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【書籍】崩れグセを許さない。プロフェッショナルとして成長するための「ここ一番」の覚悟

 『1日1話、読めば心が熱くなる365人の人間学の教科書』(致知出版社、2025年)のp73「2月14日:「ここ一番」の踏ん張りどころ 道場六三郎(銀座ろくさん亭主人)」を取り上げたいと思います。

 道場六三郎氏といえば、和食の概念を打ち破り、常に新しい挑戦を続けてきた「料理界の風雲児」として知られています。しかし、その輝かしい成功の裏側には、想像を絶するような下積み時代の苦労と、自らの魂を削るような葛藤があったといいます。若き日の道場氏が直面したのは、現代の価値観では測りきれないほどの厳しい徒弟制度と、理不尽なまでの人間関係の壁でした。

 修業時代、道場氏は先輩から殴られたり、高下駄で蹴飛ばされたりといった日常的な身体的苦痛を受けていました。しかし、意外なことに、氏はそれを「辛い」と感じたことは一度もなかったといいます。そこにあったのは、負けん気の強さという天賦の才でした。しかし、そんな彼でも一度だけ、本気で料理人の道を諦めようと思い詰めた時期がありました。それが、神戸観光ホテルでの修業時代における「板長によるいじめ」でした。

 当時の道場氏は20代前半。魚をおろす「向板」という重要な役割を担いながら、板場の進行も仕切るという、一日15-16時間に及ぶ激務をこなしていました。彼は周囲との和を重んじ、仲居さんたちにも気配りを欠かさなかったため、現場では非常に重宝されていたといいます。しかし、その周囲からの信頼が、上司である板長の嫉妬を買うことになってしまいました。本来なら上司を通すべき筋を飛び越えて仕事が舞い込む状況に、板長は不快感を募らせ、執拗な嫌がらせを開始したのです。

 それは、物理的な時間制限という形で現れました。通常、仕込みには二時間は必要なところ、板長は開店の一時間前にならないと調理場へ入れてくれないという意地悪を繰り返しました。極限の状態に追い込まれた道場氏は、それでも諦めませんでした。「早く、きれいに」という言葉を呪文のように唱え、猛烈なスピードで仕事をこなす工夫を凝らしました。その鬼気迫る動きを見た周囲の先輩たちは、彼を「駆逐艦」と呼んで畏怖したほどです。

 それでも板長の罵声や料理をひっくり返されるといった嫌がらせは続きました。毎日のように続く理不尽に、さすがの道場氏も「もうやめようか」と、生まれて初めて挫折の淵に立ちました。しかし、彼はそこで踏みとどまりました。これまで積み上げてきたものを捨ててゼロからやり直すことの損失を考え、ここが人生の「踏ん張りどころ」だと覚悟を決めたのです。死ぬ物狂いで仕事に打ち込む彼の姿は、やがて板長の頑なな心さえも動かし、いじめは収束していきました。

 この経験は、道場氏にとって単なる苦労話ではありません。「ここ一番」という局面で踏ん張れるかどうかが、その後の人生を決定づけるという確信に繋がっています。一度でも逃げることを自分に許してしまえば、それは「崩れグセ」となって一生ついて回る。一流と呼ばれる人間は、この瀬戸際で踏ん張りきれる強さを持っているのだと、氏は自らの経験を通じて私たちに語りかけています。

人生には「ここ一番」という踏ん張りどころが何度かある。どんな分野でも一流と呼ばれるのは、そういう「ここ一番」の局面で踏ん張ることのできる人だよね。二流は踏ん張れないから、いままで築き上げてきたものまでガラガラと崩してしまうんだ。人間、一度でも崩れることを許したら崩れグセがついて、次の「ここ一番」も頑張れない。

『1日1話、読めば心が熱くなる365人の人間学の教科書』p73より引用

現代の組織における「踏ん張りどころ」をどう支えるか

 道場氏のエピソードは、現代のビジネスシーン、特に人が育つ環境を考える立場からすると、非常に示唆に富んでいます。もちろん、当時の理不尽な指導をそのまま肯定することはできませんが、個人の成長において「ある種の負荷」がもたらす化学反応については、深く考察する余地があるといえるでしょう。

成長のトリガーとしての「負荷」との向き合い方

 組織において、メンバーが「もう限界だ」と感じる瞬間は必ず訪れます。そのとき、周囲が単に負荷を取り除いてあげることだけが正解ではないのかもしれません。道場氏が「駆逐艦」とまで呼ばれるスピードを身につけたのは、皮肉にも板長から与えられた「短時間での仕込み」という過酷な制約があったからです。

