あなたはどうしてすいとんを知っているんですか〜親子で受継ぐすいとんの味
「この中で、すいとんを知っている人」
事務長の質問に、そろりと手を挙げる。
楕円形にテーブルを設えた広い会議室。
20人ほどの女性が座っているのに、知っていたのはわたしひとりだった。
まわりは皆、なにそれ?と怪訝そうに顔をみあわせている。
「あなたはどうして、すいとんを知っているんですか」
この場にいる全員が、わたしを含め4月に就職したばかりの新人で、20歳になったばかり。
会社の成人を祝う会で、土曜の昼休みに集められた。
会議テーブルには、ケーキと紅茶が並んでいる。
「母方の祖母が作ってくれるんです。いまは具沢山で、戦時中に作ったのものとは比べ物にならないと聞いてます」
そう答えると、事務長は「なるほどそうですか」とうなづいた。
そのあと彼がどんな話をしたのかは、残念ながら覚えていない。
ただ、すいとんの話題が出たこと、知っていたのはわたしだけだったこと、それがなぜか誇らしくて自慢で、母と祖母に話したから、いまでも覚えている。
35年以上昔の話だ。
地域によっては、ダンゴ汁と呼ばれているかもしれない『すいとん』。
母やわたしたちが泊まりにいけば、祖母が必ず作ってくれた思い出の味。
母の兄弟はもちろん、わたしたち孫だけでなく、小さなひ孫たちまでが、大ばあちゃんのぴろぴろと呼んで食べる大好物だ。
煮干しで取った出汁に、玉ねぎ、なす、いんげん豆、ごぼう、ジャガイモ、山菜の水煮、筍、えのき、しめじに舞茸と、具材をたっぷり入れて煮込み、醤油で味をつける。
山菜の水煮が味の決め手。
これが入ると、不思議と"田舎の味"になる。
えのきやきのこ類も大事。だけど、しいたけは入らない。
たくさんの具材のうま味が、美味しさを作りあげる。
ぐつぐつと沸騰させたそこへ、小麦粉を水で練って半日ほど寝かせておいたものを、薄く伸ばして入れ、火がとおればできあがり。
祖母も母も、すいとんを少しずつ千切って薄く引き伸ばしながら汁に入れる作業を『つみいれる』という。
すいとんひと切れの中に、ちょっと分厚いところや薄いところがあると、食感の違いや出汁の染み込み具合の差になって、味わいが生まれる。
だからつみいれるときは、水で濡らした手でちぎったすいとんの生地を、少しづつ四方に引っ張りながら伸ばしていく。
途中でちぎれたら、そこで入れればオッケー。
とにかく均一な厚みにしないのがコツ。
麺棒で伸ばし広げて切るうどんとは、ちょっと違う。
そういえば、
「コシのないうどんはうどんじゃない!」
と断言する四国育ちの親戚も、すいとんは「美味しい美味しい」とお代わりする。
小さいころに、祖母のすいとんを食べていたからだろうか。
そうそう。
煮干しは取り出さない。れっきとした具のひとつ。唯一の動物性タンパク質だ。肉類は入らない。
「戦争中はなんにもなくて、具なんて入ってなかったけどね」
具沢山に作ったすいとんを丼に盛りながら、母が言う。
疎開していた子供時代に食べたすいとんは、小麦粉を水で練って薄くうすーくのばして茹でたものが、具のない薄い醤油色をした汁に浮いているだけだったと。
当時の反動なのか、それとも好きなものを好きなだけ入れた結果か、わたしが子供の頃から帰省のたびに食べていた祖母のすいとんは、とにかく具沢山だった。
できたてのつるモチなすいとんも、時間が経って水分を吸ってへにゃっとしたのも美味しい。
叔父は翌日の方がうまいという。
祖母のすいとんは、親族みんなの田舎の味だ。
祖母が年をとって料理ができなくなり、やがてひとりで暮らせなくなって、施設に入所した。遠距離住まいの母と叔父とで介護していたが、諸事情あり、相談の結果、母がわたしとふたりで暮らす家に引き取った。
食事がまだ自力でできた頃は、母がすいとんを作って祖母に食べてもらっていた。
車椅子に座って子どものように食事エプロンをかけ、軽いプラスチックの丼を手にして、美味しそうに食べる祖母の写真が残っている。
その光景を思い出すたび、
「うんまいねぇ」
祖母のしみじみとした、穏やかな声がよみがえる。
母のすいとんは、祖母譲り。
あの味をわたしが覚えれば、いつか母が年老いた時、「おいしいねえ」と、祖母のように笑って食べてくれるだろうか。

(1723字)
