見出し画像

『ハル哲学する犬』(読書)

ポプラ社から出ている『ハル哲学する犬』について書きたいと思います。

韓国の作家クォン・デウォンにより詩やショートエッセイが綴られていて、そのひとつひとつにBarunsonの絵が添えられています。

詩集でもありエッセイ集でもあり絵本でもあるようなちょっと変わった本です。本を手に持つだけで気持ちが軽くなるようで、装丁もさることながら、ページごとにデザイン力が感じられます。

翻訳は、24年間、北朝鮮の拉致生活を余儀なくされた蓮池薫さんによるものです。もとから日本の作品ではないかと錯覚してしまうくらいなので、かなり丁寧に言葉選びをして翻訳したのだろうと思います。

この本は蓮池さんの存在がなければ、日本で出版されることは、なかったかもしれません。その意味でとても貴重なものでしょう。

 今、まわりには忙しすぎて、疲れすぎて、あまり笑うことができず、感動もしないまま1日1日を過ごしている人たちが増えているような気がします。
 1日を大切に積み重ねていくことが、人生という自分だけのドラマを築き上げることにつながるってことを忘れて、ついその日その日を無造作に惰性で生きている人が多いような気がします。

訳者あとがきより

悲しいかな、心当たりありすぎて、耳も頭も痛いです。

でもぼくみたいな人間がいるからこそ、蓮池薫さんは人の心を豊かにしてくれるやさしい言葉がいっぱいつまっている本を、日本にも届けたかったのだと思います。

そして2006年2月に『ハル哲学する犬』は発売されました。

この本の中の時間や空間はとても自由なものです。だから20年たった今読んでも、古さを感じることはありませんでした。

宇宙にあるすべての星に、この地球と同じような時間と空間が存在するって、ぼくは信じているんです。
もしかして、そこにはぼくとまったく同じ姿や考え、自我を持った人間が生きているのかもしれないって、思うことすらあるんです。

22ページより

それでも、たとえ同じが同じであっても、「思い出」は同じでないかもしれないと「ハル」は言います。

「思い出」まで同じなら、「思い出」を共有できなくなってしまいます。そんなのつまらないな。

同じ時代に生きている。
ただ、それだけで、親近感を覚えることがあります。
--- 中略 ---
たとえ逢うことはなくても、
この時間に、この場所で、
ともに息をして生きているという理由だけで、
なぜか似たような人生を歩んでいる気になります。

88ページより

昭和は昭和、平成は平成、令和は令和で、
北海道から九州沖縄まで、果ては海外でも、
同じ時代に生きているだけで、不思議と仲間意識は生まれるような気がします。

年が明けて一番初めに読んだ本が『ハル哲学する犬』です。読み始めたきっかけはなんとなくだったけれども、年初の読書にピッタリの本でした。

できるかぎり避けたいものですが、忙しくすぎて自分に余裕がなくなったり、疲れすぎても休むことができない状況が、こられからもないともかぎりません。そんな時に、思い出したいのがこんな本だなとも思いました。

いいなと思ったら応援しよう!

日出丸 サポートありがとうございます!