映画を観た記録50 2025年3月23日    テレンス・ヤング『クランスマン』

  

Amazon Prime Videoでテレンス・ヤング『クランスマン』を観る。

007映画を作っているテレンス・ヤングである。本作は三船主演の『レッド・サン』の後に作られており、テレンス・ヤングの007シリーズはサンダーボール作戦で終わり、その約10年後の作品が本作のKKKが支配する街での主題が物語の映画である。

本作には、脚本にサミュエル・フラーが一枚かんでいるのか、セリフ、描写など、極端な表現である。サミュエル・フラーはその極端さにおいて、映画を使いこなせる作家であることはいうまでもない。

主演の保安官を演じるのはリー・マーヴィンである。リー・マーヴィン演ずる保安官は、街を支配するKKKに困っているようなのだ。冒頭、リー・マーヴィンは、黒人同士のセックスショーを野外で白人ら衆人のもとで行わていることを見つけ、止めに入る。そのときも不法侵入とか、みんな帰れ、とかなどといって、KKKとの直接的な対決は避けている。それは弱腰ということではなく、暴力が暴力を生むという状態へ発展させないための狡知なのである。

ちなみに、オープニングシーンの音楽はステイプル・シンガーズであり、正統なゴスペルグループの割には、というか、だからこそ、というべきか、グループの特徴であるソウルフルな歌が流れる。

リー・マーヴィン演ずる保安官は、KKKにレイプされた黒人女性ロレッタに「黒人男性に犯された」というように約束させる。これも、単細胞は、悪徳保安官だ!と反応しそうだが、そうではなく、このような手段で彼女をKKKからの攻撃に遭わせないようにしる狡知である。

とにかく、リー・マーヴィン演ずる保安官トラックはそのような狡知でむしろ、立場上、弱い側を守っているのである。リーは、次期、保安官再選も視野にいれているから、黒人に肩入れしていると住人に思われるのは具合が悪いという事情もある。

リチャード・バートン演ずる足の悪い博愛主義者ブレッタは、生活保護受給者の黒人を自宅に住まわせ、そのことが、KKKから憎悪の的とされている。その中の黒人女性がロレッタであり、ロレッタはシカゴで週給160ドルの仕事を黒人女性で得られたとブレッタに再会したとき、話している。ロレッタは、ブレッタとセックスしていると街のものが噂している。チョコの味はどうなんだ?というような言葉でうわさされている。

そのブレッタに結婚したいのがリンダ・エヴァンス演じる白人女性ナンシーであるが、ナンシーは見知らぬ誰かにレイプされ、黒人がレイプしたことになり、ウイリーという黒人がレイプした容疑でリー・マーヴィン演ずるトラック保安官に逮捕される。

しかし、ナンシーをレイプしたのはウイリーではないのである。だが、ウイリーは、身柄保護のため、留置場に長らく収監される。

リー・マーヴィン演ずるトラック保安官は、暴力的な保安官であるが、そうでもないと、手がつけられない野獣の街と化してしまうから、マキャベリズムに徹しているのである。

街は、アラバマ州のどこかにある街である。街の入り口には、drive carefullyなどという皮肉なのか掲げられている。

その街の市長もKKKに属し、KKKの上級幹部なのである。

この市長は、皮肉にも、アメリカに黒人奴隷制が根付いた過程をセリフで語っている。彼は言う、「黒人が街から出て行ったら、軍隊に入り、ドイツへ行き、スキーの講師などになってしまい、白人は黒人並みの賃金で働かないから、困る」と述べるのである。この市長が語ったセリフにアメリカに黒人奴隷制が根付いた過程が凝縮している。多くの人間は、というか特に日本人は、差別をまるで意識の問題と見たがるが、そうではない、それは階級の問題なのだ。サミュエル・フラーにせよ、テレンス・ヤングにせよ、「人種差別」を唯物論としてとらえているのだ。

OJ・シンプソンが暴力で社会変革を唱える黒人を演じている。それも見どころだ。

本作は渋い傑作であり、パブリックドメインの映画fである。

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