感じ、外は少し力が入らない」多分、パパが聞きたいことは違うんだろうとオレは思った。
「『雨の中、よく振っていた』ってママが言ってたよ。あと…」パパがそこまで言った時、強い風が吹いた。2人は帽子を抑えるのに必死だった。しばらくして、「パパ、大丈夫だよ。クマモトは覚えたから。ミヤザキとオオイタ、クマモトが難しい。ヒラヤマ先生が『4年生でやったトドウフケンを覚えないと、5年生で困るから』ってプリントをくれたんだ。僕、結構得意だよ。ホッカイドウは日本ハム、昔はオータニがいた。トウキョウにはキョジンとヤクルト。ヒョウゴにはハンシンコウシエン!高校生になったら僕はそこで野球がしたいんだ!」パパはサングラスをしていたけど多分目はニコニコしていただろう。そして言った。
「クマモトにはマエダっていう天才がいたんだ。ヒロシマの選手だよ」
「マエケン?」
「違うよ。左打ちで凄く打つし、肩も強い、足も速かったんだけど…」
「速かったんだけど?」
「アキレス腱を切っちゃって…でも、絶対に諦めなくて、2000本以上ヒットを打ったんだ!だからダイキも…」また強い風が吹いた。必死に帽子を押さえているとグラウンドに着いた。
「ダイキ!今日もかっ飛ばそうぜ!さぁ、いこう!」眉毛の太い友達が叫んだ。
「よっしゃー、声出していこう!あきらめずにいこう!」ダイキくんはリュックの中から勢いよくグラブを取り出すと(オレたちは必死にリュックの内側にしがみつい難を逃れた)、グラウンドに飛び出していった。
「人間には夢があるんだね」ポンタが言った。そして続けた。
「ボクたちは、エサを集めて食べる、それだけだ。それでいい。それでもいい。それでいいのか?」たまにポンタは難しいことを言う。そう思った。
「もっと大きくなったら、野球ができるかな?もっと食べれば大きくなれるかな?」まるおは、まるおだった。河川敷には5月にしては元気な太陽と5月らしい強い風。オレは遠くから川を眺めた。社会の授業によると、川は海につながっている。オレは海が見たい。そう思った。野球の練習が始まった。
第30話 「5月11日」② 〈危険なアイデア、危険な散歩〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組で名前はコタロー。仲間は頭のいいポンタと食いしん坊のまるお。
野球の練習は見ていて楽しい。だいたいの人は左手にグラブを着けてボールを捕り、右手で投げる。まずそれを2人1組でやるんだ。最初はゆっくり近くで投げるけど、どんどん離れて早く投げ合う。その後はバットで『かっとばす』練習をする。ダイキくんはとにかくかっとばす。きょうもかっとばして「ナイスバッティング!」ってみんなに言われていた。オレは自分の事じゃないのになんだか嬉しかった。
「ボクもかっとばしたい」アリの中では体が大きいまるおが言った。
「どう考えても無理だね」ポンタはクールに言い返した。
「でも、ひとつ方法があるとすれば…」オレは猛烈に嫌な予感がしたけど黙っていた。
「あるとすれば?」まるおの顔がいきいきした。
「ダイキくんのかっとばす順番になる直前、バレないように体によじ登り、帽子の上に行けばかっとばした感じになるかもよ」
「それだ!」まるおは今にも草陰を抜け出そうとした。
「やめろって」オレは必死に止めた。
「登るのに失敗して、落ちて、その瞬間に踏まれたらどうする?ダイキくんはかっとばしたら走るんだよ。その間、ずっと帽子にしがみついていられる?せっかく3匹1組になったんだから、そんなことでケガしたり、あの世に行ったりしたらダメだ!」まるおは黙ってうなずいた。そのあと、オレは別の提案をした。
「予想だけどお昼までは練習するよね。その間に川を見に行かない?」
「川?」2匹は声を揃えた。
「社会の授業によると、川は海につながっている。オレは海が見たい。だから川を見ておきたいんだ」
「ポンタがそう言うなら、行こう」2匹は賛成し、3匹で歩き出した。
〈危険すぎた散歩〉
ダイキくんがかっとばすところには白い板がある。かっとばして走るとまた白い板がある。その板をけって左に曲がるのが野球のルールだ。そしてぐるっと一周する。で、最初の板と3個目の板は白い線で結ばれていて、その線の先には高い棒が立っている。その向こうに川がある。オレたちはその線に沿って歩いた。たまに子どもがものすごい勢いで走ってきた。危うく踏まれるところだった。最初は土だったけど、途中から草になった。まるおは落ちているアメの包み紙に反応したが、我慢できた。道のりはすごく遠かった。見上げると5月の空と雲、そして蜂さんと蝶々さんがいた。
「ボクたちは絶対に飛べないのかなぁ?」まるおがつぶやいた。オレとポンタは聞き流した。
「ナイスボール!」や「さぁ、いこう」の声はだんだん小さくなった。もし、急に練習が終わってダイキくんが帰ってしまったらオレたちは『終わり』だ。2度と学校に帰れない。でも、前に進んだ。そしてやっと、白く高い棒の下に辿り着いた。最後のひと頑張り、少し背の高い草を縫うように歩いた。
「これが川か…」オレは感動した。一方で少し怖くなった。水が多すぎるからだ。落ちてしまったらアリ生の終わりだ。その時、まるおが言った。
「もう少し、前に行って川を見よう!」恐る恐る前に出ると今度はポンタが言った。
「葉っぱに乗って川を流れて行けば、海に出られるんじゃない?」ポンタもまるおも怖いもの知らずのアイデアを言う。オレも『それもいいかな』と思ってしまった。でも、今じゃない。5月の風を浴び、小さな体が破裂するくらい空気を深く吸い込んでから戻ることにした。帰りは白の線から少し離れて歩いた。かっとばす番はダイキくんだ。ちょっと高い山のところから子どもが投げた。ダイキくんはかっとばした。
「レフト!」子どもたちが一斉に叫ぶ。オレたちの左にいた子どもがものすごい勢いで走ってきた。もちろん、オレたちには気づいていない!ボールはオレたちに向かってくる。子どももオレたちに向かってくる。
「オーライ」と、子どもが言った瞬間、真っ黒な影が上からやって来た。オレは『これはやばい』と身構えた。その影は、まるおを踏みつけた。草はそよそよと5月の風に吹かれていた。蝶々もゆらゆらと飛んでいた。
第31話 「5月11日」③ 〈少しの反省、大きな夢〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組で名前はコタロー。仲間は頭のいいポンタと食いしん坊のまるお。
レフト(と呼ばれている子ども)にまるおは踏まれた。踏みつけたレフトはボールを捕ってから遠くに投げた。
「ナイスレフト!」「ダイキ!惜しかった!」子どもたちの声が聞こえる。オレとポンタはまるおが踏まれた場所に走った。全力で走った。
「まるお!どこだ!」ポンタが叫ぶ!
