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ことばの奥で、ちいさく黙ってる「わたし」へ

こんにちは、ニーナ☆です。

最近、noteでいろんな人の記事を読むのが日課になってきました。
心にスッと染み込むことば。
写真と言葉のリズム。
誰かの暮らしの温度がそのまま届いてくるような、そんな投稿たち。

読めば読むほど、
すごいなあ、素敵だなあ、って
どんどん心がうるおっていく。

…けれど、ふと気づいたんです。

「わたし、ぜんぜん書けなくなってる」って。

たとえば、やっと書き始めた文章が
「誰かのまねをしているみたい」に思えてしまったり。

「これって誰の役に立つんだろう」って
投稿する前から問い詰めてしまったり。

そういう日は、ことばがすぐにしぼんでしまい、
途中の記事がどんどんふえていく。

書きたい気持ちはあるのに、
書けない。

この距離感が、なんとももどかしい。

noteって、自由なはずなのに。
誰も比べてないはずなのに。
でも、「あの人みたいに上手く書けない」って
心のどこかで比べてしまう自分が、確かにいます。

比べたくて比べてるんじゃないのに。
それでも、湧いてきちゃうんです。

でもね。
書けないって気持ちを、そのまま書いてみたら、
少しだけ息ができる気がしました。

「うまく書こう」とか
「誰かの役に立つ記事にしなきゃ」とか
そういう呪文を、ちょっと横に置いてみる。

ただ、

「今日はこんな気持ちだった」
って、自分の感覚を並べてみる。

それだけで、“わたしのnote”になる気がするんです。

この記事も、うまく書けてるかは分からないけれど、
読んでくれてありがとう。

もし、誰かがいま「書けない気持ち」を感じていたら、
そのままの気持ちを、ことばにしてみてもいいかもしれません。

“伝えるため”じゃなくて、
“感じていることを見つめるため”に、書いてみる。

そんなnoteがあっても、いいよね。

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