観客から講師へ―私の場合―
何者でもない私が、ただの一人の観客から、講師になった行程【夢 → 出発 → 学び → 実践 → 発展】をお話します。講師になった一例として、お読みいただけますと幸いです。
憧れていた職業たち
自分の人生を振り返ると、さまざまな職業に憧れを抱いていたことを思い出します。
アナウンサー、俳優、声優、保母さん、教員、コピーライター、タレントのマネージャー、芸能レポーター、、、、、、
「芸能レポーター」になりたかった理由
そうなんです!芸能レポーターになりたかったのです。生来のミーハー心から、芸能人にたくさん会えるという一つの側面だけで「芸能レポーター」になりたいと思っていたのです。
忘れられない言葉「名刺とFAXがあれば」
何年の番組だったか、記憶にありません。テレビで芸能レポーターのIさんが、こんな質問をされていました。
「どうやったら芸能レポーターになれるのですか?」
と。
その時、Iさんは、こう答えました。
「名刺とFAXがあれば芸能レポーターになれますよ。」
なぜだか、その言葉が頭に、ずっと残っていて、私が講師を始めるときの「講師になれる」という確信に繋がっていました。
実際の話、名刺とFAXだけでなく人脈やキャリアが必要なことは、未熟な私でも想像はできていました。しかし、仕事の第一歩としては、「名刺」と「連絡が取れる方法」、今ではホームページやSNSになるのでしょうか?それらが必要だということは理解できました。
それでは、私の足跡をたどることとします。
情報発信者としての第一歩
2013年退職。
関西では古典芸能公演に空席が目立つことを憂い、情報発信者となることを決意し、
2013年5月ホームページ「早期退職者の知的生活(現・古典芸能のススメ)」を開設。
2016年10月ブログ開設。
カフェでの初講座「寺子屋お茶会」
2016年12月「カフェで寺子屋お茶会」開催。まずはフェイスブックとアメブロで、「参加費無料、ご自身の飲み物代金をご負担いただいて、大阪市内のカフェで、私は文楽の話をするので、いらっしゃいませんか?」と呼びかけました。
この時のお茶会の様子を写真で振り返ってみます。











ノートパソコンには、2015年7月阪急うめだ本店で開催された「文楽の世界展」で撮った人形の写真をスライドで写し、私の文楽コレクションを、ご覧いただきながらお話をさせていただきました。そして最後は文楽公演のPR。
参加してくださった皆さんは、とても熱心に聞いてくださいました。
2016年12月6日、この日が、私の講師としての第一歩となりました。
出会った言葉「セルフブランディング」
このように講師としての一歩を踏み出したものの、次の一歩が見えずに悩んでいました。悶々として毎日を過ごしているときに、SNSで、私にピッタリの言葉に出会ったのです。
「セルフブランディング」。
私は少しずつ「セルフブランディング」を進めていくことになったのです。
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