夕星(ゆふづつ)——いまも君が現(ここ)にいるようで(幻想小説)
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(あらすじ)
2024年、この年、誕生日が来れば二十八歳になるフリーの作家・諸星遥奈(もろぼし はるな)——彼女は、生成AI――大規模言語モデルとかLLMと呼ばれるもの——の特性や限界に失望し、心をすり減らしていた。
そのことから逃れるように、五月中頃、大型バイクで、ひとりバイク旅に出る。
……
旅に出た日の夜、遥奈は、伊勢のホテルで、見知らぬ女性からInstagramのダイレクトメッセージを受け取る。
不可解なメッセージをきっかけに、彼女は、両親が決して触れようとしなかった、悲しく痛ましい過去に触れてゆく。
……
——物語は、遥奈、その父・ダン、母・麻衣子と、視点を変えながら綴られる。
いま、物語は、懐かしくも悲しい湘南の景色を織り交ぜながら、遠い時を遡ってゆく。
……
隠されてきた家族の悲しい過去と、「不在の主人公」とも言える亡き女性の切ないまでの想いが、ある女性歌手の悲しい楽曲に込められた祈りと交錯しながら、紡がれてゆく。
そして、遥奈と麻衣子が伊勢・五十鈴川のほとりで最後に出逢ったものは……。
——切なくも美しい奇跡が起こる。
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第一篇 彼方からの風——遥奈——

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プロローグ
バイク乗りの女性・諸星遥奈(もろぼし はるな)。
彼女は、2024年5月の中頃、カワサキZ900RS ——大型のネイキッドバイクを操り、伊勢へ走る。
——その夜、ホテルの部屋で、不意に届いた遠い過去からの気配……。
……
あるInstagramのプロフィール写真……。
それは、雨の夜——街灯が濡れた路面を滲ませながら黄金色に染めている写真だった。
——ただ、そこに映るひとりの見知らぬ若い女性の後ろ姿……それは、どこかで見たような、懐かしい既視感のある女性の写真だった。
……
バイク——時としてもういないはずの何かを呼び寄せる。その妖艶なまでの危うさゆえに。
彼女は、いま、長い時を超えて届く切ないまでの想いに、静かに触れて行く。
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第一章 旅立ちの日
五月も半ば、温かい陽差しが茶褐色の長い髪を金色に燦めかせていた。
荷物は積み込んだ。
黒革のワンショルダーバッグを左肩にかけ、ジェット型ヘルメットにグローブを入れ、あご紐を持ってバイクへ向かう。
今日、ひと月ほど、バイクで旅に出る。
——彼女は諸星遥奈(もろぼし はるな)。
……
今年の誕生日が来れば、二十八歳になる。
——大学の英文科を卒業し、二十五歳のとき編集仕事での人間関係が嫌だったのと海外生活の経験をしておきたかったので、ワーキングホリデーを利用して、一年間あまりオーストラリアを旅していた。
費用は父がかなり援助をしてくれた。
帰国してからは、編集者時代の伝手も頼ってフリーランスの翻訳家やライターをしている。
英語も堪能であり、一年間あまりの海外生活で書き溜めた原稿もかなりあった。
文章が繊細で情景的なだけではなく、父親似の面立ちのせいか——と父はいつも力強く言っているが——以前、雑誌で「美し過ぎる女流作家」と紹介されたこともあって、仕事も多い。
……
両親は、離婚はしてはいないが別居している。そんなに離れているわけではなくて、電車で一駅程度だ。
遥奈はどちらの家にも自由に出入りしている。鍵も持っている。
……
父親似のせいかバイクが好きだ。
ただ、あの日まで、さほど興味などなかった。
あのとき、どうしても乗らなくてはならないというような感覚が突き上げてきた。
高校一年生の六月中頃だった。
まだ十五歳だった——誕生日は十月六日だ。
梅雨の晴れ間の夕方の帰りの途——女性がバイクを操る姿を見たのがきっかけだったと思っている。
……
女性ライダーが跨がるバイクが、信号待ちで停止していた。
——白色のタンクには濃さが異なるブルーのストライプ模様が斜めに走っていた。
夕陽にヘルメットの襟足から流れる髪が反射して金色に燦めいている。
その妖艶とも言える美しい佇まいに、思わず惹き込まれた。
どこかで見た懐かしい既視感があった。
まるで自分の姿を見ているようだった。
いまも、「あれは誰だったのだろう」と考えることがあった。
……
信号が変わって発進した彼女は、見惚れている遥奈に向かって、左手をグリップから離し、すっと手を下にかざして走り去った。
長い髪を金色に靡かせて……。
……
ひとりで考えていた。
絶対にこれまで見たことなどないのに、妙に懐かしい気持ちにさせる、あの女性ライダーの佇まいや仕草が心から離れなかった。
あの日に見た光景も含め、父に打ち明けた。
母にも告げたが、母は俯いて黙ったままだった。
気のせいかもしれなかったが、なぜか華奢な肩が少し震えているように思えた。
——(何も、そんな神経質に過敏にならなくても……)
……
意外にも、父は、十六歳の誕生日がくる前から教習所に通うことを許してくれ、誕生日を迎えて直ぐ、普通自動二輪免許を取った。
あのとき、父は、一瞬、表情を固くし、明らかに戸惑っているかのような様子だった。
何か言葉を探しているようだった。
かなり長い時間、黙って考え込んでいた。
てっきり猛反対されるものと思った。
……
やがて、諦めたのか、呆れたかのように、微笑みながら、十六歳の誕生日がくる前から教習所に通ったり、免許を取ることに賛成してくれた。
その代わり、教習費用を出す条件をいくつか示してきた——単なる憧れだけでは済まされない、覚悟のほどを試すようなものだった。
「教習が始まるまでよく考えろ」という父の思いがうかがえたが、あのときの女性のバイク乗りの姿が離れなかった——自分が投げ出すことは、あの女性(ひと)をひどく傷つけるように感じられた。
——もう二度と彼女に会うことがないにしても……。
……
普通自動二輪免許を取ってからは、父のCBR250RR(通称「ニダボ」)を乗り回していた。
——現代風で、風防のあるフルカウルの「スーパースポーツ」と呼ばれるタイプだった。
……
遥奈がニダボを乗り回すようになったこともあって、母と別居してからだったが、父はヤマハのネイキッドバイク——XSR700——を買った。
カウルがないエンジンが剥き出しになったものだった。
——なんとなく古風な雰囲気のタイプだった。
……
あれは、遥奈がまだ大学生のときだった。
父は、XSR700を見ながら、目を伏せて「ヤマハは美しいんだ」と言っただけだった。
ただ、遥奈も、見た瞬間に、これに乗りたくなった。
女性らしい繊細な雰囲気を持つバイクだった。
思わず、教習所に通って大型自動二輪免許まで取った。
繊細な曲線を描くフレームから剥き出しになったエンジンが覗く姿が妖艶に感じられた。
高校生のときに見たあの光景が甦った。
これをかなり乗り回した。
……
遥奈がXSR700の横に立ち、ジェット型ヘルメットを被り、グローブを嵌めていた。
——傍らで、その仕草を見ていた父は、顔を赤らめ、戸惑った表情で「似合っているじゃないか……気をつけろよ」と言ったきりだった。
——娘を見て顔を赤らめるなんて、この人、変態なのかなと思った——少しショックだった。
……
遥奈がオーストラリアに行っている間、父はニダボを手放し、XSR700に乗り続けていた。
フリーライターの仕事も軌道に乗り出し、遥奈はバイクを買った。
カワサキのネイキッドバイク——Z900RS——だ。
この逞しい無骨な雰囲気に強く惹かれた。
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第二章 旅の理由(わけ)
三鷹通り沿いにある、ひとりで暮らすマンションの車用エントランスに少し大きめのリアバッグとサイドバッグを装着したバイクを停めてあった。
その横で、茶褐色の髪を後ろで束ねて金地のシュシュで留め、ヘルメットをかぶり、グローブを付ける。
ヘルメットの襟足から、髪が流れている。
……
作家のようなクリエイターにとって、バイクは相性がいいと感じていた。
バイクは全神経を集中させる。
車と異なり、「コーヒーを飲みながら」などということは絶対にない。
このことが感性を鋭敏にし、繊細にした。
……
一年ほど前から、旅行雑誌「トラベルメイト」という月刊誌で連載エッセイを始めるようになった。
編集担当者の和田さんとは編集方針や推敲方針をめぐってよく対立した。
編集長の石川さんが間に入って収まったことが幾度もあった。
和田さんとのやり取りも疲れ、生成AIに誤字や脱字のチェックなどの校正作業を手伝わせた。
ただ、そこまでが限界だった。
これとても、統計的な確率での要約読みが基本のため完璧ではなかった。
疲れはした。
——大規模言語モデルとかLLM……と呼ばれているものだった。
……
ただ、校正作業以上に、筆致というか文体、あるいは余韻をどこに残すのかは、AIにはまるっきり苦手のようだった。
能力がない。
一字一句を読むことや事実経過の把握もだ。
殊にテキスト(文章)の文字数が少し増えたときの事実経過の把握、回想的表現での時系列把握など、酷いとしか言えなかった。
……
テキストに書いてあるからと言って、正しく読めているわけではなかった。
物事と物事の因果関係を勝手に推測して、誤った因果の流れを捏って(つくって)平然と要約する読み方だった。
大規模言語モデルというAIの技術的仕組みや技術的仕様からすれば、必然としての能力限界だった……。
言ってみれば、ある映画や本のあらすじだけをWikipediaで見ただけの人が、さも、実際に観たような、読んだような感じで、こっちが聞いてもいないのに饒舌に感想を語るような……あまり好きな、男性のタイプではなかった。
……
統計的な平均値で勝手な事実を推論したり、もっともらしい要約をして理解しているに過ぎなかった。
与えられたテキストの読み方も、人が読む行為とはまったく異なる。
統計的な確率が高い組み合せでの要約把握に基づく以上、絶対的な意味の正確性には、構造的に辿り着けない……永遠に。
だから、人なら「読めば判るよね」ということができない。
……
とんちんかんな、余計な修飾語のような付け足しをしたり、妙に文章を端折った修正を提案してくる。
文と文の間の余白、文の中で敢えて触れていない空白に、勝手な推論の言葉を執拗に足したがる。
結果、文章があり得ないほど——恥ずかしいほど——気取ったものになったり、逆に平板なものになる。
道具としては致命的だった。
人の感性が不可欠だった。
……
それでも、誤字や脱字の訂正、表記のゆれの統一といった校正作業だけはそれなりに捗り、和田さんとのやり取りも減り、その後、和田さんは退職した。
いまは、吉祥寺にあるキャバクラで店長をしているという。
意外に近所だった——いや、意外に近所にいた。
——「Club Literacy」(クラブ・リテラシー)というお店みたいだ。
高級店のようだった。
行ってみようとまでは思わなかった。
きっと、いまごろは、女性たちの気持ちや彼女たちが心に抱く空白を、AIなどよりも遥かに繊細に汲み取られているのだろう。
たぶん……きっと……。
……
そんな疲れや忙しさで、ついついバイクで走る機会も減っていたので、思い切って、ひと月ほどバイクで旅に出ることにした。
見知らぬ地を訪れ、何か新しい感性やテーマを得るヒントも得たいと思った。
執筆の方は、MacBook Pro14インチを持って行くから問題はなかった。
これまでに書き溜めた素材もあり、旅の途中でも書くつもりだった。
……
サイドスタンドをかけたままシートに跨がった。
エンジンキーを回し、電気系統をオンにする。
クラッチを握り、ギアをニュートラルに入れ、イグニッションスイッチを押した。
セルモーターが回るキュルキュルキュルという金属音とともに、エンジンが始動した重低音が響く。
シートに跨がったまま2000回転ほどに上がった回転が少し落ち着くのを待ちながら、周囲の状況を確認する。
……
200キロを超える車体重量だ。
もっとも力を使う所作——シートに跨がったまま、車体を垂直に立てる。
サイドスタンドを左足の踵で払って、ギアを一速に入れる。
ゆっくりエントランスから出て、左足を下ろしたまま、ゆるゆると歩道と車道の境まで動かして行く。
三鷹通りを南に進み、東八道路の方角に向かうつもりだった。
……
右足をステップに乗せ後輪ブレーキペダルを踏み、左足だけを地面に付けた佇まいで待機する。
右手の人差し指と中指の二本が、フロントブレーキレバーに自然に掛かっていた。
右側からも、左側からも、車や自転車や人が来ないことを確認し、三鷹通りに出た。
——旅立ちだった。
ヘルメットの襟元から風に靡く髪が、深緑の陽に反射し、金色に燦めいていた。
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第三章 あの日の影
今日、何処に向かうかまでは決めてはいなかった。
東八道路を走り、中の橋交差点で環状八号線に出て、瀬田交差点の方に向かっていた。
このとき、ふと「伊勢に行きたい」と思い立った。
……
遥奈が高校生のころ、両親と三人で車で行ったことがあった。
片道で六時間あまりかかったが、父がひとりで運転していた家族旅行だった。
父は渋滞や混雑に巻き込まれないように運転していた。
……
母は若いころから過呼吸を患っていて、高速道路などの逃げ場がない場所で渋滞に巻き込まれたら発作を起こすおそれもあった。
本人もそうした状態になることに怯え、心ならずも苛立って父を責めるような言葉を発してしまうことも少なからずあった。
ただ、普段、母が父を見る眼差しは、同性の遥奈からすれば、好きな男性を見つめるものに感じられた。
家族三人での旅行はあれが最後だった。
……
遥奈が大学に進学した後、両親は別居した。
——母の精神状態を慮って、父が母や当時は遥奈も住んでいたマンションを出て、さほど遠くない、吉祥寺駅近くで暮らすようになったものだった。
両親には離婚までする気持ちはないようだった。
母は、遥奈が幼いころから、父が遥奈と仲良くしている光景を目にするのが、どこか寂しげな、つらく息苦しそうだった。
いつも何かの影に怯えているようで、そのことで却って苛立っては父につらく当たっているようにも思えた。
それがなんであるのか、遥奈にはわからなかったが……。
ただ、母に聞く勇気まではなかった。
考えてみれば、これまで、母からも、父からも、ふたりの馴れ初めを聞かされたこともなかった——ごく普通の恋愛だったんだろうとしか思っていなかった。
……
母は若いころからよく本を読んでいた。
遥奈が幼いころも、本を読んでくれたり、一緒に音楽を聴かせてくれた。
物語の登場人物の気持ちなども、遥奈にもわかるようによく話してくれた。
こうした母の話を聴くのが好きだった。
——ただ、時としてその繊細過ぎる感性には自らが疲れ果ててしまうのではと、心配なときもあった。
……
父にはひと月ほどバイクで旅に出ることを伝えた。
「気をつけなさい」「プロテクターは絶対つけなさい」とだけ言って、微笑んでくれた。
母には告げていない。反対しかしないからだ。
ただ、途中でまめに電話やLINEをしようとは思っている。
母は、年齢の割に占いや方位取りに縋るようなところもあり、家族の行動を縛ろうとする傾向があった。
ただ、それとても、大切な家族の幸せを考えてのことだろうと思っていた。
……
ひとり娘の母は遥奈が一歳になるかならないかのうちに母親も亡くし、両親をともに失っており、母の寂しさは理解できた。
遥奈は、母方の祖父母の顔も知らなかった。
家族で住んでいて、いまは母がひとりで住んでいるマンションにはアルバムのようなものもなかった。
どうも、母方の祖母は「堀北真希」という女優さんのような名前だったらしい……らしくなく、少し笑ってしまったが。
……
遥奈もひとり娘だった。
もしも、今、両親がいなくなったらと思うと、母の寂しさは身を切られる思いだった。
ただ、母の寂しげな怯えは、それだけが理由のようにも思えなかった。
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第四章 変なおじさん
環八東名入口から東名高速道路に乗った。
さほど大きなカーブはなく、車は多いが順調に流れていた。
海老名サービスエリアを通り過ぎ、厚木の辺りまで来た。
前方の右方向に濃い緑色になった山々が近づいてくる。
ジェット型ヘルメットのバイザーは、上げてあった。
深緑の風が顔にあたり、風の匂いがひと足早い夏の訪れを感じさせた。
(……父への連絡は、伊勢に着いてからでいいだろう)
……
父は、母と別居してから、よくカメラを持ってバイクで出かけているようだった。
遥奈がオーストラリアに行く前ころ、父は「Instagram」という写真投稿SNSを始めたようで、「真理子」という女性のニックネームで投稿しているようだ。
おじさんが「真理子」なんて言っていること自体、吹き出しそうだった。
少し古風で、なぜ昭和の流行りのような名を使っているのかもわからなかった。
興味もなかったので、これまで父のInstagramなど見たこともなかった。
一度だけ、父がスマートフォンでInstagramに投稿しているのを、隣で覗いたことがあった。
フォロワーが二千人近くもいて驚いた。
……
その時だったが、「真理子って誰なのか」を聞いた記憶がある。
一瞬、戸惑った様子だったが、どうも中学校時代の同級生の女の子で、父の方が一方的に好きな子だったようだ。
口を濁してはいたが、美人みたいだ。
冗談っぽく「ママには言うなよ」とも言っていたっけ。
大昔の傷口に粗目の塩を塗ったのかもしれないが。
ただ、今は絶対おばさんだ。
……
娘としてはさほど感じないが、父は若い女性にはそれなりに好かれているようだ。
と言って何かあるわけでもなさそうだ。
父は、行きつけの美容師さんから
「諸星さんはダンディーだからお店の女の子に人気あるんですよ」
と言われたなどと自慢をしてくる。
娘に言うことかとは思っている。
やはり変だ——思わず、思い出し笑いをしていた。
———
第五章 あの時へ走って
大井松田インターチェンジを過ぎたころ、車も減り、右ルート方面に入った。
カーブも増えてきた。
爪先から踝までも使ってエンジンを挟み込み、さらに両下肢全体でバイクをホールドして、上半身は脱力させながら、しなやかにカーブをかわしていた。
右ルート方面と左ルート方面が合流した。
足柄サービスエリアで休憩を取るため、左後方を目視確認して、最も左側の車線に滑らかに変位して行く。
……
甘いホットコーヒーを飲みながら、東名高速をそのまま走るか、新東名高速に入るかを考えていた。
——この先の御殿場インターチェンジを過ぎると新東名高速の入り口がある。
あの時は、母が「新東名高速は時速120キロだから危ない」と言い張り、確か東名高速にしたと思い出した。
とにかく父はいつも母を気遣っているようで、優しかった。
何か負い目があるのというほどだった。
……
東名高速を走ることにした。
東名高速は狭く路面もあまり良くないから走りにくい。
ただ、新東名よりはカーブも多いのでバイク乗りとしては面白い。
