【探偵は甘すぎる後日談】時透かなめの葛藤【新刊発行記念】
★探偵は甘すぎる〜限定スコーンの後日談
ごく微量のネタバレを含みますゆえ、本編読了後推奨でございます。
後日談▶︎看護師時透かなめの葛藤
田舎の小さな診療所である遠野医院は、八十近い院長と四十代の看護師ひとりで切り盛りしていた。
だが、先日、その院長が急逝ーー
院長の孫も医師ではあるが、都内の大学病院で勤務医をしている若手だ。
後を継ぐにも色々と複雑な事情が絡んでおり、閉院も考えられたという。
だが、そこはその地区唯一の医療機関である。
その土地を執り仕切る西園寺家の計らいで、診療所の名義を孫に変え、さらにつてのある大学病院から医師を派遣してもらうことで一応の存続が可能となった。
時々だが、孫の遠野玲自身も医師として来てくれていると言う。
「一時はどうなるかと思ってたんですけど、なんとかなりました」
甘いもの、とりわけスコーンを愛する一見年齢不詳の看護師ーー時透かなめは、そういって笑いながら朝日野探偵社で静佳特性のロイヤルミルクティーを飲む。
「でも、今まで通りとはいかないんだろ? 医者が曜日限定ならフルタイムで働きたくてもムリだろうし」
譲治がそう話をふれば、
「それがですね探偵さん、実は私の給料、いまは遠野じゃなくて西園寺家から出てるんですよね。しかも羊子さんの家庭教師代も別途ありで、なんかもう、もらいすぎてます」
なのでお土産も奮発できちゃいました、と続けて笑う。
彼女と探偵たちの前には、彼女御用達の専門店のスコーンサンドが供されている。
ウェッジウッドの皿に映える、美しい焼き色だ。
「相変わらずいい趣味をしてるな」
「お褒めの言葉ありがとうございます。発酵バターのプレーンもいいんですが、探偵さんにはここのクリームとフルーツ餡を挟んだスペシャル版を食べてほしくて」
「ありがたいな」
先日送られてきた時透かなめセレクションの限定スコーンもかなり楽しませてもらった。
「ほんとは羊子さんの息抜きもかねて来たかったんですけどね、勉強頑張るって、お家にこもってます」
「そういえば羊子さんは、西園寺の家を継がずに看護師を目指してるんでしたっけ」
静佳が、以前もらった彼女たちからの手紙を思い出しつつ、相槌を打った。
空になりかけた時透のティーカップに、おかわりを注ぐことも忘れない。
「ですです。まずは看護学校に入るとこからなんで、もし同僚として働けたとしても四年以上先になりますけどね」
一緒に働きたいと言ってもらえたことが嬉しいのだと、彼女はいう。
「それは楽しみですね」
「楽しみですよ。でも、そうじゃなくてもいいです」
「え?」
意外そうに、静佳は眼鏡の奥で瞬きする。
「それは、どうして?」
「んー、なんていうか、夢とか目標って変わって当然だし、私はそこに縛られてほしくないですもん。羊子さんは羊子さんの思うまま、おっきな病院で広く経験積むもよし、専門病院でエキスパートを目指すもよし。私のことは気にせず、その時その瞬間に心惹かれたものにどんどんチャレンジしていってほしいんですよ」
「へえ、意外だな」
思わず、譲治からも言葉がもれる。
突き放しているわけではないのだろうが、一線は引いてるらしい。
西園寺家で起きた悲劇の中で、時透が演じた役割は決して軽くない。
そういう意味では、彼女がいまだ西園寺家、とりわけ羊子と適切な距離をとれていることが不思議でならない。
依頼人の代理も務めた責任感からだろう、これから羊子を支えると言ってはいたが。
譲治としては、距離を取らないのであれば、使命感や罪悪感にかられてもっと相手にのめり込むかと思っていた。
こちらのそういった思考をも察したのか、彼女は軽やかに笑う。
「相手に依存するのも、相手に依存させるのもダメですよ。依存体質な人間は、対人支援を仕事にしちゃダメです」
親身になって寄り添うことと依存させることは別物なのだと、プロの顔で告げる。
そんな彼女は、ほどなくしてやってきた非番の香恋ともひとしきり話をしたのち、ふたり連れ立って探偵事務所をあとにした。
ハッピーアワーがどうとか、すごく楽しげに。
「なんていうか、頼もしいよね、彼女」
「だよな。自分の仕事してただけで、あんなとんでもねぇ事件に巻き込まれたってのに」
「すごく小柄でか弱く見えるのに……看護師さんって、実はみんな、あれくらいタフなものなのかな?」
「さあ、どうだろうな」
まあ少なくとも彼女は、誰かに守られるだけのか弱い存在でないことだけは確かだ。
*
かなめから、奢るので話を聞いてほしいと誘われ、香恋はいつもの行きつけではなく完全個室の居酒屋に来ていた。
「かなめちゃんがこういうとこ指定すんの珍しいわね」
「聞いてもらう内容が内容だけに、ちょっと普通のバーとか居酒屋は避けちゃいました」
飲み放題の気やすさで、香恋はハイボール、かなめはビールの杯を重ねる。
三十分も経たないうちに、お通しと枝豆、もろきゅうだけでふたりは五回目のグラス交換を終えていた。
新しいジョッキが届いたところで、かなめは正座して、カレンをまっすぐに見た。
「こんなこと、香恋さんにしか言えなくて……吐き出さないとやってけないというか、これからすんごい泣き言いうけど、聞き流してくれればいいのでよろしくお願いします」
