年収1,500万円とハービスENTを捨てて、私が『3人の父』として選んだ道。
第1章:安定という名の「見えない壁」を壊した日
「このままでいいんだろうか。」
西梅田、ハービスENTの重厚なエントランスを抜け、高層階のオフィスへと向かう。窓の外には大阪の街並みが広がり、手元には年収1,500万円という、誰もが羨むような安定した数字がある。大企業の看板を背負い、周囲からは「最高のキャリアだね」と言われる。
しかし、その洗練された空間に身を置くほど、心の中では小さな違和感が静かに、でも確実に膨らんでいました。
1983年に生まれ、オリックス株式会社。ソニー生命保険株式会社。
社会に出て、着実に役割を果たしてきた。ふと顔を上げたとき、自分の名前ではなく「会社の肩書き」でしか語れない自分に、言いようのない焦りを感じたのです。
「守るもの」が最大だったからこそ、攻めたかった
当時、家には3人の子供たちがいました。 中学進学を控え、少しずつ大人びてきた小学5年生。 ランドセルを背負い、新しい世界に飛び込んだばかりの小学1年生。 そして、目が離せない真っ盛りの2歳児。
「年収1,500万円を捨てるなんて頭がおかしい」 「子供が3人もいて、今その安定を手放すのは無責任すぎる」
そんな声が、自分の中からも、周囲からも聞こえてきました。
でも、私は逆でした。これから広い世界へ出ていく子供たちに、「人生は1度きり。社会の常識に囚われずに生きて欲しい」。 それが、私が父として、一人の人間として示せる最大の教育ではないかと考えたのです。
深夜、静かなリビングで繰り返した「終わらない計算」
独立を決意するまで、何度も、何度も、ノートに収支のシミュレーションを書き殴りました。FPとしての知識があるからこそ、最悪のシナリオが数字としてリアルに見えてしまう。
計算機を叩き、Excelを更新し、深夜の静かなリビングで一人、答えの出ない問いを繰り返す日々。 「いくらシミュレーションしても、最後の一歩が踏み出せない……」
そんな私を見て、妻は意外にもすんなりと、こう言いました。 「やってみないと分からないんだから、とりあえずやってみたら?」
その拍子抜けするほど真っ直ぐな言葉が、何十回、何百回のシミュレーションよりも私の背中を強く押してくれました。
よし、行こう。
2024年、子供たちがようやく寝静まった西宮の自宅で、私はノートを閉じました。そこには、ハービスENTのオフィスで見慣れた「組織の資料」ではなく、そして「Sun Rise(日の出)」という新しい名前の構想が刻まれていました。
1,500万円の安定も、ハービスENTの景色も過去のものにする。 3人の子供たちの未来を背負って、ただの「自分」として歩み出す。
2024年10月私の新しい朝が始まった瞬間でした。
