冬のはじまりに 霜月掌編
吐く息が白い。
遠く峰を連ねる北アルプスのてっぺんは、うっすらと雪を纏っている。
いつのまにか、冬が近づいていた。
「そろそろタイヤ変えないとな。明日あたりやるか」
「そうね」
金曜の朝。
出勤前の夫の言葉に、花村志桜里は曇天を見上げてうなづく。
いつ初雪が降ってもおかしくない空模様だった。
信州の秋は短い。
11月に入って、急に寒くなった。
日没後にストーブを焚く日が増えて、あたたかい鍋物やおでんが美味しいと感じられるようになった。
ふたりが住む中信地域は、信州の中でも比較的降雪量の少ない地域だ。
全国版の天気予報で表示される『長野』は長野市。北信地域で雪が多い。
天気予報で長野に雪マークが表示されると、長野県全域で降るように思うだろうが、南北に長い信州の天気は地域によって大きく異なる。
他県に住む友人たちからは、志桜里が住むあたりも雪が多いと思われているが、実際にはそれほどではない。
とはいえまったくのゼロではなくて、1月2月に3、40cm積もる年もあれば、85cmの大雪に見舞われて車が埋もれた年もあった。
ちょっとした積雪でもノーマルタイヤで走るのは危険だから、この時期になると所有する車2台のタイヤをスタッドレスに履きかえる。
車がないと買い物にさえ行けない地域なので、車はそれぞれ一台。もちろん夫の通勤も車だ。
家の裏には冬用タイヤを保管するための物置がある。
賃貸アパートにタイヤ保管用の小さな物置が標準で設置されているぐらい、日々の暮らしに冬用タイヤは必須だった。
夫の崇史が、自分でタイヤの交換ができるからのんびりかまえているけれど、結婚前の志桜里は毎年11月のはじめには予約を入れて、ガソリンスタンドでタイヤ交換をしていた。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
出勤する夫を見送り、冷たい風に身を縮めると、足早に家に戻った。
床暖房とストーブでふんわりと暖かな室内の空気にホッとする。
ストーブの上でやかんが湯気を立てていた。
灯油のにおいに、冬だなあとしみじみ思う。
オール電化の家なので、非常時に困らないよう、ひとつは灯油ストーブを使っている。
ファンヒーターだと、電気がなければ動かないし、こうして湯を沸かしたり煮炊きができないからだ。
手早く朝食のあとかたづけをして、やかんの湯で紅茶を淹れる。
今朝はアッサムを濃いめにだして、ミルクをたっぷり。
お気に入りのマグカップは、ミントンのハドンホールブルー。廃盤になってしまったので、割らないよう気をつけている。
晩ご飯、どうしようかな。
静かな室内で濃厚なミルクティーを味わいながら、冷蔵庫にある食材を思い浮かべる。
人参、ジャガイモ、大根とネギがあと少し。豆腐は1つあったよね。昨夜は鱈ちりだったから、鍋はNG。でも、夜は気温が下がりそうだしなぁ。
豚、鶏、魚。
献立のメインはこの3つをローテーションで、と決めていた。
昨日は魚で、今日は豚か鶏。
冷凍庫の豚の切り落としを解凍して、具沢山豚汁にする?
千切りとすりおろしのしょうがをいっぱい入れたら、あったまるかな。
きのこミックス、まだあったよね。
椎茸えのきにしめじ、エリンギ舞茸を、スライスしたりほぐしたりしてポリ袋に入れ、凍らせた自家製きのこミックス。
きのこ類は、一度凍らせると栄養価が高くなると知ってからは、買ってきたらすぐに作って便利に使っている。
昨日の鍋にも入れたけれど、豚汁1回分ぐらいは残っていた。
「アレクサ、買い物リストにゴボウともやしとこんにゃくを追加して」
忘れないうちに、アレクサに記憶させる。
豚汁にもやしを入れるのが好きだ。
友人には、えー、入れないよーと否定されたけれど、豚汁にもやしの風味は絶対に合う。
だって味噌汁の具にもやしはアリなんだから、豚汁に入れたっていいじゃない。
思い出してさざなみだった気持ちを、芳醇なアッサムとミルクの香りでそっと鎮める。
豚汁がメインとして。あとは、栗ごはんでも炊こうか。
9月の終わりにご近所からおすそ分けでたくさんもらった栗が、まだ冷凍庫にある。
鬼皮渋皮を剥き、砂糖をまぶして凍らせたから、そのまま研いだ米と炊けばいい。
あとは、白菜の残りでおかか和えを作れば……足りないかな。もう一品?
冷凍庫に丸天とゴボウ天があったっけ。
熱湯かけてレンチンして、生姜醤油。
汁物がメインの献立は、いつだって副菜が悩ましい。
これで足りなかったら、栗ご飯か豚汁をおかわりしてもらおう。
ご飯は2合。
お米はまだある。
決まった献立に満足して、ミルクティーを飲み干す。
丁寧な手つきでマグカップを洗い、布巾で水気を拭うと食器棚の定位置に伏せた。
早いうちに買い物に行ってこよう。
今日の天気予報は曇り。
雪マークはなかったけれど、冷たい風が吹いて体感温度は予想気温より低そうだ。
「アレクサ、買い物リストにパンと豆腐を追加」
思いついた食材をリストに加えて、志桜里はストーブを消した。
(2000字)
凛花さんの企画に参加です。
きっかり2000字。
冬のはじまりにするのは、タイヤ交換、床暖房のチェック。
信州へきて、冬タイヤの必要性を知りました。持ってなかったんですよ、スタッドレスタイヤ。
プロフィール:
バラと桜と航空機をこよなく愛する、とっておき家事ラボ1期生。

