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真夏の工事で、私は「空気の通り道」を失った



朝、まだ6時半。

裏の工事現場には、すでに人が来ていた。

作業が始まっているわけではない。

でも、人の話し声や笑い声、車のドアの開閉音が、静かな朝の中に響いて聞こえてくる。


私は眠い。

昨夜も、まともに眠れなかった。

うつらうつらしては目が覚める。

そんな状態で朝を迎えたところに、裏から人の声が聞こえてきた。


「あー、もう……」
イライラする。


しかも、以前届いた工事の通知には、8時前は工事音を出さないという案内があった。

それなのに、まだ8時にもなっていない時間から、工事の音が聞こえてくる。

「8時前は工事音を出さない」という案内は、いったい何だったのだろう。

決められた時間を守ってほしい。


ただ、それだけなのに。


工事の音がうるさいのも嫌だけれど、最近になって、もうひとつ気になることがある。


窓を開けにくいことだ。


真夏は、空気を通したい


真夏の家の中は暑い。


窓を開けて、風を通したい。


家の中にこもった熱や湿気を外に逃がして、少しでも空気を動かしたい。


ところが、裏で工事をしていると、

「今日は窓を開けても大丈夫かな」

と考えてしまう。


工事の音。

人の声。

ホコリ。

いろいろなものが気になって、窓を閉めてしまう。


すると、今度は室内の空気が動かない。

暑い。

なんとなく息苦しい。

空気が重い。

そこで、ふと思った。

私は「空気の通り道」が欲しいんだ。


空気が動かないだけで、不快になる


これまで私は、窓を開けることを単純に「換気」のためだと思っていた。


でも、実際にはそれだけじゃない。


窓を開ける。


風が入る。


別の窓から空気が抜ける。


家の中の空気が動く。


それだけで、体感が変わる。


反対に、窓を閉め切って空気が動かなくなると、暑さや湿気がまとわりつくように感じる。


空気にも、通り道が必要なんだ。


人間だって、ずっと閉じた空間にいたら疲れる。


家も同じなのかもしれない。


「住む」って、部屋があるだけじゃない


家があれば、それで生活できるわけではない。


窓を開けられること。


風が通ること。


静かに眠れること。


朝、必要以上に人の声で起こされないこと。


そして、事前に知らされた時間帯には、できるだけ静かに過ごせること。


そういう小さな環境も含めて、私たちは「住んでいる」のだと思う。


だから、真夏の工事で窓を開けにくくなったことで、私は初めて、

静けさも、風も、空気の通り道も、生活に必要なものなんだ

と気づいた。


もちろん、工事には工事の事情がある。

建物ができていくためには、誰かが作業しなければならない。

それは分かっている。

でも、そこに暮らしている側にも、毎日の生活がある。


眠る。


起きる。


暑さをしのぐ。


窓を開ける。


風を通す。


そんな当たり前のことを、当たり前にできること。


それも、暮らしの大切な一部なのだと思う。


……とはいえ。


今朝6時半から聞こえてきた話し声や笑い声。


そして、8時前から聞こえてきた工事の音。


「もう少し寝かせてくれーーー!」


と、私は口に出していた。


真夏の朝。


私は今日も、空気の通り道を探している。




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