見出し画像

「休み方改革」のススメ:大愚和尚の教えを企業の健康経営に活かす人事の視点ー日経ビジネス記事

 大愚和尚著『生と、死と 疲れが抜けないのは休み方のせい 現代人のための「休み直し」』(日経ビジネス電子版、2025年8月7日公開)を拝読しました。

現代人が本当に「休む」ということ

 現代社会において、多くの人が長期休暇後ですら「休んだ気がしない」という慢性的な疲労感を抱えています。その原因は、休日にも関わらず情報機器の利用や過密なスケジュールによって、心身が常に活動し続けていることにあります。この記事では、福井県の由緒ある寺院の和尚である大愚氏が、仏教の智慧に基づき、「休む」という行為を「体」と「心」に分けて捉え直し、それぞれの適切な休息法を提唱しています。個人の努力不足だけでなく、刺激に溢れた社会構造そのものが休息を妨げていると指摘し、真の回復に至るための具体的な方法論を示しています。

「体を休める」ための三つの生活習慣

 肉体的な疲労を回復させるためには、意識的に「体にとって良いこと」を選択する必要があります。
 第一に「食事」です。飽食の時代だからこそ、消化に大きなエネルギーを要するご馳走を避け、「食べ過ぎない」「消化の良いものを選ぶ」、時には「一食抜く」といった選択が体を休ませます。
 第二に「運動」です。人間は動物であり、適度な運動は血流やリンパの流れを促進し、体内の循環を整えます。疲れている時こそ、軽く体を動かすことが、かえって疲労回復につながるのです。
 第三に最も重要なのが「睡眠」です。睡眠時間よりも「何時に寝るか」が鍵であり、特に「夜10時に寝る」ことを3日間続けるだけで、体調は劇的に改善するといいます。早寝は自然な早起きを促し、体内リズムを根本から整えるのです。

「心を休める」ための三つのアプローチ

 体の休息と同様に、心の休息も不可欠です。しかし、心の疲れは自覚しにくいという特徴があります。
 心を休ませるための第一歩は「五感から入る刺激(心の食事)」を管理することです。現代は情報過多であり、無意識に浴びる大量の情報は心を疲弊させます。意識的にスマートフォンやインターネットから離れる「情報断食」の時間が、心の静けさを取り戻すために何よりも重要です。
 第二に「思考と感情を鍛える(心の運動)」です。一日に数万回も繰り返される思考が、怒りや嫉妬などネガティブな感情に偏ると心は傷つきます。仏教の教えに触れるなどして、思考のパターンを良い方向に導く訓練が求められます。
 第三に「思考を止める(心の睡眠)」、すなわち瞑想です。これは特別な作法を必要とせず、入浴中に心地よさを感じたり、自然の風景に意識を向けたりと、五感で「感じる」ことに集中し、思考を停止させる時間を持つことで実践できます。これらを通じて、心は本来の静けさを取り戻すのです。

企業人事の視点から:社員と組織を活性化させる「休み方改革」

 この記事で述べられている「休み直し」の考え方は、個人のウェルビーイング向上に留まらず、企業人事の観点からも極めて重要な示唆に富んでいます。社員の生産性向上、メンタルヘルス対策、そして持続可能な組織開発において、この記事の教えをどのように活かせるか、人事視点から考察します。

「時間」から「質」へ:休暇制度の次なる一手

 これまで多くの企業が推進してきた働き方改革は、残業時間の削減や有給休暇取得率の向上といった「時間」の面に主眼が置かれてきました。しかし、大愚和尚が指摘するように、確保された時間の中で「どのように休むか」という「質」が伴わなければ、社員の心身は十分に回復しません。

 長期休暇明けにむしろ心身の不調を訴える社員や、月曜日の朝に活気がない職場は、まさに「休み方の質」に課題があることの証左です。人事は、休暇取得を奨励するだけでなく、その過ごし方に関する新たな視点を提供する必要があります。社内報やイントラネットで「デジタルデトックスのすすめ」や「週末リフレッシュ術」といった情報発信を行ったり、休暇前に「質の高い休養」に関するミニセミナーを実施したりするなど、社員が自らの休み方を見直すきっかけを提供することが、これからの人事の重要な役割となるでしょう。これは、福利厚生の新しい形とも言えます。