それでも、安全と速度を考え、一番左側の第一走行車線をわざと走っていた。
……
二時間ほどで浜名湖サービスエリアに到着した。
海面を撫でながら静かに流れてくる風が、長い髪を揺らしていた。
室内のテーブル席で少しうとうとした。
伊勢路は走り出してから思い立ったので、今夜泊まるホテルを予約していなかった。
スマートフォンで伊勢市街のさほど値も張らないビジネスホテルを探した。
予約はすぐに取れた。
ゴールデンウイークも明けて空いており、あの時のように、外宮に参拝して、おかげ横丁や内宮もゆっくり歩きたかったので、予約を二日間入れた。
外宮近くのビジネスホテルだ。
……
あの日、母と遥奈が肩を並べて歩き、そのすぐ後ろをニコニコしながらカメラを持つ父が付いてきていたなと思い出し笑いをしてしまった。
お土産屋さんに並んでいた「伊賀の組紐」のストラップが綺麗で、母とふたりで見惚れていた記憶がずっとあった。
今夜のホテルを押さえられた安心感もあり、再びうつらうつらしていた。
……
ヘルメットとグローブを装着しサイドスタンドを払ってバックで押し出そうとしたら、バイク乗りのおじさんらが通路に出て誘導してくれた。
純粋な仲間意識でやってくれている感じだった。
おじさんらに「ありがとうございます」と伝えサイドスタンドを出してシートに跨がると、通路に出て誘導してくれたおじさんが「お姉ちゃん、気をつけてな。ご安全に」と声をかけてくれた。
会釈をしながら「ありがとうございます」と再び伝え、左足ブーツの踵でサイドスタンドを払って、エンジンを始動させ発進させた。
親切で優しかった——噂の「ナンシーおじさん」ではなかった。
……
この先の三ヶ日ジャンクションで新東名高速道路と合流する。
ここからは、東名阪自動車道の御在所サービスエリアまで、一気に走り抜けるつもりだ。
遠くを見据え、スロットルを僅かに回し、上体を少し前屈みにした。
ヘルメットの襟足から茶褐色の髪が後ろに靡いて、金色に燦めいていた。
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第六章 伊勢路
伊勢湾岸自動車道に入った。
東海インターチェンジのあたりから、前方に大きな二等辺三角形の橋桁が見えてくる。
左前方の彼方先(かなたさき)に名古屋港の海面が燦めいていた。
青い空を横に長い三筋(みすじ)の雲が渡っていた。
名港トリトンと呼ばれる三つの大きな吊り橋のような橋——斜張橋——が続く。
緩やかな登りだった。
……
あの時は、父が運転する車だったから、後部シートで名古屋港や午後の陽に燦めく湾外へと続く海をゆっくり眺められた。
今回はバイクであり、海へ吸い込まれそうな高さも不気味に感じられ、さすがにそこまでの余裕はなかった。
左手は伊勢湾であり、海から吹きつける強い横風に煽られないよう、爪先から踝、そして下肢全体でバイクをホールドし、ギアを少し落とし、上体を前屈みにして走った。
順調だった。
……
バイクの運転には慣れていたが、父からはいつも
「バイクを舐めるなよ」
「ツーリングでは技量は向上しない」
「右折車は曲がって来ると思え」
「考えて走れ」
などと言われ続けてきた。
——これまでも、危なげな運転や驕った無理は絶対にして来なかった。
普通自動二輪免許を取ったとき、父に連れられて浜名湖のライディングスクールに幾度も通った。
教習費用を出してもらう条件だった。
……
バイクの運転技量が免許を取っただけではいかに足りないかをまざまざと実感した。
練習を重ねるごとに、バイクの操作がいかに奥深いものかを思い知らされた。
——フロントブレーキレバーへの右手指の掛け方ひとつにしても、自然に変わってきた。
教習所では、右手の人差し指から小指四本をブレーキレバーに掛けることを推奨する。
ただ、これだと、セルフステアを殺してしまうことがある。
……
セルフステア——バイクのみならず、自転車も含む二輪車共通の機械的特性だ——車体が傾いた方向に自然と舵(ステアリング)が切れ込み、車体のバランスを取る特性だ。
バイクはセルフステアで曲がってゆく。
……
実際にフロントブレーキを使ってセルフステアを効かせた旋回をするとき——特に左旋回のとき、右腕がアウト(外側)になって肘を伸ばすため——グリップやブレーキレバーを握り込み過ぎたり、逆にスロットルを不用意に回してしまい、これらがセルフステアを殺し、ラインが大回りになり、タイトな旋回に失敗した。
……
グリップを強く握り込まず、スロットルも不用意に回さず、フロントブレーキを繊細に効かせるため、右手人差し指と親指の付け根あたりでスロットル操作をし、フロントブレーキレバーを、人差し指と中指で、或いはそのいずれか一本で、操作することに自然に辿り着いた。
……
旋回時のフロントブレーキレバーの操作は、右手の人差し指と中指の二本——或いは、いずれかの指一本——をブレーキレバーに軽くポーンと繊細に当て続けることが必要だった——遥奈は中指一本を好んだ。
中指一本派だった。
練習を重ねるごとに、こうしたクローズドコースでの走行が楽しくなり、公道を走るときも心の余裕ができた。
……
長い海沿いの道も終わり、みえ川越インターチェンジ前の大きな右カーブを、バイクの傾きと同じ角度で上体をしなやかに傾ける綺麗なリーンウィズで走り抜け、四日市ジャンクションで東名阪自動車道に入った。
午後の陽が、ヘルメットの襟足から靡く髪を燦めかせていた。
遥奈という名——上品な風のように自由にどこまでも生きてほしい——両親がそう願って名付けてくれた風のように。
……
ほどなくして御在所サービスエリアがあり、ここでも室内のテーブル席でうつらうつらしていた。
とにかく、無理をしないでしっかり休憩を取るようにした。
スマートフォンでルートも確認し、ここから伊勢市街はもう一息だった。
バイク用のナビアプリは、外宮近くにあるビジネスホテルを目的地として設定してある。
小一時間休み、出発した。
元々の出発時刻が遅かったので、もう午後三時を回っていた。
伊勢西インターチェンジを降りたときは午後四時半頃で、市街を走って予約したビジネスホテルに着いたのは午後五時近かった。
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第七章 眠りの縁(ふち)
バイク専用の駐車場があり、そこに停めることができた。
チェックイン手続を済ませ、カードキーを渡され、部屋に入る。
サイドバッグと大きなリアバッグをバイクから取り外して部屋に持ち込んだ。ヘルメットもだ。
サイドバッグに入れていたMacBook Proをスリーブケースから取り出して天板を開いた。
電源が入る。
ビジネスホテルだから無線LANでインターネット接続が可能だ。
画面に部屋のネットワークアドレスが表示される。
机の上に置かれたカードに記載されているパスワードを入力する。
つながった。
来る途中、休憩の度にスマートフォンでメールの確認をしているから、急ぐ用向きのメールがないことはわかっていた。
取り敢えず受信だけはしておこうと思った。
……
父にLINEで伊勢のホテルに無事にチェックインをしたことだけは伝えた。
すぐに既読が付いた。
ほどなくして父からスタンプが送られてきた。
開くと、髪の長い綺麗なお姉さんが「お疲れ様です」と言いながらお盆に載せたお茶を出すイラストのスタンプだった。
このオヤジはやはりバカなのだろうか。
娘に送るようなスタンプじゃないだろうが……。
……
疲れたので、バスタブに湯を張り、強張った身体を沈める。
後で化粧を落としてもう一度入浴し直すつもりだったが、今はとにかく湯に浸かりたかった。
長い髪を後ろでアップし、大きなクリップ型のバレッタで留めてある。
顔が濡れないように気をつけながら、首から上を出してバスタブで身体を伸ばした。
うつらうつらしながら、それでも十五分ほどは温めの湯に浸かっていた。
バスローブを纏って、ベッドの上に横になった。
……
小一時間ほど眠ったのだろうか。
未だ夜の七時頃だった。
疲れたせいか食欲もあまりない。
ベッドの上で、伊勢の後はどこに行こうかと考えたり、今夜の夕食をどうしようかと悩んでいた。
(……木次線の亀嵩駅に行ってみようかな……)
——奥出雲だった。
高校生のとき夏休みの宿題で、感想文を書くため母から勧められて観た映画——『砂の器』——の舞台だ。
昭和四十年代終わり頃の古い映画だった。
DVDで観た。
——昭和二十年よりも前、当時、不治とされていた父親の病が理由で村を追われ、あてどのない旅を続ける父と幼い男の子——それが親子のつらく悲しい宿命のように……。
野宿をしている雨の降る夜、父と子で粥を分け合って食べていた。
男の子が嬉しそうに父親の口元に運んだ粥が熱かったらしく、父子が笑いながらふざけ合っていた。
きっと、その子にとって、つらい旅の中であっても、どんなに時が経とうと、忘れ得ない父親との幸せな出来事のひとつだったのだろう。
——当時、涙が止まらなかった。
いつの日か、この物語の縁(ゆかり)の地を訪れたいと思っていた。
……
遥奈は、母はもちろん、父も好きだった——少し変だとしても。
両親の間に何があるのかは、わからなかった。
さりとて、父に別の女性がいるようにも思えなかった。
——本人は女の子に騒がれるんだと自慢げに言っているが。
娘に自慢しているようでは絶対にいないだろう。変だし。
(何かがあった……)
(あたしの知らない……空白のような……)
考えているうちに、再び眠り込んでしまった。
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第八章 風の名
目が覚めた。
よく眠った気がした。
スマートフォンで確認すると夜十時前頃だった。
二時間以上眠っていたのだと思った。
いくら駅の近くとは言え、この時刻になるとさすがに外も静かだ。
遠くでクラクションが鳴る音がかすかに聞こえた。
喉の渇きを覚え、冷蔵庫で冷やしておいたミネラルウォーターを取り出し、ひと口飲んだ。
ふとスマートフォンの画面を見ると、Instagramのアイコンに通知がひとつ付いていた。
……
遥奈自身はInstagramで投稿などはしていないが、アカウントは持っていた。
いわゆる閲覧垢と呼ばれているものだ。
もちろん、父のアカウントなどフォローしていない。
だいたい親のInstagramなど見る気も起きない。
……
アプリをタップして開くと、ダイレクトメッセージが一通、届いていた。
誰もフォローなどしていないのに、ビジネス勧誘かなと思いながら、メッセージを開いた。
——「遥奈、気をつけてあなたの道を走りなさい。風のように。お父さんとお母さんを、お願いね。娘だったかもしれないあなたへ。——堀北真理子」と書かれていた。
(……誰なの?)
(なんで名前まで知っているの……)
(ツーリングをしていることも……)
一瞬、鳥肌が立った。
(どこかで見られているの……)
(無視しとこうか……ブロックしようか……)
心あたりは父だけだった。
ただ、父はふざけた人だが、こういうメッセージを娘に送るような悪ふざけはしないように思えた。
——変だけど。
……
そのメッセージ画面の上部には、英数字が並べられたアカウントIDの一部が表示されているだけだった。
ニックネームも、プロフィール写真もなかった。
メッセージ画面には、アカウントIDの一部とメッセージ文が表示されているだけだった。
どうしても、遥奈には父が内緒でやっているかもしれない、別の秘密のInstagramアカウントのようにしか思えなかった——いや、そう思いたかった。
少し腹が立ってきた。
……
確証を掴んで、後で叱りつけようと、表示されているアカウントIDの一部をタップした。
いくらタップしても画面が遷移しなかった。
フリーズでもない。
詐欺メッセージとも違うようで、そのことが逆に気味が悪く、指先が少し震えた。
送り主のプロフィール画面へ飛ぶことはもちろん、そのメッセージ画面からはどこにも遷移しない。
ブロックさえもできない。
まるで、「メッセージだけを見て」と言われているようだった。
父に電話をかけようと思ったが、かろうじて思いとどまった。
……
遥奈が以前に覗いた父のInstagramアカウントは、「真理子」というニックネームだった。
もうだいぶ前になるが、フォロワーが二千人近くもいた。
後で、絶対、父に怒りをぶつけようと考え、「真理子」というニックネームで父のアカウントを検索してみようと思った。
メッセージの送り主として書かれている「堀北真理子」に結びつくものは、「真理子」というニックネームでの父のInstagramアカウントしかなかった。
不思議に検索画面は普通に動いた。
そのことすら、不気味であり、苛立たせた。
……
「堀北真理子」というニックネームによる検索では、数名のアカウントが表示された。
ただ、いずれも、プロフィール写真が付いており、アカウントIDも単なる英数字の羅列ではなく、メッセージの送り主のものはなかった。
父のアカウントらしきものも見当たらなかった。
——確か、プロフィール写真が全体として黒っぽい金色に光っている印象だった。
……
「真理子」というニックネームで検索をかけた。数名の同じニックネームが表示された。
その中に、ひとつだけ見覚えのある印象のプロフィール写真があった。
やはり、以前に見た写真全体が暗い金色に光った雰囲気のものだった。
アカウントIDは——@mariko0615——だった。
ただ、これも、不可解なメッセージの送り主のアカウントID——単なる英数字の羅列——ではなかった。
……
父のアカウントらしきもの——@mariko0615——をタップして、そのアカウントページを開いた。
金色のプロフィール写真は……
雨の夜——街灯が濡れた路面を滲ませながら黄金色(こがねいろ)に光らせていたものだった。
ただ、小さなプロフィール写真をよく見ると、ハイヒールの足元から腰下あたりへと切り取られた、ワンピース姿の若い女性の後ろ姿が映っていた。
それが誰なのかはわからない。
ただ、なぜか、どこかで目にしたこともある感覚もあった。
……
ニックネームやプロフィール写真は、見覚えのある父のアカウントに間違いなかった。
フォロワーの数も二千人近くであり、紛れもなく、父のアカウントだと思えた。
……
ただ、その黄金色のプロフィール写真は、そこに映る女性とこうした写真を撮れる親しい間柄なのだと、見た瞬間、感じさせるものだった。
若い感じの女性で、とても親しい間柄だと……。
(げぇーっ……女の人がいるの……変なのに……?)
今度は、「どういうことなの……誰なの……」という疑念が過ぎった。
気忙しい夜だった。
……
思わず、投稿されている写真を追っていた。
数は八十枚程度だからさほど多くもない。
今日も花の写真が投稿されていた。
プロフィール画面のトップだった。
つい、二時間ほど前、夜の八時頃の投稿だった。
鎌倉のどこかのお寺で撮った都忘れだ。
野菊のようで、紫色の花弁の儚げな花だった。
キャプションの最後に書かれた文字に目が留まった。
——「今日、娘がバイク旅に出た。無事を見守ってくれ」
(えっ……)
(どういうこと……いったい、誰に……)
いつの間にか、苛立ちや疑念を忘れ、一枚ずつに見入っていた。
ほとんどが花の写真だった。
季節ごとの……。
桜もあれば、紫蘭、睡蓮、コスモスもあり、芙蓉や薔薇もあった。
薄紫色の一輪の紫蘭は、儚げでもあった。
いずれも、目を留めるほどに美しかった。
時折、灯台の写真もあった。
——城ヶ島だった。
それぞれの季節の、灯りが燈り始める夕方頃のものだった。
……
ほとんどが毎月十五日の投稿だった。
十五日には、必ず花の写真が投稿されていた。
これまで、遥奈は、父がこれほど幻想的で美しい花の写真を撮っていたことなどまったく知らなかった。
どこか悲しみを漂わせた、切ない感じの写真ばかりだった。
そして、どの写真にも共通する、あるひとつのハッシュタグが振られている。
「#いまも君が現にいるようで」というものだった。
「現」という字は「ここ」と読むようだった。
……
父がInstagramを始めた最初の頃の写真に、ちょうど遥奈と同い年くらいの若い女性の写真があった。
だいぶ昔に撮ったフィルム写真をデジタル化したものらしく古びた感じだった。
キャプションには「堀北真理子」という名が書かれていた。
メッセージの送り主と同じ名前だった。
……
この写真の投稿日は、遥奈がまだオーストラリアへ発つ前の――二十四歳のときの――六月十五日だった。
吸い寄せられるように、キャプションを読んでいた。
……
——三十年あまりも前のその日、この堀北真理子という女性はバイク事故で亡くなっていた。
一瞬、背筋が冷たくなった。
……
その日のことが綴られていた。
右直事故(うちょくじこ)であり、交差点で急に無理に右折しようとした車が真理子さんが運転するバイクの進路を塞ぎ、衝突した事故だった。
右直事故——それは、車側の錯視——バイク車体が小さいことによる距離感と速度感の錯覚——とバイク側が抱きがちな直進優先への過度な信頼がもたらす、バイク運転者にとって致命的になりかねない事故だ。
父や母の実家の近くの交差点のようだ。
真理子さんは二十七歳だった。
……
真理子さんと父は中学校の同級生だったらしく、ふたりは結婚の約束をしていたようだった。
父は彼女が亡くなった後で連絡を受け、搬送された病院に駆け付けたようだが、生きている真理子さんに会うことはできなかった。
……
——真理子さんがバイクに乗るようになったきっかけは、彼女が愛した父の何気ない言葉のようだった——父の詫びている言葉が添えられていた。
以前、遥奈が「真理子」というニックネームをからかったとき、一瞬戸惑った父の表情が過ぎった。
頭の中で、バイクに乗るようになってから、父が口うるさいほど言っていた言葉が聞こえてきた。
右折車は曲がって来ると思え——よく聞かされた言葉だった。
父の言葉の陰にあったもの——相手の車はバイクを見落としている——は、痛まし過ぎる過去の出来事から血を吐くような思いで絞り出されたものだった。
高校生のころ父と一緒に幾度も通った、浜名湖のライディングスクールでの練習の光景が思い起こされた。
——父のバイクに対する厳しさの真の理由と娘への深い想いに触れた気がした。
これまで、父と結婚するはずだった女性が死んだ話など聞かされたことはなかった。
——父はいつもふざけてばかりで、そんなことを微塵も感じさせなかった。
涙が滲んできた。
……
(「堀北」って……確か……ママの旧姓と同じ……)
とても偶然には思えなかった。
母からはずっとひとり娘だと聞かされていた。
父も何も言わなかった。
ただ、写真は古びてはいたが、映っている女性の面立ちは、明らかに母の若い頃を思わせる面影があったばかりか、今の遥奈だった。
(……あたし?……)
そう見間違うほど、似ていた。
……
母が住む家にある仏壇には位牌が三つあった。
幼いころから見てはいた。
ただ、顔も知らない祖父母とその御先祖様の誰かなんだろうとの印象しかなかった。
お彼岸のお墓参り——高校生のときまで両親と一緒に出向いた湘南霊園だった——の際も気づかなかった。
……
以前、父が冗談っぽく「ママには言うなよ」と言った言葉……。
(……そう言えば)
幼いころ、母が留守のとき、父が仏壇の前に座って手を合わせていたのを見た朧げな記憶があった。
(もしかして……ママのお姉さん?)
