何かしなきゃって焦燥感に駆られて、何も手がつかない。
「何かしなきゃ」って
心が焦っていっぱいになって
でも何をしたらいいか分からなくて
結局、何も手につかなくて。
メンタルを崩していた頃のことです。
どうしたら
治る方向に向かえるのか
いま少しでも
良くなっているのか
どうかさえ分からなくて
見通しがつかなくて、暗闇を
手探りで進んでいるような感覚でした。
もしも、この状態から
抜け出せたとして
その先に、私には何があるんだろう?
そんな漠然とした不安に
いつも包まれていました。
変わらないまま時間だけが
過ぎていくのが、怖い。
このままじゃいけないのに。
そう思えば思うほど
「何かしなきゃ」って
気持ちが、空回りしていた。
コーピングリストみたいなのを
作ってみたり、自己分析をしてみたり。
自分の「強み」や
「好き」を見つけようと
色々な診断テストに
挑戦してみたけれど
それをいざ
「仕事」や「将来」に
結びつけようとすると
いつもそこで足踏みして
しまっていました。
もしかしたら、今、心を崩して
お休みされている方も
あの頃の私と同じような
もどかしさを感じているのかなって
重ねてしまったりもします。
本が読めなくなって
楽しかったはずの音楽にも
心が響かなくなって。
テンションを上げたい時に聴いていた曲や
元気が出るはずの曲にも
私の心は、ピクリとも動かなくなって。
そんな日々を過ごすなかで
思わず涙が溢れてしまった
曲がありました。
それは、シンガーソングライターの
高橋優さんの「陽はまた昇る」です。
神木隆之介さん主演の映画
「桐島、部活やめるってよ」の
主題歌になっています。
映画で描かれる閉塞感や
漠然とした見えない不安や
葛藤にピッタリです。
自分だけが置いてけぼりを
喰らっているような気がする。
誰かがこっちを指差して
笑っているような気がする。
同じような孤独を
君も感じてる?
出だしから暗くて、孤独のど真ん中を
ストレートに描写しています。
石川啄木の
「友がみな われよりえらく 見ゆる日よ」の
ような
人と比べて劣等感に
打ちひしがれてしまう孤独。
魂から声を発しているような
歌唱力が、本当にすさまじくて。
高橋優さんの歌には、
優しい歌い方と、激しい歌い方が
あるように感じます。
「陽はまた昇る」は、
どちらかというと激しめの歌い方です。
でも歌詞を読み進めていくと、
優しさがこめられていることに気づきます。
泣き歌ではないのかもしれないけれど
私は涙が止まりませんでした。
メンタルが落ちているときほど
響くような曲です。
後ろから「早く行け」と
急かされながら前に踏み出してる
前の人が「押すな」と言わんばかり
振り向きざまこっちを睨んでる
満員電車のようなゴールのみえない
競争社会の生きづらさを
象徴しているみたいで。
不幸せばっか拾い集めなきゃ
いけないようなさびしさを
ただの「寂しい」じゃなくて
考えたくもないのに
ネガティブなことばかり
浮かんできてしまう
心を蝕んでいくような寂しさが
この一節に凝縮されていて。
でも
「明けぬ夜はないさ」
「止まぬ雨はないよ」
サビでは、希望の一筋が
射し込むような歌詞が続きます。
移ろい行く人の世を
さんざめく時代を
憂いて受け入れて
次はどこへ行く
愛しき人よどうか君に幸あれ
たとえ明日を見失っても
明けぬ夜はないさ
「さんざめく」という言葉を
初めて知りました。
「移ろい行く人の世」は
「すべてのものは移り変わっていく」
諸行無常に通じるものがあります。
遥か彼方に射す
光を浴びたくて
我先にと我を失い
今も尚奪い合うよ
愛しき人よどうか泣かないでくれ
たとえ今が土砂降りでも
止まぬ雨はないよ
芥川龍之介の蜘蛛の糸のような
我先にと奪い合う世界。
でも、今がどんなに苦しくて
悲しくても、それは永遠には続かない。
やまない雨はないし
明けない夜はない。
一緒に土砂降りに打たれながら
優しく強く語りかけてくれるような。
高橋優さんも、同じような
孤独を経験したのかな。
この苦しみも、いつか終わりが来る。
私も、明けたらいいな。
選ばれし才能も
お金も地位も名誉も
持っていたって
いなくたって同じ空の下
愛しき人よほら 見渡してみて
尊い今というときを
陽はまた昇るさ
落ち込んでいる時って
過ぎた過去を
後悔したり
先が見えない未来を
心配ばかりして
なかなか「今」を
見つめることができなくて。
でも、何かを持っている人も
持っていない人も
みんな同じ空の下で
同じように陽は昇る。
お腹もすくし、トイレにも行く。
何かを持っている人だって「持つ」重さに
苦しんだりするのかもしれない。
そんなことを考えました。
「見渡してごらん。
今というかけがえのない時間。
陽が昇るというだけで、
十分に素晴らしいじゃないか」
そのときの私は陽が昇るかけがえのなさは
感じられなかったけれど
でもいまは陽の光を浴びて
その有り難さを
満ち足りた気持ちを
感じられるようになりました。
歌詞が名前のように
優しさに溢れています。
不調が強めだったときは
映画も観られなくて
映画に時間を使ってて
いいのかなって自己嫌悪になったりして
たとえ観れたしても
内容がまったく頭に入ってこなくって。
少し回復してきた時期かな
映画「桐島、部活やめるってよ」を
観ました。Amazonプライム。
エンディングで流れた「陽はまた昇る」が
高橋優さんの曲との初めての出会いでした。
そこから、他の曲も聴くようになりました。
noteを始めてから
朝井リョウさんの「何者」に出会って
Eテレの番組
「わたしの日々が、言葉になるまで」で
朝井リョウさんをお見かけして
あっ!
「桐島、部活やめるってよ」の
原作者=朝井リョウさん。
長い時間を経て
私の中で繋がりました。
今の私は
「何かしなきゃ」って
焦燥感に駆られたり
何も手につかないことはありません。
「今日は何しようかな?」って
「今日はnoteに何を書こうかな?」って
楽しむ私がいます。
冒頭の石川啄木の
「友がみな われよりえらく 見ゆる日よ」は
「花を買ひ来て 妻としたしむ」と
つづきます。
noteの名前「ひいろ」には
10以上のスキが込められています。
「何ものでもない私」のまま
書くきっかけになって
「ひいろ」の「陽色」の由来に
繋がったのかな。
「陽はまた昇る」でした。
梅雨に入ってふと思い出しました。
最後までお読みいただき
ありがとうございます。
あなたの雨時間が
素晴らしいものでありますように。

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少しでも、あなたの心に残ったのなら嬉しいです。