「70歳現役」時代の組織論:企業の活力を維持する人事の次なる一手ー日経記事より考察
原田亮介氏の日経新聞記事『70歳定年 日本は倣えるか』(2025年12月8日)を拝読しました。
少子化の加速に伴い、社会保障制度の維持が先進国共通の課題となる中、高齢者が現在より5歳長く働く「70歳定年」が世界の潮流となりつつあります。記事によれば、デンマークでは平均余命の伸長に合わせて定年と年金支給年齢を連動させる仕組みを導入し、将来的な引き上げを見込んでいます。一方で、フランスのように年金改革が世論の猛反発を招く事例もあり、政治的な難易度は極めて高いのが現状です。
しかし、予測を超える出生率の低下は世界的な傾向であり、人口維持を前提とした社会保障制度の抜本的な見直しは避けられません。日本においても、現役世代が高齢世代を支える構図から、70歳までを「支える側」とする転換が求められています。
現在は65歳までの雇用確保が義務で70歳までは努力義務ですが、年金支給開始年齢の引き上げとセットで、「+5歳」長く働き続けられる社会へのロードマップ策定が急務です。これには定年延長だけでなく、健康寿命の延伸、副業の解禁、そして政治が痛みを伴う改革を先送りせずに断行する覚悟が必要不可欠であると論じられています。
組織の新陳代謝とシニア活用の両立へ向けて
今回の論考で触れられている「70歳定年」というテーマは、企業組織において単に「雇用期間を延ばす」という手続き上の変更にとどまらず、人材マネジメントの根幹に関わるパラダイムシフトを示唆しているように感じられます。70歳までが現役という前提に立ったとき、これまでの人事制度や組織風土をどのように再構築していくか、いくつかの視点から考えを巡らせてみたいと思います。
長期就労を見据えた「役割」と「処遇」の再設計
まず検討したいのが、70歳までモチベーションを維持しながら働いていただくための、役割と処遇のバランスについてです。これまでの多くの日本企業では、60歳で役職定年を迎え、その後は再雇用という形で給与を大きく下げつつ、責任の軽い業務に従事してもらうというスタイルが一般的でした。しかし、70歳までの10年間を「余生」として過ごすにはあまりに期間が長く、また労働力人口が減少する中で、これほどの期間、経験豊富な人材の能力をフルに発揮してもらえないのは組織としての損失とも考えられます。
そこで一つの手として考えられるのが、年齢ではなく「役割(ジョブ)」に基づいた処遇への移行を、シニア層から先行して進めていくことです。年齢を重ねても高い成果を出せる方には、現役世代と変わらぬ、あるいはそれ以上の処遇を用意する一方で、体力面などでペースダウンを希望する方には、それに見合った役割と報酬を用意する。画一的な「再雇用コース」ではなく、個々人の意欲や体力に応じた多様な選択肢を用意することが、70歳までの長いキャリアを並走する鍵になるのではないでしょうか。
「アンラーニング」と「リスキリング」の日常化
次に注目したいのが、スキルの陳腐化に対するアプローチです。技術革新のスピードが早い現代において、20代や30代で身につけたスキルだけで70歳まで走り切ることは難しくなっています。これまでは、定年間際の社員に対して新たな教育投資を行うことは回収期間の観点から消極的になりがちでしたが、70歳まで働くとなれば話は変わってきます。
ここで大切にしたい視点が、新しいことを学ぶ「リスキリング」と同時に、過去の成功体験や古いやり方を手放す「アンラーニング」の支援です。特に経験豊富なベテラン社員ほど、過去のやり方に固執してしまうケースも見受けられます。
組織としては、年齢に関わらず新しいツールや考え方に触れる機会を意識的に作り出し、学ぶことへの心理的ハードルを下げる工夫をしていくことが望まれます。例えば、若手社員がシニア社員にデジタル技術を教える「リバースメンター」のような制度を取り入れることも、世代間のコミュニケーション促進とスキル更新の一石二鳥を狙える有効な一手かもしれません。
健康経営の深化と「働ける体」の維持
70歳定年時代において避けて通れないのが、健康面での課題です。記事でも健康寿命について触れられていますが、企業としても、社員が心身ともに健康で長く働き続けられる環境整備がより一層重要になります。従来の健康診断やストレスチェックに加え、加齢に伴う身体機能の変化に合わせた職場環境の改善や、予防医療への啓蒙活動など、一歩踏み込んだサポートが求められるでしょう。
また、フルタイム勤務だけでなく、週3日勤務や短時間勤務など、体力に合わせた柔軟な働き方を制度として整えておくことも大切です。無理なく長く働ける環境があるということは、シニア社員だけでなく、介護や育児を抱える現役世代にとっても安心材料となり、結果として組織全体のエンゲージメント向上につながることも期待できます。
組織の「出口戦略」とセカンドキャリア支援
70歳まで企業が抱え込むことだけが正解ではない、という視点も持ち合わせておきたいところです。記事にもあるように、副業の自由化や雇用の流動化が進む中で、定年延長を一律に適用するのではなく、社外での活躍を支援する「転進支援」も重要な人事施策の一つとなります。
早期から社外でも通用するスキルを棚卸しするキャリア研修を行ったり、副業を通じて他社での経験を積むことを推奨したりすることは、社員の自律的なキャリア形成を促します。結果として自社に残る選択をしたとしても、その社員は「会社にぶら下がる」のではなく「自らの意思でここで働く」という主体性を持つことになり、組織への貢献度も高まることが予想されます。企業と個人の関係を「雇用する・される」という従属的なものから、互いに選び合う対等なパートナーシップへと変化させていく良いきっかけになるかもしれません。
世代間の公平性と納得感の醸成
最後に、世代間のバランスについてです。シニア層が長く組織に留まることで、若手社員のポストが空かない、あるいは人件費の総額が膨らみ若手への配分が減るといった懸念も生じかねません。こうした世代間の不公平感を解消するためには、評価制度の透明性を高め、「誰がどのような価値を発揮しているか」を明確にすることが不可欠です。
シニア社員が豊富な経験を活かして若手の育成に貢献している、あるいは高度な専門性で難易度の高い案件を解決しているといった事実が可視化されれば、若手社員にとっても納得感があり、また将来の自身のキャリアモデルとしてポジティブに捉えられるはずです。
逆に、単に在籍年数が長いだけで高待遇を受けている状況が放置されれば、組織の活力は削がれてしまいます。シニア層の活用を進めると同時に、若手・中堅層が閉塞感を感じないよう、抜擢人事やプロジェクト単位でのリーダー登用など、成長の機会を意図的に提供していくバランス感覚が求められます。
70歳定年という社会の変化は、企業にとってはコスト増というリスクであると同時に、経験豊富な人材という資産を長く活用できるチャンスでもあります。制度の枠組みを変えるだけでなく、社員一人ひとりの意識や組織風土も含めたトータルな変革を進めていくことが、この変化を前向きに乗り越える道筋になるのではないでしょうか。