「まるおー!返事しろ!」オレも大きな声を出した。草をかき分けて探した。長めの芝生の根元にまるおは横たわっていた。目は閉じている…
「まるお!!!」ポンタの声に反応は無い。2匹の12本の足で体を揺すった。レフトはどっかに行ってしまった。強くなった風も気にならないくらい必死に揺り、声をかけ続けた。さっきとは違うレフトがきた。また、同じように踏みつけにくるかもしれないから、レフトとは遠くにまるおを引っ張った。その時、
「痛いなぁ。何してるの?なんでボクを運ぶの?ボクはエサになったの?」
まるおの力のない声を聞いて、オレとポンタは気が抜けて手を離した。あとから聞いた話だけど、野球をする時の靴には丸いイボイボが付いていて、イボイボに踏まれたらあの世行きだったみたい。
「突然真っ暗になってさ、頭をちょっと打った。気づいたら引っ張られていた」まるおは笑った。笑い事じゃ無いけど、まぁ良かった。オレたちは白い線からかなり離れて、「レフト!」の声に注意して(この声が聞こえるとボールとレフトがやってくる)ダイキくんのリュックに帰って、その上で野球を観た。オレは2匹に言った。
「冒険し過ぎかなぁ?人間のことを知りたいし遠くへ行きたいけど、危ない出来事が多い気がする」
「確かにそうだけど、草原でエサを運んでいても踏まれる時は踏まれる」ポンタは冷静に答えた。まるおは考えている(か、考えているふりをしているのか‥)。眉毛の太い子どもがかっとばした。
「ライト!」みんなが叫んだ。ボールは右足の方向へ飛んでいった。オレはわかった!国際コミュニケーション(ま、英語ね)の授業で習ったぞ。右がライトで左がレフト。さっきオレたちはレフトの方へ川を見に行ったんだ。
「あれに踏まれて、よく生きてたね」
「よく食べて太ったからね!クッションになったんだ!」まるおはまるおだった。
〈かっとばしたダイキくん〉
ダイキくんがバットを持って板の横の四角い白線の中に入った。小さい山から子供がボールを投げた。
「カキーーン!!」
ボールはさっきまでオレたちが眺めていた川に入った。ダイキくんも、友達も、ダイキくんのパパも笑っている。板を順番に踏んでダイキくんは帰ってきた。みんなとタッチして、とても嬉しそうだ。
「元気は戻ったみたいだね」ポンタが言った。オレもなんだかとても嬉しかった。元気がなくなっても、頑張れば元気に戻れる。アリにはあまり無いことだ。ただ、エサを運べばいい。やることはたったひとつだったけど、人間を見ているとやることがたくさんある方が楽しい気がしてきた。
「すごいなぁ、野球だけやって野球を仕事にすればいいんだよ。そしたら勉強なんてしなくていいし、クマモトもミヤザキも覚えなくていいんだよ。それがダイキくんの夢なんだから」
さっきあの世にいきかけたまるおは何も変わっていない。さて、運動会まで2週間か。
第32話 「5月12日」①〈意外な相談相手〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組で名前はコタロー。仲間は頭のいいポンタと食いしん坊のまるお。
庭から聞こえてくるのはバットを振る音とトドウフケンだ。
「ブン!」「ミヤギ」「ブン!」「フクシマ」…
「よく寝たなぁ、まだ6時かぁ…ダイキくんは元気だなぁ」まるおは眠い目を前足で器用に擦りながら言った。きのうはリュックに入って家に帰り、ナベと呼ばれていたものを食べた。熱い汁が飛びまくって床に落ちたのを舐めまくった。いっしょに肉や野菜のカケラも美味しくいただいた。きょうは試合でダイキくんとパパとママも行くみたい。つまり家には誰もいなくなる。オレたちは「留守番」をすることにした。
8時、3人は自転車で野球に行った。まるおはキッチンへ、ポンタはダイキくんの部屋に、オレは庭にそれぞれ向かった。集合は12時、まるおのいるキッチンにした。ポンタはどんな勉強をしているのか気になるようだ。悪い癖だと思うんだけど、ダイキくんは教科書やノートを開きっぱなしにする。だから、文字を読めるところだけでも読んでみるんだって。すごいなぁ。まぁ、まるおの行動はわかる。部屋の隅のエサを食べまくるんだろう。そしてオレは、最近のアリの巣について研究することにした。多分だけど、庭にはひとつくらい巣があるだろう。まずはダイキくんがバットを振っていたあたりに行ってみた。けど、そこはダメだった。踏み固められて穴が掘れない。次に庭の隅の方へ行ってみた。巣はあった。でも、今は使われてないようだ。大きさはちょうど公園で住んでいたのと同じくらいだった。恐る恐る入ってみた(昔は怖くなかったのに…)。なんだか懐かしい匂いがした。働きアリが頑張っていた匂いだ(人間にはわからないだろう)。オレはもう、この生活に戻ることはない。そう思うと、どことなく寂しさがやってきた。ポンタとまるおと3匹で「仲間に入れてください。一生懸命働きます」ってお願いしたら、戻れるかもしれないけど…。巣は結構深くて立派だった。一番底まで行って、あたりを見回して地上に戻った。地上の方がいい、教室の方がいい。いつか海を見るんだ。海を見れたらあの世に行ってもいい。でも川を葉っぱに乗って下っていくのは危険すぎる。何かいい方法を思いつかないと…。
〈空を飛べるはずもなく〉
木の根元に寝転んで空を見た。白い雲とオレの間には、蝶々さん、蜂さん、そして蠅がいた(蝿はこの前もめたから呼び捨て)。蝶々さんはピンクの花にとまって食事をしていた。
「おいしい?」オレは聞いた。
「この花は美味しいよ。ところで何でこんなところにいるの?」今度は蝶々さんが聞いてきた。オレは手短に説明した。蝶々さんは不思議な顔ををした。オレは冗談半分で頼んでみた。
「ねぇ、オレは海を見たいんだけど、遠い?近かったら連れてってくれる?」
蝶々さんの顔はどんどん困った顔になった。庭には二羽ニワトリはいない。1匹のアリと1羽の蝶々さんがいる。
第33話 「5月12日」②〜「5月13日」〈憧れの人と変な癖〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組で名前はコタロー。仲間は頭のいいポンタと食いしん坊のまるお。
