酸化マグネシウムが効かない高齢者に、麻子仁丸を選ぶ3つの理由|在宅薬剤師の現場メモ
はじめに
在宅や施設の現場で高齢者の便秘に向き合っていると、こんな場面があります。
「酸化マグネシウムを続けているのに、最近また出にくくなってきた」
「便がコロコロして、本人もとてもつらそうで……」
酸化マグネシウムは安価で副作用も穏やか、便秘の第一選択として広く使われています。ところが高齢者では、腎機能の低下や長期使用によって、じわじわと限界が見えてくることがあります。
そんなとき、私がよく次の一手として提案するのが**麻子仁丸(ツムラ126番)**です。
この記事では、高齢者に麻子仁丸を選ぶ3つの理由を現場目線で整理します。
理由① 高Mg血症リスクを回避できる
理由② 偽アルドステロン症の心配がない
理由③ 「潤す+動かす+整える」の組み合わせで腹痛が少ない
切り替えのタイミング・注意点・用量のコツまで、現場ですぐ使える情報を1本にまとめました。
この記事の対象読者 在宅・施設の現場薬剤師(新人〜中堅)/ケアマネ・訪問看護師/「酸マグが最近効かなくなってきた」と感じている家族介護者
麻子仁丸ってどんな薬? 30秒で押さえる
麻子仁丸は中国・後漢時代の医学書『傷寒論』『金匱要略』を出典とする漢方薬で、ツムラ番号は126番です。
配合生薬は6味。「潤す・動かす・整える」の3グループで覚えると、一気にすっきりします。
■ 潤す 麻子仁(マシニン)・杏仁(キョウニン) → 油性成分で腸内を潤す
■ 動かす 大黄(ダイオウ)・枳実(キジツ) → 蠕動運動を促進する
■ 整える 厚朴(コウボク)・芍薬(シャクヤク) → 腹満・腹痛をやわらげる
イメージで言うと、用水路が乾ききった畑。トラクター(蠕動)だけ走らせても土が硬くて空回りします。そこに油と水を補ってから、トラクターも軽く回すのが麻子仁丸の発想です。
単なる刺激性下剤とは、根本的な思想から違います。
理由① 高Mg血症リスクを回避できる
酸化マグネシウムの落とし穴は、「高齢・腎機能低下・長期連用」の三重苦が重なると血清Mgが上昇することです。
2020年の添付文書改訂で「定期的な血清Mg濃度測定」が推奨されましたが、在宅では採血頻度を上げるのが現実的に難しいケースも多い。気づかないうちにMgが蓄積し、傾眠・脱力・徐脈として表れる——そういった事例が高齢者を中心に報告されています。
麻子仁丸はMgを一切含みません。 腎機能が低下している高齢者でも、Mgの蓄積を気にせずに使えます。
切り替えを検討するサイン
血清Mg ≥ 2.5 mg/dL〔補足: 目安値。施設・病院の方針に従うこと〕
eGFRの低下が続いている
傾眠・脱力・易疲労感が出てきた
便形がコロコロ(ブリストルスケール1〜2)になってきた
理由② 偽アルドステロン症の心配がない
高齢者の処方箋を確認していると、複数の漢方薬が出ていることがよくあります。ここで気をつけたいのが甘草(グリチルリチン)の重複です。
甘草を含む製剤が複数重なると、低カリウム血症・血圧上昇・浮腫を引き起こす「偽アルドステロン症」のリスクが高まります。よく見かける甘草含有漢方としては、芍薬甘草湯(ツムラ68番)・補中益気湯(ツムラ41番)・小建中湯(ツムラ99番)などがあります。
麻子仁丸には甘草も黄芩も含まれていません。
複数の漢方薬を飲んでいる高齢者でも、甘草重複を心配せずに選ぶことができます。
理由③ 「潤す+動かす+整える」だから腹痛が少ない
大黄(ダイオウ)を単独で使うと、蠕動を強く刺激してしぶり腹(テネスムス)や腹痛が出やすくなります。不快感から自己中断してしまう高齢者は、現場でも少なくありません。
麻子仁丸では、芍薬と厚朴がブレーキ調整役として入っています。大黄のアクセルが効きすぎたところを中和する仕組みです。腹痛が出にくいから、続けられる。
薬理研究が裏付けるメカニズム
CFTRクロライドチャネルを活性化して腸液分泌を促進する〔補足: Harada et al., J Pharmacol Exp Ther, 2017〕
AQP3(アクアポリン3)の発現を低下させ、結腸からの水分吸収を抑える〔補足: Phytomedicine, 2025〕
