ぬるま湯につかってみたい。それは優しさでできている温度。
シャワーだけでバスタブにお湯をためてみる。
シャーー、という静かな音。
バスタブにはいつもより温度が低めな
「ぬるま湯」が広がります。
暑い季節にはちょうど良いかも。
お風呂の心地よい温度は
40度前後っていわれています。
でも、ぬるま湯はちょうど人の体温と
同じくらいの、温かさ。
ぬるま湯って、どちらかというと
ネガティブなニュアンスなことが多い。
ぬるま湯に浸かることがまるで
「怠惰」とか「のんき」
「なまけもの」の代名詞みたいに。
でも、私は、そんなぬるま湯の中で、
ゆるゆると流れるひと時を過ごしています。
少しずつお湯の温度が
冷めていくなかで、
かつて、いつも「ぬるま湯」に
入っていたかもしれない
一人の女性のことを想像します。
子どもの頃のお風呂には、今のような
便利な、追い炊きや保温機能がありませんでした。
家族が順番に
お風呂に入っていくとき
いちばん最初に入る人は、ぽかぽかと温かい
一番風呂を楽しむことができます。
でも、時間が経つにつれて、お湯は
少しずつ、少しずつ冷めていってしまいます。
家族の食事の後片付けをして、
食器を洗って……。
すべての家事を終えてから
最後にお風呂に向かうとき
そこにあるのはもう
温かくはないお湯です。
一番家族を支えている人が、
一番最後にぬるま湯に入っていた。
もちろんお湯を足せばお風呂の温度を
上げることはできるけれど。
私の記憶のなかでその人は
「先に入りたい」とも「お風呂がぬるい」とも
口にすることはありませんでした。
冷たくなったお風呂に
いつも最後に入るのは、
一体どんな心境だったのでしょうか。
いちばん最初に温かいお風呂に
入りたい日もあったことでしょう。
「どうして私ばっかり」と
虚しくなる夜もあったことでしょう。
ぬるま湯に浸かってみないと
ぬるま湯に入っている人の
気持ちは分かりません。
父が強い時代背景も、
あったかもしれません。
でも家族への愛と、自分を
後回しにする利他の心に、
ぬるま湯の中で
とめどなく涙が溢れてきます。
もし、一日だけ
小学生に戻れるとしたら。
「お母さん、今日は一番先にお風呂に入っていいよ。
いっつも一番最後で、お湯が冷たくなってないかな…
毎日、本当にありがとう。好き。」
そう伝えたいです。
今もきっと、どこかで
「子供たちが
寝坊しないように」
「パートナーを先に
休ませてあげたい」
家族がお風呂を
楽しんでいる間に、
キッチンを片付け、
名もなき家事を回し、
明日の準備をする。
その後に、最後にお風呂に入る、
お母さんもいることでしょう。
あるいは、それは
「お母さん」という役割を脱ぎ捨てて、
「一人の女性」に戻るための、孤独で、
けれど切実な静寂の時間なのかもしれません。
それは一日の責務を
全てまっとうした、誇り高い証です。
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19歳のころの私は、
学校へ行くことができなくて
その一方で多額の奨学金を背負っていました。
生きることに途方にくれて、
母の日をお祝いする心の余裕もありませんでした。
でも、それから時間が経ちました。
今の私は、離れてはいるけれど
母の日にカーネーションを選んで、
まっすぐに「ありがとう」を届けられるようになりました。
ぬるま湯は、かつて私たちが包まれていた
羊水の温度と同じくらいです。
どうか「ぬるま湯」という言葉が、
もっと素敵な意味で響く世界になりますように。
見えない時間に想像を馳せられるように。
そんな想いを抱きながら、私は母がかつて
浸かっていたかもしれない温度に身を委ねています。
それは「ぬるま湯」が教えてくれた、私の大切な記憶です。
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あなたのぬるま湯が
心地よいものでありますように。
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