〈蝶のように舞い、蜂のように…〉
困った顔で蝶々さんは言った。
「ワタシが飛んでいるところを見たことある?」
「もちろんだよ」オレは答えた。
「なら、無理だってわかるでしょ、ワタシは蝶なのよ。ひらひらと飛んで、急に左右に曲がったり上がったり、落ちたりするでしょ。羽につかまって海まで行ける?行けないでしょ」
「うん」蝶のように舞う、か…。
「じゃ、またね!ここの家の男の子はすごい頑張り屋さんだからよろしく〜」そう言い残してどっかに行ってしまった。オレは時計を見た。そろそろ集合の時間だ。まるおのいるキッチンに向かった。ドアの隙間から中に入るともう帰ってきていたポンタが腹を抱えて笑っていた。
「どうしたの?」
「コタロー、あれ見てよ!」オレはポンタが足差した方向を見ると…まるおは、寝ていた。それも「あきらかに食べ過ぎました」って感じでお腹を上にして寝ていた。もし、こんな体勢を公園でとったら…危険を察知できない。オレは改めて家が、屋根がある幸せ、敵がいない場所っていいなぁと思った。
「ただいまぁ!!」ダイキくんの声だ。
「ダイキ、誰もいないよ」パパが言った。3匹のアリがいますけど…と心の中で思いつつ、
「ただいま」と言った。後ろからママも帰ってきた。どうやら野球は午前中で終わったみたいだ。ダイキくんはお風呂場にダッシュしながら言った。
「1時半からカープの試合があるからそれまでにご飯食べる!ご飯、何?」
「昨日の残りをご飯にかけたら牛丼になるけどそれでいい?」
「いいよ!ご飯大盛りでよろしクリアレン!」パパとママは笑ったけど、オレたちは意味がわからなかった。
〈スズキセイヤとは?〉
ダイキくんはシャワーを浴びて、牛丼を食べ(ありえないくらいの量だった)、少し自分の部屋で勉強をして1時半にパパとテレビの前に座った。テレビでは赤いユニフォームと青いユニフォームが野球をしていた。
「このテレビをいっしょに観たら、『野球』がわかる!」ポンタが言ったので、オレとまるおは賛成して2人と2匹でテレビの前に座った(オレたちは厳密に座ったわけではない、雰囲気の表現)。最初、青がバットを持ってかっとばす番。それはすぐに終わった。次、赤がかっとばす番。いろいろな人がかっとばしたあと、ダイキくんが大声を出した。
「スズキセイヤ!かっとばせ!ホームランだ!」ダイキくんはテレビに祈った。セイヤがバットを振った。「ガキーーーン!!!」ありえない音(オレたちが観た河川敷の野球とは比較にならない)がして、ボールは人がたくさんいるところに入った。ダイキくんは飛び跳ねてガッツポーズをした。
「さすがセイヤ!スリーランホームランだぜ!」セイヤはゆっくりと板を一周して帰ってきて、仲間とタッチした。【カープ3―0ベイスターズ】と画面に書いてある。
「これはカープが3点だ!」ポンタは理解した。テレビの人が説明してくれるからよくわかった。その後も、カープがたくさん点数を取って8対1で勝った(みたいだ)。
「ボクは絶対にプロ野球選手になる!スズキセイヤみたいにたくさんかっとばすんだ」聞いたまるおは頷いた。夜になった。パパはビールを飲んで、ママは晩御飯を食べたあとぶどうジュースの濃いのを飲んでいた。ダイキくんはトドウフケンの紙の一ヶ所を赤く塗った。コタポンまるの『ダイキくん元気復活プロジェクト』は成功に向かっている。3匹はそう思った。
〈変なクセ〉
翌朝、激し過ぎるブランコみたいなランドセルに揺られ教室に戻った。運動会まで2週間を切り、その1週間後には中間テスト(※この学校は前期後期制を採用)がある。算数の授業中ポンタが言った。
「この前、ダイキくんの部屋に行ったときに気づいたことがあるんだ」
「なに?」オレが聞き返すと、
「クセがあるんだよ。今もそう。紙に『点』があると、それを○で囲むんだ。印刷の時についた関係のない『点』でもそうする。もちろん、全部じゃないけど、考えている時とかそういう時にするみたい」
「変なクセだ、パンの半分をランドセルに入れるのと同じくらい変だ」まるおはすぐに食べものの話にする。このクセがのちにダイキくんを救うことになるのだが…それはまた、別の話。(ごめん、三谷幸喜さん)
第34話 「5月14日」〜「5月24日」〈川の名は?〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組で名前はコタロー。仲間は頭のいいポンタと食いしん坊のまるお。
〈個匹活動〉
オレたちは楽しくやっている。掃除の時もホウキで掃かれる大ミスはしなくなった(たまにまるおが危ない)。最近は3匹ではなく、それぞれで行動することも多くなってきた。それぞれ好きな授業があるだろうし、勉強したいことも違うだろう。オレは海に行きたいから、社会の授業(オレはどこに住んでいるのか?どうやって海に行くのかのヒントを探している)と文字をもっと読めるようになりたいから国語が多い。3年生から6年生くらいまでが中心だ。ポンタは算数が多いかな。まるおは…家庭科の調理実習に行って、
「キャーキャー言われたんだ!ボク、人気者かも」って帰ってきた。アホなのか鈍感なのか…太ったアリが調理実習で見つかったら大騒ぎになることくらいわかって欲しい。あと、体育を真剣に見つめている。まるおの話では5年2組は運動会に向けて「順調」で、ダイキくんも「ぶっこ抜く」らしい。で、3匹いっしょなのは給食の時とみんなが帰ったあとが多くなった。少し寂しいけど、それだけ学校に慣れたってことだから良しとしよう。
〈シュニン、再び〉
子どもたちが帰って、教室がオレンジなったいつもの時間、いつものように外を眺めていたら、花壇のところにあいつ(シュニン)とヒラヤマ先生がやってきた。口から煙を吐きながらシュニンが言った。
「少しは勉強をしているのか、ダイキは?」
「しています。この前も復習で出した都道府県のプリントをしっかりやってきました」
「都道府県って、それ4年生の範囲でしょ(薄笑)。大丈夫なのか?」