との思いが過ぎった。
どうして、ずっと言わなかったのだろう……。
父ばかりか、母までもが。
……
母は父の実家に行こうとしなかったし、父の両親にも私をあまり会わせたくないようだった。
父も、母の気持ちを無視してまで、私を父方の祖父母に会わせようとはしなかった。
何かが——真理子さんのことが——私の耳に入るのを避けようとしていたとも感じられた。
(……痛ましい想いを背負わせたくなかったの……)
……
母はずっと何かの影に怯えているようでもあり、父の何か——そう、心の奥底を疑っているかのような、ちょっとしたことで苛立っては、父を責めるようなことばかりだった。
(実の姉の婚約者だった人と結婚したから……)
……
ただ、メッセージには悪意のようなものは感じられなかった。
むしろ、自分が知らない誰かに、これまでも、ずっと、遠くから優しく見守られていたような気がした。
古い記憶の断片が少しずつ繋がり、曖昧ではあったが輪郭らしきものが、うっすらと浮かび上がってきた。
(……だからと言って……それでは真理子さんが……あまりにも……)
……
事故がなかったら——真理子さんが生きていたら——自分は彼女と父の間で生まれていたのかもしれなかった。
真理子さんが母だったら……。
(でも、そうだったら、ママは……どうなって……)
(もし、あたしが知っちゃっていたら、いったい……)
……言葉が続かなかった。
……
いつも、どこか寂しげだった母の顔が過ぎった……。
幼いころ、物語を聴かせてくれた母の優しい声が浮かんだ……。
(……ママは……ママよ……)
耐えられなかった。
涙を抑えられず、とめどもなく込み上げてきた。
……
そのときだった。
閉めきられている部屋の空気が静かに動いた。
何処からともなく流れる風が遥奈の涙を優しく拭うかのように、彼女の頬を撫で、長い髪をそっと揺らした。
……
夕暮れ遅く、西の空を覆っていた雲が消え、遠くで惑星——夕星(ゆふづつ)——がひとつ静かに光り出したようだった。
……
スクリーンショットでメッセージを残そうとしたが、いつの間にかメッセージは跡形もなく消えていた。
ただ、遥奈の頬を撫で髪を揺らす風の温もりだけがいつまでも彼女を包んでいた。
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エピローグ
この日、捧げられていたのは、長谷・光則寺で撮った紫の都忘れ。
「また逢う日まで」という意味もあるようだった。
風は、きっと——彼方からの「ありがとう」。
「……それでいいのよ」と娘を慈しむかのように。
遺憾ながら、遥奈の美しさは、少なくとも父親似ではなかった……口惜しそうな父の顔が浮かんだ——残念そうだった。
——風は、まだ名を持たない。
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第一篇のあとがきに代えて
バイクは、その剥き出しの危うさゆえに、時として彼岸にいるはずの何かを呼び寄せてしまうことがあるように感じます。
遥奈が触れた黄金色に滲んだ想いが、読んでくださった方の心に少しだけでも残れば幸いです。
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第二篇 あの日の風——真理子——

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プロローグ
大型のネイキッドバイク——ヤマハXSR700 ——の横でグローブを嵌める娘の仕草に、三十年以上も前に失った女性——婚約者——の面影が重なる。
——真理子。
無邪気で、天真爛漫な風を纏っていた女性。
その声も、仕草までも、愛して止まない娘に瓜二つだった。
……
そして、もうひとりの女性——麻衣子。
真理子の妹であり、ダンが守ろうとし続けている「いまの家族」。
……
土用波(どようなみ)——遠い南の海で生まれた巨大なうねりが、深く潜行しながら、長い時を経て、突然、大きな波となって静かな浜辺に打ちつける——引きが強く危険な波……。
……
真理子に伝えられなかった高校時代の友人の事故死、そして自らの何気ない言葉が娘へも影を落としてしまった後ろめたさ、癒えることない喪失の傷、それでも重ねられる歳月のなか、亡き婚約者から娘へ優しい風がそよぐ。
——あの日、吹いていた風の記憶。
娘は、いま、彼女が届かなかった時を歩んでいた。
……
——妻と離れて暮らすようになった夜、偶然に耳にしたある女性歌手の楽曲。
強い引き波に流されるかのように、祈りや詫びをデジタルの海に浮かべたとき、彼岸の彼方から、愛する者たちを呼び止める風が吹きはじめる。
⸻
第一章 彼岸の覗く路
小動(こゆるぎ)交差点で信号待ちをしていた。
江ノ電の腰越駅手前の斜めに走る鉄の軌道を越え、赤信号で停止した。
ダンは、黒革のブーツを履いた左足をアスファルトに付け、右手の人差し指と中指の二本をフロントブレーキレバーに掛け、右足は爪先で軽くリアブレーキを踏みながら前を見ていた。
——ギアはニュートラルに入れていた。
無駄のない後ろ姿であった。
黒色ハイネックのテキスタイルジャケットに海風があたる。
……
キーシリンダーに差し込まれたエンジンキーには、黒地に金色の細いストライプ模様が入った伊賀の組み紐のストラップが揺れていた。
先週、娘の遥奈がバイク旅の土産で届けてくれたものだ。
彼女が伊勢で買ったものだった。
娘は今年—— 2024年——の誕生日が来れば——十月六日でちょうど二十八歳になる。
(もう、そんなになるのか……)
——娘は、いま、彼女が届かなかったほんの少し先を歩んでいた。
……
ただ、ダンの見た目は、そのような年齢の娘を持つ父親——男性——のようには見えなかった。
落ち着いた雰囲気ではあったが、若くは見えた。
彼自身は、ダンディーなどとは微塵も思ってはいなかった。
(美容室ではよく言われているようだが……ただのおっさんに過ぎない)
……
小動の交差点といってもT字路であり、直進はなく、海だ。
このあたりが腰越だ。
いつも、ここで海岸通り——国道134号線——に入る。
梅雨も明けた夏空の、七月七日日曜日の午後四時頃で、車の通りも多い。——今夜は七夕だった。
夕方近くの低い空には、夏への移ろいを告げるように、横に長く伸びた三筋(みすじ)の雲が、海の上を渡っている。
サングラス越しに、遠くの水平線に大島や利島の島影が、空の色よりも少しだけ濃い色合いで浮かんでいる。
南東には三浦半島が見える。
半島の先端には、あの城ヶ島がある。
……
国道134号線は西は平塚あたりまでだが、ダンがよく走るのは江の島あたりから東だ。
海からそよぐ柔らかい風が、ジェット型ヘルメットを被る頬を掠めてゆく。海藻というか、このあたりの海岸に特有の生臭い匂いもあったが。
昔から変わらぬ生臭い海の匂いだった。
——ふと、夜店に挿し並べられた幾つもの色とりどりの風車が、ふわっとした風で一斉に回りだす光景——若いころに観た映画『稲村ジェーン』だった——が思い浮かんだ。
……
あのころからだろうか。
このあたりまでも「湘南」という言葉に含まれる意味合いで、言われるようになったのは。
昔は、片瀬海岸、辻堂海岸、茅ヶ崎海岸あたりが、湘南という言葉のイメージにぴたりと重なっていた。
ダンの生まれは、ここからさほど遠くもない、国道1号線沿いの原宿交差点の近くの田舎の町だった。
——ダンにはリアルな経験などなかったが、明治から昭和の初めころは「横浜の大正村」と呼ばれていたらしかった。
——ただ、そんな村は、いまはもうない。
東京の原宿ではない。よく間違えられる。
実家にはまだ両親がいる。
……
バイクでよく走る、江の島から東——腰越、七里ヶ浜、稲村ヶ崎、由比ヶ浜、材木座、逗子の渚橋、葉山、横須賀、そして三浦半島へと続く相模湾沿いの道だ。
この道を好んで走るのは、幼いころから、高校生のときも、よく通っていた、慣れ親しんでいた道というのは、もちろんある。
ただ、それとは別に、遠い日のある女性の面影に触れながら、悼むことができたからだった。
女性の名は——「堀北真理子」。
……
先週の六月終わりの夜、娘の遥奈が、ひと月ほどのツーリング旅の土産を届けに、ダンがひとりで暮らしている、吉祥寺のマンションを訪れて来た。
遥奈にはダンの部屋の鍵も渡してあり、自由に出入りをしている。
おかげ横丁で買ったという、黒地に金色の細いストライプ模様が入った伊賀の組み紐のストラップを手渡された。
遥奈は「電車で来た」とのことであったので、「ビール、飲むか」と言いながら、オリオンビールとグラスを娘に渡した。
……
しばらく、ビールを飲みながら、遥奈とツーリングの話をしていた。
伊勢だけではなく、山陰の方——奥出雲や松江とか——まで行っていたようだった。
「すごく可笑しいの、これ……」
と遥奈は無邪気に言いながら、「鳥取・島根の自虐カレンダー」という卓上カレンダーもくれた。
初めて目にした——思わず、吹き出した。
——「大正村は横浜だった」とか「井の頭公園、駅は吉祥寺だが、池は三鷹です」というような感じだった。
……
ダンと一緒に笑いながら、遥奈はふと静かに言葉を口にした。
——「お父さん、……真理子さんのこと……ずっと……何も言わなかった……わ」
「全然、気づかなくて……無神経なこと言って……」
(まったく、この娘は、いつも突然、こちらが返答に困る言葉を口にする……)
ダンは遥奈の言葉に焦った。
平静を装って笑いながら、夜で室内だったが、思わず、さりげなく遠近両用の濃いサングラスをかけてしまった。
……
遥奈は、ツーリング旅で訪れた、伊勢のホテルで起きたという、不思議な話をしていた。
——夜、「堀北真理子」という名で、遥奈のInstagramアカウントにダイレクトメッセージが届いたというものだった。
先月、五月十五日の夜のことだった。
——真理子の月命日だった。
遥奈が話した内容には驚いた。
ただ、ダンには、どうしても真理子が娘にしてくれたとしか思えなかった。
——実は、真理子の想いや願いのような、何かしらの意思を感じたのは、この時だけではなかった。
……
遥奈には、今となってまで隠すこともないと考え、淡々と有りのままを打ち明けた。
——相手の車は、真理子が運転するバイクが交差点に進入してから急に右折を開始し、到底、避けようもなく、バイクの車体も前輪部分が原形をとどめないほどに破損していたことも……。
ダンの話を聴く遥奈の目には、涙が光っていた。
⸻
第二章 呼びかけられて
小動の交差点の信号が青色に変わった。
ダンは、ギアを一速に入れ、バイクを発進させて海岸沿いの道に入った。
途端にエレガントで俊敏な動きへ変わる。
瞬く間に五速まで入れる。
自宅がある吉祥寺から休憩なしで来たため、この先の行合橋(ゆきあいばし)のところで、道沿いにあるコンビニエンスストアに寄ることにした。
――前立腺関係や頻尿気味の問題ではなかった。
……
店内でブラックのアイスコーヒーを買って、外に出た。
すぐ先にある、初夏の陽に燦めく海を見ながら、どこを走ろうか考えた。
沖には白いセイルがいくつも浮かんでいる。
最初は、渇いた喉にアイスコーヒーの冷たさが心地良かった。
思わず、一気に冷たいアイスコーヒーを流し込んだ。
……
国道134号線は、ここから東にある逗子の渚橋から長柄隧道(ながえずいどう)を抜け、長柄交差点を右折して、葉山、横須賀、三浦半島へと続いている。
ただ、長柄交差点をそのまま直進すると、その先に、さびれてはいるが歴(れっき)とした有料道路がある。
「逗葉新道」(ずようしんどう)だ。
……
いまは、横浜横須賀道路の逗子インターチェンジへと続いている。
短い距離だが、山間部を駆け抜けている感があり、意外に趣きがある。
そのため、昔から、夜は、ちょっとひとりで走るのは怖い感じだった……幽霊とか出そうで。
夜、暗闇にぽつんと浮かび上がる料金所が不気味だった——知らない手とかが出てきそうだった。
料金を受け取る手は出るのだが——もう一本、別の手が出てきたりしたら怖すぎる。
……
逗葉新道は、昔、ダンがよく真理子とふたりで走った道のひとつでもあった。
ここは、ごく最近まで現金での料金支払いのみだった。
当時、バイクなら通行料金は五十円程度で、いちいちバイクから降りてグローブを外して真理子とふたり分の小銭を用意する手間は、ダンがやっていた。
いまではETCカードを挿したままでは使えないが、抜けば使える——ただ、それでは、小銭でもカードでも、手間は変わらないように感じられた。
どのみち、グローブは外さざるを得ない。
何よりも、料金所でまごついてるとき、幽霊が寄ってくるかもしれなかった。
……
逗葉新道だけは、時が止まっているかのようで、昔とあまり変わりがなかった。
——だから、夜は怖かった。
幽霊やお化けが苦手だった。
……
真理子とダンは中学校時代の同級生だった。
真理子はダンに影響されてバイクの免許を取った。
当時は中型限定自動二輪免許と呼ばれるもので、排気量四百cc未満のバイクに乗れるものだった。
いまで言う普通自動二輪免許だ。
バイクが流行っていた時代だった。
……
ダンや真理子と同じ年代の大学生の男の子らもバイクに乗ったり、バイク免許を取る者も比較的多く、キャンパスでも革のライダーズジャンパーを着た学生をよく見かけた。
たまに女子学生でバイクに乗っている子もいたが、まず間違いなく、彼氏がバイク乗りでそれに影響されてというものだった。
……
真理子と偶然に再会したのは、1984年4月の終わり頃、大学のキャンパスでだった。
このとき、ダンも真理子も学部は違ったが、同じ大学の二年生であった。
ダンは同じ学部——法学部——の男友達と会う約束をしていた。
男友達が所属する軟派なテニスサークル——「春はあけぼの」という真面目なのかふざけているのか意味不明なサークル名だった——の溜まり場のようになっているカフェテリアの一角に出向いたとき、そこに座っていた女子学生から声をかけられた。
「ダーちゃん?」
その呼び方をされたのは中学生のとき以来だった。
声がした方に目をやると、綺麗な女子学生が微笑みながらダンを見つめていた。
「ダーちゃんでしょ。忘れちゃったの」
中学二年生のときクラスが一緒だった真理子だった。
……
その面差しからは幼さが消え、端正な美しい面影を増しながら大人の女性へ変わり、ダンが中学生のころに想い焦がれ、当時は片時も忘れたことがなかった真理子が座っていた。
……
中学校を卒業し、真理子は成績優秀な県立高校に進学し、ダンは県内でも指折りの不良高校に入学した。
藤沢市内にある男子校だった。
とんでもない高校だった。
喫煙やバイクなども、当たり前のようだった。
ダンは健康に留意し、吸ってはいなかった——あまり遵法的な理由ではなかった。
ただ、バイクには乗るようにはなったが。
バイクは同じクラスの友人の影響だった——忘れもしない、ユージだった。
(とても気の良いヤツだったが……)
本名は「ユタカ」だったが、男子校では名前を二文字で短く呼び捨てで呼ぶことがほとんどで、みなから「ユージ」と呼ばれていた。
ダンは、そのまんまだった。
ふたりで一緒に藤沢市内の教習所に——中型限定自動二輪免許の取得のため——通った。
教習所では高校で見た顔を幾人も見かけた。
……
ある意味、ユージとの競争でもあった。
いまとは違い、教官からは怒鳴られまくった。
ユージとふざけ合いながら、けなし合ったり、褒め合ったりすることが楽しかった。
——「教習簿にハンコもらえたか」と互いに聞き合うことが日課のようだった。
男子校も悪くはないな……とも思えた。
ただ、ダン自身は、バイクに魅了されてはいたが、頭の悪いバイク乗り——族のような——になる気もなかったので学業も疎かにはしなかった。
法学部に進学するつもりだった。
バイクに乗らないときは、ひたすら、ひとりで本を読んでいた。
ユージは漫画を読んでいた。
……
高校の文化祭で、他所(よそ)の女子高校の女子学生と知り合うこともあり、彼女と呼べるような存在がいた時期もあったが、長続きしたことはなかった。
——何か物足りなさを感じた。
真理子が通う高校とは、まったく真逆の方向にある高校でもあった。
以来、真理子と会うことはなく、いつしか真理子もほろ苦い想い出のような存在になっていた。
……
この日、真理子は、なんの前触れもなく、突如、目の前に現れ、しかも屈託なく親しげに、ダンの中学時代の呼び名を呼んできた。
ダンは忘れていたはずの想いが込み上げ、言葉に詰まった。
男友達が「何、お前ら知り合いだったの?」と、無神経な言葉をダンと真理子に投げかけてきた。
ダンが何か言いかけるよりも先に、真理子が言った。
「そう、中学生のときに仲良かったダーちゃん。諸星ダンくん。ウルトラセブンみたいで、あたしはダーちゃんが好きだった」
「真理ちゃん……」と口にするのが精一杯だった。
テニスサークルのほかの男子学生たちが羨望するような眼差しでダンを睨んでいた。
……
そこからだった。
キャンパスで真理子とよく会うようになったのは。
最初は偶然だと思っていたが、会うたびに会話を重ねるようになり、次第に、真理子の方がダンを探しているように思えていた。
そんな日々が続いた。
……
大学三年生になる前の春休み——1985年3月だった。
ダンは思い切って真理子をデートに誘った。