現場で使えるステップアップ
便秘の治療は一本道ではありません。患者さんの体力と便の状態に応じてステップアップする流れを持っておくと、判断がスムーズになります。
■ STEP 1:まず試す → 酸化マグネシウム → 見直しサイン:効きが鈍る/血清Mg上昇/便がコロコロ
■ STEP 2:高齢+コロコロ便+酸マグ無効 or 腎機能低下 → 麻子仁丸(ツムラ126番) ←本記事のメイン → 見直しサイン:5〜7日続けても出ない
■ STEP 3-A:STEP 2で出ない+体力あり → 桃核承気湯(ツムラ61番)/大承気湯(ツムラ133番) → ここまで来たら処方医と再相談
■ STEP 3-B:STEP 2で出ない+虚弱・乾燥が強い → 潤腸湯(ツムラ51番) → ここまで来たら処方医と再相談
その他漢方との比較:どう使い分けるか
麻子仁丸と同じ「便秘の漢方薬」カテゴリでよく使われる4剤と比べてみます。
■ 麻子仁丸(126番) → 甘草なし/黄芩なし → 向く患者:高齢・コロコロ便・腎機能低下 → 特徴:甘草フリー+腎機能に優しい唯一の代表格
■ 潤腸湯(51番)— 麻子仁丸より「もっと弱った高齢者」向け → 甘草あり/黄芩あり(偽アルドステロン症に注意) → 向く患者:血虚(貧血傾向・皮膚乾燥・髪のパサつき)が目立つ超高齢者 → 「麻子仁丸でも効果不十分+虚弱が強い」ときの次の一手
■ 大黄甘草湯(84番)— シンプルだが長期には向かない → 甘草あり/黄芩なし → 大黄と甘草の2味のみ。頓服的な使い方に向く → 長期連用での偽アルドステロン症リスクあり。慢性便秘より麻子仁丸が安全
■ 桃核承気湯(61番)— 元気な人の「頑固な便秘」専用 → 甘草あり/黄芩なし → のぼせ・肩こり・瘀血を伴う体力のある方向け → 高齢者の虚弱タイプには強すぎる。下痢・腹痛が出やすい
■ 桂枝加芍薬大黄湯(134番)— 腹満感が主訴のとき → 甘草あり/黄芩なし → 腸が痙攣気味で「張って苦しいが出ない」タイプに向く → 麻子仁丸で腹満感が改善しないケースで選ぶ余地あり
選択フロー

高齢者ほど「甘草フリー」「腎機能に優しい」が最優先基準になります。麻子仁丸がこの2条件を両方満たす唯一の代表格です。
注意点:使う前のチェックリスト
麻子仁丸を選ぶ前に、以下を必ず確認してください。
❌ 妊婦:大黄の子宮収縮作用で流・早産リスク → 投与しない
⚠️ 授乳婦:アントラキノン誘導体が母乳移行し乳児下痢のおそれ → 原則避ける
❌ 下痢・軟便がある:症状が悪化するおそれ → 使わない
⚠️ 他の瀉下薬と併用中:酸マグ+麻子仁丸の重複処方は本来二者択一 → 整理を推奨
副作用(頻度不明)として、食欲不振・腹痛・下痢が報告されています。症状が出た場合はいったん中止して再評価してください。
用量のコツ
ツムラの標準量は1日7.5g(食前または食間・分3)ですが、在宅ではまず1日1包(2.5g)スタートが安全です。特に痩せ型・80代以上の方は、標準量でも効果が出すぎる場合があります。出方を確認しながら段階的に増量してください。
服用タイミングは食前・食間が原則ですが、飲み忘れを防ぐために夕食後すぐで継続性を優先するアレンジも、医師の指示のもと実際の現場では行われています。
まとめ:兎糞便を見たら126番を思い出す
高齢者のコロコロ便(ブリストルスケール1〜2)が続いていて、酸マグが効きにくくなってきたとき——麻子仁丸が次の一手になります。
改めて、3つの理由を整理します。
高Mg血症を回避できる(Mgを含まない)
偽アルドステロン症がない(甘草・黄芩フリー)
「潤す+動かす+整える」で腹痛が少なく続けられる
「効果が出やすく腹痛が少ない」「腎機能を気にしなくていい」「甘草の重複を避けられる」——この3点セットが、在宅・施設の高齢者に麻子仁丸が選ばれる理由です。
次の在宅訪問で、兎糞便の患者さんを見かけたときにぜひ思い出してみてください。
この記事が現場の小さな判断材料になれば幸いです。
本記事に含まれる薬剤情報は執筆時点のものです。実際の処方変更は必ず担当医・薬剤師にご相談ください。