「はい、都道府県を覚えないと、5年の河川、山地などの理解ができませんから、まずはそこからです」
「まぁ、信じるよ、ヒラヤマ先生。中間テスト次第では…わかってるよね。」
言い方が本当にムカつく。
「あいつ、偉そうだよな。この前、体育の授業にお助けマンとか言って、威張って出てきて、走ったら転んだくせに」まるおはよく見ている(体育に限る)。オレたちはシュニンにイライラした。でも、何もできない。ただ見て、イライラする。オレたちが出来るのは、エサを見つけて運んで、集めて、食べる。それが生きることだ。前にも言ったけど、人間は違うようだ。人間もそうだったら楽なのに、でも食べ物を見つけられなかったらあの世行きだ。
〈ヒラヤマ先生、ありがとう〉
何日も同じような日々が続いた。運動会の練習はオレが見ても『気合い』が入っている。大きなボールを運ぶのは上手くなった(上から目線)。体育が終わって、給食を食べて少し眠い5限は社会だった。まるおは教室の後ろのロッカーで寝ている。オレはなんとか我慢してポンタと授業を受けていた。
「日本で一番長い川はなんですか?」ヒラヤマ先生が聞いた。
「シナノガワー」子どもたちは一斉に言った(ダイキくんは口をパクパクしただけだけど内緒にしておこう)
「正解です。では、学校の近くには2本の川が流れています。わかる人―?」んんん?学校の近くを流れる川?野球の時に見た川のことか?これは、覚えなくては!海に行くためのヒントになるかもしれないとオレは思って、耳を大きくした。サクラさんが手を上げた。
「アラカワとスミダガワです」
「サクラさん、正解です。スポーツをしている皆さんはよくアラカワで練習をしますね」おー、そういう名前か!つまり、オレたちが野球で行って、まるおがあの世行きになりそうになったのは『アラカワ』だったのだ!スミダガワはよくわからないけど…ヒラヤマ先生ありがとう!誰かが地図を開きっぱなしにしたときにアラカワを勉強して『海に行く』準備をするよ。レフトの先にあった白く高い棒の先に流れていたのはアラカワ、アラカワの先には海がある。
それからオレは海とアラカワのことを考えていた。ポンタは計算をひたすらやっていた。まるおは…まるおだ。家庭科と体育が楽しくてしょうがない様子。時は過ぎ、明日は運動会。オレたちがいろんな種類のエサを食べられるビッグイベントだ。
第35話 「5月25日」〈アリが人に恋をした運動会〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組で名前はコタロー。仲間は頭のいいポンタと食いしん坊のまるお。
〈あれ?いつもと違うぞ…〉
運動会の朝がきた。子どもたちはクラスごとにグラウンドに並んでいる。自信満々の顔と心配で不安そうな顔が並んでいた。シュニンよりさらにおじさんがみんなの前の台に上がった。
「みなさんの全力を見せてください。練習の成果を出してください。」
運動会は始まった。子どもたちは全力だったし、練習の成果も見せた。ダイキくんは8人で走る競走は1位だったし、5年2組は大きな玉を転がすのも1位だった(まぁ、アリの方がうまいけどね)。お昼休み、いつもと違うことが起きた。子どもたちが校舎に帰っていったんだ。これまでは、グラウンドや隣の公園で子どもたちと家族がお弁当を食べていた。オレは年に一度、いろいろなお弁当を食べることができたのに…(もちろん、命懸けで)一旦、誰もいなくなったグラウンドを眺めていると、先生たちの話し声が聞こえてきた。
「こうするしか無かったんですかね?」
「うーん、土曜日に運動会をすると、どうしても応援に来てもらえない児童もいるからね。その子だけ教室でお昼ごはんってのも可哀想だし…」
「ですよね、しょうがないですよね…」
午前の種目が終わって、親と一緒に弁当を食べ、隣の家族とおかずを交換したり、勝った子は褒められ、負けた子は励まされ、そんな運動会のお昼の風景はもう終わりってことだ。多くの楽しい子どもと家族の一方で、ひとりぼっちで悲しむ少しの子ども…人間は少ないけど悲しむ子どもの気持ちを大切にしたんだと思う。オレはウインナー、ゼリー、そしてもちろんおにぎり(こんぶが好き)を食べられなくはなったけど…本当に人間の世界は難しい。多数決で決めることができないこともあるということだ。
「午後からはリレーがあるね。ダイキくんが追い抜くんだよ、多分ね。で、スーパーヒーローになる!」ポンタは本当に楽しみにしている。一旦、それぞれの家に戻ったり、公園で親だけで弁当を食べたり、隠れてビールを飲んだりした人たちが帰ってきた。子どもたちも給食を食べ(カレーの匂いがした)グラウンドに戻ってきた。
〈まるおの恋〉
午後の部が始まった。まずはみんなで音楽に合わせて同じ動きをした。とってもキレイに揃っていたよ。練習ではで何度も音楽を止めてやり直した。その時は「何でいちいち止めるんだろ?自由に踊ればいいのに」と、思っていたけど今思うと、何度も練習してよかったんだと思った。やるじゃん、ヒラヤマ先生!
「サクラちゃんは手足が大きく伸びていた、キレイだった!」まるおはサクラちゃんばかりを見ていたようだ。
「背の低いサクラちゃんは先生に『もっと動きを大きく』ってずっと言われていたんだ。で、今日は誰よりも大きく見えた。すごく練習したんだ!練習は大事なんだ!」いつになくまるおが食べ物以外のことでよくしゃべった。人間の世界では、これを『恋』というらしい。絶対に、絶対に叶うことのないアリと人間の恋…(笑ってはいけない…)。そして5年生が一番盛り上がるリレーが始まった。ひとりで丸く引かれた線の半分ずつを走る。練習を見ている感じでは、最後の子どもは肩から紐をかけて1周走る。チームは4つ。頭に赤・青・黄・緑の布を巻いている。2組は青だ。スタートしたばかりの頃、青の2組は順調だった。練習では3番目くらいを走って、最後にダイキくんが追い抜いていたのにきょうは違った。15人くらい走ったところで青の2組がトップだ!そして男の子からサクラちゃんに棒が渡される!