ダンは高校生のときからバイクに乗っていたこともあって、大学一年で自動車免許も取っていた。
父親のスカイライン・ニュージャパンを使って、「ふたりで三浦半島へ行こう」と。
真理子は、驚くほどあっさりと頷いた。
当時の大学生のデートといえば、やっぱりクルマだった。
……
ふたりで初めて、春の城ヶ島の灯台を訪れた。
水面をなぞる風は、幾分、冷たかった。
小高い丘に佇む灯台の灯りは、回転しながら優しく青白い光を放っていた。
その帰り道——海岸沿いの道を走っていた。
助手席の真理子が窓越しに夜の海を見ながら口を開いた。
「ダーちゃん、高校……大変だったよね……」
「きっとすごく勉強したんだよね」
暗い海を見つめたまま、少しだけためらって続ける。
遠くに江の島の灯台がゆっくり点滅していた。
「本当は頭いいの、あたし、知ってたよ」
「どうしてあの高校に行ったのかなって、ずっと思ってた」
「もう、会えないのかな……って」
真理子が、運転するダンを見つめた。
「あの日、大学で会えるなんて、思ってなかった……すごく嬉しかった」
ダンは、溢れそうになる涙を見せまいと前を向いたまま、右手をハンドルに掛け、左手で真理子の手を握り締めていた。
……
真理子は両手でダンの手を包むように握り締め、そのままダンの手を頬にあてた。
左手に彼女の温もりと涙の雫が伝わるのを感じた。
ウインドウ越しに七里ヶ浜の波の音が微かに聴こえた。
……
ダンは、行合橋のコンビニエンスストアの外で、結露が付きはじめたプラスチックのアイスコーヒーカップを手に持ちながら、じっと七里ヶ浜の海を見つめていた。
——久しぶりに、やってしまった……。
油断していた。
波間には、幾つもの白いセイルが泳いでいた。
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第三章 うねりの気配
ダンは、行合橋のコンビニエンスストアの外で、アイスコーヒーカップを地面に置き、両手で頭を抱えながら、しゃがみ込んでいた。
その所作は、端から見たら、変なおっさんだった。
冷たいものは苦手だったが、好きだった。
さっき、急に冷たいアイスコーヒーを一気に流し込んだせいか、後頭部あたりがキーンと痛んでおり、手を添えて痛みが引くのをじっと耐えていた。
……
昔からだった。
若いころから、かき氷やアイスクリームを口にするとよく出た症状だった。——アイスクリーム頭痛と呼ばれているらしい。
いつも、アイスクリーム頭痛で頭を抱えているダンの様子を見ていて、真理子はクスクスと可笑しがっていた。
今は、道行く観光客のお姉さんたちがクスクスしていた。
ダンは観たことはないが、バスケットボールのアニメ——スラムなんとか——の聖地がこの近くにあるらしく、若いお姉さんたちが多かった。
……
ダンも大学三年生になり、真理子との交際は静かに、でも深まっていた。
互いに講義もバイトもない夜は、真理子の自宅近くにあるファミリーレストランで待ち合わせをした。
いまのように携帯電話などない時代だった。
連絡は自宅の固定電話か、あらかじめ決めた日時にそこへ行くしかない。
それでも、ふたりは不思議とすれ違うことがなかった。
会えば、ただ喋って笑っていた。
ダンはいつもクルマで行き、帰りは真理子を家の前まで送った。
真理子は幾度も振り返りながら、フロントガラス越しのダンに微笑みかけながら手を振り、家の中に姿を消した。
……
忘れもしないあの日——1985年12月24日、大学三年のクリスマスイブの夜——この日も城ヶ島までドライブデートをした帰りだった。
真理子が、ぽつりと言った。
「ダーちゃん……あたし、バイクの免許を取る」
ダンは思わず真理子を見た。
「入学申込み……もうしたの。来年の二月から教習始まるって」
真理子の声は軽い調子だったが、どこか固く決意をしているような響きがあった。
思い当たることがあった。
……
これまで真理子は幾度も「バイクの後ろに乗せてよ」とねだってきたが、ダンはいつも笑ってごまかしていた。
「ふたり乗りは……後ろの奴がライダーの身体の動きに合わせられないと、危ないんだよ」
——実際、そうだった。
口ではそう言っていたが、本当は、後ろになど乗せたくはなかった。
真理子を危険なことに巻き込みたくはなかった。
バイクはどうしても練習や経験を積み重ねることが必要だった。
ただ、一度だけ、たった一度だけ、ふたり乗りをせがむ真理子を諦めさせるため、ふざけて「真理子が免許取ったら、乗せてやるよ」と言ってしまった。
……
——あんな言い方をするべきではなかった。
あのひと言さえ口にしなければ。
もっとバイクの危うさを、正直に伝えて諦めさせるべきだった。
あの時、なぜ、もっと強く止められなかったのか。
……
高校三年生だった秋、ユージがバイク事故で死んだことも。
ユージは県内にある自動車ディーラーへの就職も決まり、当時は毎週末のように開かれていた暴走族の集会に、ある土曜日の夜、興味本位で顔を出した。
そこで、ユージは、取り締まりの警察に追われ、仲間と逃げ回る途中で転倒し、電柱に激突して死んだ。
真理子にユージの話はできなかった。
ユージはかなり乱暴な運転をしていたらしかったが……。
——「じゃあ、ダーちゃんも、バイク、止めて」と言われるのが嫌だっただけじゃないのか……。
ユージの事故死を秘密になどせず、真理子に伝えていれば……何かが違っていたかもしれなかった。
……
真理子は中学校時代にはバドミントン部に所属し、大学では軟派なところとはいえテニスサークル「春はあけぼの」にも入っており、身体の動きは柔軟で俊敏だった。
最初に覚えるギアの変速操作——瞬間的に左手でクラッチを切り、右手でアクセルを戻し、左つま先表でペダルを上げたり、左つま先裏でペダルを踏む操作——が苦手な様子だった。
これも、ダンが、椅子に座って足と手の動作を空中で合わせる「素振り」のような練習を繰り返せば、すぐにコツを掴めると教えてしまった。
これを難なくできるようになると、教習課題である「クランク」も「パイロンスラローム」も苦労している様子はなかった。
……
ただ、時速40キロの速度を維持し制動開始位置で制動をかけ、停止線内で停まる「急制動」だけが少し苦手なようだった。
——制動開始位置まで時速40キロを維持するのが難しく、速度超過をしては停止線を越えてしまうことがあるとは言っていた。
……
学科——交通法規——の方は元々の明晰さゆえ、何の苦労もしていないようだった。
効果測定でも落ちることはなかったようだ。
「急制動」という苦手な課題もあったが、卒業検定では検定中止となるミスもせず、卒検に合格し、二俣川の運転免許試験場での学科試験も合格し、中型限定自動二輪免許を取ってしまった——1986年5月のことだった。
……
痛みも治まり、ダンはすべてを飲み込むように、カップの底に僅かに残っていたアイスコーヒーを一滴残らず飲み干した。
カップの底からストローがちゅるちゅると最後のひと雫を吸い上げる音がした。
⸻
第四章 遠く南の海で作られるもの
ダンは、行合橋のコンビニエンスストアを出て、七里ヶ浜から由比ヶ浜の方へ向かってバイクを走らせた。
——ヤマハXSR700だ。
これは、ヤマハのネイキッドバイクで「スポーツヘリテージ」というカテゴリーで、クラシックなスタイルでありながらモダンな印象のバイクだった。
……
真理子が乗っていたバイクが、この系統の原型的なスタイルとも言えるヤマハのバイクだった。
——RZ350 ——というネイキッドのバイクだった。
白色のタンク側面に描かれた濃淡のある二本のブルーのストライプが印象的だった。
ほぼ新車同様の、程度の良い個体だった。
——ナナハンキラーと呼ばれたヤマハのネイキッドバイクだ。
馬力と加速力から付けられた二つ名だった。
ただ、真理子はまったく「見た目」だけで選んではいたが……。
真理子のお気に入りだった。
XSR700とは排気量こそ違うが、どちらもクラシカルなスタイルでありながら、モダンな雰囲気のネイキッドバイクだった。
ぱっと見たときの第一印象はよく似ていた。
(——ヤマハは美しい——なんて生意気なことも言っていたな……)
……
確かにヤマハのネイキッドバイクには、繊細な女性らしい美しさがある。
繊細な曲線を描く金属のフレームからエンジンが覗き、ヘルメットの襟足から流れる茶褐色の長い髪の真理子が跨る姿は妖艶だった。
……
以前、長い髪の遥奈が、ダンのネイキッドバイク——XSR700——に跨がる姿には、いつかどこかで見た、懐かしい既視感があった。
だいたい、大学生になった遥奈は、ダンの知らないうちに、いつの間にか、大型自動二輪免許まで取っていた。
そんな遥奈がちゃっかりXSR700に跨がる姿は、真理子そのものだった。
……
遥奈は高校一年生の秋に普通自動二輪免許を取ってから、ダンと一緒に浜名湖のライディングスクールで相当な練習を重ねた。
今でも、遥奈は、時折、新幹線を利用して浜名湖まで練習に出向いているようだった。
このこともあって、遥奈は教習所での大型自動二輪免許の教習には、何らの苦労もなかったようだった。
(まったく……どこまでも……)
という半ば呆れた思いもあって、苦笑いを抑えられなかった。
ただ、嬉しかった。
……
真理子が中型限定自動二輪免許を取ったとき、ダンは彼女にしばらくひとりで運転をしてはいけないと強く言い聞かせた。
真理子は意外なほど素直に、ダンの言葉に従った。
「自分が先導する」と言って、ダンがセンターライン寄りを走り、真理子がその斜め左後ろを走るようにして、真理子のバイク運転の世話をするようになった。
真理子はダンの後ろを走るようになってからは、「後ろに乗せてくれ」とは言わなくなった。
ダンの後ろを走るのが嬉しくて、楽しいらしかった。
……
ふたりで走っているとき、よく、ダンが、道路の先の状況を見て、左手をグリップから離し、左手をすっと下にかざすハンドサインを出し、後ろを走る真理子へ合図を送った。
——バックミラーにはジェット型ヘルメットを被った真理子が頷く姿が映っていた。
ダンも、真理子も、フルフェイスよりも左右の視界が広く感じられる、ジェット型ヘルメットを好んだ。
……
真理子のバイク運転の面倒を見るため、ダンは限定解除を取った。
真理子が免許を取った翌年だった。
いまで言う大型自動二輪免許だ。
ダンは真理子には内緒で限定解除受験用の教習も数時間受けた。
……
当時、限定解除を取るためには、運転免許試験場での一発試験に合格するしか方法がなかった。
合格率で言えば、司法試験以上と言われていた。
試験場での試験には二回落ち、三回目でようやく合格できた。
しかし、当時としては優秀な方であった。
もちろん、このことも真理子には黙っていた。
……
いま、走っている海沿いの道——国道134号線——は、かつて真理子とふたりでよく通った道だった。
そのころ、稲村ヶ崎公園の道路を挟んだあたりに「Main(メイン)」という名のステーキレストランがあった。
希望するグラム単位でステーキを提供してくれるスタイルだったと記憶している。
ふたりで幾度かツーリングやドライブデートの途中に立ち寄ったところだった。
当時、このあたりは決して賑やかなところではなかった。
いまは、いつのころか「Main」もなくなり、明らかに多くの若者や観光客向けの日帰り温泉カフェのようなものに変わっており、四季を問わず、大勢の人が訪れるところとなっている。
……
真理子とふたりで観に行った『稲村ジェーン』という映画があった。
——稲村ヶ崎が舞台だった。
ちょうど、あの日の一年前の夏——1990年——だった。
クルマのFMラジオからも『真夏の果実』が盛んに流れていた。
映画で、加勢大周演じる主人公や草刈正雄演じる骨董屋が待ちわびていた「ジェーン」という大波は、遥か彼方の海で台風が作り出した、遅れて届く大きなうねり——土用波のひとつだったのだろう。
こうしたことを、映画の後、真理子に話したことがあった。
……
稲村ヶ崎のあたりは、土用波が立ち出すと、海水浴客は減り、波乗りのお兄さんたちが増える。
ダンも幼いころ、祖母から「土用波が立ったら、もう海に入っちゃなんねえ」と言われたりもした。
……
土用波は、遠く南の海で生まれる。
——小笠原のさらに遠くの海で、台風が起こしたうねりが、数日遅れて海岸に届く。
うねりを引き起こした台風自体は、遠く南の果てで既に東の海に消えている。
晴れて風もないのに、うねりが水深の浅い海に入った途端、突然、非常に高い波に変貌し、叩き付けるように押し寄せる。
引きがとても強く、しばしば事故の原因になる。
——晴れて風もない静かな浜辺に、突然、引きが強い過去のうねりが届く。
土用波が立ち出すと、このあたりの夏も終わり、秋が訪れる。
……
こんな話を真理子にすると、彼女は目を輝かせて話を聴きながら、
「ダーちゃんのおばあちゃんって、何でも知っていたんだね」
と驚きながらも嬉しそうだった。
ダンが「いや、もう死んでるからさ……」と言っても、「そんなの関係ない」と言いながら笑っていた。
ダンには、その無邪気さが可愛くて仕方がなかった。
……
二十六歳の夏の終わりころには、どちらが言い出すというよりも、ふたりは結婚することを約束していた。
真理子は「できたら娘が欲しい」「大きくなったらふたりでツーリングに行きたい。お父さんは留守番ね」とも冗談のように言っていた。
——真理子は本当に娘が欲しいようだった。
……
まず、ダンが真理子の両親に挨拶に出向いた。
真理子は二人姉妹で、二つ違いの妹がいた。
両親も妹もダンを気に入ってくれた。
仲の良い姉妹だった。
真理子はいつもダンに妹の話を嬉しそうにしていた。
ダンが妹に会ったのは、この日が初めてだった。
双子かと思うほどによく似た面立ちだった。
ただ、真理子とは違う、どこか儚げな、もの静かな雰囲気の女性だった。
……
ダンの両親も、真理子を実の娘のように気に入った。
下にも置かない気に入りようだった。
父親などは娘と一緒にいるかのように嬉しそうだった。
娘を持つ父親とはこんな感じなのかなと思った。
ただ、『稲村ジェーン』を観た夏が、真理子とふたりで過ごした最期の夏だった。
⸻
第五章 あの日
土曜日だった。
ダンは仕事が休みであったため自宅にいた。
前日の金曜日の夜、ダンと真理子は仕事終わりに逢って、結婚式をいつにしようかなどの話を交わしていた。
真理子は、「土曜日午後に鎌倉山に住んでいる女友達に会いに行く」などと言っていた。
自宅には両親と三歳下の弟がいた。
……
夜八時頃、自宅玄関前の廊下にある電話が鳴った。
母が「はい、諸星です」と応対している。
どうせ伯母か誰かだろうと思って、居間でテレビを観ていた。
いつもなら電話口で大きな声で応対しているはずの母の声が聞こえない。
突然、母が「ダン、早く、早く」と叫ぶ声がした。
何事かと思いながら居間から廊下に出ると、母が立ち尽くし、震える手で受話機を差し出しながら「真理子さんが……」と言っている。
慌てて受話機をひったくり、耳にあてた。
公衆電話のようだった。
……
電話の向こうでサイレンや、女性が啜り泣く声がした。
真理子の父親だった。
「真理子がバイクで事故に巻き込まれて……大船の総合病院に救急搬送されたが、先ほど息を引き取った。できたら病院に来て、娘に会ってやって欲しい。『ダーちゃん』って君を呼んでいた」
そこまで言うと、父親は声を出して泣き崩れた。
1991年6月15日の夜だった。
……
あの日、弟が気を遣い、病院へは彼がクルマを運転して急ぎ出向いた。
両親も居ても立っても居られず、付いてきた。
後部座席で母が涙ぐんでいるだけで、誰もが黙っていた。
二十分ほどで着いた。
途中での信号待ちの時が永遠に感じられた——田谷の交差点だった。
真理子はまだ処置室にいた。
部屋の前の長椅子に真理子の両親と妹がいた。
傍らには警察官が立っていた。
……
警察官はダンのことを婚約者と知っている様子だった。
警察官が、田谷の交差点で無理に右折しようとした乗用車が、直進してきた真理子のバイクの進路を塞ぎ、衝突した事故だったと説明してきた。
愕然とした——たった先ほど、何も知らずに通ってきた処だった。
……
処置室に入って被せられた布をめくると、真理子の美しい顔があった。
このときから、時が止まった。
真理子と迎える夏はもうなかった。
(あんな言葉を口にさえしなければ、真理子はバイクに乗らなかった……ユージのことも伝えていれば……違ったはずだ……)
(いや……それよりも、自分と付き合わなければ、こんなことにならなかった……)
——時を巻き戻して欲しいと願った。
———
第六章 喪失のうねり
真理子の両親は、ひと夜で年老いた。
——真理子の通夜の光景が消えたことはなかった。
下を向いたまま涙を堪えている真理子の両親の華奢な姿、俯いて止めどなく泣いている妹の儚げな後ろ姿が揺れていた。
ダンも同じようなものだった。
息を吸うことすら、煩わしかった。
無為に日々を過ごしているようなものだった。
……
気づけば、真理子に逢えるのではないかとの錯覚や、彼女の匂いに少しでも触れたい思いから、ダンは真理子の命日には毎月、真理子の家を訪ねていた。
両親は「真理子のことは忘れて、ダンくんが幸せになることを考えなさい」と口にしてくれていたが、いつも快く迎え入れてくれた。
……
