[3] 1824年のワルシャワ風景~ここから先は外国です!
ショパンが少年時代に書いた手紙をもっと映像的にとらえたい!わからない用語や時代背景を調べています。
絵で見る18-19世紀のポーランド
ショパンが過ごしていた19世紀初頭のワルシャワを見たいと思ったことはありませんか?この時代には写真がないため、私たちは絵画に頼ることになります。これらの絵はとても魅力的で、当時の雰囲気を感じ取る手がかりとなります。

可能なら現地側で書かれた説明文を読みたい。今回ポーランド語で『XIX-wieczny obraz przedstawiający warszawską ulicę(19世紀に描かれたワルシャワの街並み)』を検索しました。([1-補足]ポーランド語の資料を探す、読む方法 )
すると「カナレット」という名前が出てきます。
カナレットと言えば、ターナーに影響を与えた風景画の巨匠です。しかし彼はイタリア人だったはず。巨匠がポーランドでワルシャワの風景を描いていたのでしょうか?
都市ワルシャワをリアルに描いた風景画家
もう少し詳しく調べます。
18世紀後半のワルシャワの風景をリアルに描いた画家は、カナレットの甥で、ベルナルド・ベッロット(Bernardo Bellotto)という人でした。ポーランドではこの人を「カナレット」と呼んでるようです。



精緻でとても美しい絵です。資料としても優秀。
第二次世界大戦で破壊されたワルシャワの再建には、このベッロットの絵も参考したそうです。とても興味深いです。(参考サイト:第二次世界大戦の灰の中からワルシャワを復興させた18世紀の芸術家
さて、絵を見てもわかるように都市部のため人口密度が高く、街路樹は小さめです。「舗装されていない道路」を馬車が通るたびに埃がもうもうと舞っていたのではないでしょうか。
ショパンは気管支が弱そうなので、この埃っぽい都市で生活するのは辛そうです。そう考えると、夏休みにシャファルニャへ行った理由の一つは、空気のきれいな場所で療養することだったのですね。
シャファルニャ=田舎の風景
では、シャファルニャはどんなところなのでしょうか?
ショパンの観光地としての写真はたくさんありましたが、さすがに19世紀の村の絵画は探せませんでした。




ポーランドの地図、今むかし
ショパンが書いた手紙の中に「シャファルニャ通信」と呼ばれるものがあります。この手紙は新聞風に「国内ニュース」「国外ニュース」と分かれているんです。これは何を意味しているのでしょう?
ポーランドの地図を見てみます。
シャファルニャは現在のポーランドでは真ん中ですが…

1824年当時の地図では、シャファルニャはポーランドの国境沿いの村なのです。シャファルニャは国内ニュース、隣の村はプロイセン領で国外ニュースとなるわけですね。また、ポーランド立憲王国は、名前にポーランドと冠されていますが実質ロシア領です。学校に通い、歴史を習いだした14歳という年齢を考えると、大いに皮肉ってるのかもしれませんね。
ショパンの根底にある『祖国を想う気持ち』は非常に興味深いのですが、長くなるのでまた別の機会に。
移動は馬車か馬
さて、この時代は車がないので移動は馬か馬車になります。
ワルシャワからシャファルニャまでは、直線距離で約160km。おそらく一日90㎞程度の移動です。
馬車は貴族の馬車と郵便馬車があります。貴族の馬車がリムジン、郵便馬車は長距離バスの感覚でしょうか。いずれにしても馬車の設計にスプリングがなく、車輪はゴムがない状態なので、乗り心地はあまりよくなさそうです。一日何時間も乗るのは辛そうですね。
しかも当時の道路は舗装されていないので、雨が降れば泥沼です。ときどき溝に車輪がハマったりしたそうです。貴族の馬車の場合、馬に乗った侍従が脱輪した馬車を引き上げます。郵便馬車(乗合馬車)は乗客が協力するそうです。

馬車について 参考サイト(ポーランド語)
馬便と駅馬車について
https://www.stajniatrot.pl/texts/mondre/dylizans.html駅馬車の歴史:駅馬車旅行の最大のブームはナポレオン戦争後に起こりました。https://maninthepublicspace.blogspot.com/2013/12/pospiech-i-sumiennosc-w-czasach.html
ガロウィツェ馬車博物館
https://www.muzeumgalowice.pl/
ショパンは馬に乗れない?
19世紀の学校では体育の授業はあるのでしょうか?あるとしたら何をやるんでしょう?
スウェーデンの大学では乗馬とダンスの授業がありました。ポーランドも同じでしょうか?もし乗馬の授業があるとしたら、ショパンも乗馬の授業を受けたのでしょうか?

1824年夏、同級生のコルベルク宛ての手紙で「馬に乗ってるのは君だけじゃない。ぼくだって熊の背にしがみついた猿のごとくおっかなびっくり…」という記述がありました。これは、学校の授業で乗馬を習ったから実践したよという意味にもとれますね。

貴族の子は普通に馬に乗れると思います。貴族とは騎士の事ですし、戦争では騎兵隊長になるでしょうから、馬に乗れないのはマヌケすぎます。また、馬を個人で所有し、領地の見回りや、時には狩りをしたり。乗馬スキルは男子なら必須だと思います。
逆にショパンや友人コルベルクのような街の子は、馬に乗る機会はあまりないのかもしれませんね。
次の記事は、 ショパンとパンの物語についてです。
★マガジン「ショパンの手紙に見る少年時代」
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたサポートは資料購入や画材代、図書館までの電車代に使わせていただきます!少額でも活動に支援していただけると本当にありがたいです!