「がんばれー!」まるおは叫んだ!(もちろん聞こえない)その時、青い棒は地面に落ちた。それをサクラちゃんが蹴ってしまった。棒はオレたちが見えないところまで転がっていったようだ。必死に取りに行くサクラちゃん。赤と黄色と緑が追い抜いてどんどん先に言ってしまった。サクラちゃんが棒を拾い、走って次の男の子に渡した時、他のチームは半周くらい先。レースは進み最後の子どもの番になった。さすがのダイキくんでも追いつくことは出来なかった。赤と黄色と緑がゴールしてもまだダイキくんは走っていた。もう絶対に勝てないのに猛スピードで走っていた。子どもたちと親、先生もみんなが拍手した。ダイキくんがゴールした時、サクラちゃんは泣いていた。息を切らしながら、ダイキくんはサクラちゃんのところに行った。何を話したのかは聞こえなかったけど、サクラちゃんは少し笑顔になった。オレたちの隣にいたシュニンはその姿をじっと見ていた。ヒラヤマ先生も泣いていた。一番泣いていたのはまるおだった。絶対無理でもやらなきゃいけないことがあるって人間は教えてくれた。オレは仲間が全滅した日のことを思い出した。
運動会が終わり、誰もいないグラウンドはオレンジになった。まるおはまだ、泣いていた。
第36話 「5月28日①」〈平均点へのルール破り〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組で名前はコタロー。仲間は頭のいいポンタと食いしん坊のまるお。
〈約束〉
運動会が終わり、サクラちゃんに笑顔が戻り、まるおの食欲も回復し(土曜はほとんど食べなかった。だから日曜は大雨だった)、なぜか月曜日は誰も学校に来ず、火曜日になった。子どもたちは元気に教室にやってきた…ダイキくんを除いては…
「ヘイ!ダイキ!きょうから体育はスポーツテストだな!50メートル走とボール投げ以外はお前に負けないぜ!」眉毛の太い子が言った。
「うん、そうだね…」
「『そうだね…』って、違うだろ!『ひとつも負ける気はないぜ!』だろ!」
「うん、そうだね…」
「ダイキ、どうしたんだよ」
「なんかさぁ、来週のテストでパパとママがひとつでいいから平均点を取らないと、野球を…」
まるおは怒りだした。
「だから、勉強は勉強!野球は野球!何で人間はわからないの?運動会、かっこよかったじゃん!それでいいんだよ!かっとばせばいいんだ」
「でもさ、ひとつでも平均点を取れば野球を続けられるってことでしょ?」ポンタは冷静だった。
「ダイキ、平均点を取れそうな教科は何?」眉毛の太い子が聞いた。
「う〜ん…算数と理科は無理だなぁ。得意なのは…社会かなぁ。先生にプリントを作ってもらって都道府県は大丈夫で、山地とか、コウギョウチタイとかもわかってきたから。」
5教科のうち1教科で平均点を取る。簡単なのか難しいのか…アリにはわからない。兎にも角にも次の月曜日からテストは始まる。もう1週間もない…
「オレたちにできることはないのかな?」オレは2匹に聞いた。
「応援だろ!」まるおは、気合いと根性で解決するタイプだ。
「う〜ん…本当はダメなんだけど…どうしてもピンチになったら…最後の手段は…」ポンタはモゴモゴしている。
「何だよ!いってみてよ!」まるおがせかした。
〈時にはルールを破らなければいけない〉
「う〜ん…この前、ダイキくん家で発見した【クセ】を使うんだ」
「どういうこと?」オレは聞いた。
「(ア)(イ)(ウ)…とかの中からひとつを○する問題があるよね。あれだけでも全部正解すれば平均点をクリアできると思うんだ」
「なるほど!で、どうするの?」
「ていねいに説明するよ。しっかり聞いてね」
「うん」
「テストが始まったら、まず頭の良い子の答えを見る。その次にダイキくんがあきらめて眠るのを待つ。その間に、オレたちは机に登り正しい答えの近くにうんち💩をする。ダイキくんを起こす。ダイキくんは【点を○するクセ】があるからうんち💩のついた正しい答えに○をするはず」ポンタのアイデアにふむふむと思いながらもいくつか疑問がうかんだ。
「ポンタ、まず頭の良い子って誰?」
「サクラちゃんかなぁ」
「じゃぁ、どうやって答えを見るの?サクラちゃんの机に登ったら『キャー』って叫ばれて、下手したらあの世行きだぜ」オレは言った。
「方法はひとつある。まるおはイヤかもしれないけど…」
「なんだよ、教えろよ!」まるおは強く言った。
「蝿に頼むんだ…」
「蝿?蝿ってこの前、ボクと戦った蝿?アイツに頼む?」まるおは大声を出した。「でも、どうやって?」このままだと、まるおとポンタがケンカをはじめそうなので、話を進めた。1時間目の授業がはじまった。さすがにテスト前だ。子どもたちは静かに授業を聞いている。オレたちは教室の隅で話し続けた。授業は社会、ダイキくんは先生の話を聞いている。まぶたが少しずつくっつきそうになってきた。まだ、朝なのに…
第37話 「5月28日②」〜「5月30日①」〈久しぶりの働きアリ〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組で名前はコタロー。仲間は頭のいいポンタと食いしん坊のまるお。
〈敵か味方か〉
まるおは猛反対だ。
「ボクを後ろから攻撃してきた奴と手を組むのはイヤだイヤだ!てか、蝿と手を組んでどうするのさ!ダイキくんをどうやって助けるのさ?」
ポンタは再び説明をはじめた。
「蝿は飛べる」
「そんなことは、知っている!」
「だから上から、サクラちゃんの答えが見える。ボクたちは見えない」
「で?」