忘れることなどできなかったし、そうするつもりもなかった。
バイクに乗り続けていたことも同じだった。
最初は真理子の影に触れたい、あのときの匂いを想い出したいという気持ちだった。
ふたりでよく走った道を、ひとりで走っていた。
ただ、不思議とバイクを運転しているときだけは、運転操作や周囲の安全に集中するためか、心の穴が僅かに塞がれるようでもあった。
気持ちの平静さや前へ進もうとする力を取り戻しつつあるようにも感じられた。
……
ダンが訪れることを重ねる度に、真理子の両親や妹も口数が多くなり、次第に、笑顔を見せることも増え、両親や妹も元気さを取り戻しつつあるようだった。
真理子の家を訪れると、いつも、家の外まで妹が見送ってくれた。
真理子とよく似た美しい女性だった。
……
あの日も、真理子の家を訪れて帰ろうとしたところだった。
家の外まで妹が見送ってくれた。
真理子が傍にいるのかとすら感じた。
妹は少し頬を染めながら、「お義兄さん、いつも、ありがとうございます」「父も母も、ほんとうは……嬉しいんです」
「あたしも……」と言いかけて、口をつぐんでお辞儀をしていた。
いつしか、妹に真理子を重ねてしまう自分がいた。
ただ、もう「ダーちゃん」と呼ぶ声を聞くことはできなかった。
……
真理子の父が吐血をして倒れた。
夜、実家に妹から電話連絡が入った。
あの時も、最初に電話に対応したのは母だった。
——「すぐにダンを行かせるから、気をしっかり持つのよ」
母は一緒に暮らしながら、ダンの変化の兆しに気づいていたのかも知れなかった。
電話を切らないうちに、母は大きい声でダンに電話の内容を告げ、「すぐに行ってあげなさい」と伝えてきた。
……
ダンは母から言われるまでもなく、家を飛び出していた。
真理子の父親が救急搬送された病院——実家からさほど離れていない国立病院に駆け付けた。
走れば三十分ほどの距離だった。
ひたすら走った。
夜、ビールを飲んでしまっていたことを悔やんだ。
妹のことが気がかりだった。
繊細で儚げな妹が心配だった。
大好きだった姉を亡くし、その儚げさは一層際立っていた。
「自分が傍にいてあげなければ」と思った。
……
病院で妹はダンの姿を見るなり泣き出して、ダンにしがみついてきた。
姉を亡くし、ほどなく父親まで倒れ、彼女を不安で心細くさせている元凶は自分だと感じていた。
……
父親は原発性の肝臓癌末期で、リンパ節などへの遠隔転移もしており、既に手術適応はなく、体力的に抗がん剤治療も難しいとのことだった。
意識は回復していたものの、しきりに妻や二女のことを心配している。
……
ダンもできる限り見舞いに出向いた。
気晴らしになればと、言葉を交わした。
父親は、「真理子が幾たびか夢に現れ、『お父さん』と声をかけられた」と言いながら、嬉しそうに涙ぐんでもいた。
真理子の父親とは、言葉数こそ少なかったが、多くの気持ちを重ねてきていたと思っていた。
……
入院から三週間ほどが過ぎた日の夜だった。
見舞いに訪れたダンに対し、父親が心残りを消し去ることを決めたかのように、「言いづらいのだが……」と重い口を開いた。
——「麻衣子は君を好いている。図々しいかもしれんが……女房も、息子だと思っている……」
父親はダンを信頼し、自らの言葉で告げてきた。
まるで、麻衣子に惹かれつつあるダンの心の内も見透かしていたようだった。
……
ただ、ダンには、父親がダンや麻衣子の心の中を繊細に嗅ぎ取っただけではなく、それとは別の何かもあったのではないかとも感じられた。
ダンに麻衣子や妻を託した後、父親は心のつかえが取れたかのような、やり残した大事なことを果たせたかのような、安堵した表情だった。
——「まったく、どこまでも、あれは……」
と苦笑いしながら、小さく呟いていた。
このときの呟きの意味を、ダンはいまでも考えることがあった。
……
それから数日後だった。
夜遅く、真理子の父親は容態が急変し、食道静脈瘤が破裂して亡くなった。
真理子の死から僅か二年後——1993年7月——のことだった。
……
ダンはそれでも真理子の命日には、真理子の家を訪れていた。
女ふたりになった家を放ってはおけなかった。
麻衣子のことも。
ダンも、麻衣子の気持ちには気づいていた。
……
麻衣子は真理子の命日には必ず家にいた。
いつものように麻衣子が家の外まで見送ってくれた。
いつもと様子が違い、何か思い詰めた表情をしている。
「じゃあ、麻衣ちゃん、また来るから。何かあったら……」
と言いかけたとき、麻衣子がダンに抱きつき、胸に顔を埋めて泣き出した。
ダンも麻衣子に対する思いを感じ、麻衣子を抱きしめた。
真理子の死から三年余りの歳月が流れていた。
ただ、あの日のうねりが、後に大きく打ち寄せてくることに、この時はまだ、ダンも麻衣子も気づいてはいなかった。
真理子の事故死——から幾年月も経って、そのとき作り出されたうねりが、激しく打ち寄せてくることになるとは思わなかった。
⸻
第七章 重なる面影
滑川(なめりがわ)の交差点で信号待ちをしていた。
若宮大路とのT字の交差点だった。
右側はすぐそばが由比ヶ浜である。
真理子が麻衣子と重なる。
仲の良い姉妹だった。
デートのときも、真理子はよく妹の話を楽しそうにしていたし、ダンの話もよく麻衣子にしていたようだ。
……
ダンは麻衣子と結婚し、仕事の関係で東京の武蔵野市に住んでいた。
ダンにとっても、麻衣子にとっても、多摩などは縁もゆかりもないところだった。
交通の便はいいし都会だが、ダンにとっては思い出が何もなかった。
麻衣子も同じであり、近くに知人もいなかった。
……
遥奈が生まれた——1996年10月6日だ。
——名前は、上品な風のように自由にどこまでも生きてほしいという願いで、麻衣子とふたりで考えて決めた。
真理子が死んで五年余りの歳月が経っていた。
……
日に日に成長する娘を見るのが嬉しかった。
好きな食べ物の味がダンの好みと似ていることを知ったときは、そうしたところまで似るものなんだと思う一方で、可愛くて仕方がなかった。
麻衣子の母親は、遥奈が一歳のときに亡くなっていた。
……
母親は、幼いながらも成長してゆく孫娘を見て、いつも「真理子が生まれ変わったようだ」と手放しで喜んでいた。
母親にしてみれば、幼いころからの仕草や反応までもが瓜二つだったのだろう。
ただ、それを聴いていた麻衣子の横顔は硬かった。
あるとき、一度だけ、麻衣子の母親は、遥奈を抱きながら「ハルナって……まさか、こんなことって、本当にあるのね……」と何か不思議そうに感慨深げに呟いていた。
……
麻衣子は、遥奈が物心つき出すころから、真理子の存在を遥奈に隠していた。
ダンの両親にも、遥奈をあまり会わせようとはしなかった。
麻衣子は、姉の事故現場である田谷の交差点の近くにも足を踏み入れたくないかのような様子でもあった。
ダンには複雑ではあったが、真理子のことを娘の耳には入れず、娘にはあの痛ましい事故を背負うことなく生きて欲しいという、麻衣子の気持ちも理解でき、ダンも同じ気持ちだった。
ダンも麻衣子の前では、真理子のことを匂わせるような言動は慎んでいた。
……
麻衣子の両親の家は空家となっていたが、ダンの実家とはさほど離れていないため、ダンが麻衣子から鍵を預かり、家の風通しを良くするため、窓の開け閉めや掃除をしている。
それは、いまも続けられている。
……
遥奈は高校生になり、人目を惹くほどの美しい娘へ成長した。
当然だが、麻衣子にも似ている。
ただ、明らかに真理子の面影を宿していた。ダンにもだった。
……
一度、高校生の遥奈が、
「今日さ、男の子たちがウルトラセブンっていう昔のテレビの話しててさ、その主人公が『モロボシ・ダン』っていうんだって」
「諸星の父ちゃんってなんて言う名前って聞かれたから、『ダン』って言ったら、『すげーな、お前んとこの父ちゃん』って言われた」
「お父さんとガチ同じだよ。笑っちゃったよ」
そして、「もう『ダンちゃん』だよね」
と笑いころげていた。
……
遥奈の口調は、真理子から「ダーちゃん」と呼ばれた錯覚を与えた。
麻衣子に動揺した様子を気取られまいと、必死であった。
真理子、麻衣子、そして遥奈——その似すぎている容姿やちょっとした仕草は、意図せず、まるで万華鏡を覗いてしまったようだった。
眩暈さえ感じたこともあった。
……
ダンは、ずっとバイクに乗っていた。
バイクは——これを操縦しているとき、全神経を集中させるため、何もかも忘れることができた。
生きることにも意欲的になれた。
何よりも、ダンにとって、バイクを降りることは真理子を記憶の彼方に置き去りにし、彼女が過去に存在したことさえ否定することと同じだった。
……
麻衣子は、母親が亡くなったころから、占いや方位取りをよくするようになっていた。
本をたくさん買ったり、方位磁石や精密な地図を買ったり……女性の占い師さんに電話で相談したり。
多くは、ダンや遥奈といった「家族の将来や、どう行動したらより良いのか」ということだった。
家族旅行に行く日にしても、出発時刻にしても、すべて麻衣子が決めていた。
ここでも、ダンは麻衣子の気持ちが安定するならと考え、麻衣子の気が済むようにさせていた。
……
姉の事故の後、僅か数年で両親も亡くなってしまい、麻衣子と血の繋がりがある人間は遥奈だけだった。
その遥奈に幸せになってほしいとの思いは、痛いほどわかっていた。
日常の些細なことであっても、誰かに相談しないと不安になる、麻衣子の気持ちは理解していたつもりだった。
麻衣子にとって、遥奈が幼いころから、ダンと遥奈が一緒にいる場面は、昔見ていた「真理子とダン」を思い出させるものだったらしく、真理子の影を払えない不安からか、麻衣子は、徐々に、過呼吸やパニック障害的な症状を呈するようになっていった。
それほどに、遥奈は真理子の面影を宿していた。
……
遥奈が高校一年生になったとき、突然、バイクの免許を取りたいと言い出した。
——それまで、バイクに興味を抱いていた様子などまったくなかった。
ダンの影響とは思えなかった。
遥奈の気持ちには、何か、抗らい得ないものを感じた。
——あれは、六月だった。なぜ、この時期にとさえ思った。
「夕方、街で見たバイク乗りの女の人がとても素敵で……手をすっと下にかざして、挨拶してくれたの」「まるで、自分の姿を見たようで……」と目を輝かせながら無邪気に言っていた……。
——「白いタンクに入った青い線が綺麗だった」とまで。
……
遥奈の言葉を聴いたとき、愕然とした。
(まさか、真理子のやつ……)
という思いさえも過ぎった。
……
遥奈が免許を取ると伝えてきた表情は、遠い昔、真理子が免許を取るとダンに告げた表情とそっくりだった。
こういう表情になってしまった女性に、バイクを諦めさせる術を、ダンは持ち合わせていなかった。
……
滑川交差点の信号が青色に変わった。
左側の若宮大路を行けば、鎌倉駅の東側を通って、鶴岡八幡宮に突きあたる。
よく真理子と来ては、夏には蓮の花を観ていた。
ギアを一速に入れて発進させた。
左側の若宮大路から間違って入ってくるクルマがないことを確認しながら直進し、ダンは材木座から渚橋の方へ走った。
材木座海岸前の直線道路でギアを五速にまで入れた。
この先は、緩やかに丘を越える感じで、ふたつのトンネルを抜け、逗子海岸沿いに走って、逗子の渚橋へと続いている。
⸻
第八章 うねりに翻弄されて
遥奈が高校一年生のときだった。
麻衣子は反対したが、バイクに惹かれた遥奈の気持ちは固かった。
ただ、麻衣子も、ダンと同じように、遥奈の気持ちの固さに運命的な抗い得ないものを感じていたようだった。
ダンが教習費用を出して、遥奈は十六歳になる前から教習所に通い始め、普通自動二輪免許を取った。
……
ただ、真理子の轍を、遥奈に絶対に踏ませるつもりはなかった。
教習費用を出す条件であった浜名湖のライディングスクールでの練習——クローズドコースでの練習——に、遥奈は未成年でもあり、ダンが付き添って二十回以上は通った。
——ダンも一緒に練習をした。
……
かなりの長期にわたる練習だった。
午前十時から午後四時まで、走行姿勢、減速や加速、旋回といったことをプロのインストラクターが指導するものだった。
——静岡県警交通機動隊員の訓練も指導するレベルのインストラクターたちだった。
公道では決して為し得ない練習だった。
ただ、バイクはこうした練習を繰り返すことが不可欠だった。
……
当時、十六歳になったばかりの遥奈は、最も若い練習生だった。
練習中、停止時にバランスを崩したり、エンストしたり、旋回時に失速したりなどで、幾度も転倒していた。
——車体重量200キロあまりの転倒した車体の引き起こしも、手馴れたものになっていった。
夏季の練習は、気温とエンジンの熱でかなりきついものでもあった。
ただ、遥奈はこの程度の練習など「バイク乗り」なら普通であると思っていたようで、愚痴や弱音をまったく言わなかった。
……
実際、千葉県や埼玉県といった遠方から練習に訪れるバイク乗りも多かった。
——大きな排気量のマニュアル式バイクに乗る者にとっては、安全のため、むしろ必須とも言える練習であった。
遥奈にとって、むしろ、こうしたクローズドコースでの練習が堪らなく楽しいようだった。
そんな娘のひたむきさに感心すらした。
……
とにかく——真理子が誘った(いざなった)とダンは思っていたが——バイクに強い関心を持ってしまった娘を、その意思を尊重しながら守ってゆくにはこの方法しかなかった。
こうすることが、遥奈を愛する麻衣子に対しても、ダンができる唯一の安心の与え方であり、礼儀だとさえ思った。
ダンには、練習を終えた夕方、遥奈と一緒に近くの日帰り温泉に立ち寄ることも楽しかった。
……
浜名湖への往き帰りの車でも、遥奈には、
「ツーリングではバイクの技量は向上しない」
「ただ慣れるだけだ」
「考えて走れ」
「右折車は必ず先に曲がろうとする」
などなど、噛んで含むように説明した。
……
真理子に似たのか、筋(すじ)は良かった。
むしろ、真理子を遥かに凌駕する技量になっていった。
腰を使って後輪へ荷重をかけ、フロントブレーキも繊細に使いながら、綺麗にセルフステアを効かせ、バイクの傾きよりもさらに内側に上体を入れる、美しいリーンインのフォームで、タイトな旋回もこなせるようになった。
……
ただ、麻衣子の心は追い詰められていたようだった。
よく、家族三人で河口湖などにも車で旅行に行った。
夜、富士山の北面から流れ、湖面を撫でながら吹く風が麻衣子の心を安定させるようだった。
伊勢神宮もだ。
――内宮の正宮前に掛けられた御幌(みとばり)がふわっとはためいて、風が流れてくる。
亡き人の気配すら感じられた。
……
家族旅行に出向き、車を運転するダンがつい注意不足で不用意に渋滞にでも嵌ると、麻衣子は突然、涙ぐみ、震える声で責めた。
「……どうして回り道をしてくれなかったの。どうして……もっと気を使ってくれないの。あなたって、そういうところ、ほんとに……思いやりがない」、と。
「配慮が足りない」、と。
ダンは黙って謝った。
ただ、謝るしかなかった。
……
後部シートでは、遥奈がそっと目を伏せていた。
言葉を飲み込み、何も言わず、ただ外を見つめていた。
……
ダンは、渚橋に差しかかる手前の辺りで、信号機渋滞で停止した。
——だいたい、ここは、いつもこんな状況だった。
……
渚橋から先は、渚橋交差点をすぐに右折して森戸海岸線に入るか、直進して長柄隧道を抜け、長柄交差点も直進し逗葉新道に行くか、長柄交差点を右折して三浦半島の方へ行くか、いずれかだった。
⸻
第九章 宵の明星が輝く丘で
渚橋交差点の手前の渋滞箇所を、左足をステップから下ろして低速でゆるゆる進んでいた。
前方車両の右側なりをすり抜けることは、まずしなかった。
……
遥奈が高校を卒業し、私立大学の英文科に入学した後、ダンは麻衣子と別居した。
ダンも、麻衣子も、離婚までする気持ちなどなかった。
ダンにとって麻衣子を見捨てることなどあり得ないものだった。
麻衣子とは、あのつらい日々を支えあってここまで生きてきた。
麻衣子の体調の回復や心の安定を考え、少し離れて暮らすというだけのものだった。
……
遥奈は、オーストラリアから帰国した二年ほど前からは、三鷹でひとり暮らしをしていた。
麻衣子のところにはもちろん、ダンの家にも自由に出入りしていた。
……
麻衣子と離れて暮らすようになってからだった。
——ダンはひとりで花や灯台の写真を撮りに行った。
若いころから、写真を撮ることは好きだった。
最初のころは、ただ、ひとり、バイクで走っては、写真を撮るだけだった。
真理子と一緒に訪れた鎌倉や三浦半島に行くようになった——ふたりで夕方の海をよく見た城ヶ島の灯台が立つ丘だった。
……
真理子、麻衣子、遥奈——あまりにも似ている女性たちに囲まれ、入り組んだ鏡の中の迷路にいるようでもあった。
錯覚や幻覚を見ているようで、頭を抱えそうなときもあった。
……
あれは、麻衣子と離れて暮らすようになってから、夜、YouTubeでひとりで音楽を聴いていたときだった。
偶然だったが、ある女性の歌手が歌う曲を耳にした。
シンセサイザーだとは思うが、二胡のような弦楽器が奏でる東洋的な前奏があり、少しハスキーがかっていて、透きとおった震えるような声で、どこかミステリアスな、凛としていながら悲しげな艶やかさがあった。
