「Allergy」「Queencard」前後編MVのストーリーライン、その野暮な解説(加筆しました)
(G)I-DLEの2023年5月リリースのミニアルバム「I FEEL」先行MV「Allergy」、タイトル曲「Queencard」のMVは前後編のショートムービーになっている。
だが国内外のリアクション動画を見ると、そのストーリーがよく分からず、頭に「?」が浮かんだままの人が多いなと思った。
この動画は、まあ本当は女性が語るべきでおっさんが口を出すべきではないと遠慮してたのだが、それにしても単純にストーリーが理解できない人が多いようで。
だから野暮を承知で、お話の説明をしてみる。
もちろん公式に発表されたものではないから、なんの保証もできない。
「知ってるよ」「わかってるよ」「お前に教わりたくないよ」という人は、どうぞスルーしてください。
「いや誰でもいいから、どうなってるのか説明してー」という方だけ読んでいただければ。
前の「Tomboy」「NXDE」の二つはメッセージを強く打ち出しているMVだったから、今度もそうだと思いがちだけど、これらのMVは物語を語っているショートムービーであって、まず物語を味わうべきだと思う。
メッセージとかテーマとか象徴性を考えるのは、その後で個々でやるほうがいいし、語りたい人が語るべきで、僕の出る幕ではないし、やるつもりもない。
「Allergy」
まず、Allergyとは日本語でいうところの「アレルギー」である。
登場人物
主人公/ソヨン
かなり自己肯定感が低く、SNSなどで見る「流行り」がよく分からず、インスタも嫌い、tiktokも嫌い、ハッシュタグもY2Kもなんのことだか分からないと言いながら、いわゆるインフルエンサー的なきれいな女性に憧れてつい基準にしてしまい自己嫌悪に陥るという、悪循環にはまりこんでいる女の子。
フィットネス・インストラクター /ミンニ
その主人公が憧れるインフルエンサー。
でも、ネット上の華やかな虚像とウラハラに、好きな人にあまり相手にしてもらえてない、連絡も来ず、約束もすっぽかされがちな、悩める女性。
恋のライバル/ミヨン
職業は不詳だが、どうやらミンニと同じ相手が好きで、もしかしたら二股かけられてそうな、こんなに美人なのに、自己肯定感が低い女性。
ショップ店員A/ウギ
主人公ソヨンからしたら、「年下なのにおとなっぽい」MZ世代のクイーン。
ツンと気取って見えるが、その実、自分よりゴージャスな年上のきれいなお姉さん達に、劣等感と燃えるような対抗心に身を焼かれる、悩める女の子。
ショップ店員B/シュファ
ウギと同じように見えるが、もう一つの顔として、「クイーンになるための講座」の講師でもある。その時もレインボーのものを身につけていて、ショップで働く時のヘッドセットもレインボーカラーをあしらっていることから、LGBTQ、おそらく(オープンリーな)バイセクシュアルであろうと思われる。
設定
時代はおそらく2000年~2010年頃。
主人公やショップ店員が持ってるのはガラケーで、リッチでオシャレなインストラクターが持ってるのがQWERTY配列のキーボード付きPDA、モバイル情報端末で、登場したのが2002年。
主人公達以外は欧米人であることから、これもおそらくロス・アンジェルスかそのあたりっぽい。
ストーリー
冒頭、自分の部屋で鏡やケータイのSNSを見ながら鬱々とする主人公。
そのケータイの中にいた、憧れのインフルエンサーは、待ち合わせにすっぽかされてイライラ。
PDAを見てもメールも来てない。
街を歩く主人公。ランジェリーショップ「I FEEL」のおとなっぽい黒いシックなブラを憧れで見ているとショップ店員達に両腕を捕まれ店内に連れていかれる。
彼女らのセールストークにほだされて、白の清純かつサイズの小さなブラを買わされてしまう。
家で、冷静になり鏡に向かって当ててみると、思っていたのと違う。
これじゃないんだよなー。
自分の胸に紙玉を詰め横から見ると、だめだこれはと、思わず鏡に向かって紙玉をたくさん投げる。なんだこんなもん!
ここで大事なのは彼女の中にSNSなどから作られた強い憧れの感情があって、それと自分が見る自分像との落差で苦しんでいる、という事だ。
だから「鏡アレルギー」なのであるが、その中心には「Love me、Love me」の叫びがあり、こんな私じゃ誰も愛してくれないかも、だって自分自身でさえ愛せないんだもんと思っているわけである。
つまり彼女の苦しみは「自己肯定感が低い事」ではなく、「愛を求めている事」なのである。
そこを押さえとかないと、この後の展開がよく分からなくなる。
やっぱりあの憧れのブラを求めて「I FEEL」に行くと今度は容赦なく店員ABにまた両脇を抱えられ、子供用の売り場に売れていかれる。
彼女の怒り爆発!「なんで私は私なの!」
ここで見逃しがちなのは、左右の女子児童らがもう携帯を見ている事だ。
この子らですら、ネットの向こうの画像に憧れて、子供用のランジェリーを選びに来てる訳である!
もうソレは始まっている!