健康経営の具体策としての「身体的アプローチ」

 記事で示された「体を休める三つの習慣」は、企業の健康経営施策をより具体的で実効性のあるものにするための羅針盤となります。

1. 食事への介入
 
社員食堂のメニュー改革は、直接的で効果的なアプローチです。消化に良い和食中心のメニューや、胃腸を休めるための「回復食ウィーク」などを企画することが考えられます。また、「食べ過ぎ」のリスクを啓発する栄養学セミナーや、健康的な間食(ナッツ、ドライフルーツ、ヨーグルトなど)をオフィスに常備することも、社員の食生活への意識を高める一助となります。

2. 運動の習慣化
 
「デスクワーク中心で運動不足」という課題は、多くの企業に共通します。始業前や昼休みに専門のインストラクターを招いたストレッチやヨガセッションを開催する、スタンディングデスクを導入して「座りっぱなし」を防ぐ、あるいは階段の利用を促すキャンペーンを実施するなど、オフィス内で気軽にできる運動の機会を創出することが重要です。また、スポーツジムの法人契約だけでなく、チームで参加できるウォーキングイベントなどを企画し、楽しみながら運動を習慣化できるような仕掛けも有効でしょう。

3. 睡眠の質の向上支援
 
「夜10時に寝る」という提案は、多忙な社員にとっては非現実的に聞こえるかもしれません。しかし、「早く寝ることの重要性」を科学的根拠と共に伝えることは可能です。睡眠専門医を招いたセミナーの開催や、睡眠の質を記録・改善するアプリの導入支援などが考えられます。何よりも重要なのは、早寝を可能にする労働環境の整備です。深夜残業の撲滅、業務の効率化推進、そして「早く帰ることを称賛する文化」の醸成が不可欠であり、これは人事制度や経営トップのコミットメントが求められる領域です。

メンタルヘルス対策の新機軸としての「心のアプローチ」

 近年、企業の最重要課題となっているメンタルヘルス対策においても、この記事の視点は新たな光を当てます。従来のストレスチェックや相談窓口の設置といった「事後対応」や「不調者発見」 중심의 접근 방식에서 한 걸음 나아가, 모든 사원이 일상적으로 마음을 건강하게 유지하는 「예방적」アプローチへの転換を促すものです。

1. 「デジタルデトックス」の制度化
 
「心の食事」である情報管理は、今や企業のリスク管理の一環と捉えるべきです。業務時間外や休日の連絡を原則禁止する「つながらない権利」を就業規則に明記し、徹底することが求められます。また、休憩時間にスマートフォンから離れて過ごせるよう、緑豊かなリフレッシュスペースや、静かに読書ができる「クワイエットルーム」を整備することも、心の休息を促進します。

2. 「心の運動」としての研修プログラム
 
「思考と感情を鍛える」という考え方は、レジリエンス(逆境回復力)研修やアサーティブコミュニケーション研修といった既存のプログラムに、新たな深みを与えることができます。物事を多角的に捉え、感情的な反応を客観視するトレーニングは、まさに「心の運動」です。仏教の教えそのものを持ち出すのではなく、その中にある「自己認識」や「感情コントロール」のエッセンスを、ビジネスシーンで応用可能なスキルとして提供することが可能です。

3. 「心の睡眠」としてのマインドフルネス導入
 
「思考を止める」ための瞑想やマインドフルネスは、Google社など先進企業が導入し、その効果が実証されています。専門家を招いた定期的なセッションの開催や、瞑想アプリの法人ライセンス提供は、社員が手軽に「心の睡眠」を実践するきっかけとなります。大切なのは、記事にあるように「お風呂でリラックスする」「窓の外の雲の流れを眺める」といった日常的な行為も立派な瞑想であると伝え、実践へのハードルを下げることです。

持続可能な組織に向けた風土・制度改革

 これらの施策が一時的なイベントで終わらないためには、組織の根幹である人事制度や企業風土にまで落とし込む必要があります。評価制度を労働時間の長さではなく、創出した成果や価値で測る「成果主義」へと完全に移行させることで、社員は効率的に働き、休息時間を確保するインセンティブが生まれます。

 また、管理職の役割も極めて重要です。部下の業務進捗だけでなく、そのコンディションや「休めているか」といった点にも気を配り、1on1ミーティングなどで対話する。そして、管理職自身が率先して質の高い休息を実践し、チーム全体に「休むことも仕事のうち」という健全な文化を浸透させていく。こうした地道な働きかけこそが、社員一人ひとりのウェルビーイングを高め、ひいては組織全体の創造性と生産性を向上させる最も確実な道筋であると確信しています。大愚和尚の教えは、人事が目指すべき、真に人間的な職場環境構築のための重要な指針を与えてくれるのです。


いいなと思ったら応援しよう!