あの日からの日々を想い起こさせた。
……
大切な誰かを亡くした者にとって、あとに生きる日々があまりにも長く遠いと感じさせた——悲しみが重なりながら過ぎる歳月が、いかに長いかを想わせた。
その曲の、低音のサックソフォーンのような管楽器とともに奏でられるセカンドコーラスを聴いたとき、慄然とした。
不思議な雰囲気としか言いようがなかった——月灯りだけの水面には、花弁を閉じて浮かんでいる白い睡蓮しか見えない。
水面に浮く睡蓮を見ては、もうこの世にいないはずの誰かが、ここにいるように感じられる。
この曲が離れて逝かなかった——真理子がすぐ傍にいるようで、曲に惹き込まれていた。
まるで、浜辺近くで、突然、高波となって打ち寄せてきた、引きが強い土用波のようだった。
……
真理子の命日に花を捧げるため、「真理子」というニックネームのInstagramアカウント——@mariko0615——を開設して、毎月十五日には必ず花の写真を投稿するようになった。
——悲しげで、どこか切ない雰囲気のアカウントだった。
季節ごとの様々な花や灯台の灯りが、切なく写された写真ばかりだった。
人知れず静かな——デジタルの海という——水面に花を浮かべ、せめてもの祈りと詫びを伝える場だった。
麻衣子を傷つけず、真理子を悼むには、この方法しか思い浮かばなかった。
……
遠い過去に大切な誰かを失った者が、いまもその人が現(ここ)にいるかのように感じながらも、唯々、時だけが過ぎていく、やるせないものだった。
いまできることをする、という思いしかなかった。
あの曲のセカンドコーラス最後の歌詞
——「いまも君が現(ここ)にいるようで」というハッシュタグを添えて。
……
ただ、Instagramを始めるようになって、麻衣子と結婚して以来、真理子を思いやることさえしてこなかった長い歳月への、そしてあの事故への、幾ばくかの罪ほろぼしができたようにも思えた。
どこか、嫋(たお)やかな心持ちにもさせてくれた。
……
以前、遊びに来ていた遥奈が、ダンのスマートフォンを覗き込み、
「真理子って誰なの?」
と聞いてきたことがあった。
喉元まで言葉が出かかったが、
「……お父さんが中学生のときに好きだった子」
とだけ告げた。
遥奈は、
「なんだ、振られるところまでも行ってないんだ」「キモい」
と可笑しそうに笑った。
ふざけながら、
「ママには言うなよ……」
とだけ伝えた。
……
あれは、遥奈がオーストラリアから帰国した後だった。
——遥奈が、ダンが住むマンションの駐輪場から手慣れた様子でXSR700を出し、バイクの横で、長い髪を後ろで纏めながら、ヘルメットを装着し、最後にグローブを嵌めている仕草を見たときだった。
そこに真理子がいるかのように見えた。
真理子がダンに向かって、微笑みながら
——「行ってくるね」
と告げた。
(そんなこともあったな……)
……
先週、ツーリング旅の土産を届けに訪れた遥奈が目の前に座って、ダンの話を聞いていた。
遥奈が涙を溢れさせながら、ぽつりと呟いた言葉が過ぎった。
——「真理子さん……きっと会いたかったろうね……ダーちゃんに……」「娘とツーリング……したいって……」
遥奈は、「高校生のときに見た女性(ひと)……あれ……真理子さんよ……後ろ姿がママのようだった……」と言いながら、堪え切れず、わあとテーブルに泣き伏していた。
……
ダンは遥奈に「横浜のおばあちゃんを訪ねてみたら」とだけ優しく告げた。真理子のことを自分の言葉だけで伝えるのも、麻衣子のことを思うと、何となく憚られた。
あの事故の日のことも知っていた。
——実家の母だった。
……
目の前で泣き伏す娘の姿に、真理子の面影が重なり、あの通夜の日、俯いたまま涙を流し続けながら揺れていた麻衣子の後ろ姿が重なった——ここまで、あまりにも似すぎていることが不思議だった。
(きっと、愛する妹の娘を、一緒にいて守ってくれていたのだろう……娘だと思いながら……)
——言葉に詰まった。
サングラス越しに、娘の姿が滲んでいた。
そのときだった。
閉め切られた室内で風がそよぎ、頬に触れた。
撫でるような温もりが頬に伝わるのがわかった。
——「ダーちゃん、花、いつもありがとう。もう、あたしは大丈夫……」
目の前から、そう優しく囁く、懐かしい声が聴こえた。
……
ダンは渚橋交差点を直進した。
長柄隧道を抜け、再び長柄交差点の信号で停止した。
悩んだ末、右折のウインカーを点滅させた。
葉山から三浦半島の相模湾沿いを通る道だ。
ダンは長柄交差点を右折した。
城ヶ島に向かった。
いつかの夏に見た灯台の青白い灯りを、目にしたかった。
……
と言いたかったが、実は——夕暮れも近いこともあって、逗葉新道を思いっきり避けた——何かが出そうで怖かった。余計な手とか。
ふと、あの時、真理子の父親が呟いた言葉が浮かんだ。
——「まったく、どこまでも、あれは……」
妹を愛して止まなかった真理子が麻衣子を放っておくとは、到底、思えなかった。
(真理子なら、きっと……呼び止める)
走るダンの後ろを、夕陽に反射して金色に燦めく一条の風が、いまでも逗葉新道を怖がるダンの様子をクスクス笑っているかのように、ほんの少し遅れながら追いかけていた。
⸻
エピローグ
夏の夕暮れ、ダンが灯台の灯りを目にしていた。
——海はうねることを終え、波は穏やかだった。
ちょうどそのころ、西の空低く、瞬かずにひときわ明るく静かに届く光がある。
宵の明星——夕星(ゆふづつ)——である。
——あの夏の日も、この丘にいたふたりに同じ光を注いでいた。いまはダンを優しく見つめているかのようだった。
——そう言えば、モロボシ・ダンも、明けの明星が輝く東の空を、ひとすじの光となって帰っていったっけ。
昔、よく訪れた鶴岡八幡宮の蓮池も、そろそろ見ごろかもしれないと思った。
ただ、ダンは……蓮と睡蓮の区別はつかなかった……。
そのあたりは、そんなものだった。
本質的なことではなかった——大切なのは、そこではなかった。
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第二篇のあとがきに代えて
城ヶ島の灯台——南は太平洋、東は浦賀水道の出口、西は相模湾を望みます。
灯台としては珍しく、とても楽に訪れることができる灯台です。
かつてダンや真理子もふたりで気軽に海を望める処でもあったので、秘密の初デートの場所だったと推察されます——とても、余計なお世話ですが。
日没のころ、西には遠く伊豆半島から富士の山の稜線が、南の遠くには大島などの島影が薄い青紫色のシルエットになって浮かびます。
七月、灯台の灯りがともるころ、西の空低くに惑星特有の光り方で金星が輝いています。
そんな光景が、そこに佇むダンの姿を見守っていました。
⸻
第三篇 あの川の流れとともに——麻衣子——

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プロローグ
バイク事故で急逝した姉・真理子
——姉の婚約者であった夫のダンを愛し、娘を愛しながらも、亡き姉への後ろめたさと姉への愛情の狭間に翻弄される女性——麻衣子
……
あの日からもう三十三年の時を経たいま—— 2024年7月のある日——偶然見つかった亡き母の日記
——そこには、父が死の間際に遺した驚くべき言葉と、亡き姉の切なすぎる想いが綴られていた。
……
過去と現在、生者と死者の想いが交錯する伊勢・五十鈴川のほとりで、麻衣子が触れた姉の真実の想いとは——。
……
ダンが偶然に聴き、打ち震えた、ある女性歌手の楽曲に込められた切ない祈り。
その曲に流れる祈りの花弁がデジタルの静かな水面に浮かべられたとき、いま、彼岸と此岸——姉と妹——が繋がり、妹へ、姉の切ないまでの想いを告げる風がそよぐ。
⸻
第一章 優しさに誘われて
偶然だと思った。
バイク旅をしていた娘の遥奈が、突然、麻衣子が住むマンションを訪れてきた。
(……ふた月近くも来ていなかったのに。なぜ、今日?)
そうした思いが麻衣子の心に浮かんだ。
遥奈は、バイクでツーリング旅行をしていたらしかった。
五月十五日に出発し、伊勢へ向かったという。
そこから先は、遥奈が口にする地名が、麻衣子の頭の中で地図になって広がっていった。
フェリーで徳島へ渡り、松山へ行き、「しまなみ海道」を渡って松江や出雲へ。
岡山にも立ち寄り、沼津まで回って、六月十二日頃に帰ってきたらしい。
……
麻衣子には何も伝えないまま、そんな距離をひとりで走っていた。
(まったく、年ごろの女の子なのに。大型のバイクまで乗り回して……)
夫であり遥奈の父であるダンが、バイクをやめなかったからだと麻衣子は思いたかったが、それが理由ではないことにも気づいていた。
……
ツーリングのため手荷物を増やせないらしく、方々で買った土産代わりの名産品を、その都度、宅急便で送りつけてきた。
麻衣子が、遥奈が旅に出ていることを知ったのは、「赤福ぜんざい」が送られてきたことからだった。
思わず、娘へLINEで連絡を入れた。
半ば呆れながらも、なぜか腹立たしくも思った。
夫とふたりで決めた遥奈という名——上品な風のように自由にどこまでも生きてほしいという願いだった——麻衣子には手に負えない風のようだった。
……
あれは、遥奈が高校一年生になった六月だった。
彼女は、突然、バイクの免許を取りたいと打ち明けてきた。
六月、夕方の学校帰りの道で出会った女性ライダーに惹かれたらしかった。
——遥奈は「白いタンクに青い線が入ったバイクだった」とまで言っていた。
感性が豊かで思慮深い子であったが、その口調からは、とてつもない決意のような強固な意思が感じられた。
……
麻衣子には、まるで、姉が心から愛した男性と結婚したばかりか、のうのうと幸せな形を築こうとする自分への呪いとさえ思われた。
たとえ、遥奈へ反対であることを伝えても、思いは固く、今、一時的に遅らせることができても、いつか必ず乗ってしまうだろうと感じられた。
麻衣子と同様に激しく動揺しているであろう、そして遥奈を愛して止まない夫の考えや直感を、信じるしか術はなかった。
——あのとき、夫は、遥奈が十六歳になる誕生日前から教習所に通うことを許し、その費用を出す厳しいとも言える条件を示したが、遥奈はめげずにやり遂げてしまった。
……
遥奈は室内に入ってくるなり、少しバツの悪そうな表情で
「送ったお土産がどれも届いたみたいで良かったわ」
と口にした。
麻衣子は、
「ありがとう、赤福ぜんざい。美味しかったわよ」
「松江の若草も……色々、ありがとう……」
「変なカレンダーも……可笑しくて、声出して笑っちゃったわ……」
と言いながら、
「どうだったの、ツーリングは?」
と続けた。
……
遥奈は、
「昔、みんなで伊勢に行ったでしょう。行きたくなっちゃって」
「伊賀の組み紐のストラップを買ってきたの」
「直接、ママに渡したかったから」
「お父さんにも、来週あたりに、渡しに行くつもり」
と口にしながら、仏壇のある和室に入っていった。
……
遥奈は、ろうそくに火をともし、線香に火をつけ、香炉の灰に挿した。
白い三筋(みすじ)の煙が、まっすぐ立ちのぼっていた。
遥奈は、じっと仏壇に祀られている位牌を見つめていた。
しばらくして、手を合わせて目を閉じ、口元が小さく動き、
「ただいま」
という呟きがした。
風もないのに、三筋の煙が横に靡いた。
……
(あの子が仏壇に手を合わせるなんて……)
一緒に暮らしていたころには、目にしたこともない光景だった。
麻衣子は、心の底を見透かされたような思いにかられた。
仏壇には
『慧光院芳純真理大姉』
と書かれた、姉・真理子の位牌もあった。
——姉の祥月命日だった。
……
遥奈は微笑みながら居間のテーブルに戻り、麻衣子が淹れた緑茶を口にしながら旅の話を続けていた。
遥奈は、ひとつの場所に数日滞在しては、気になったところに出向いていたようだった。
奥出雲や亀嵩(かめだけ)にも行ったらしい。
読書や映画が好きな麻衣子が、高校生だった遥奈に勧めた『砂の器』の影響のようだった。
……
遥奈が高校生のとき、夏休みの宿題で読書感想文か映画感想文を書く課題があり、何にしようか悩んでいたので、麻衣子が勧めたのだった。
自分に似たのか、本や映画が好きな子だった。
——不治とされていた病に罹った父親が村を追われ、幼い息子とふたりで放浪していたが、病状が悪化し、奥出雲の亀嵩という村で保護され、父と子が引き離される。
物語は、そこから二十年あまりの時を経て起きた出来事を描いていた。
遥奈は小説も読んでいたが、映画にひどく感動したらしかった。
——亀嵩の村で、隔離療養施設へ向かうため、父親が横たわる大八車が駐在所の前を通る。
巡査の配慮で大八車が停まる。
駐在所で保護されていた幼い息子が、涙をこらえながら固い表情で父親を見つめている。
息子に気づいた父親が半身を起こし、息子を見つめる。
大八車が去った後、息子が意を決したように駐在所を飛び出し、父親の後を追いかける。
木次線・亀嵩駅のホームで列車を待つ父親が、遠く線路上を走ってくる息子に気づく。
父親は病んだ身体を押して、よろめくように息子に駆け寄り、抱き合う。
それが最期だった。
……
遥奈は、こうした場面を中心に、成長してからも子にとっては、親を慕う気持ちの原風景がかけがえのなく残り続けることを書いていた——それが、つらい旅の中でのものであっても……。
高校生には思えない感性だった。
……
遥奈が書いた感想文は学内コンクールで優勝し、その年の文化祭でも掲示されていた。
遥奈が作家を志したのは、おそらくそのことがきっかけだろうと麻衣子は感じていた。
麻衣子には、遥奈の両親への思慕の想いに触れたようで、感想文を涙を抑えられず読んだ記憶があった。
ただ、遥奈はバイクも好きで、これには
——(危ないのに。まったく、もう……)
という思いだった。
……
沼津では柿田川湧水も訪れたようだ。
遥奈が中学生のころ、夏に家族で訪れた場所だった。
渾々と湧き出る水が涼しげで、悠久の富士の恵みを感じさせ、喉の渇きを癒やすようだった。ダンと遥奈がふざけ合いながら少し先を歩き、麻衣子が微笑みながら見守っていた。
(家族三人で訪れたところばかりに行って……)
思わず目頭が熱くなった。
遥奈につらい思いをさせている後ろめたさがあった。
……
遥奈が言った。
「ママ、体調はどう」
「お父さん、いつもママの体調を気にしているわよ」
麻衣子は、別れて暮らす夫の気遣いを嬉しく思いながらも、表情を崩さぬようにして、
「この頃は発作もなくて落ち着いているわ」
「ごめんね、あなたにまで心配させちゃって」
と答えた。
……
遥奈は、ひとしきりツーリングの話をした後、
「夕食を食べていきなさいよ」
と引き留める麻衣子に構わず、
「旅の原稿をいまのうちに自分の言葉で書いておきたいの」
「生成AI ——大規模言語モデルって言われているんだけど——ほんとうに無理なのよ。大事なところは人の感性ね。駄目ね、アレは」
「……なんでもわかっているような全知全能の神様みたいな言い方して……」
「特に字数が多い長文、たかだか3000文字程度を読ませても、ひどいものよ……呆れるほどね……」
「統計的な確率でそれっぽく要約してるだけだから、実際は、書かれていることさえ、正確に読めていないのよ」
「誤字や脱字の発見も、限界があるわね……」
「まあ、壁打ち相手にもならないわ……それに、あの勝手に創りたがるクセって、醜いほど……」
「AIによる誤った情報の作成って——気取ってハルシネーションって言うんだけど——あれって単に設計上や仕様上の必然の欠陥なのよね……」
「原理を考えれば、わりと容易に気づけるんだけど……バグというより、不可避の特性ね……」
「……軌道修正したりする学習能力もないのよね……」
「ただ、あたしも少し似てたのかも……見えてることだけで考えて……お父さんに……無神経なことを言ってた……」
と静かに呟いて帰っていった。
……
麻衣子も自身のスマートフォンに生成AIアプリを入れており、料理のレシピとか簡単な謝礼文作成のためには使っていた——ただ、麻衣子も、遥奈の言うことにはなんとなく頷けた。
——実際、会話というか、遣り取りが噛み合わないことや、こちらの質問を文字通り読めていないのではないかとか、質問を推論的な思い込みで捉えていると感じられることは、よくあった。
(旅の途中で、何かがあった……の……)
とも感じられた。
……
「ママ、具合が悪くなったら、あたし夜中でもすぐ来るから。ちゃんと連絡ちょうだいね」
と言い残して。
麻衣子を不意に襲う過呼吸発作を気遣ってのことだった。
娘が無事に帰ってきた安堵感が込み上げ、いつの間にか腹立たしさも消えていた。
……
遥奈が走り去るバイクのエンジン音が、低く静かに遠ざかっていった。
テーブルに置かれた、黒地に金色の細いストライプ模様の組み紐が、涙で滲んでいた。
横には、「鳥取・島根の自虐カレンダー」が静かに置かれていた。
⸻
第二章 あの時の秘密
遥奈が訪れてきた日の夜、いつもと異なり、穏やかな気持ちだった。
明け方、夢を見た。
姉の真理子が微笑みながら「麻衣子」と声をかけてきた。
懐かしさでいっぱいになり、「お姉ちゃん」と声をかけようとしたが、声を出すことができなかった。
目が覚めた。
……
幼いころから仲の良い姉妹だった。
姉はいつも麻衣子に優しく、なんでも話してくれた。