 もちろん、心身を壊すような過度なストレスは避けるべきですが、本人が「ここが踏ん張りどころだ」と感じている局面では、あえてその挑戦を見守り、乗り越えるための「技術的な支援」を差し出すことが有効な一手と考えられます。精神論で励ますのではなく、どうすれば限られた時間で成果を出せるのか、その「工夫」を一緒に考える伴走者としての立ち位置を大切にしたいところです。

「崩れグセ」を防ぐためのレジリエンス支援

 道場氏が指摘する「一度崩れることを許すと崩れグセがつく」という言葉は、キャリア形成の観点からも非常に重い意味を持ちます。一つの困難から逃げ出す習慣がついてしまうと、次の職場で同様の壁に当たった際も、無意識に「回避」を選択しやすくなる傾向があるといえるでしょう。

 こうした事態を防ぐためには、個人のレジリエンス(復元力)を高めるアプローチが重要になります。困難に直面したメンバーに対し、それが「将来の自分にとってどのような意味を持つ経験なのか」という意味付けを支援することは、非常に価値のある関わりだといえます。ただ耐えるのではなく、その経験が自分の市場価値やスキルをどう高めるのかを言語化できれば、それは「耐え難い苦痛」から「攻略すべき課題」へと変容する可能性があるからです。

心理的安全性のなかで「踏ん張り」を促す

 かつての調理場のような閉鎖的な環境でのいじめは、現代では許容されません。しかし、厳しい要求が全くない「ぬるま湯」のような環境もまた、一流を育てるには不十分かもしれません。目指したいのは、高い心理的安全性が担保された上での「高負荷な挑戦」ができる環境です。

 「失敗しても見捨てられない」「困ったときは助けを求められる」という安心感があるからこそ、人は自分の限界を突破するための「踏ん張り」を見せることができます。道場氏のケースでは、板長との関係は最悪でしたが、彼は仲居さんたちや他の先輩たちとの良好な関係、つまり自分の「居場所」を確保していました。この居場所があったからこそ、彼は孤独に押し潰されずに済んだのかもしれません。周囲との連携や信頼関係を築く力が、巡り巡って自分を救うことになるという事実は、現代のチームビルディングにおいても大いに参考にしたいところです。

キャリアの節目における「ここ一番」の目利き

 人に関わる仕事をしていると、一人ひとりのキャリアには、まさに「ここ一番」という転換点があることに気づかされます。そのタイミングは、昇進の直後であったり、新しいプロジェクトの立ち上げ時期であったりと様々です。

 この重要な局面にいるメンバーに対し、適切なフィードバックと動機付けを行うことは、個人の成長を加速させる大きな鍵となります。道場氏が語る「死に物狂いで仕事をした」という経験は、後年に振り返れば「あの時があったから今がある」という揺るぎない自信に繋がっています。メンバーが数年後、あるいは数十年後に「あの踏ん張りどころを乗り越えてよかった」と思えるような、記憶に残る成功体験をプロデュースしていく視点を持ちたいものです。

「負けん気」を「自律的な成長」へ変換する

 道場氏の原動力は「負けん気」でした。現代の組織においては、このエネルギーを「他者への対抗心」から「理想の自分への追求」という自律的な成長意欲へと昇華させる工夫が求められます。

 強烈な個性がぶつかり合う現場では摩擦も起きますが、その摩擦から生まれる熱量を、いかに組織の創造性に繋げていくか。道場氏が「駆逐艦」として自分なりの創意工夫を楽しんだように、制約条件のなかで遊び心や独自のスタイルを見出すことを推奨する文化を作っていければ、踏ん張ることは「苦行」ではなく、一種の「自己表現」になるのではないでしょうか。

最後に:一流への道をともに歩む

 一流とは、才能だけで作られるものではなく、困難な局面で「あと一歩」を踏み出した経験の積み重ねによって形作られるものです。道場氏の物語は、どんなに時代が変わっても、プロフェッショナルとして生きる以上、避けては通れない「自分との闘い」があることを教えてくれています。

 その闘いに挑む個人に対し、敬意を持って接し、彼らが「ここ一番」で力を発揮できるような土壌を整えていくこと。それは、単なる管理ではなく、人間の可能性を信じるという尊い営みにほかなりません。一人ひとりが持つ「駆逐艦」のような勢いを殺さず、かつ、組織として健やかに成長できる道を模索し続けたいと考えます。


致知出版社が 50年近く探究してきた「人間学(=人間性を高める学び)」をテーマに、365人のプロフェッショナルの強烈な体験談から、 時代、業種、年齢、立場を越えて通底する「仕事と人生の法則」、「幸福に生きるためのヒント」を結晶化させた、全世代に贈る教科書です。
(=致知出版社の紹介から引用)


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