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1520ルーメンの暗い常盤 ⑤


夏休みの約束

 
『……テントの中で、激痛を感じ目覚めたとき、全く身動きが取れないことに気がついた。暗闇に目が慣れてきて、周りの様子がうっすらわかるようになり、見回してみると、足元に誰かが立っている』
「ひぃ……」

『動けない理由はすぐにわかった。足が石のような硬いもので、何百回も、叩き潰されたかのようにグチャグチャに潰されている。麻酔のようなもので眠らされていたのだろうか。意識がはっきりとしてきた途端に足の痛みが体中を支配する。
足元に立つ人間の手元を見ると、血の付いた石が両手に握られていた。あれは多分、私の血なのだろう』
「うぅうぅ、どんな感じかな……」

「羽村は近くの橋ノ下キャンプ場行った事あるか? あそこでテントで寝てるときの感じを思い出して。
テントの中の、屋外と屋内の中間のような、独特のひんやりした空気がほっぺたを流れていく。もう動かせなくなった下半身が、生温かい自分の血の温度を、感じ取る。夜と土と草のにおいがして……その中に鉄みたいな自分の血のにおい。虫の声がやたらと耳につく……。続けるぞ」
「う……うん」

『「ごめんなさいね。手も、念のため動かせないようにしておかないとね」と言いながらその人物が持っていた石を振り上げる。女性の声。この声は……と思う間もなく
ゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッ……
右腕を、何度も石で打ちつけられる。絶え間なく続く激痛に、声も出せない。浅く繰り返す呼吸が、自分のものではないような感じがする……』

 ……やっぱり、上手い。
 そして常盤は擬音の言い方がリアルだ。僕はあまりの恐怖に自分の肩を抱きしめるポーズをとる。

 常盤に読んでもらう話は、ホラーやミステリー系も最高に良かった。
 ホットケーキの件があってから、なんとなく「空想食べ」系は避けていたが、相変わらず、常盤に読んでもらう時間は続いている。

 今、僕が読んでもらっている本は、漫画以外読まない僕が、読みやすいからと仁に勧められて何年かぶりに読んだ小説だ。人気のYouTuberが出して大ヒットした本。
 確かに読みやすいし、面白くて怖くて、僕は夢中で読んだ。読み終わった後しばらくは、寝つきが悪くなったりした。
 
 常盤に話してみたら読みたいというので、この小説とブルーダークの5巻までを、ブルーダークのスピンオフ小説と交換で貸し借りした。

 そのミステリー小説の一番怖い、山場の場面。事件の真相に迫る男が、テントのなかで犯人に殺される場面を読んでもらっている。
 僕と常盤は、まるでテントの中にいるみたいに、息をひそめてそれを覗いていた。ほんの少しでも物音をたてたら、気づかれる。あの血だらけの石で、僕らもやられる。息もできないような緊張感を感じながら、恐怖に震える……。
 
 

「ねえ!」
「ぎゃあああああああああああ!」
 突然声をかけられて、僕は絶叫してしまった。

「うるっさ! 何!? 羽村くんびっくりしすぎじゃない? あなたたち、図書委員さんでしょ? 働かずに本読んで! 仕事しなさいよ~!」
「さ、佐根さん、……かぁ」

 僕の口から情けない声がでる。びっくりしたのはこっちだ。あの殺人鬼の女の人に見つかったかと思った。仕組まれたみたいなタイミングで声をかけてきた佐根さんが、にくたらしい。
 横を見ると、常盤も顔を伏せて心臓を押さえていた。

「えー? ふたりとも大袈裟な。一緒に怖い本を読んで夢中になりすぎちゃった? 仲良しじゃん」
「そうそう……で、どうしたの佐根さん、部活は?」
「今日は休みの日なんだ。で、ほら2学期に移動教室あるでしょ。長野県の諏訪湖。あそこが舞台のコレ、本でも読んでみたくて借りにきたの! 夏休みになる前に、ね」
「ああ、そうなんだ」

 佐根さんは超有名アニメ映画の小説版を手にしていた。そして「常盤くん、この本貸し出しよろしくー」と言って渡し、常盤が本のバーコードを読み取っている。

 本は口実で常盤に会いにきたっぽいな。
 常盤はモテる。佐根さんは明らかに常盤を意識してるし、図書委員のなかの女子も、何人か常盤に憧れてる。
 全然羨ましくなんてない。

 じゃーねーと言って佐根さんが帰っていった。
 あの映画、そういえば本にもなっているんだったなと思い、今度借りてみようと思った。常盤の影響で、最近やたら本を読んでいる気がする。
 ……ところで。

「さっきの怖いシーン、まじでヤバかった。常盤、実は殺人したことあるんじゃないかって思っちゃたよ」
「そんなわけねーだろ……」
「本当すげーよなー! その常盤の才能ってなんなんだ? どうやったら想像力がそんなに豊かになるの?」
「いや、別にすごくない……。単に感動したり羨ましいなとか思ったシーンは、頭の中で想像するとちょっと満足するんだ」
「ふーん……?」
 よくわからないけど。やっぱ天才ってことか? 僕もできるようになりたいけど、すぐに習得できるようなものでも無さそうだな。

「そういえば、常盤はさっき佐根さんが借りてった本の映画観た?」
「いや、映画は観てないけど本で読んだ」
「うっそだろ! 本が先なんて人、いるんだ!?」
「え? 本が原作じゃないのか? 本も面白かったぞ」
「映画が大ヒットした後ノベライズされたんだよ! 映画、配信でも観れるから観てみなよ」
「うち配信サービス何も観れないからな……」

