「飼うのは絶対ダメ!」と叫ぶ少女と食欲に忠実なハムスター、そしてエラ呼吸の人生相談が交差する大阪の午後
垂直跳びの出力低下、あるいは「普通」という名の水圧
ハローワークの自動ドア
(僕にとっては機能不全の防護壁)を
後にした僕はいつものように
アスファルトを蹴り上げた。
しかし、どうしたことだろう。
いつもなら街灯の高さまで届く。
その自慢の僕の跳躍は
せいぜいガードレールの高さで失速してしまう。
僕は、自分の真っ白なタイツに包まれた脚を見つめた。
「普通」という名の
目に見えない高濃度の塩分が
僕の筋肉をじわじわと
硬直させているようだった。
「なるほど。これが『挫折』、あるいは『社会からの疎外感』。心理学のパンフレット(精神科の待ち合い椅子に落ちていたもの)によれば、人間は自分と周囲の境界線が防波堤のように高くなったとき、重力が増したように感じるのだとか。僕のようなハイブリッドな存在でも、陸上の重力加速度 $g=9.8m/s^2$ の呪縛からは逃れられないということですか。少しだけ、エラが乾燥するような気分です」
僕は垂直跳びを諦め
人間のように、そう人間のように
かかとを地面に引きずるように歩き出した。
それは、999年の回遊人生で
初めて経験する「重たい散歩」だった。

被食者の論理、あるいは「救助」という名の未知の潮流
かかとを引きずりながら歩く僕は
ふと足元の側溝を見つめた。
もし、僕がまだ「ただの魚」だったなら
この「動けなくなった状態」は
そのまま死を意味する。そう死だ。
「知っています。食物連鎖のピラミッド(小学校の理科室から飛んできたプリント)で読みました。弱った個体は、上位の捕食者にエネルギー(肉)を還元するのが自然界の礼儀であると。サメか、あるいはもっと巨大なクロダイに、僕のこの白タイツごと飲み込まれて、物語は完結するはずです」
しかし、ここはアスファルトの海だ。
僕を飲み込もうとするサメもいなければ
僕を突っつくカモメもいない。
ただ、無関心な「普通」の人間たちが
僕の横をすり抜けていくだけだ。
「……なるほど。これが人間社会の『セーフティネット』の不在、あるいは『孤独』。福祉のしおり(公民館の古紙回収に出されていたもの)によれば、困っている人間には『公的扶助』や『誰かの手』が差し伸べられると記されていました。しかし、今の僕に差し伸べられるのは、道行く人の冷たい視線という名の刺胞(しほう)だけ。僕は魚として死ぬこともできず、人間として助けられることもない。このまま干物(ドライ・エイジング)になるのを待つしかないのでしょうか」
僕は、かつて海で見てきた
「群れ」の暖かさを思い出した。
誰かが弱れば、群れ全体が
それを守るように泳ぐ。
陸上の人間という群れにも
僕のような「少しだけ鱗の多い新参者」を
救うシステムは存在するのでしょうか。

脳内空腹、あるいは「大阪という名の濃い海水」
かかとを引きずりながら歩く
僕の鼻腔(正確には嗅覚細胞)が
ソースの焼ける強烈な匂いを捉えた。
百科事典によれば
これは「タコ焼き」と呼ばれる。
海の仲間タコを小麦粉の球体に封じ込めた
禁断の呪術的食物だ。
その匂いの源泉には賑やかな三人組がいた。
「なぁ、けいか~、タコ焼き食べへん?」
丸っこいハムスターのような生き物が
食い入るように鉄板を見つめている。
「さっき、お昼を食べたばかりでしょ!?」
耳のついた可愛らしい女性が呆れたように返す。
「そうは言っても、目の前にあるとなぁ?」
「いわゆる頭脳的空腹というやつですね」
眼鏡をかけた脳のような
不思議な紳士が冷静に補足した。
「頭脳的?ってなんそれ?」
「空腹ではないのに、良い匂いを嗅いだりすると食欲がわいてくる現象です」
「そう、それや、頭が腹減ってるんや」
僕はそのやり取りを
電柱の影から見つめていた。
「……なるほど。これが『コミュニケーション』、あるいは『漫才』。知っています、上方文化の解説書(古本屋の軒先で埃を被っていたもの)で読みました。言葉を等価交換するのではなく、あえてズラすことで周囲の空気を振動させ、生存エネルギーに変える高等技術です。今の僕には、その振動さえ眩しすぎます」
僕は思わず深くため息をついた。
エラから漏れた「フシュゥ……」
湿った音が彼らの会話に割り込んでしまった。
「なぁ、けいか~……うん!?」
「どしたん?」
「けいか~、あれ何なん?」
「あれって? ……え~あれ!?」
少女の視線が僕のニューエラキャップと
そこから覗くクロダイの
つぶらな瞳(乾燥気味)に突き刺さる。
「半魚人でしょうか?」
「半魚人って……なんか違わない?」
「頭の部分はクロダイ、俗に言うちぬのようです」
「ちぬびとや!」
ハムスターが直感だけで
僕の正体を(半分だけ)言い当てた。
「そのような生物はいません。正確には発見されていません」
僕は覚悟を決めた。
魚なら逃げる場面だが
今の僕は「挫折した人間」の歩き方を
習得しつつある。
僕は一歩、彼らの賑やかな円の中へと踏み出した。
「失礼。知っています。今の僕は、生物学的なバグ、あるいは都市伝説の具現化に過ぎません。ですが、もしお時間があれば、僕の『刺身に届かない5円玉の悲劇』を聞いていただけませんか?」

