【旅の記憶】手ごわいぞ〝遠野観光〟
旅はいろいろ
旅の楽しみはひとそれぞれ。
景勝に感動し、おすすめスポットや社寺をめぐる。ものづくりなど体験型もいい。忘れてならないのは地元ならではのグルメざんまい。納得のB級グルメに遭遇できれば思わずほほが緩む。見て、体験して、そして食べて。「また来たい!」と思いながら過ごす旅先の時間は、至福だ。
ただ、世の中に例外はつきもので、民話の里・遠野(岩手県)で過ごした時間は、ちょっと勝手が違った。
遠野物語の世界へ
遠野との出合いは柳田国男の「遠野物語」。学生のころ「常民」や「民俗学」「民家」に関心があったので、いくつか読んだ関連書籍の一冊だったが、オシラサマやザシキワラシ、カッパ、山女に山男などの話と、かつての日本の地方のくらしを重ねて楽しんだ。慣れない古めかしい文語体の言い回しはかえって伝承や逸話のイメージを膨らませるのに効果的だったようにも感じた。早池峰山や六角牛、仙人峠などの地名さえ意味ありげに思えたほどだ。
遠野に行ったのは、ずいぶん昔に一度だけ。もちろん「遠野物語の世界」を体感するためだった。もう記憶はあいまいになったが、遠野駅周辺から歩きはじめ、物語にまつわる場所に行ったり風情のある街並みにカメラを向けたりした。
滞在中、カッパ淵や物語の関連施設も回った。
かつての農家を使った民宿に泊まり、夕食は囲炉裏のある部屋でとった。囲炉裏は初めての経験で、古い民家の一室で過ごす夜は、遠野物語の舞台にピッタリだった。
ただ、なんとなく〝遠野観光〟に物足りなさも感じていたのだが。
というのも、雰囲気はあっても宿でザシキワラシは見られない。カッパ淵に行ってもカッパがいるわけではない。澄んだ水が流れる小川があるだけだ。いまは、カッパ像や捕獲用の釣り竿(カッパ捕獲許可証が必要)を置いてあるようだけれど。
ゆかりの地も特別ななにかがあるわけではない。どれもあたりまえだとわかっていても、しっくりこなかった。
映画のロケ地やアニメの舞台をたどる「聖地巡礼」に似ているのかもしれないが、遠野物語のイメージはちょっと違った。このモヤモヤ感が、いま思えば、物足りなさや勝手が違う原因だったのだろう。
神様を感じた
遠野で過ごす最後の日、田畑が広がる景色を眺めながら、目的もなく田舎道を歩いた。
遠くに茅葺屋根の曲がり屋が見えた。兄弟が多いのだろうか、庭には5匹の鯉のぼりが、さわやかな春の風をいっぱい吸い込んで、晴れ渡った青空の下を悠々と泳いでいる。鯉は上から順に黒の真鯉、赤の緋鯉、その下には青や赤の小さい鯉が続く。真鯉の上には5色の吹き流しが揺れる。
途中、草屋根の小屋があった。木でこしらえた小さな橋もあった。道筋に馬頭観音などと刻まれたいくつもの石仏が並ぶ場所を通り過ぎた。自然のままの石に仏の絵を彫った石仏も見かけた。それぞれの石仏のまわりには黄色いタンポポが咲いていた。どれも、子どものころ見ていた景色だった。
なんだか、神仏がムラのくらしをあちこちからそっと見守っているような気がした。
遠野物語はいま(2025年)から115年前の明治43年(1910年)に自費出版された。わずか350部だったという。
久しぶりに、学生のころ読んでずっと手元に置いていた文庫本(1976年初版、第12刷)を本棚から取り出した。日焼けしてすっかり黄ばんだページをめくった。あの古い言い回しには相変わらずてこずったが、書かれた伝承や逸話はおもしろく、まったく色あせていないのに驚いた。
偶然、口語訳された遠野物語を書店で見つけた。現代の言葉遣いは、さすがに読みやすくてわかりやすい。
漫画「水木しげるの遠野物語」も手に取った。水木しげるといえば「ゲゲゲの鬼太郎」だ。もちろん、妖怪話と遠野物語の世界は同じではないだろうが、漫画家の筆にかかると視覚的な魅力も加わって、さらに想像力がかき立てられる。
文語、口語、漫画。表現方法は違っても、それぞれに遠野物語の魅力を〝伝承〟していることがうれしかった。
遠野はいまも多くの人が、物語の主人公に〝会いに〟くる。
カッパにもザシキワラシにも会えずがっかりしてから、四半世紀以上たった。カッパやザシキワラシは、どうしているのかな。石仏は同じ場所からひとびとのくらしを見つめていることだろう。
インターネットや人工知能の時代になっても、ちょっと怖くて、ちょっと神秘的な「遠野物語の世界」を大切にしたい。
(了)