中学生だった姉からよく聞かされたのは、同じクラスに気になる男の子がいるという話だった。
二つ年下の麻衣子にとって、両親に内緒で姉の恋話を聞くのは楽しいことだったし、自分も早くそんなふうになりたいという憧れも抱いた。
……
中学生のころからバドミントンなどのスポーツに汗を流す姉とは対照的に、スポーツは苦手ではなかったが、麻衣子は読書や映画を観たり、音楽を聴いたりすることを好んだ。
高校は、姉が通っているのと同じ県立高校だった。
姉が三年生のとき、麻衣子が一年生だった。
ふたりは双子かと思うほど似ており、高校でも美人姉妹と噂され、麻衣子を真理子と誤解して声をかけてくる三年生の男子もちらほらいた。
……
高校生のころも、大学へ進学してからも、姉がよく麻衣子に言っていたのは、
「なかなか、いいなと思う男の子がいなくて」
という、恋話というよりも愚痴に近い話だった。
ただ、麻衣子にとっては奇妙な親近感というか、安心感があった。
姉は、大学生になってからも、中学二年生のときに同級生だった、ある男の子を忘れられないようだった。
……
そんな姉だったが、大学二年が始まった春ごろだった。
姉が麻衣子にとても嬉しそうに打ち明けてきたことがあった。
——中学校時代の同級生で、好きだった男の子と、大学で偶然再会したというものだった。
姉は理由までは分からなかったようだが、その男の子は県内でも有名な——五本の指に入るくらい——不良高校に進学したらしく、高校生のころ、姉はずっと
「なんで」
「もう会えない」
「頭、いいはずなのに……」
と、ずっと嘆いて落ち込んでいた。
本気で落ち込んでいた。
どうしても、忘れることができなかったようだった。
……
姉がその男の子と初めてデートをしたという日の夜、麻衣子にそっと打ち明けてきた。
——「あのね……お母さんとかには絶対に秘密よ」
「城ヶ島に行って来たの……」
「白い灯台の灯りがともりだすころ、西の空に一番星が輝いてた……夕方の海……綺麗だった……」
「彼、手を握ってくれたの」
「諦めなくて、良かった……」
と嬉しそうに語っていた。
高校生のころには決して見たことがない、ようやく心から好きな男性にめぐり逢えた女性の、大人びた幸せそうな表情だった。
——ダンだった。
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第三章 悲しみはまだ幾重にも
梅雨が明けたかのような蒸し暑い日だった。
過呼吸やパニック障害のため、自宅近くにある心療内科クリニックに定期的に通っており、その受診日だった。
ひとりで電車に乗るのは、ひと駅でも自信がなかった。
——自分自身の体調さえも腹立たしく感じられ、そのことまでもが苛立ちの原因のひとつのように思えた。
クリニックは予約制だったが、少し混み合っていた。
待合室のソファーに座って診察の順番を待っていた。
適度に調整された空調が心地よく、うとうとしていた。
……
姉の真理子が、バイクに跨っている。
ヘルメットの襟足から流れる長い髪が陽に照らされ、金色に燦めいていた。
——幾度も目にした光景だった。
バイクにはまったく興味がなかった麻衣子にとっても、姉がバイクに跨っている姿は格好いいと感じられた。
妖艶な美しさだと思った。
麻衣子には詳しいことはわからなかったが、白いタンクに青いストライプがあった。
自分には怖くて、そこまでの勇気はなかった。
……
ただ、姉がバイクでどこかへ行ってきたという話は、麻衣子にとっても新鮮で、楽しいことだった。
姉妹ふたりきりのとき、姉はダンのこともよく話してくれた。
恋愛や交際は、文字どおり姉が先輩だった。
麻衣子もわくわくしながら聞き、憧れや、すこしの羨ましさもあった。
……
姉が初めてダンを両親や麻衣子に紹介した日、麻衣子も初めてダンと言葉を交わした。
麻衣子は二十四歳だった。
ふたりは「結婚したい」ということで、ダンが両親に挨拶に来たのだった。
とても感じの良い、姉と同い歳の男性だった。
姉が好きになったのも自然だろうと思えた。
……
姉は屈託なく紹介した。
「麻衣子、いつも話してるダーちゃん」
「ダーちゃん、妹の麻衣子」
ダンは、姉妹があまりに似ていることに少し戸惑った様子だったが、すぐに打ち解けて話しかけてくれた。
——ダンは微笑みながら、
「いつも、お姉さんからお話を伺っています」
と丁寧に言ってくれた。
姉は嬉しそうにダンを見つめていた。
その言葉さえ嬉しかった。
……
麻衣子も、姉を慈しむ繊細な感性を持ちながら、バイクという危ういものを自在に操るダンに、無意識のうちに惹かれていた。
このときから、ダンは麻衣子にとっても特別な存在になっていった。
姉から聞くふたりの話が、妙に具体的な生々しい現実を伴った出来事として受け止められていく自分がいた。
両親にふたりの結婚を否む理由などなく、ダンを気に入り、とても喜んでいた。
麻衣子も、ダンを自然に「お義兄さん」と呼ぶことができた。
とても嬉しく、そして誇らしかった。
(いつかはダンのような男性と……)
そう思っている自分がいた。
ただ、そのころは、
(早くダンのような素敵な男性が現れたら……)
という思いだった。
……
——「諸星さん、諸星さん」
クリニックの職員が、診察の順番が来たことを告げていた。
いつも見る夢だった。
姉の夢だった。
あのころの幸せそうな姉が、いまもすぐ傍にいるような夢だった。
そして、夢の中で、姉はいつも優しく麻衣子に呼びかけてくれていた。
そんな夢だったせいか、麻衣子は問診をする医師に答えながらも、心には別の光景が浮かび上がっていた。
姉の事故があった日のことだった。
今でも鮮明に覚えている。
……
夜、自宅の電話のベルが鳴った。
電話に出たのは麻衣子だった。
電話の呼び出し音は、今でも苦手だった。
——胸が締めつけられる。
電話は戸塚警察署からだった——姉が運転するバイクがどこかの交差点で車と衝突し、姉が大船の総合病院に救急搬送されたという。
意識がなく危険な状態であるとも。
父が運転する車で、両親と三人で病院へ駆け付けた。
忘れたくとも、離れていかない光景だった。
……
処置室の前には、制服姿の警察官がいた。
既に医師はひととおりの手を尽くしてくれていたようで、全身打撲でとても危険な状態であると説明していたが、頭には入ってこなかった。
処置室に入った。
大好きな姉であり、麻衣子を誰よりも信頼し、理解してくれていた。
家族を明るくしていた姉が、静かに横たわっていた。
両親が声をかけていた。
麻衣子も泣きながら、
「お姉ちゃん……」
と声をかけた。
涙が止まらなかった。
姉の口が「ダーちゃん」と動いたように見えた。
医師が処置室の外へ出るよう促した。
医師から、姉が亡くなったことを告げられた。
現実を見ている感覚がなかった。
悪い夢であってほしいと思った。
父は気丈に振る舞ってはいたが、ダンに公衆電話から連絡を入れた直後、その場で泣き崩れていた。
⸻
第四章 鏡の迷路のように
家の中は、まるで火が消えたようだった。
両親はテレビすらつけようとはしなかった。
両親も麻衣子も、口数が少なかった。
何かを言葉にすれば姉の話になってしまう。
そのことが却って鋭い刃となって、傷を抉り出すように感じられた。
ただ、毎月、姉の命日になると、ダンが自宅を訪れてきてくれた。
……
ダンは姉を忘れられない様子だった。
だが、両親や麻衣子にとっても、ダンと接することは、どこか姉の面影に触れられる思いでもあった。
命日だけではなかった。
新盆はもちろん、彼岸の墓参り——湘南霊園だった——にも一緒に出向いてくれた。
一緒にいてくれることに、どれほど力づけられていたのかわからない。
……
母などは、居もしない長男でも見ているかのような眼差しだった。
そんな母の姿を見ている父も、嬉しそうだった。
(両親も、自分も、あのころ、ダンの行動にどれほど心が救われたかわからない)
姉が選んだ大切な男性ということが、両親や自分自身にとって、誰よりも身近な存在となり、もっとも強い支えになっていた。
……
一方で、姉の影に引き寄せられるように、ダンに惹かれていってしまう自分もいた。
「姉は死んだ……」という酷い思いが心に浮かんだことがないと言えば、嘘になる。
ダンは自分に姉を重ねているかもしれない。
そう思った。
その覚悟はあった。
……
夜、父が自宅で吐血して倒れた。
思わず、ダンの家に電話を入れてしまった。
泣きながら、お義母さんに、父が近くの国立病院へ救急搬送され入院したことを伝えた。
お義母さんは、「ダンを直ぐに行かせる」と優しく声をかけてくれた。
ダンが父の運ばれた国立病院へ来た。
ここは実家の近くにあり、元は海軍病院だったが、戦後は国立病院として高度医療を担う地域の基幹病院となっていた。
……
ダンの姿を見るや、廊下で思わず駆け寄り、しがみついていた。
ダンは家から走って駆け付けてくれたようだった。
――激しく脈打つ鼓動を感じた。
このとき、麻衣子は初めて自身の思いの深さに気づいた。
父が亡くなった後も、姉の命日になると、ダンは母や麻衣子を気遣って訪ねてきてくれた。
(ダンは、私のことも見てくれている)
そう感じられた。
……
ダンと麻衣子は互いに惹かれ合い、結婚した。
ただ、自分だけが恵まれて本当にいいのかという後ろめたさがあった。
罪の意識と言い換えても、言い過ぎではなかった気がする。
かといって、ダンから遠ざかるなど、とてもできなかった。
——姉が誰よりも愛した、姉の婚約者だった男性と。
どこかで、姉の死を望んでいたのではないかという罪悪感さえあった。
……
ダンと結婚し、遥奈が生まれた。
母は手放しの喜びようだった。
——「幼いころの真理子によく似ている」と、いつも言っていた。
性格も、活発な行動傾向も。
……
そんな母も、遥奈が一歳になった年の冬、突然の脳梗塞で倒れ、亡くなってしまった。
自宅で倒れていたのを、近所の仲の良い方が回覧板を届けに来て発見したのだった。
……
遥奈はだんだんと成長し、幼いころから真理子の生き写しのように映った。
——姉妹が幼かったころの景色を見ているようでもあった。
ダンが遥奈を可愛がる様子を見ると、「姉とダン」を見ているような思いがした。
胸が苦しくなった。
——姉から「あざとい女」「もっと苦しみなさい」と言われ続けている気がした。
(違う。そんなことではなかった……)
(……互いに、惹かれ合って……)
そう信じていた。
ただ、幼い娘に対してさえ、嫉妬に似た感情や後ろめたさを抱くようになっていた。
……
最初は、夜、息苦しさや冷や汗に襲われ、「死ぬかもしれない」と思った。
筋肉が硬直し、動けなくなった。
思わず救急車を呼んでもらい、ダンも幼い遥奈を連れて一緒に救急車に乗り込んだ。
——過呼吸の発作だった。
……
中学生や高校生になった遥奈は、人目を惹く娘へと成長した。
母親としては誇らしかったが、その姿は、あのころの姉と重なった。
ダンの言動のすべてに姉を重ねてしまう自分がいた。
姉の事故の日の光景が離れず、気持ちを苛んだ。
幸せであればあるほど心が苛まれ、苛立ち、ダンにも強い口調で当たってしまった。
そのような光景を目のあたりにしている遥奈にもつらい思いをさせていた。
もう二度と大切な家族を喪くしたくないという思いが、麻衣子を占いや方位取りに縋らせた。
遥奈には姉の悲劇を知ることなく生きてほしいと願った。
……
遥奈が高校生のとき——ダンと遥奈が浜名湖のライディングスクールでの練習を終え、その近くにあるという、日帰り温泉に寄って、夜遅く帰宅する。
ふたりが仲良くバイク練習の話をしている。
後輪の荷重をどうするとか、セルフステアがどうとか、手はステアリングに添える程度だとか……。
——何を言っているのか、意味はわからなかった。ただ、羨ましくもあり、その楽しげな様子には嫉妬もあった。
だいたい、バイクのステアリング——ハンドル——って、両手で力強く、しっかり握り込むんじゃないの……でないと危ないじゃないの……とさえ思った。
——ふたりは、上体や腕は脱力させ、力を入れない自然体が大切なんだ……バイクの動きに委ねるのが……と教えてはくれたが……。
そんな嫉妬のような思いを抱く自分を責めたり、苛立ったりさえもした。
姉とよく似ている自分の姿さえ、見るのが苦しかった。
——どこに目を向けても、そこに姉がいるような、四方を鏡で囲まれた部屋に迷い込んだようでさえあった。
……
遥奈がツーリングでひとり訪れていた場所は、遥奈にとって、親子三人が揃っていたもっとも幸せな日々なのだろう。
たとえ、自分が苛立ちからダンを責める場面があったとしても。
(……遥奈には、ずっと不憫な思いをさせている)
映画『砂の器』で、父の病が原因で村を追われたとはいえ、名前すら変え過去を捨てた和賀英良が、何十年経っても父との旅の中での触れ合いをかけがえのないものとして抱え続けていたように……。
(自分は何をしているんだろう……)
麻衣子は、そう思い始めていた。
⸻
第五章 思い置き忘れたまま
夏も本格的になってきた七月の中頃だった。
別れて暮らしている夫から、LINEが入っていた。
夫であるダンは、一、二カ月に一度は実家がある横浜の外れまで、年老いた両親の様子を見に出向いていた。
その折、今は空き家となっている麻衣子の実家を訪れては、室内の空気を入れ替え、掃除までしてくれていた。
彼は、一緒に暮らしていたときも、さり気ない気づかいが多く、自分がしていることを多く語るタイプの男性ではなかった。
LINEには、こう書かれていた。
「お義母さんが大切にしていたと思われる、千代紙で化粧された箱があります」
「写真やアルバムが入っているようです」
「差し支えなければ送りますが」
あっさりとした文面だった。
……
以前から実家の母の部屋にあったものだ。
——母が写真やアルバムを入れていた美しい箱だった。
母が生きているころから知ってはいたが、ダンと結婚してからは多摩で暮らし、遥奈の子育てにも追われ、いつの間にか意識の外にいっていた。
置き忘れていたものだった。
麻衣子は、短く返した。
「連絡を入れてくれてありがとうございます。送っていただけたらと思います。お手間をかけますが、お願いします」
……
ダンからLINEがあった夜、姉の夢を見た。
姉が中学二年生で、麻衣子が小学校六年生の夏休みだった。
父が運転する車で、家族で下田へ行った。
白い砂とエメラルドグリーンに輝く海が印象的な海水浴場だった。
大勢の人で混み合ってはいたが……。
夜、旅館で、布団が敷かれた部屋で姉と枕を並べて横になっていた。
姉は気になる男の子——ダン——の話を、嬉しそうにしていた。
——「夏休みで、ダーちゃんに会えないのが寂しいな……」
中学生って大人なんだなって思った。
麻衣子は、単純に、夏休みって長いほど楽しいじゃない……って思った。
……
(遥奈がツーリング旅から帰って来てから、これまでになく姉の夢をよく見る……)
まるで、姉が何かを伝えようとしているようにも思えた。
そう感じられた。
ただ、昔から、夢で逢う姉は、なぜかいつも優しかった。
……
数日後、アルバムが入っている美しい拵えの化粧箱が届いた。
丁寧に梱包されていた。
ダンがしてくれたのだろう。
その夜、
(……下田への家族旅行の写真もあるかしら……あの白い砂浜の……)
と思いながら、麻衣子は千代紙で飾られた箱を開けた。
厚手のアルバムに挟まれて、浅葱色(あさぎいろ)の柔らかい合皮製のファスナー付きノートケースがあった。
ケースの中には、二冊の大学ノートが入っていた。
……
亡き母の日記だった。
浅葱色——母が若いころから好きだった色だ。
何年も経っているはずなのに、色褪せた感じがしなかった。
まるで、いつか、麻衣子に渡せるように母が用意していたもののように思えた。
……
姉の事故をきっかけに、母が書き始めたものだった。
——幼いころからいつも目にしていた、懐かしい、母の達筆な文字が並んでいた。
父や麻衣子の様子、ダンが訪ねて来てくれていることが綴られていた。
父が吐血して入院してから、母は、毎日夕方、病院へ通っていた。
入院は、ひと月にも満たなかった。
……
父が亡くなる数日前の日のことだった。
見舞いに訪れた母に、父が語った言葉だった。
——「このごろ、真理子が夢に出てきては言うんだ」
「ふたりは私のせいでお互いの気持ちを閉ざしているの。お父さん、麻衣子とダンを幸せにしてあげて、と言われた……」
……
父は、残された娘・麻衣子、そして妻を、夢の話などには一切触れず、自らの言葉だけでダンに託し、安堵して逝ったようだった。
——あの頃、ダンと麻衣子のふたりの様子から、父なりに感じていたものがあったのだろう。
きっと、父の願いのような思いだったのだろう。
ただ、そのころはまったく知らなかった、父の優しい思いやりに触れ、涙が溢れてきた。
……
しかし、そんな麻衣子の思いは、根底から覆されることになる。
日記は続いていた。
——目で追っている母の文字が、涙で滲んでいた。
それは、母が亡くなる数日前に綴った文字を目にしたときだった。
……
麻衣子は、父が見たという夢が、ただの夢を語っていたのではないことを知り、心が震えた。
——日記の最後に綴られていた文章だった。
母が死ぬ数日前に、そして明らかに麻衣子に向けて遺した言葉だった。