結局、整形手術を受けるしかないと思いつめ、有名な病院を訪れる。
モンタージュで、ベースはこんなで目はこうと説明するが、その通りにすると、とんでもない見積もり金額になってしまう。
無理、と出ていきかけるが、想像上のインフルエンサーが、「私みたいにクイーンになれるわよ」と誘惑する。ここで重要なのはニットキャップなど、主人公と同じ格好な事だ。
だから彼女は、インフルエンサー本人ではなく、彼女の顔になった(手術を受けた)未来の主人公ソヨンなのである。
彼女は、顔さえ変えれば「クイーンになれる」=「みんなに愛される」と思いつめているのだ。
ケータイのインフルエンサーの顔を見せて、「こんな顔になりたいんです」と医者に訴え、整形手術を受けることになる。
彼女の憧れ、望みが叶いそうで、部屋の中で踊り、憧れを書き綴った紙飛行機を飛ばす主人公。
だが、不吉なことにその紙飛行機の飛行は、手術室のドアが阻んでしまう。
ベッドの上で麻酔ガスを吸い込む主人公。
「深く息を吸って。目が覚めたらクイーンになってますよ」
「Queencard」
これまでの話は、という海外ドラマでおなじみのスタート。
ここで一番重要なポイントで、それを外したばっかりにみんな混乱してるのは、この前回のエピソードをダイジェストするパートで、最後に主人公が麻酔ガスを吸い込んで眠っている事、そして麻酔で眠った時には変な夢を見る人が多い、という事だ。
だからこれ以降、「Queencard」の曲が流れている間は「彼女の夢の中」の出来事なのである。
ここで注目すべきは「鏡に関係するオカシナことが頻発していく」というシーンの多いことである。
だから、手術が終わった彼女を病院中の人びとが賞賛の顔で迎えたり、インフルエンサーが歩くだけで街の信号が火花をあげ、タクシーはぶつかるという「そりゃもう街は大騒ぎさ」という感じになる。
よく見てると、インフルエンサーミンニの顔が一瞬ソヨンの顔になるとか、タクシーの中になぜかミヨンが乗っているとか、かなり非現実的で夢の中そのものな感じである。
この夢の中ではもう自分はあのインフルエンサーになり、超イケてる「クインカ」になっているのだ。
でも、顔は変わってない!ここが最重要ポイントである。
クインカになるのに、顔を変える事は必要なかったのだ!
あの感じの悪い、年下の生意気なショップ店員達と前のままの顔の自分が、同じ感じでカッコよく自画自賛ソングを歌い踊っている。
鏡の向こうのウギがなぜか鏡こちら側ではシュファになっている!
究極の自己否定が、オセロゲームのようにくるっと裏返って、究極の自己肯定になったのである。
だからこの後のイケてる女同士のダンスバトルとから鏡を見つめるミヨンとかが、ソヨンの顔に変わり、しまいにはプールサイドで踊ったりする。
時系列、因果関係一切無視で、主人公が想像していた憧れのクインカな場面、ワイルドでセクシーで、かっこよくて男なんか平気で水を浴びせちゃう傍若無人な私に、麻酔の夢の中でなっていて、医療スタッフ達も一緒に踊る愉快さに、思わず眠りながら笑う主人公。
そこへ、恐ろしい笑顔のドクター・ミヨンが「私はクインカ、Queencard。あなたもなりたい?」と聞いてきて、曲は終わる。


ここで主人公が目覚め、手術を取りやめて、外に出て清々しく日を浴びて伸びをする。
あの「セクシーでワイルドな、大人なクインカの自分」の夢はなんだったのか。
まだちょっとフワフワした気持ちで外を歩き始めるが、顔さえ変えれば、いや私でさえなければ、思いつめていた彼女は、もうそこにいない。
全ては夢だったのだ。
だが、なぜかあのショップ店員達が親しげに手を振ってきて笑顔を見せる。麻酔前とは何かが変わっている。
自分のSNSアカウント、@tiny_prettyになぜか賞賛と連帯表明とイイネなどがおしよせてくる、
承認欲求の塊だった以前の彼女ならそれに依存したかもだが、生まれ変わった彼女は不思議な微笑みを見せてそれを見るのをやめ、歩き始める。
ミヨンとミンニの恋の鞘当てとか、MZハッシュタグQueenを気取っててもほんとに大人でセクシーな女や攻撃的な女には意外に弱く、オンニ達にムキーッと敵意むき出しにするウギなど、ワキ筋もあるのだが、主要なストーリーの流れはこうだ。
「べきだ」とか「だめだ」とかではなく、自己認識を少し間違えて、容姿を変えれば自己実現できると思いこんでいた一人の女の子が、いや、そうではなかったかもと、心の中の何かが劇的に変わり、生き生きと自分を受け入れて生き始める物語なのだった。
私は愛を求めていて、それは私なんかじゃ得られないかもと絶望しかけていた。顔をあの憧れの人みたいにすれば誰かに愛される資格が生まれるかもと思い込んでいた。
だがそれは錯覚で、「誰かに愛してもらう」前にまず「自分が自分を愛す」れば、全ては変わり始めた。というお話である。
まあ、2000年頃から、SNSなどに犯されて何かを見失ってきたかもね、という、ある意味寓話である。
まあ所詮「現代の寓話」であるから、そう目くじらを立てずに、ね。もうひとつ補足しておくとすれば、「Allergy」が流れている時は「現実」で、「Queencard」が流れている時は、「憧れ、夢」なのである。
だから「Allergy」のMV、始めの方で鏡を見ているソヨンのバックに「Queencard」が流れているし、「Queencard」のMVでソヨンの麻酔がさめたら、「Allergy」が流れだし、現実に帰っていく。
この二曲はニコイチなのである。
ちなみにラスト、全ては夢だったはずが、なぜか現実がそれによってちょっと変わっているというので、多くの人は「?」となり、「じゃあ夕べのパーティは実際なんだったのか」と迷宮入りしてしまっているみたいだが、ネットの出来事はすべて、夢、幻想側の非現実の出来事であって、コメントの類もマボロシ側のものに過ぎないのだという、強いメッセージだと思う。
最後に、I feel Blue、I feel allergy、の後にI feel you(あなたの気持ち分かるよ)となるのが、最大のメッセージであると思う。