「わかった」
「ありがとう」
そう言うと彼女はビールを煽り、一気に半分ほど中身を減らしたところで、ジョッキを両手で握りしめたまま俯いた。
「大前提としてね、私は基本的に優しい人間じゃないし、むしろ薄情な部類だし、わりと他人がなにしてようとどうでもいいし、白衣の天使って結局は白衣着てるから仕事で天使やってるだけで、患者さんも患者さん家族も仕事として関わるから親身になるだけだし、仕事のことは職場から一歩出た瞬間に全部忘れる主義なんだけど」
一息に述べた長い前置きの後、こつんと彼女の額がテーブルにつく。
「……なのにね、正直、ずっと頭から離れない。私のせいで先生、"医者であること"やめちゃった」
香恋からは、いまの彼女のカオが完全に見えなくなる。
「……そのせいで……私のせいで、羊子さん、いらない重荷を負っちゃって……」
西園寺家の事件については、香恋もジョーと静佳からことの顛末は聞いている。
かなめがどんな役割を果たしたのかも、ある程度は捜査の過程で知ることとなった。
だからこそ、へたな慰めはできなかった。
「あの家で何人も亡くなって……家族もめちゃくちゃになって……私はそばにいたのに気づくことも止めることもできなくて……なのに、私がいるから頑張れるって、看護師めざすのは私に憧れたからだって……羊子さんの呪いを解いたのは探偵さんたちで、私がしたのは先生にあのことを話しちゃったことで、そのせいで羊子さんが大変になってるのに……なのに私のこと……私、天使の擬態が巧妙なだけで、マジでロクな人間じゃないのに……」
ズブズブと沈み込むかなめの声に、涙がまじる。
「羊子さんには幸せになってほしいのに、私と羊子さんは看護師と患者家族っていう関係性でしかないはずなのに、……どうしよう、香恋さん……私、看護師なのに、どうしよう……」
どうしよう、と、テーブルに突っ伏したまま消えいるような声で数回繰り返し、そして、ぴたりと口を閉ざして動かなくなった。
香恋は、約束どおりなにも言わない。
とりあえず自分のハイボールを飲みつつ、かなめを横目でながめながら再起動を待つこと数十秒。
彼女は長く深いため息をついたかと思えば、おもむろに顔を上げた。
「なにも言わずに聞いてくれてありがとうございました、香恋さん!」
その顔はとてもスッキリと晴れやかだ。
「どういたしまして」
清々しいほど見事な切り替えに、香恋も笑顔で応える。
「じゃ、飲むか! なに頼む?」
「次は可愛くカシオレにしちゃおっかな」
「あ、でもスパークリングワインがジョッキであるけど?」
「おお!? したらそっちにする! そうだ、そろそろ串も行きましょーよ、ここのひな皮めっちゃオススメ」
「いいね、串いこ。かなめちゃん、ハツと砂肝もいける?」
「レバー以外なら、モツ系大歓迎!」
「よっしゃ、そしたらこの辺もいっちゃおっかな」
「いいねいいね、香恋さんとだと気兼ねなく飲めるし食べれるし喋れるしで、ほんと楽しい!」
「あたしも、ここまで飲める人も少ないから嬉しいし楽しいわ」
「あれ、探偵さんたちは?」
「アイツら、生粋の甘党なんだもん。こういうとこにも付き合ってはくれるし、あたしは気にせず飲むけどね」
「そんなに飲めなくても付き合ってくれるの、いいねぇ、いい友達だねぇ」
まるで花が咲くように笑う彼女のくだけた口調は、ほどよく酔ってきた証拠だ。
夜はまだまだ始まったばかりで、仕事の愚痴も他愛のない話も互いに遠慮なく言いあう時間はたっぷりある。
ベテラン看護師も敏腕警部殿も、守秘義務の範囲を越えないという縛りをもってしてもなお話題が尽きることはなかった。
うわばみふたりはグラスやジョッキを片手に延々と楽しいおしゃべりに興じ、そうして賑やかに夜を過ごす。
先程かなめは、ただ聞いてほしい、と言った。
だから、香恋は彼女の「泣き言」に関して、あえてつっこまないし、意見も述べない。
アドバイスが欲しいとか、慰めてほしいとか、そういうことも望んでなかったから口にしない。
最後の方の呻き声とも呟きともつかないものを聞いてると、もしかするとコレは弱音とか愚痴とかに見せかけた『限りなく惚気に近い何か』だったりするんじゃないかと思わなくもなかったが、そこも指摘はしなかった。
そもそも彼女は自分で自分の言ってることをちゃんと理解してるから。
看護師ではなく時透かなめ個人として、患者家族ではなく西園寺羊子個人に好意を持ってしまった。
健気な彼女が可愛くて仕方がないし、放っておけないーーでもそれは看護師の範囲を逸脱しているし、看護師の立場ならあってはならない感情なのだ。
そんな、かなめなりの職業倫理からくる葛藤は、まあ、わからなくもないけれど。
ただ、自分をロクな人間じゃないというひとで本当にロクでもなかったヤツに、香恋はこれまで会ったことがない。
なので香恋にできることといえば、この新しくできた友人が、相手の幸せと同じくらいに自分の幸せも望んでくれたらいいな、とそう願うことだけなのだ。
了
「ただ、あたし、かなめちゃんはそのうち羊子ちゃんに押し切られる気がしてるんだよね」
「え?」
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