GOLDSMITHES ARE FOREVER 7話
暫く荷馬車に揺られ、気付いた。今朝も朝飯抜きだ。その事をビリーに伝えると、彼が言った。
「戻って朝飯ご馳走になるか?」
検討する価値すらない。もうあの教会は見たくもないし、できるだけ離れたい。距離的にも気持ち的にも。だが腹は減る。
「だから食える時に食っておかなきゃならねえんだ。俺が、あのスープ美味いと思って食ってたと思ってたのか?」
「違ったのか?」
「毎日、街の食堂で飯食ってる人間が、あんな泥水、美味いと思うはず無えだろ」
「そこまでグルメだったとはお見それした」
「朝飯は、もうちょっと距離とってからにしようぜ。食ってるトコ、ショットガンで襲われたら堪らねえ」
結局、この日は念入りに昼前まで休憩も取らず、先に進む事になった。
正午少し前に歩みを止めたのは、河にぶつかったからだ。名も知れぬ河。地元の者に聞けば教えてもらえたかもしれないが、周りには誰もいなかった。まあ、河の名を聞いたところで「ああ、そうですか」以外に言う事もないが。
河の幅は40ヤード(約36メートル)ばかし、平原の河だ。流れはそれほど急ではなかった。ビリーが河の淵まで行って深さを測る。
「それなりに深いな。馬だけなら渡れる河だが、馬車は無理だ」
水量は此方から向こう岸まで、メリーランドあたりの宿屋の女主人が淹れたコーヒーカップの様になみなみと注ぐ。
「どうする?」と俺。
「渡しがある所まで、ずらさなきゃしょうがねえな。西にずれるか、東にずれるか」
「東だな」即答した。
「だな」
俺たちが行きたいのは南の方角だ。西にずれると、そのうちにインディアン準州に行き着く。東ならオクラホマ準州だ。渡った先の事を考えると、こちらの方が人の営みがあって、河の渡しも期待できそうな気がしたからだ。
河の水で水分補給と豆缶で栄養補給を済ませ、川の流れに沿い、不本意だが東へと進んだ。
一時間ばかり川沿いを下流へと下ったであろうか、辺は知らぬ間に木立に囲まれていた。水があれば木も育つ。これが自然の摂理であり、営みだ。
もうしばらく進むと河の袂に掘建て小屋が建っているのが見えた。その傍らに粗末な木製の桟橋があり、艀船が停泊していた。よく見ると川の対岸まで太いロープが渡してあって対岸にも同様の桟橋と小屋がある。渡し舟乗り場だ。
思ったほど遠回りをせずに済んだ、とほくそ笑む。
馬留めに手綱を掛けて、ビリーと連れ立って小屋の中へ入ると、筋骨隆々の男が現れた。腕の太さもさる事ながら、背中から肩にかけての隆起が凄い。
「渡しかい?」
「ああ。アンタが船頭かい?」と俺。
「そうだ」表を覗いて男が言う「人間が二人に馬三頭。馬車一両。締めて15ドルだ」
「高くねえか?」俺が言うより先にビリーが言った。
「あん? 人と馬は頭数で5。馬車は10。足して15。高くはねえ」
「単価そのものが高えだろ」
「じゃあ泳いで渡れよ」
それを言ってはオシマイだ。文字通り取り付く島がない。
「泳いで渡れねえから、船に乗るんじゃねえか」
「そうだ。船に乗らなきゃ渡れねえ。だから俺は、この商売をしてるんだ。儲からなかったら、やらねえだろ」
仰っしゃる通り。
しかも商売敵もいない独占企業だ。だから運賃は彼の言い値で決まる。それ以外の値はない。
「乗るのか?」船頭の男が聞く。当然、乗る事を知っていて。乗らない、という選択肢は無い。
「…乗らねえとは言ってねえ」ビリーが随分、先程より下手に出て言う。「ただ値段を交渉したいだけだ」
「乗るのか?」船頭がもう一度聞いた。
「10が適正だろ」
「乗るのか?」
「間とって、12でどうだ?」
「乗るのか?」
「乗るよ。15でいいよ」根負けに近い格好でビリーが吐き出した。「とっとと渡らしてくれ」
船頭に案内され、ガタのきた桟橋を料金分、軋ませながら馬車を操り、木材を組み合わせただけの真っ平らな10ヤード(約9メートル)四方の筏に毛が生えた艀船に乗り込んだ。先端の船でいう船首の舳先の部分に両岸に渡してあるロープを通す輪っかがあり、船頭がそのロープを力一杯に手繰り寄せて船を前進させるのだ。極めて原始的な方法。しかし、この方法の方がオールを漕いで渡るより流れに流されず渡河地点を一定に保つ事が出来るという利点もあったし、船頭の腕力次第では一度に大量の物資、人員を輸送する事も可能な方法と言えた。
俺たちを乗せた船頭は、腕、肩、背中の筋肉を殊更、隆起させ、ロープを手繰った。彼の肉体が異様に発達している理由も腑に落ちた。馬車の料金が割増な事もだ。
「本当ならもう一ドル余分に貰わなきゃならなかったな」動き始めは、かなり青筋立てて踏ん張っていた船頭も船が動き出すと、調子が付いてロープをするすると手繰り寄せるようになり、出来た余裕で馬車の上の棺桶を見て言った。
「あれの中身はもう死んでるから人数には入らねえよ。物として扱ってくれて正解だ」とビリー。
「中身は誰だい?」
「友人さ。撃たれて死んだんだ」と俺。もう作り話は御免だ。信じようが信じまいが、今朝ので懲りた。だから素直に答えた。
「喧嘩か? 決闘か?」
「微妙だな。両方と言っていい」
「何だ、それ?」
「兎に角、死んだのさ」ビリーが継いだ。
「で、その死体どうするんだ?」
「嫁さんの許まで運ぶ」と俺。川面に産まれた白波を覗き込みながら言ってやった。
「酔狂な」
「俺もそう思う」
「俺もだ」とビリーも同意。
「傍から見て俺もそう思う」船頭までが、そう言った。
親兄弟でも無い死体を、会った事も見た事もない嫁の許まで運ぶという事は、冷静に鑑みてかなり酔狂な所業と言えるのであろう。腕力勝負の河渡しよりも。
俺たちが自分達より酔狂だと思っていた稼業についてだが、船は河の流れを断ち切り速度に乗り、言う間に対岸へとたどり着いた。料金に違わぬ仕事ぶりと言えるもので、仕事ぶりを見た後では料金について意義を唱えることも無かったろうと思われた。
多少、値は張ったが時間と労力には代え難い。
「嫁さんによろしくな」と愛想良く船頭に送り出され、船から桟橋へと踏み出す。嫁さんと言われても知らぬ女だが、こちらも愛想よく応対。対岸側の小屋から出てきた若い女と小さい子が二人、船頭に歩み寄ったのを見て
「嫁さんによろしく」と返しておいた。
此処にも、この荒野の川面にも人の営みはあるのだ。
荷馬車の車輪が桟橋に噛み、多少手こずったが、船頭に馬車の尻を押してもらい、対岸に歩みだした。
初めて会う子ながら子煩悩さを発揮したビリーが、食後の楽しみに、と俺が買っておいたチョコレートを船頭の娘たちに全部やってしまった。馬車を押してくれた駄賃としてはかなり高かったが、娘たちの喜ぶ顔を見ると「返せ」とは言える訳もなく、「仲良く食えよ」と兄貴面をしておくに止めた。
まだ一片すら食していなかった物をくれてやったのだ。きっとあの娘たちは、一生俺たちに恩義を感じ、生き神様のように崇めてくれる事だろう。