「だから、蝿には正解がわかる。それを教えてもらって正解のところにうんち💩をするんだ。そのうんち💩をダイキくんが○をすれば正解だから、点数が取れる。それしか方法はない!」珍しく強い口調でポンタが言った。まるおは黙って考えていた。ヒラヤマ先生は、ヒダサンミャクとギフケンの説明をしていた。ダイキくんは必死に黒板を見ていた。オレはまるおに言った。
「これしかない。これしかないんだよ。頼む、まるお!」まるおは頷きながら言った。
「前の日たくさん食べて、たくさんうんち💩をしなきゃいけないね」まるおはまるおだった。オレはポンタに聞いた。
「蝿にお願いするのは、どうやって?」
「前みたいに、給食室にエサを集めて蝿が来るのを待つ。で、蝿がきたら頼んでみる」
ヒラヤマ先生はカントウヘイヤとトネガワの説明をしていた。
「ちなみにだけどアラカワはトウキョウワンに出ます。ディズニーに行く時、電車から大きい観覧車が見えますよね?あのあたりです」
オレはちゃんと聞いていた。野球場のレフトの白い棒の先にあるアラカワはトウキョウワンへ流れているのだ。
〈久しぶりの給食室〉
なんか、しばらく行ってなかった。蝿とまるおの戦いは5月5日だった気がする。
オレたちは給食をよくこぼす1階の1年生のクラスから給食室にエサを運んだ。放課後にはスーパーマーケットに行ってエサを集めたりした。自分たちが食べるのは少し減らして、棚の奥にキレイに集めた。火曜日からはじめて、水曜日も木曜日も必死になって働いた。まるで昔、女王アリ様のために運んだように一生懸命頑張った(まるおはつまみ食いをしていたけど…)。そして木曜日の夜、エサの山は十分な大きさになり、最後にヒラヤマ先生の机の中から運んだハイチュウをのせた。「これで蝿は来る」ポンタは言った。学校には誰もいない。校舎の外の電灯が静まり返った給食室を少しだけ照らしている。オレたちは部屋の隅でじっとしていた。
「ブーーン」聞いたことのある音がした。
第38話 「5月30日②」〈嫌いな奴に頭を下げても…〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組で名前はコタロー。仲間は頭のいいポンタと食いしん坊のまるお。
〈友のためにプライドを捨てる〉
「ブーーン」聞いたことのある羽の音が聞こえた。配膳のワゴンが隅に並べられ、食器が重ねてある給食室。その扉の隙間から『あの蝿』が飛んできた。オレは話しかけた。
「久しぶり」
「どうしたんだ?3匹揃って。ちょっといい匂いがしたから空の飛べないアリ達がまたエサを集めてるのかと思ってやってきたぜ」
「話がある」オレはいった。
「なんだよ、かしこまって。相談なら聞いてやってもいい。棚の中のエサを全部くれるならだけどな」
「エサはくれてやる」
「やけに気前がいいじゃないか。要件は何だ」
オレは蝿にもわかりやすく説明を始めた。
「来週の月曜日の2限目、5年生は社会のテストだ。その時、2組にきて欲しい」
「行くのは別に構わない」
「廊下側の前から2番目にピンクのリボンで髪を結び、ピンクの筆箱を使っている女の子がいる。その子の答えを見て、オレたちに教えて欲しい」
「それ、カンニングっていうんだぜ、インチキじゃん!」
「ルールを破っても、やらなきゃいけない時もある(人間にもアリにも)」
「お前たちはどこにいるんだ?」
「その子から3つ後ろ、男の子の机の下にいる。(ア)とか(イ)とかを選ぶ問題だけでいいから、頼む」
「ボクからも頼む」まるおも下げたくない頭を下げ、ポンタも後に続いた。蝿はオレたちが集めたエサを確認した。
「あ、ハイチュウ!これがあるならやる」そう、言い残して蝿は飛んでいった。オレたちは2組に帰り、少しモヤモヤしながら寝た。
真夜中、目が覚めた。隣を見るとポンタはスヤスヤと寝ていた。でも、まるおはいなかった。散歩か、お腹が空いたから先生の机を漁っているんだろうと思って行ってみたら、まさにその通りだった。机からハイチュウの小さなかけらを取り出した。オレは食べる瞬間に驚かせてやろうと大声を出す準備をした。だけどまるおは食べなかった。丁寧に運び、廊下に出た。帰ってきたのは20分後だった。ちょうど、教室と給食室を往復する時間と同じだった。オレは2匹にバレないように、泣いた。
第39話 「5月31日」〜「6月2日」〈決戦前夜〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組で名前はコタロー。仲間は頭のいいポンタと食いしん坊のまるお。
〈心配だから…〉
金曜日の授業中、まるおは爆睡していた。ポンタは不思議に思っていたみたいだけど、オレは起こさず、そっとしておいた。給食の時間になって目を覚ますと、何も言わず子どもたちがこぼしたエサが、風で集まる廊下側の壁に素早く動き、食べ、そして再び寝た。
「何だよ、まるおの奴、『おはよう』も、『いただきます』も、『ごちそうさま』も言わずにまた寝やがって」ポンタは少し不満そうだった。
「まぁ、いいじゃん。そういう日もあるよ。蝿にお願いしたり、いろいろあったから」オレはごまかした。6限が終わる頃、まるおはいきなり起きて言った。
「ダイキくん家、行かない?心配だから」オレたちは互いの顔を見て頷き、教室の後ろに向かい、慣れた足つきでランドセルに入り、身構えた。ありえない勢いで机の上に置かれ、上から落ちてくるノートと筆箱を交わし、激しい揺れに耐えダイキくんの家に着いた。ダイキくんは野球の練習に行き、オレたちはキッチンでいい匂いを嗅ぎ、ご飯に備えた。
「帰ってきたら勉強するかなぁ?」ポンタは心配そうだ。リビングのテレビが大きな音でついていた。棒を持ったおねえさんが言った。
「カントウチホウは週末、グズついたお天気で、東京は土日とも朝から雨が降ったり止んだりでしょう。ところによっては強く降るエリアもあります。お気をつけください」
「よし!」ポンタは叫んだ!
