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言霊

言霊と言ったら、次の和歌を思い出すんじゃないの?

『磯城島の 大和の国は 言霊の 助くる国ぞ ま幸くありこそ』(柿本人麻呂)

原文は、「志貴嶋 倭國者 事霊之 所佐國叙 真福在与具」(柿本人麻呂 巻十三 三二五四)

一般的な解釈は、「大和の国は言霊が助ける国です。どうぞご無事でありますように」って感じでしょ。

皆さんは言霊のことを間違って理解しています。いや、完全に騙されてるんですよ。何度も言ってきましたが、この言霊についても同じように「あやま知」で誤解しております。

つい最近、テレビドラマで「言霊荘」なるものが放映されていたようですが、その劇中でも一般的解釈と同じ「心の思い」が言葉に乗り移り、現実化させている的理解でしょ?

もしそういう意味なら、別に日本語だけが特別に魂のある言語という理論にはならないよね?

結局、蘇民さんと私以外、言霊のわかる者がいないから、簡単に騙せちゃうんだよね。

言霊ってさあ、そのベクトルが大事なのさ。

「意」と違わぬベクトルを持つ音が言霊であり、嘘が無い、頭で考えた音で無い存在です。

だから、カタカナとは「象神名」のこと。神の御名そのものなのです。
我等生かし活かせし生き通しの生き神様そのものなんですよ。

さて、裏の者達は、本当の言霊と漢字を使って、「建前と本音」を表したんです。メッセージを送ったんですよ。

でも、「あやま知」植え付ける企みが根底にあるので、そのメッセージを読み解くことはできません。

本文の本音を解き明かしましょう。

磯城島とは、五十音が基本の日本語の国を示します。「大和」は"大いなる神と和する"こと、つまり、"大自然のコトワリに従って生きる人々の生きる国"なる意味が建前です。本当は、「矢的」「山跡」という呪いの言葉が根底にありますし(大和はアワと読めるのであってわざとヤマトと読ませています)、「和」の裏意味は、口をつぐませるということ。また、以前、逆三角形の世界で塞神状態であった「蛇の力」以外を取っ払うという意味があります。「禾」は右辺を払うハタラキなんですよ。また、原文の「志貴嶋」の建前は、"りっぱな国作りを目指す国"、そして、"四季がハッキリしている国の意です。しかし、「志」の「士」は「土」と違い、下降ベクトルで生贄の意味があります。ですから、終わりの数字「11」と合致するんです。つまり、未来において、「死期島」なのです。ついでに、原文の「倭」なる字は、"女神「アマテラスオオミカミ」に国を委ねている"、または、"巫女が受け取る御宣託で国を治めている"なる表の意味と、裏の者達の女神を「安」状態にしている民と言う裏の意味があります。

一番大事な文章は「ま幸くありこそ」です。ここに表と裏があります。本来、このベクトルは下降ベクトルで、しかも、逆三角形の底に封じ込めるベクトルです。

しかし、「幸」の字を当てることにより、逆の意味を持たせているわけです。

ついでに書きますが、蘇民さんの神は「塞神」だったわけですが、「幸神」と書かせてもいるわけです。ここ日本に漢字を広めた理由には、以上のような「あやま知」をより縦横無尽に広めるためでもあったんですよ。単に、ここ日本が大昔、文明貧弱の国で、中国の文化を取り入れて発展した国と思わせるためだけじゃなかったのです。

結論、裏意味はここ日本の未来を呪っているのです。将来、"必ずここ日本人をロックダウンさせるぞ!"と言うメッセージなのです。

作者の「柿本人麻呂」という名は、彼らの神、つまり、蘇民さんの女神を表しています。

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「柿」とは大昔、渋柿が柿であり、基本、鳥にも食われずただ落ちる運命だった訳です。「柿」の右辺は「市」で、創造神を表す三位一体の力が下向きで、しかも、蓋をされてますね。つまり、創造神女神の立ち位置、有り様を示しています。

「人麻呂」は、平安時代からは「人丸」と表記されることが多くなりましたが、人麻呂には、"霊止まる"が隠れているのです。つまり、封じ込められし女神は緑色となり、ほとんど死んだようになっていたことを表しているのです。

人麻呂の命日は3月18日らしいが、3月18日を命日とするのは死して怨霊となった者に限られるそうである。

どう、納得がいったかい?

もう文章が長くなりましたが、最後にもう一つ、柿本人麻呂の代表的和歌を解き明かして終わりにしましょう。

『天離(あまざか)る夷(ひな)の長通(ながぢ)ゆ恋ひ来(く)れば明石の門(と)より大和島(やまとしま)見ゆ』

原文: 天離 夷之長道従 戀来者 自明門 倭嶋所見

結論から言うと、裏意味は、神社の社で6状態の女神(塞神)は、神に選ばれし民「蘇民」(本当のユダヤ人)の企みによって、将来、解放され、鳥居を抜けて羽ばたく、元の姿に戻ると言うことを表しています。

普通一般的な表の意味は、『都から遠い辺境の地から続く長い道を恋しく思いながらやってくると、明石海峡から、なつかしい大和の地が見えます。』って感じです。

「天離」(アマサカル)は「鄙」(ひな)に掛かる枕詞です。

枕詞とは、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』には「枕言葉(まくらことば)とは、主として和歌に見られる修辞で、特定の語の前に置いて語調を整えたり、ある種の情緒を添える言葉のこと。序詞とともに万葉集の頃から用いられた技法である。」なんて書かれてますが、本当は言霊と関係している言葉であり、言霊がわからなければ本当の意味はわからないんです。

「天離」(アマサカル)と「鄙」(ひな)は、漢字によって、天から離れた存在、つまり、本来は「天の御中主の神」(アメノミナカヌシノカミ)であった存在が、今は鳥のヒナのように力は弱く頼りなさげな状態を示しています。

しかし、言霊的に読み解けば、現在は6状態だけれど、将来、飛び立つ、アマサカル(上昇ベクトル)ことになる、と言う意味になるのです。

もっとツッコむと、「離」の字の右辺は古鳥(フルトリ)で左は、大蛇を意味する字でもあるのです。つまり、以前は鳥のようであるとともに、大蛇のような姿でもあったと教えているんだよ。ああそれと、鄙は本来「夷」(エビス)の字を使っているよね。だから、封じ込められていた女神はここ日本の神では無いと教えてもいるんだよ。

以上の説明で、「言霊」の本当の意味について腑に落ちましたか?



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