決意断行・雪の祖母山系「親父山・障子岳」
2026年2月上旬。日本列島を強い寒波が覆い、九州の山間部も雪が積もりそうだった。前々日から天気予報を何度も確認し、またくじゅう連山へ行くかどうか迷っていた。
二週間予報を見ると、この寒波が抜ければ気温は上がり、春へ向かっていくはず。この冬の九州での本格的な積雪は、これが最後かもしれない。行かなければもったいない。行きたい。しかし、つい先日も行ったばかりだし、道中は長距離運転。深夜や早朝は凍結の可能性もあって危険だ。宿泊費や交通費もかかる。山の天気が回復する日は平日なので、仕事のことも気になる。
そんなことを考え続けているうちに、時間は過ぎ、結局タイムアウト。くじゅうに向かうなら、遅くとも前日の20時には家を出る覚悟が必要だ。何日も天気予報やライブカメラ、宿の空き状況をチェックしながら、何も決められなかった自分に少し失望し、その日はベッドに入った。
くじゅうは無理だとしても、霧島連山なら車で一時間半。雪もあるかもしれない。ただ、何度も通い、写真も十分に撮っている。あえて行くほどでもないのではないか——。
そんなことを考えながらスマホで登山アプリを眺めていると、祖母山系の積雪がかなり深そうだとわかった。よし、ダメ元で行ってみよう。ようやくそう決め、その日は眠った。
翌朝、少し早めに起きて準備をし、7時に家を出る。自宅から宮崎県高千穂町の山中にある登山口までは約3時間半の道のりだ。運転しながら、「やるかやらないか」で迷う状態こそ最悪だと改めて思った。自宅の壁には、つい最近「決意断行・決意を固めろ」と書いて貼ったばかりなのに、まったく実行できていなかった。
やると決めた後に、方法を考えたり調整したりするのはいい。しかし、やるかどうかを決めずに迷い続けることは、何も生まない。
高千穂町まではそれなりの長距離だったが、今回は「登る」と決めていた。休憩も取らず、ひたすらハンドルを握った。
目指すのは、親父山・障子岳に登る四季見橋登山口。山道を約30分かけて車で登っていくのだが、これがなかなか心細い。落石は珍しくなく、途中からはタイヤの跡も消え、路面には数センチの積雪。スリップして崖下に落ちないか、側溝にはまらないかと、ひやひやしながら慎重に進んだ。
何とか無事に四季見橋登山口へ到着したのは、予定通り10時半。準備を整え、11時に登山開始。山行としては、やや遅めのスタートだった。


登山口からしばらくは、木材の伐採作業に使われている作業道を歩く。やがて山の中へ入っていくと、そこにはすでに数十センチ以上の積雪があった。期待していた通りの景色が広がっている。
雪が深く積もっているため、登山道はかなり分かりづらい。踏み跡もあいまいだ。ピンクテープを確認し、登山アプリで現在地を確かめながら、一歩ずつ慎重に進んだ。




親父山の山頂までは、ほとんど休む間もなく傾斜が続く。雪を踏みしめながらの急登は、思った以上に体力を削ってくる。
空を見上げれば青空がのぞいているが、樹林帯の中を進む時間が長く、視界はあまり開けない。ひたすら足元と呼吸に集中する登りだが、ふと足を止めると、ため息が出るほど美しい景色が広がっている。


これでもかというほどの霧氷が広がっていた。何度も足を止めてしまうほど、美しい。
山に来るたびに、「やっぱり来てよかった」と思わせてくれる。今回もまた、その一日だった。

親父山の頂上に到着した。ちょっとだけ開けているが、登山道の分岐点という雰囲気で、あまり山頂感がないので、ちょっとだけ立ち止まったらすぐに先に進む。
親父山を通り過ぎて数分歩くと、かなり傾斜の強い下り道になる。そこを降り切ったところが、終戦直後に物資を運搬していたアメリカ軍の爆撃機B29が墜落した場所になる。この事故で、20代から30代のアメリカ兵、12人の命が失われた。


さらに10分ほど進むと、視界が開けてくる。目の前には障子岳の山頂。左手には、堂々とした祖母山の姿が広がっている。
雪をまとった稜線を眺めながら歩みを進め、ほどなくして障子岳の山頂に到着した。

障子岳の山頂に着いたのは、13時を少し回ったころだった。
この時期は日没が早い。遅くとも15時には登山口へ戻っていたい。となると、景色をゆっくり撮影する時間を確保するだけで、余裕はほとんど残らない。せっかく担いできたバーナーと水も、今回は出番がなさそうだ。カップヌードルはザックの中で静かに待機したままになった。
直前まで迷った末の山行だから、こうなるのも仕方がない。だが、毎回のように食事を後回しにしてしまうのは、あまり良い癖とは言えない。
次回は、「登る」だけでなく、「どう過ごすか」まで含めて、もう少し丁寧に計画しておきたいと思う。



宮崎県最高峰・祖母山、そして古祖母山へと続く美しい稜線が、くっきりと視界に広がっている。雪をまとったその連なりは、鋭さと静けさをあわせ持ち、ここが南国・宮崎であることを忘れさせるほどの壮大さだった。


阿蘇山や、くじゅう連山もしっかり見える。

360度カメラを手に登頂し、iPhoneでSNS用の自撮りを撮り、ミラーレス一眼で仕事用のカット(※注1)を押さえ、さらにドローンを飛ばして静止画と動画を撮影する。山頂でゆっくりしたいのだが、やることが山積みで忙しい。機材を出しては仕舞い、角度を変え、バッテリー残量を気にしながら、あっという間に30分ほどが過ぎていた。
※注1:宮崎県の自然公園を紹介する「Miyazaki Nature Park」の運営や写真提供の仕事を会社が受託しており、定期的に写真を撮影している。
完璧な計画ではなかったし、余裕のある山行でもなかった。カップヌードルも食べられなかった。それでも、この景色を自分の目で見られたことだけで十分だった。
何日も迷い、決めきれずにいた自分。それでも最後は「行く」と決め、ハンドルを握り、雪の山道を登り、急登を踏みしめてここまで来た。
決意とは、大きな覚悟ではなく、「迷い続けることをやめる」ことなのかもしれない。
雪をまとった祖母山系の山々の稜線を目に焼き付け、名残惜しさを抱えながら下山を開始した。静かな山の中を歩きながら、またひとつ、自分の中の迷いが小さくなった気がしていた。
この冬最後かもしれない雪山は、決断することの大切さを、静かに教えてくれた一日だった。
今回の登山の様子をまとめた動画:
