真夏の小さな旅3選/地方都市の新たな魅力に出会う ブロンプトンとローカル線の旅#54
お盆休みの、ブロンプトンとのちょっとしたエクスカーションの記録です。
ローカル線は登場しません、悪しからず。
1.美瑛・上富良野 2026年8月9日
8月に入って以来、真夏の北海道らしい爽やかな日々が続いていましたが、7日(金)の夜から不安定な天候になりました。
この日も朝から曇り空。しかし次第に天候が回復するとの予報、気合いを入れず、クルマにブロンプトンを積んで美瑛へ行き、2〜3時間、軽く走ることにしました。
美瑛へは頻繁に走りに行きます。しかし、ブロンプトンで走ることはほとんどありません。片道20キロ強の自走、起伏の多さなど考えると、わざわざ小径車で走る面白味は、あまりないと思っていたからです。
しかし、速く遠くへ走ることを目的とせず、ブロンプトンでのんびりと走るのもいいものでした。
《この日のルート》 道の駅びえい 丘のくら→新栄の丘→美馬牛小学校→四季彩の丘→上富良野→ジェットコースターの道→かんのファーム→美馬牛駅→拓真館→三愛の丘→美瑛神社→道の駅美瑛 丘のくら
市街地にある「道の駅びえい 丘のくら」にクルマを停めて、ブロンプトンで走り出しました。
まずは、新栄の丘へ。
今日は山々は分厚い雲の中。天気の良い日なら、この道からは大雪連峰、トムラウシ、十勝連峰はもちろん、彼方に芦別岳の尖峰も臨むことができます。
緑濃きゆるやかな坂道を登り詰めた新栄の丘には、数組の先客。8月になり、ラベンダーはもはやすっかり色が抜けた残骸を晒しています。

坂道を下り、登り返して、美馬牛。このエリアでは「四季彩の丘」に人が集まります。今日も駐車場はほぼ満車。
有名なスポットをクルマでつなぎ、映える写真を撮るだけでは、美瑛の素晴らしさの3分の1も体感できないんじゃないでしょうか。点と点を結ぶ道で出会う風景、丘に落ちる光と影、そして五感に感じる風、音、匂い‥そのようなものが、すっぽりと欠け落ちてしまうからです。
最近少しずつ、電動アシスト自転車をレンタルして走るツーリストの姿が増えてきました。実に好ましい、とおじさんは思っております。この得難い風景を全身で感じとり、この景観を作り出してきた幾多の小さな人の手に感謝する。そしてマナーを守るのはもちろん、地域に対する適切な受益者負担…飲食、みやげ、宿泊、駐車料金…の意識が醸成される。こんなサイクルが回ることを期待しています。
さて、今日は体調が良い上、天候が回復して青空が広がっています。
美瑛だけじゃもったいないので、上富良野まで走り、「ジェットコースターの道」を戻ってくることにしました。
美馬牛から上富良野までは、交通量の激しい国道を避け、JR富良野線東側の谷筋を行きます。若干のアップダウンはあるものの、概ね下り。

上富良野市街地の北でJR富良野線と国道を渡り、西側の丘陵へ。
通行量の少ない道ですが、森のクマさんが出そうな区間もあります。
ここにも雄大な丘の風景があります。


この先が「ジェットコースターの道」の南端。高低差65メートルの丘を上り下りしながら、4.2キロにわたり直線的な道が続きます。
これまで、北側2.5キロの区間は、何度かロードバイクで走ったことがあります。クルマで全線を走ったこともあります。ただ、全線を自転車で走るというのは、実は初めてです。
南側1.7キロの区間は、まず緩く登った後、豪快に下ります。一時停止の交差点があり、その先が1番長い登り。登り切ったところが展望地点。バイクやクルマが何台も止まっています。
その中に、電動アシスト自転車で来ている若者も1人いました。えらいえらい。帰路にバッテリーが切れないことを祈る。



この先、ジェットコースターの道の北端までは、さらに二つほど起伏があるとはいえ、下った勢いである程度上れる高低差。個人的印象として、この道は北からではなく南から走った方が楽だと思います。
美馬牛へ戻る前に、久しぶりでかんのファームに立ち寄り、トウキビで小腹を満たし、鮮やかなサルビアなどに覆われた丘を少し散策しました。



美馬牛駅前の自販機で水分補給し、丘の道を拓真館へ。
この美馬牛〜拓真館〜三愛の丘〜美瑛市街地をつなぐ道は、美瑛で最も好きなルートです。



写真家の前田真三氏が開いた拓真館は、改装されてから立ち寄ったことがなかったので、今日は中を一通り見学したあと、カフェラテを買って、外のベンチで木漏れ日の中、休憩。
若い女性3人組が、電動アシスト自転車に乗ってやって来ました。ちゃんとヘルメットも被っており、その佇まいを大変好ましく思いながら見ていたところ、1人がわたしに気づき、会釈。ヘルメットにサングラスなのでわからなかったのだけど、日本語学校の教え子でありました。遊びに来た友達と、昨日から美瑛を走っているとのこと。啓蒙活動の成果を実感(←自己満足)。
拓真館から雄大な風景の広がる丘を一つ越え、登り返して、丘陵の馬の背を三愛の丘へ走ります。


最後は美瑛神社へ。ここは何でも、北海道神宮、洞爺湖と並ぶ「北海道三大パワースポット」なのだとか。御朱印と一緒に戴いた縁起を読むと、美瑛は元々紀伊勝浦からの入植者が拓いた土地で、熊野坐神社より分霊を受けた伊邪那美神と伊邪那岐神を祀っていることから、縁結びのご利益があると言われています。実はつい最近まで、そんなことは全く知らぬまま、いつも素通りしていました。

「道の駅びえい 丘のくら」で買ったサイダーを飲みながら家路へ。
走行距離48キロ、獲得標高624メートル。ブロンプトンでの半日ライドとしては適度な、気持ちいい夏のライドでした。
2.常滑焼きものの道 2026年8月11日
舞台は北海道上川地方から、知多半島へと飛びます。
一見繋がりのない両地域ですが、繁忙期には、旭川空港と中部国際空港を結ぶ季節便が就航し、遠く離れた二つの地域が直結されるのです。南信州に実家があるわたしにとって、この季節便はまことに便利で、お盆や年末年始の帰省では重宝しております。
わたしのアパートから旭川空港まで、約9キロ。最短ルートは起伏が大きいので少し遠回り。それでも、ブロンプトンで30分弱で到着します。
出発前に道の駅で地酒を買い、ズッシリ重くなったフロントバッグでふらつかぬよう、スピード控えめに旭川空港へ。
朝ごはんを食べていなかったので、空港2階のフードコートで、梅光軒の朝ラーメンセット。

「白い恋人」「じゃがポックル」など一般的な土産は、空港のANA FESTAで株主優待を使います。フロントバッグの中は、いよいよ寸分の隙間もなくなりました。
飛行機は、東川上空を旋回して高度を上げ、真下に新千歳空港を見て噴火湾を横断。恵山の赤茶けた山容をかすめて津軽海峡を横断し、仏ヶ浦の断崖を見下ろすあたりから、台風15号の影響で視界は雲に閉ざされました。
適度な揺れで居眠りしているうち、松本上空で雲は切れ、彼方に富士山のシルエット、眼下には諏訪湖を眺め、やがて木曽駒ヶ岳の頂稜をかすめて高度を下げていきます。


やがて三河湾の島々が見えてきました。その向こうには渥美半島。ここも一度、豊橋鉄道とセットで走ってみるのもいいかな。子供の頃に行ったきりの伊良湖岬まで。
全国の主要空港の中で、セントレアの使いやすさは群を抜いていると思います。降機から荷物受取まで同フロアで距離も短い。そこから先も、エレベータにも乗らずカートを押したままホームまで行ける。出発時も同様で、ホームからカウンターまでバリアフリー。ブロンプトンを連れて旅していると、これは本当にありがたい。
出発地の旭川空港も、ここセントレアも、このようにストレスフリーなのが、わたしがこのルートを好む理由の一つでもあります。
名古屋市内まではミュースカイで約30分…ですが、今日は準急に乗って、二駅先の常滑で下車。
飯田行きのバスが出るまでに3時間以上あります。今回は、そのうち1時間半ほどを、ここ常滑での滞在に充てることにしました。
きっかけは、先日タオ島へのダイブトリップに携えていった、東野圭吾氏の「白鳥とコウモリ」でした。この作品の重要なカギとなる土地として、常滑が描かれていたのです。常滑は有名な焼き物の産地。駅近くに陶房が集まった「やきもの散歩道」というのがあるそうです。
本当は空港から自走したいところなれど、空港と知多半島を結ぶ橋は、自転車は走ることができません。
空港橋を渡ると、りんくう常滑駅。巨大なイオンモールが隣接しています。その先には競艇場。今日はレースは行われておらず、2〜3隻のボートが練習中でした。
常滑はLIXILの企業城下町。しかし、お盆休みの駅前は静かでした。
常滑焼は、招き猫が有名。
ブロンプトンを組み立て走り出すと、さっそく猫たちの出迎えにあいます。

緩やかな坂道を少し登ったところに、常滑陶芸会館があります。ここで地図を入手。
館内には多種多様な招き猫たち。猫好きにはたまらん。さらにはハンマーヘッドやジンベエザメのフィギュアもありました。なぜか猫たちよりお値段高め。
ここで地図をもらい、やきもの散歩道へ入り込みますが…まずは、反省の弁から。
ここは、小高い丘に細い路地のような道が入り組んでおり、自転車で入り込むような道ではありませんでした。迷惑なそぶりも見せず道を譲って下さった皆さん、本当に申し訳ない。
途中でブロンプトンを停め、その先は歩いて回りました。

覚悟していたほどの蒸し暑さではありません、常滑上空にも秋の雲。まずまず心地よい潮風が吹いていました。
このエリアには、中小の窯元、古民家を改装したカフェなど、魅力的な店が軒を連ねています。あちこちにレンガ煙突。そぞろ歩きの魅力に満ち溢れています。




2〜3軒の陶房に入ってみました。
常滑焼の特徴は、鉄分の含有量が多い良質な土と、釉薬を使わずに焼き締める赤茶色の発色とのこと。しかし、そのような伝統的作風に限らず、陶房ごとに個性ある陶器が目を楽しませてくれます。しかも、古民家を利用した店の佇まいが、とても良いのです。
…陶器に目がないわたしにとって、滅茶滅茶に危険な状況。
もしブロンプトンのフロントバッグがはち切れそうになっていなかったなら、理性が弾け飛んでしまったことでしょう。
1時間ほどの散策のあと、散歩道の外縁をブロンプトンで一周りして、名鉄特急で名古屋へ向かいました。次にセントレア経由で帰省するときは、ブロンプトンの代わりに空のスーツケースを携えてこなあかんな、などと考えながら。
3 横根たんぼ 2026年8月14日
南信州•飯田への帰省中は、概ね好天に恵まれました。親戚で集まって食事したり、墓参へ行ったりしつつ、時間を見つけてはブロンプトンで走っていました。
実家から片道10キロ強の天竜峡へは、半日ほど空いたときによく走りに行き、「そらさんぽ天竜峡」をはじめ渓谷の遊歩道をひとしきり歩いています。
いつもは天竜川東岸の道走っていきますが、この日は少し変化をつけて、ツアー•オブ•ジャパン(TOJ)信州飯田ステージのコースになっている上の段丘へ登って、天竜峡へ下ることにしました。とはいえ、上る道も下る道も、幾筋もあります。
TOJのコースは以前走ったことがあります。下りは飯田市街地や中央アルプスの眺望が開ける気持ちいいダウンヒル。しかし上りは薄暗い沢筋で、あまり好きになれませんでした。
今回は、水神橋から日当たりのよい尾根上の集落を結ぶ道を上ることにしました。
天竜川から一つ上の段丘に登ると、下久堅の集落。和紙で有名なところです。さらにゆるい登りの先が知久平。戦国時代にこの辺を治めていた知久氏に由来します。

その先、森の中をクランク状に登り、視界が開けたあたりから急登が始まりました。この辺りは小学生の頃、バスに乗って、時々遊びに来ていました。当時の道は道路改良で付け替えられた区間もありますが、旧道が残っているところはそちらを選んでのぼりました。
それにしても暑い。明るい雰囲気の道をわざわざ選んだのに、クルマがほとんどこないのを良いことに、木陰になっている箇所を渡り歩くように登っていきました。
やがて上久堅の集落に到着。自販機で冷たい飲み物を買って一息。
この集落は、標高772mの神の峰の足元にあります。

神の峰は、知久氏の居城があったところ。ここは信州と遠州を結ぶ秋葉街道上に位置する交通の要衝でした。知久氏は武田信玄への服従を拒否、最終的に神の峰城は落城し、知久氏は滅亡します。
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このあと神の峰へ上って、まっすぐ天竜峡へ下ろうかとも思っていましたが、google mapを眺めていたところ、さらに5キロほど先にある「横根田んぼ」というのが気になりました。こちらへ行っても、少し遠回りではあるものの天竜峡へ下れそうなので、行ってみることにしました。
渓流に沿って家々が身を寄せる集落からもう少し登るとJAの支所、A-COOPなどの看板が見えました。しかし今では何れも閉鎖され、営業しているのは小さなGSのみ。
そこに「風張」というバス停がありました。小中学生の頃、この下の下久堅へ時々来ていました。そのとき乗ったバスの行き先が「風張」もしくはこの先の「平栗」だったことが思い出されます。時刻表を見ると、今ではバスは朝に一本のみ。ほか、乗合タクシーが平日は1日3便、休日1便。

なおも登ります。神の峰の山頂が、ほぼ同じ高さになりました。

あとで確認すると、天竜川を渡る水神橋から最高地点まで、約10Kmで標高差400mの上りでした。
ようやく下りになったかと思いきや短い登り返しがあり、その先が目指す「横根田んぼ」でした。
地元でありながら、この場所の存在自体を知りませんでした。ここは日本の棚田百選にも選ばれているとのこと。



こういう棚田での稲作は大規模化・機械化が難しく、地元の農家だけで維持管理できるものではないと思います。事実、数年前に訪れたある棚田は、半分くらいが既に耕作放棄されてしまった様子でした。
しかしここは、青々とした稲が斜面を埋め尽くしています。
傍らを見るとオーナーの銘板が掲げられており、この地区出身である峰竜太氏をはじめ、地元の名士や企業が名を連ねていました。

このような景観の維持において、利害関係を離れたスポンサーの存在は得難いものでしょう。このひっそりとした山奥の別天地を大々的に喧伝せず、地域の資産として大切に守る姿勢にも共感できます。
暑さで身体が干からびそうでしたが、いつまでも立ち去りがたい気持ちでした。
低い尾根をもう一つ越えたところが千代の集落。飯田線の秘境駅として知られる千代は谷底にあります。ここに住む人たちが千代駅を使うことは、まずないでしょう。
千代から天竜峡までは、夏の花が咲き乱れる里山を、爽快なダウンヒル。

天竜峡駅は、今や飯田線には数少ない、昭和の面影を残す駅。
実はこの前日もヒルクライムをやっていたので、結構太ももに来ています。なので帰りは、ここから飯田駅まで輪行し、実家まで下り一方で帰ろうと思っています。
ブロンプトンを停め、強い日差しに大汗をかきながら、「そらさんぽ天竜峡」や、峡谷を巡る起伏の激しい遊歩道を歩きました。



散々歩き回り、出し切った満足感と共に天竜峡駅へ戻ると、なんと、2分前に列車が出たばかり。次は2時間後までありません。
楽々輪行の目論見は脆くも崩れ、実家まで灼熱の中を自走することになったのでした。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
これまでのブロンプトンとローカル線の旅は、⬇︎にまとめています。
わたしは、2024年秋に、京都から北海道の東川町へ移住してきました。noteでは主に自転車旅のこと、また時々スキューバダイビングのことなども綴っています。かつてロードバイクで北海道一周した時の記録や、水中の旅のことは、↓のマガジンにまとめています。こちらもご関心があれば、お読みいただければ嬉しく存じます。