群れの導き、あるいは「龍之介」という名の救助信号
タコ焼きの匂いと
三人の丁々発止のやり取り。
その圧倒的な「陸上の生命力」に
気圧されながら僕は自分の5円玉を握りしめた。
どうやら、僕の存在は
彼らの胃袋(頭脳的空腹)よりも
大きなインパクトを与えてしまったらしい。
「なぁ、けいか~」
ふみまる君が、潤んだ瞳で僕とけいかさんを交互に見る。
「ダメ、ぜったいダメ!!」
けいかさんが食い気味に叫んだ。
知っています。
それはポスター(小学校の校門横)で見た
強い拒絶の定型句です。
「まだなんも言ってないで」
「言わんでもわかるわ!」
「ダメなん?」
「ダメ!」
「なんで? ダメなん?」
「なんでって……よくわからないもん飼えないでしょ!」
「飼う」という単語が僕のエラを震わせた。
百科事典によれば、それは
「特定の個体に餌と寝床を保証し、代わりに愛嬌を搾取する契約」のことだ。
僕のプライド(2004年版の矜持)が
少しだけ、ピチッと跳ねた。
「飼うというのは正確ではありません。意思疎通は可能なので、この場合は一緒に暮らすというほうが正しいでしょう」
ミソマル君がメガネを光らせて訂正する。
知っています、それは「シェアハウス」という
陸上の高度な共生システムですね。
「そう、それ。ちぬびとさ~、困っとるようやしさ~、ダメ?」
ふみまる君の粘り強い「回遊」に
けいかさんの表情が少しずつ
干潮時の砂浜のように柔らかくなっていく。
「う~ん、どないしよ?」
「こういうときは龍之介さんに相談すると良いでしょう」
ミソマル君が、まるで深海で光る
提灯アンコウのようにひとつの解決策を提示した。
「それだ!」
けいかさんとふみまる君の声が重なる。
「リュウノスケ……?」
僕はその名前を反芻した。知っています。
歴史の教科書(高校生が海に捨てたもの)によれば
それは「芥川」という姓を持つ文豪か
あるいは「坂本」という名を持つ英雄に近い響き。
「あの、その龍之介さんというのは、僕のような『598円に届かない個体』を、お造りにせずに受け入れてくれる御方なのでしょうか? もしかして、巨大な生簀(いけす)のオーナーか何かで……?」
僕の不安をよそに
三人はすでに「龍之介さんのところへ」と
いうルートを確定させていた。
その名前が、僕にとって「救済」なのか
あるいは「さらなる調理」なのかは分からない。
しかし
一人で歩く重たい散歩よりは
誰かの隣で跳ねる方が
白タイツの筋肉も喜んでいるようだった。
「……分かりました。その龍之介さんとやらの元へ、僕も同行(回遊)させていただきます。知っています。こういうのを『縁』、あるいは『伏線』と呼ぶのですよね」
僕は希望と少しの警戒心を胸に
三人の後ろをついていくことにした。
大阪の街は、相変わらず
ソースの匂いで満ちていたが
僕の側線は新しい潮の目を感じ取っていた。

あとがき
ポジティヴ思考なちぬびとも
普通の壁に阻まれて少しショックを受ける。
そこへゲストの3人が救いの手を。。。
そんなお話でした。
そして。。。次回!あのゲストが!!!
って名前出てますね。ネタバレしてます。
今回のゲストです!
心野けいか🐹(ハムスターの人)さんです。
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今回もアカリウムにこそっと入れとこ(笑)
創作あそびUP系にもね(笑)
他にも入れてもいいよって人がいたら。。。
タグを紹介してくれると嬉しいです。
それでは、このあたりで。
お読みいただきありがとうございました。
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