「これで、野球の試合が無くなれば、ダイキくんは勉強する時間が増える」
まるおは不満そうだ。
「野球があってもなくても、ボクたちと蝿で何とかするし、ダイキくんだって勉強するし、てか、プロ野球選手になるなら勉強しなくてもいいし、あーー、」
ご飯のメニューはコロッケで、ダイキくんは5個食べて、よくこぼし、パパはビールを飲んで、ママはごちそうさまの後にぶどうジュースを飲んでいた。テレビでは野球をしていた。スズキセイヤはかっ飛ばさなかったけど、ノマとキクッチーが頑張ったようだ。ダイキくんは、途中まで応援していたけど、ソファーで寝てしまった。パパに起こされ、自分の部屋に連れて行かれた。
〈決戦前夜〉
土曜はパラパラ雨だったので野球があった。日曜はザーザーだったので野球はなかった。ダイキくんは午前中、勉強をした後、庭でバットを振った。20日前と同じように。
「セトウチコウジョウチタイ(カープ)!キタキュウシュウコウギョウチタイ(ホークス)!」
雨と汗が飛び散っている。本気で振って、本気で覚えようとしている。オレたちはダイキくんがスズキセイヤにそうするように足を叩いて応援した。その時、蝶々さんがやってきた。
「あら、1匹じゃなくて仲間もいるの?」
「オレたちは3匹組なんです」
「ホントにこの家が好きなのね」
「コロッケが美味しいから」まるおが答えた。そのあとしばらく蝶々さんと話をした。あしたからテストが始まること…平均点を取れないと野球ができなくなってしまうこと…だから蝿に頼んだこと…
「その作戦、うまくいくといいね!アリくんたちも頑張って!」そう言うと、ヒラヒラと飛んでいった。お昼を食べて、勉強を見守って、夕ごはんを食べて、勉強を見守って、ダイキくんのランドセルの中でオレたちは寝ることにした。絶対に寝坊は許されないからだ。3匹組になって1ヶ月も経っていないのに、アリにしてはたくさんの経験をした気がする。右にポンタ、左にまるおが寝ている。遠足に行ってよかったし、給食室に通ってよかった。野球のルールも覚えたし、何より、【誰かのために何かをすることの楽しさ】を知った(女王様以外に)。こんなに小さくても、役に立つかもしれない。リビングではパパとママが音楽を聴いているようだ。男の人が唄っている。
「生きててよかった、そんな夜を探している」
そんな夜は更けていった。
第40話 「6月3日」〈決戦当日〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組で名前はコタロー。仲間は頭のいいポンタと食いしん坊のまるお。
朝がきて、ランドセルに文字通り揺られて学校に着いた。ポンタは少し気分が悪くなったようだ。それぐらいダイキくんは走った。ヒラヤマ先生が教室に来て1人ずつ、みんなの名前を呼び、子どもたちはそれぞれ返事をした。きょうから中間テストということ、勉強の成果を出してほしいということ、全部書き終わったら静かにしていることを先生は伝えた。1限目は算数だ。オレたちはいつもの場所(先生の机の横の窓)でダイキくんを見守った。ダイキくんの鉛筆は最初の10分間はよく動いていたけど…ピタッと止まってしまった。
「まあいいや。勝負は2限、社会だから」まるおはそう言うと、窓の外を見た。本当に蝿は来るのか?不安そうな顔をしていた。算数のテストが終わる前、オレたちは静かに、そして素早くポジションについた。ダイキくんの机の下、廊下側の壁にピタリと張り付いた。窓は開き、カーテンがなびいている。
「蝿が入ってくるのには問題なさそうだね」ポンタは一安心の表情をした。
〈野球を続けるための2限・社会のテスト〉
1限、算数のテスト(ダイキくんの点数は期待できそうもない)が終わり、10分間の休憩をはさみ、2限になった。チャイムの前にテストは配られ、子どもたちはそれを裏にして、オレたちは壁に張り付きチャイムを待った。
「キーン、コーン」とチャイムが鳴ると同時に「はじめてください」と先生が言った。
「あいつ、来ないな…」まるおがつぶやいた。オレとポンタは聞こえないふりをしてじっとしていた。
10分経ったけど、蝿は来ない。15分経った…まだ来ない。
「蝿のやろう、裏切ったな。あんなにハイチュウ食べたくせに!許さぬ!!」まるおは激怒している。その時!ブーンと羽の音がした。格好をつけながら窓の隙間を通り抜けてあいつがやってきた。
「お待たせブンブンだぜ!」
「遅いじゃないか!」オレはまるおが言う前に、強く言った。
「これだからアリは困るんだよ。ピンクの子にだってテストを解く時間が必要だろう。はじめからいたって無駄なんだよ。わかる?」オレたちは納得して黙ってしまった。でも、気を取り直して話しかけた。
「では、段取り通り蝿はあのピンクのリボンをしている女の子の答えを見てオレたちに教えてくれ」
「わかった。約束は約束だからな」
ダイキくんの鉛筆の動きは止まりそうだった。止まったら寝るだろう。これ以上のタイミングはない。オレたちはダイキくんの机を登り始めた。蝿はサクラちゃんの机の上を静かに飛んでいる。少し湿った風が窓から廊下に抜けている。眠くなりそうな風だ。ピンクのリボンが静かに揺れていた。
第41話 「6月3日」②〈救世主〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組で名前はコタロー。仲間は頭のいいポンタと食いしん坊のまるお。
社会のテストが始まって20分、ダイキくんは早めの休憩(睡眠)に入った。このテストでダイキくんが平均点を取れなければ野球ができなくなるかもしれない。オレたちの【ダイキくん元気復活プロジェクト】の山場だ。
「どうだ?サクラちゃんの答えは見えるか?見えたら教えてくれ」オレは大声で蝿に叫んだ。
「おう!よく見えるぞ!準備はいいか?」蝿は答えた。
「いつでも💩出せるぜ!」まるおはスタンバイオッケーのようだ。
「(1)は(ウ)だ!アリ、聞こえたか?」まるおは頷くと、素早くダイキくんのテストの上を歩き(ウ)の少し横に💩をした。アリにとってはかなり臭いが、おそらく人間にはわからないだろう。
「(2)は、(2)は…よく見えない…くそっ。えっと…」蝿は答えを見ようとサクラちゃんの上をぐるぐる回った。少し疲れたのか、壁に張り付いた、その時!