 また、ちょっとした違和感。ホットケーキのときと同じ違和感だ。
 配信サービスに入っていない家なんて、今どきあるのだろうか。いや、あるとは思うけど。だけどホットケーキのときと同じで、「え、アマプラも? 配信サービスなかったら何も観れないじゃん~」と、なんとなく気軽に聞けないのだ。

 僕は思い切って、ずっと常盤に言いたかったことを言ってみようと思った。

「あのさ、じゃあ夏休みに一緒に観ない? 僕タブレット持っていくから。
そんでさ、常盤と一緒に行きたい店があるんだよね。星田珈琲」
「え? コーヒー屋?」
「知ってた? あの店のホットケーキ、すーっごいおいしいんだよ! ずっと食べてほしかったんだ。そんでイヤホンつけて映画観てさ、2時間くらいなら居ても大丈夫だろ」

 もうすぐ来る夏休み。習慣になった常盤との本の時間が無くなるのも嫌だったし、夏休み中も、市立図書館に行ったり、常盤と遊べたらいいなと思っていた。

 常盤は少し考えるそぶりをしたあと、小さい声で言った。
「……行きたい」
「そ?! 良かったー行こう! でも常盤スマホ持ってないんだっけ。どうやって連絡取ろう」
「実は、持ってる。LIMEも入ってる。連絡先の交換とか、面倒だから言ってなかっただけ」
「え、マジで? じゃあ僕には教えてよ」

 こうして常盤の連絡先と、夏休み中の約束をゲットできて、夏休みの楽しみがひとつ増えた。
 


小さな世界

 
「え、うそだろー!」
「ありえん! 本当に?」
「え、うん……」
 
 夏休み目前のある休み時間、僕がトイレから戻ってくると、常盤の席のまわりに佐根さんと仁、あとクラスメイトが2人ほど集まっていた。何やら楽しげな雰囲気だ。僕はさっそく話しかける。

「なになに、どしたのー?」
「いや常盤くんが、新幹線も飛行機も乗ったことないっていうから」
「俺なんて、ただ新幹線や電車に乗るためだけの旅行に連れて行ってもらったりするけどな」
「鉄道オタクのお前はまた別だよ! とにかく、常盤レアキャラだなーって今盛り上がってたんだよ」

 常盤を横目で見ると、苦笑いをしていた。
 なんとなく、重苦しいイヤな感じがお腹にせり上がってきた。佐根さんは常盤を気に入ってるし、イヤな奴じゃない。みんなも心からバカにしたりしてないんだと思う。でも……。

 なんか嫌だな。この感じを僕は知っている。
「こんなの、自分だけなんだ」って思うのは、実はみじめで心細い気持ちになる。

 マルバツクイズで自分だけが反対の答えを選んでしまい、いつのまにか自分だけだったとき。「絶対におまえは間違ってる」と言われてるみたいな気持ち。
 自分で思うだけでも辛いのに、人から「お前だけだぞ」なんて言われるのはダメージを受ける。
 
 
 

「やまうめ~は♪ どこだって~えがおさき みだれ~るぅ♪」
 いきなり、僕らの住む山梅市歌【小さな山梅】を歌いだした僕を、みんなが見てくる。ちょっと恥ずかしい。
 
「やまうめ せまい~、やまうめ いいまち~、やまうめ たのしい~♪ ただ ひ~と~つ~♪
……っていう市歌の歌詞があるでしょ?」

「ん?」というみんなの呆れた顔。
「はぁ? 何言ってんだ、優太は」
 仁が笑いを堪えた変な顔で聞いてきた。

「僕あれ、勘違いしてたんだよね。『山梅市は、狭くて良い町で楽しいけど、ただひとつ問題があったのです』だと思ってた。だってさ、よく漫画とかのキャラクターでいるでしょ。
文武両道、容姿端麗。神が二物以上与えたかのような完璧な人間なのに。ただひとつ……性格だけは最悪だったのです。みたいなやつ」

 みんなの呆れた顔がニヤついてきたのを確認しながら僕が続けけた。
「だから、このあと “この町の、ただひとつの問題” が発表されるんだと思ってたけど、そんな歌詞なかった。え、そんな勘違いしてたのって僕だけ?」

 
「はぁ~~? おまえだけだよ~!」
「なんなん、その勘違い。初めて聞いたんだけど」
「あほだー」
 どっと笑いが湧いた。良かった、ウケた。

「はは、変なの」と常盤も笑ったので、みんなが一斉に常盤を見た。
 ドキッとしているみんなの気持ちが手に取るようだ。
 わかる。常盤が笑うと、何かを許されたみたいな気持ちになる。

「確かに、自分だけかも、みたいの結構あるよね」
「そういえば私も小さいときに……」

 自然と話題が反れていったのでホッとしていると、常盤と目が合い「変なやつだな」と言われた。

 馬鹿にされちゃったけど、小さい頃の勘違いを披露して、良かった。
 ホットケーキを食べたことがなかったり、高速な乗り物に乗ったことがなかったり、中学生なら当たり前にありそうな体験が無いことは、気にはなるけど、それで常盤を決めつけるような話じゃない。

 ……あー、はやく常盤と、ホットケーキ食べにいきたい。
 

 


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