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買う人と、片付ける人は同じですか?


実家の中を片付けていると、ときどき思う。


「この物を買った人と、最後に片付ける人は、同じなのだろうか?」


実家では、母が買った未開封のシャンプーが16本見つかった。

「毎日使うものだから、いつか使い切る」と考えていたのかもしれない。

でも、物は買った瞬間に役目を終えるわけではない。

使うまで保管し、使い切るまで管理し、不要になれば手放す必要がある。


その一連の管理を、買った本人ではなく、別の家族が引き受けることになったらどうだろう。


物は、買ったら終わりではない


先日、未開封のシャンプーを片付けていた。

数えてみると、なんと16本。

「使うものだから、いつか使い切る」

母は、そう思って買ったのかもしれない。


でも、買ったときには見えていなかったことがある。


物は、買ったら終わりではない。

物は、買ったあとも管理が続く。

物を買うときは、購入する瞬間だけを考えがちだ。


「安いから買っておこう」

「毎日使うから必要」

「なくなったら困るから、ストックしておこう」


どれも、買う理由としては分かる。


でも、その後には、

・使う

・保管する

・残量を確認する

・ 新しい物を買うか判断する

・最後には手放す


という作業が待っている。


だから、物を買うということは、その物を最後まで管理することも引き受けることなのだと思う。


「いつか使う」は、管理とは違う


「いつか使うから大丈夫」


そう思っていると、物は少しずつ増えていく。


1個なら気にならない。

2個、3個と増えても、まだ大丈夫。


でも、気づいたときには10個以上になっていることもある。


そして、収納場所がなくなったり、使い切れなくなったりすると、


「片付けなきゃ」

となる。


でも、その片付けをするのが、買った本人とは限らない。


誰かが買った物を、別の誰かが片付ける。


もしそれが当たり前になったら、片付ける側の負担はどんどん増えてしまう。


買った人に、最後まで管理してもらう


だから私は、

「買った人が、最後まで管理する」


という考え方も必要なのではないかと思う。


使うなら、自分で使う。

使わなくなったなら、自分で譲る。

不要になったなら、自分で処分する。

別の場所に移すなら、移した先でも自分で管理する。


それは、誰かを責めるためではない。


物を買うということに、最後まで責任を持つためだ。


断捨離は「捨てる人」の問題だけではない


断捨離というと、

「どうやって捨てるか」

「何を捨てるか」

に目が向きやすい。


でも、その前に考えたいことがある。


「なぜ、こんなに物が増えたのだろう?」


そして、

「この物を買った人は、最後まで管理しているだろうか?」

ということだ。


買うことは簡単だ。

ボタンを押せば、物は届く。


でも、物を家に入れた瞬間から、その物を管理する仕事は始まっている。


自分の物は、自分で最後まで


私はこれから、自分が買った物については、できるだけ最後まで自分で管理したい。


使い切れる量だけ買う。

在庫を把握する。

新しく買う前に、家にある物を確認する。

そして、不要になったら、自分で手放す。


そうすれば、誰かに片付けてもらう物も減っていく


「買う人」と「片付ける人」。


この二人が、いつも同じである必要はないのかもしれない。


でも、もし自分が買った物の後始末を、いつか誰かにしてもらう可能性があるのなら。


買うときに、そのことまで考えてみてもいいのではないだろうか。


物を買うということは、

「所有する」ことだけではなく、「最後まで管理する」ことなのだから。




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