母が、亡くなる直前になって、意味も何も知らぬまま、日記に綴っていた言葉を目にした時だった。
——(嘘でしょ……どうして、父が……)
(こんなことって……)
という思いとともに、姉がずうっと、彼方から父を通じて、麻衣子に声をかけ続けていたことを知り、涙がとめどもなく溢れてきた。
もはや、涙は止まることを知らなかった……。
……
そのときだった。
——「やっと、気がついてくれたのね……あの人のこと……救ってくれたの……あなたよ」
仏壇のある和室から、姉の懐かしい優しい声が聴こえ、麻衣子の涙を拭うように、どこからともなく風がそよいだ。
⸻
第六章 追憶の欠片(かけら)
麻衣子は遥奈を、伊勢神宮への旅に誘った——ふたりで出掛けようと。
なぜか、あそこなら、姉や、そして母にも、触れられるように感じられた。
——遥奈が高校生のとき……家族三人で訪れたときもそうだった。
……
母とふたりで旅行に出向く機会は、ついに持てなかった。
母には申し訳ないことをしたと、ずっと感じていた。
それは、遥奈に対しても同じだった。
……
麻衣子は、亡き母が遺してくれた浅葱色のノートケースに入った日記を持って来ていた。
——ふたりの娘を持ちながら、母を、女三人での旅行にすら連れて行けなかった。
姉も、自分も、母には何もしてあげられなかった——とんだ親不孝だと思った。
遥奈はふたりで旅に出ることを、驚きながらもとても喜んでくれた。
——嬉しそうだった。
……
広場恐怖症といって、人混みに限らず、飛行機や列車のような閉ざされた空間だと不安になり、過呼吸の発作を起こしやすい。
ただ、近くに信頼している親しい人がいると、幾分ではあるが発作を起こしにくいと感じていた。
麻衣子にとって、それは遥奈か、ダンであった。
遥奈がいてくれるなら、伊勢まで行ける——そんな自信も出てきた。
……
八月の初旬も過ぎたころ、麻衣子は、遥奈とふたりで、伊勢へ出掛けた。
——東海道新幹線で名古屋まで行き、近鉄線の在来線に乗り換え、伊勢市駅に行く。
伊勢市駅に着いてからは、遥奈が運転するレンタカーで移動した。
前日の午後には到着し、遥奈とふたりで外宮に参拝した。
夜は、あの日、家族で泊まった「斎王の宮」ホテルに宿を取った。
母と娘のふたりきりで、初めての旅の夜だった。
……
翌日の午後、お盆も近く、観光客で混み合う「おかげ横丁」を遥奈と肩を並べてゆっくり散策しながら、外側の鳥居へ向かった。
ところどころの土産物店の店先に、華やかな伊賀の組紐が並べられている。
そのきらびやかな色彩が、麻衣子にもあの日を思い出させた。
鳥居の前で一礼し、端を歩いて宇治橋を渡る。
五十鈴川——御裳濯川(みもすそがわ)とも呼ばれ、内宮の西の端を流れ、伊勢の海に注いでいる。
橋の中ほどで立ち止まり、欄干から下を流れる川面を見た。
湧水のように澄んだ水だった。
……
昨晩、ホテルの部屋で、遥奈から思いがけず告げられた話が思い出された。
この七月、遥奈はひとりで「横浜のお義母さん」を訪ねたという。
バイクなら、国道1号線を南下し、原宿の交差点を左折して、少し先で南東へ入る。しばらく走ったあたりだ。
麻衣子の実家も近くにあり、遥奈が走った道はおおよそ見当がついた。
その原宿の交差点から続く道の先に——約2キロほど先に——姉があの事故で命を落とした田谷の交差点があった。
何の変哲もない田舎町の交差点だったが——麻衣子には、あの日以来、そして多摩で暮らすようになって離れてからは一層、近づくことすらできなかった。
ダンの実家は、田谷の交差点から直線距離で約1キロほど離れた処だった。
遥奈の行動力は、どう見ても「姉譲り」だった。
……
夕方、玄関ベルを鳴らすと、お義母さんが出てきた。
遥奈とは二十年近く会っていなかった。
ひと目見るなり、
「遥奈かえ」
と涙ぐみ、すぐ家に招じ入れた。
遥奈が「おばあちゃん……」と呼ぶと、
「何も言わんでええ」
と言いながら、ただただ
「お母さんの加減はどうじゃ?」
と麻衣子の体調を気づかってくれていたという。
……
家にはお義父さんもいた。
お義母さんが遥奈の話し相手になり、お義父さんがお茶を淹れてくれる。
ダンの実家では、昔からよく目にしていた光景だった。
遥奈は、お義母さんと姉・真理子の話もした。
あの事故の夜、お義母さんとお義父さんもダンと一緒に病院に駆けつけたことも——。
あのときの麻衣子さんとご両親には、慰める言葉さえ見つからなかった……と。
……
「あの事故があった田谷の交差点は……ここからほんの先なんじゃよ……わたしらも、夜、大船の総合病院に駆け付けるとき、何も知らずに車で通ってしまった処なんじゃ……」
「この辺りから大船の総合病院へ向かうには、あの交差点を通るしかなかったんじゃ……」
「麻衣子さんや、ご両親も、そうだったと思うぞ……」
「後で、わかったときは、口惜しいやら、酷いことをしてしまったやらと、ずうと思うてて……」
「麻衣子さんがこっちの方へ来れん気持ちはようわかる……ほんに仲のよい姉妹じゃったから……」
お義母さんは、涙ぐみながら、そう告げたという。
……
父が倒れ救急搬送された夜のこと——お義母さんは少し微笑みながら言ったそうだ。
麻衣子が思わず、ダンの実家に電話をかけてしまった夜のことだった。
——「あの夜、ダンのヤツは狼狽えてのお……。『麻衣ちゃんの傍(そば)にいてあげなければ……』って言いながら家を飛び出していきよったんじゃよて……風呂から上がったばかりでパンツも履かずに……あっ、服は着てた……はずだぞ……たぶん……」
……
それから一年ほど経ったころ、ダンが
「麻衣子さんと結婚しようと思う」
と伝えてきたときは、本当に安堵したと語った。
——「あれも、あのころから麻衣子さんに惹かれてたんじゃな……」
……
さらに、お義母さんは続けた。
「あいつは……高校三年生だった秋……仲の良かった友達がバイク事故で死んでてな……そのことを真理子さんに言えなくて……伝えていたら、何かが違ったはずだった……といつも言っておった……」
「ずっとえらく責めてて……いつ死んでもおかしくないような……そんな息子を救ってくれただけでなく、こんなに綺麗な孫まで授けてくれて……。麻衣子さんには感謝しきれないんじゃ……」
……
「……麻衣子さんにも、亡くなった真理子さんにも、よう似ている……」
——「あいつが真理子さんと結婚することになってから、真理子さんと一緒によく麻衣子さんもここに遊びに来ていたんじゃ。仲が良くて楽しそうだった。いっぺんに綺麗な娘がふたりもできた気持ちじゃった……」
「そこにいる祖父さまも、そうじゃ」
お義父さんは、ただ静かに孫娘の湯呑みにお茶をつぎ足してくれていた。
⸻
第七章 いまも君が現(ここ)にいるようで
宇治橋の中ほどに佇みながら、欄干から並んで川面を見つめる麻衣子と遥奈の長い髪が、午後の陽に反射して金色に燦めいていた。
ふたりは欄干から離れ、内側の鳥居に向かって、ゆっくりとした歩みを進める。
参拝を終え、橋ですれ違う参拝客らはどの人も、橋を渡る、とても美しい、よく似た女性の姿に、はっとして見惚れるかのような表情だった。
そして、みな、すれ違って振り返った後、首を傾げていた。
……
亡き母の日記で——最後に綴られていた言葉が、ふと麻衣子の心に蘇った。
母が亡くなる数日前に書いたものだった。
——「麻衣子へ。あなたがこれを読んでいるとき、私はもうお父さんや真理子のところだと思います」
そう書き出されていた。
そして続いた。
——「あれは、お父さんが亡くなる日の夕方でした。最初は、お父さんのただの夢だと思っていました。でも、今は、そうではなかったと思っています」
入院中の父が亡くなる日の夕方、見舞いに訪れた母に語った話だった。
ダンが父を見舞った後、父が最期に見て、母だけに語った夢だった。
その夜、父は亡くなった。
……
——夏の夕暮れ時……
土産物店が並ぶ細い通りを、父が真理子と並んで歩いていた。
最初、父にはどこなのかはわからなかった。
ただ、細い通りを進んで右に折れると、小高い丘へと続く階段があった。
ふたりで昇ると、すぐ白い灯台が現れた。
目の前には海が広がっていた。
遠く西には、日没直後の余光で浮き上がった伊豆半島や富士の島影が見えたという。
父はそこが三浦半島の先端にある城ヶ島だとわかったようだった。
灯台の灯りが青白く燈り始め、西の空の低い位置で、惑星がひとつ、瞬かず静かに光り始めた。
——宵の明星だった。
……
父は真理子とふたりで肩を並べ、南の太平洋、そして西に広がる相模湾の海を見ていた。
真理子がそっと父に告げた。
——「お父さん、ごめんなさい。あんなことになってしまって……」
「ここはね、ダーちゃんとふたりで初めて来たところなのよ」
「……宵の明星ね……もう西の空に沈むわ……」
「先に逝っているわね……でもね……夜の季節(とき)を超えて、明けの明星になってひときわ明るく輝くわ——きっとハルナという名で」
「その子はね……私を超えて、届かなかった遥か先を自由に歩んで行くわ……麻衣子から受け継ぐ美しい感性と一緒にね……」
「待っているわね……お父さん……」
……
母が最期に綴った言葉があった。
——「遥奈が生まれ、あなたたちがふたりで決めた名を聞いたとき……私は耳を疑いました」
「あの日、お父さんは、はっきり『ハルナ』という言葉を口にしていたの……」
「今夜、真理子のところへ逝くとも……」
「……どうしても、真理子がお父さんに頼んだとしか思えないの。だから、あの子ができなかったこと、あなたがしてあげなさい」
……
(……父が、まだ見ぬ孫の名を口にしていた……そして……)
——母が、最期の最期に、懐かしい文字で書き残してくれた言葉……。
なんとも言えない不思議さと、母の優しさが、胸の奥に静かに広がった。
……
姉がダンと初めて訪れたのは、城ヶ島の灯台だった。
あの日、ふたりは、宵の明星が輝く夕空の下、灯台がある丘から海を見ていた。
——遠い日、姉妹の秘密の話として姉から告げられた記憶があった……父や母が知るはずもないことだった。
(お姉ちゃん……)
麻衣子は涙ぐみながら歩き出した。
姉は、遠いあの日から——追憶の彼方から——、ダンに惹かれてしまい、まるで出口が見つからない迷路に入り込んで立ち尽くし、自らを責め続けている麻衣子を、ずっと呼び止めてくれていた。
……
橋を渡り終え、内側の鳥居の前で立ち止まる。
遥奈が嬉しそうに横に並んだ。
ふたりで静かに頭を下げる。
内宮の参拝の前に御手洗場(みたらし)で身を清めるため、川原へ降りた。
間近で見ると、流れは思ったより速い。
……
麻衣子は川辺にしゃがみ、手を水に差し入れた。
冷たい水が指先を押し返し、手のひらに絡みながら流れていく。
その冷たさが胸の奥まで伝わる。
透きとおる水が、淀んでいた心の澱を静かに引き剥がし、洗い流してくれるようだった。
午後の陽を受けた川面は、姉が「自信を持ちなさい」と励ましているかのように力強く流れている。
長い間抱え続けていた思いを、川の流れの先で両親や姉が受け止めてくれている——そんな気がした。
……
涙で霞む視界の中、燦めく水面から、姉が「麻衣子」と微笑んでいた。
麻衣子は姉を見つめながら静かに立ち上がった。
金色の燦めきの中で、姉は麻衣子を見つめながら優しく頷いていた。
——姉は、自らが愛した人の未来を救い、長いぬばたまの夜の季節(とき)を一緒に生きてくれた妹への、感謝を伝えていた。
……
内宮の正宮に向かう参道を、遥奈と肩を並べて歩いていた。
すれ違う参拝客らは、前から歩いて来る、とても美しい、よく似た、母娘のようでもあり、年の差のある姉妹のようにも見える、四人連れの女性の姿に目を奪われていた。
そして、誰もが、すれ違った後、思わず振り返っていた。
ただ、そこには、夏の午後の木漏れ日に髪を金色に燦めかせ、肩を並べて楽しげに歩く、ふたり連れの女性の後ろ姿が見えるだけだった。
——誰もが、見間違いだったのかと思い直していた。
……
麻衣子は、隣にいる愛娘を見て、言った。
——「今晩、何を食べようか」
手にしている浅葱色のノートケースに付けられた伊賀の組み紐——黒地に金色の細いストライプが入った模様だった——が静かに揺れていた。
(……あの人……あたしが病院で抱きついたとき、パンツ、履いてなかったのね……)
⸻
エピローグ
——御手洗場でのことだった。
雲が陽差しをかすかに遮り、川の燦めきがふと陰る。
川辺を離れようとした麻衣子が、後ろ髪を引かれる思いで振り返ると、流れのすぐそばに、真理子があのころの姿のまま佇み、微笑みながら麻衣子と遥奈を見つめている。
隣で、遥奈がほんの少し年下の伯母に向かって静かに会釈をしていた。
享年二十七歳。
——「麻衣子……」
「あんた、歳、とったわね」
と、しみじみ。
「……うるさいわよ」
涙声で、麻衣子は答え、続けた。
「あんたにだけは言われたくないわよ……」
「だいたい、あんたがバイクをぶっ飛ばして、勝手に死ぬから……あとが大変で……」
涙で声が震え、言葉が続かなかった。
「ごめん……この間、お母さんからも叱られた……『遥奈を怖がらせるような出方をするんじゃないわよ』って……」
と真理子……。
……
ひとり娘の遥奈には、母と伯母の軽口のやりとりが羨ましかった。
遥奈はふと思った。
——今夜、ホテルから父に「明日の夕方、東京駅まで車で迎えに来てほしい」とLINEを入れようと——麻衣子の体調を慮ってのことだった。
——父は喜んで来てくれる。
たぶん、パンツも履いてくるだろう——松江のお土産で渡した卓上カレンダーを見ながらビールを吹き出している父の顔が浮かんだ。
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第三篇のあとがきに代えて
五十鈴川——
午後の陽に燦めく川面から、亡き姉が、愛しい妹と娘だったかもしれない姪に向けて贈り続けていた彼方からの想い。
そんな切ないまでの想いをのせた川面を流れる風が、そこに佇むふたりの髪を撫でるように、いつまでも揺らしていた。
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物語のあとがきに代えて——全国の真理子さんへ
かつて、ほぼ毎週のように、日曜日になると数多(あまた)の宇宙人による侵略から地球を救い、傷ついた自らの身体を治すため、明けの明星が輝く東の空をひとすじの光となって故郷に帰るひとりの宇宙人男性がいました——モロボシ・ダン。
この物語は、そんな美しくも切ないイメージを基に書きはじめたものです。
物語のタイトル、および作品中でも出てくる「夕星」は「ゆふづつ」と読み、万葉の昔より「夕暮れの金星」を意味します。
夕星(ゆふづつ)も
通ふ天道(あまぢ)を
いつまでか
仰(あふ)ぎて待たむ
月人壮士(つきひとをとこ)
(万葉集・巻10・柿本人麻呂)
——織姫と彦星の逢瀬を歌った、七夕の歌のひとつとされています。
「沈みゆく夕星(真理子)が、長いぬばたまの夜を超えて、暁時(あかとき)の光を連れ明星(あかぼし)——明けの明星(遥奈)になって輝く」——そんな光の輪廻に、失われた者と遺された者の想いを重ねています。
「真理子の切ないまでの想い」——自らが愛した人の未来を救ってくれたことへの心からの感謝——がいまを生きる者にも感じられる、本作品の根底に流れている感性は、中森明菜さんの楽曲『Lotus』(作詞:新屋豊)に大きく影響されており、作品タイトルや作品中のフレーズとして引用させていただいています。
初めて耳にした瞬間(とき)から惹かれ、以来、心から離れて逝かないだけではなく、写真や文章といった創作活動全般に渡って感性の源になった楽曲でした。
——本作品の設計図と言っても過言ではありません。
月灯りだけの水面に浮く睡蓮を見ては、もうこの世にいないはずの誰かが現(ここ)にいるかのように感じている——どこかで真理子の想いや面影を感じる——そんな祈りにも似た想いを込めて綴りました。
物語を通して、いつもそこにいるかのような「不在の主人公」とも言うべき女性——真理子——の想いが、読まれた方の心の片隅に少しでも残れば幸いです。
どうか、是非、この楽曲——『Lotus』——を聴いて読んでいただけたら、望外の喜びです。
*楽曲引用・オマージュについて
本作のタイトル、各篇の章題——殊に第三篇——、そして作品中の「いまも君が現(ここ)にいるようで」は、中森明菜『Lotus』(作詞:新屋豊/作曲:新屋豊/編曲:新屋豊、収録アルバム『FIXER』2015年、ユニバーサル ミュージック)より、批評・紹介の目的で引用・参照させていただきました。
作品中の「モロボシ・ダン」にまつわるエピソードは、名作テレビドラマ『ウルトラセブン』への敬愛を込めたオマージュとして描いています。
改めて、深い感謝と敬意を表します。
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——生明 ひかり(Azami Hikari)
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『夕星(ゆふづつ)——いまも君が現(ここ)にいるようで』は、創作大賞2026・ファンタジー小説部門への応募作品です。
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