「バシッ!!」ヒラヤマ先生が丸めたノートを振った。蝿は力無く床に落ちた。ティッシュで優しく包まれ、黒板下のゴミ箱に捨てられた。蝿を巻き込んでしまった申し訳なさと、このままではダイキくんを救えない危機感でオレたち3匹は混乱した。
「ごめんな、蝿」まるおが呟いた。
「やばいぞ、これはやばい」ポンタは今をどうするかを考えている。オレはだらしなく、ボーッとしてしまった。2分ぐらい経っただろうか、どうするべきかわからず、窓の方を見ていると、見たことのある飛び方で知り合いが飛んできた。
「どうやら、うまくいってないみたいね、アリさんたち。心配だから見にきたら、案の定ね」オレたちはその美しい羽の動きに、少しの希望を感じた。
「あなたたちの悪だくみはわかっているわ。誰の答えを見ればいい?」蝶々さんは聞いてきた。
「廊下側にピンクのリボンをしている子がいるよね。あの子の答えを教えてほしい」
「わかったわ。でも、私は蝿と違って目立つの。ここにいれるのは数分よ」
「短い時間でもいい。答えを教えてほしい」オレが頼むと、蝶々さんはサクラちゃんの上を飛んだ。
「(2)は(イ)。(3)も(イ)よ」聞いたまるおはブリブリと💩をした。
「これくらいが限界よ」
「(4)は?」オレは聞いた。
「もう無理。子どもたちみんなが私を見ているわ」ヒラヤマ先生の手にはまだ丸めたノートがある。蝶々さんは蝶のように舞い(蝶だけど)カーテンの間を通り帰っていった。
「まだ、3問しか💩が出来てない!」まるおは焦りを感じさせる大声を出した。ポンタは新たな作戦を考えているように見えた。ダイキくんはまだ寝ている。サクラちゃんはだいたい答えを書き終えたようだ。テスト開始から35分が過ぎた。残りは10分。スズキセイヤに憧れている少年にはこの10分がとても重要なのだ。オレは覚悟を決めた。
「オレが登る。サクラちゃんの机に登る」
「いや、オレが登る」まるおは言った。時計の針は動き続けていた。💩をして身が軽くなったまるおはダイキくんの机を軽い足取りで降り、壁際を進み、サクラちゃんの机を登り始めた。
「コタロー、ポンタ!💩は頼むぞ!」オレとポンタは頷いた。
先生はまだ、ノートを手にしていた。
【最終回】第42話 「6月3日」③〜「6月8日」〈アリが打ったホームラン〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組で名前はコタロー。仲間は頭のいいポンタと食いしん坊のまるお。
〈テストの残り時間、5分〉
まるおはこれまで見たことがないような軽いステップでサクラちゃんの机を登った(まるおはサクラちゃんに恋している)。筆箱の影に隠れて『チャンス』をうかがっている。オレとポンタはダイキくんの机の上で同じように筆箱の影に隠れている。
「まるお、見えるか?でも絶対に無理はするなよ」
「わかってる。(4)だよね?」
「そうだよ。(ア)か?(イ)か?(ウ)か?それとも(エ)か?それだけを教えてくれればいい。見た感じ、ダイキくんは結構、答えを書いている。(4)が正解なら平均点はいくはずだ、頼む!」
サクラちゃんはもちろん起きている。答えはもう全部書き終わっているけど、問題を何度も何度も読み直している。寝ればいいと心から思った。元気な太陽を遮るために閉じられたカーテンはおおよそ6月とは思えない熱風で揺れている。サクラちゃんを眠らせるには無理な風だ。まるおは眉間にしわをよせ、集中している。サクラちゃんの視線を確認しながら、テストから少しでも目を離した瞬間に猛ダッシュする予定だ。残り時間は5分。ダイキくんはまだ寝ている。その時、カーテンの隙間から蝶々さんがひらひらと入ってきた。彼女はオレたちにウインクし、優雅に舞った。サクラちゃんはそっちを見た。まるおは大きな体(アリとしては)を揺らし、走って(4)に進み、腹の底から叫んだ!
「(ウ)だ💩の(ウ)だ!」
オレとポンタは文字通り『力をこめて』💩をした。
「これでなんとかなる。野球ができる」オレはポンタに言った。ポンタは確信を持って頷いた。
『ダイキくん元気復活プロジェクト』、オレたち3匹が出来ることは全てやった。
あと2分、そろそろ終わりのチャイムが鳴る頃だ。
蝶々さんは素早くカーテンの隙間から外に出た。
ヒラヤマ先生は丸めたノートを持つ右手を強く振り下ろした。
「バシン」という音とサクラちゃんの「キャッ」という悲鳴が聞こえた。
サクラちゃんの机から黒く『小さいもの』が床に落ちた。
カーテンを揺らすほどの強い風が吹き込んだ。
ホコリ、埃、消しゴムのカス、チョークの粉…
いろんな『小さなもの』が廊下に抜けていった。
ダイキくんは起きて答案用紙の黒い点に○をした。
チャイムが鳴りテストは終わった。
土曜日、オレとポンタはアラカワの河川敷にいた。
「かっ飛ばせ〜ダイキ!」だいぶ日焼けが進んだ子どもたちが叫んだ。
「カキーン」スズキセイヤみたいな音がした。
白いボールはアラカワに消えた。
平均点より2点多く取った少年は右手を握り、
雲ひとつない青空に向かって上げた。
3塁を回ってゆっくりオレたちの方に帰ってきた。
ホームを踏んで眉毛の太いチームメイトとハイタッチをした。
白いヘルメットの上でまるおが笑っている気がした。
「ボクはホームランを打ったんだぜ」
オレたちにはそう聞こえた。
(4)の配点は3点だった。
第1部、おわり。
あとがき
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組で名前はコタロー。仲間は頭のいいポンタと食いしん坊のまるお。
ここまでが4月9日から6月8日まで、約2ヶ月にオレの周りで起こった出来事だ。実は少し前のことなんだけど、読んでくれたみんなは何年かわかっただろうか?ヒントはスズキセイヤかな。
まるおは風に乗って飛んでいってしまったけど、その後もポンタと楽しくやっているよ。本当に勉強が好きで頭がいいから6年生でも物足りないとか言っている(やれやれ)。
アリは小さい、人間は普通くらい、アラカワは大きい、海はもっと大きい(多分)、地球はとっても大きいってことだ。オレたちにとって人間や公園や学校は大きいんだ。人間にとってアリは小さいけど地球は大きい。それぞれの感覚や考え方があるってことかな。
地球はどう思っているだろう。
「あー、またケンカしているよ」って眺めてくれていたらいいんだけど。
で、小さなアリにも『夢』があった。
オレ(コタロー):海を見たい
ポンタ:高いビルの一番上に行ってみたい
まるお:ホームランを打ちたい(サクラちゃんのそばにいたい)
みんなの『夢』は?
また、会おう!
Cast
コタロー
ポンタ
まるお
ダイキくん・ダイキくんのママ・パパ
サクラちゃん
ヒラヤマ先生
シュニン
眉毛の太いチームメイト
英語の先生
蝿
蝶々さん
※抜けてたら教えてください
