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綱崎農園 × カンカク 絶品モモ農家 vs デザイン

モモ! 心が踊る。売り場に香りが漂う。
目当ての客が隣町や松山市から続々、品定めして買っていく。
ももまつり(6月下旬~8月)中の産直市「かごもり市場」(愛媛県松野町)。道の駅「虹の森公園」の中にある。
パックでも売られているが「主役」は化粧箱入り。
その中に、ほかより一回り背が高く、デザインが違う箱がある。
描かれているモモ、そして入っているモモも大きい。
店長さんに尋ねると「あ、あのカワイイ箱? 綱崎さんね」と即答された。

綱崎農園の化粧箱。左が町製作のもの

自農園専用の箱で出荷しているのはモモ専業の綱崎幸紀さん(65)=同町延野々。
近隣の同業が足を止めて「ええな~」とシゲシゲ。妻も「カワイイよね」。
2025年6月のシーズンインがデビュー。
ほかの農家が使う町の化粧箱のデザインも良いが、独自デザインは存在が際立つ。
愛媛新聞社などがLINE上で展開している#ヒキダシのメンバー、デザイン広告事務所「カンカク」(松山市)の岡西幸平代表(50)のクリエイティブ。

100%PEACH???

ピンクとグリーンの優しい色づかい。ふくよかなモモと、綱をモチーフにしたロゴがキュート。
「100%PEACH」のキャッチにはツッコミを入れたくなる。
モモそのものだもの、当たり前(笑)
柔らかな岡西ワールド全開だ。

農家や産地、そして地域を取り巻く環境は厳しい。人手不足や燃料・肥料などの高騰…。
だからこそ「松野で日本一のモモを作る」という綱崎さんの意志と誇りを受け止め、軽やかにデザインした。

綱崎さんのモモはシーズン中、愛媛新聞社で#ヒキダシと同じ部署で展開している「ハーベスト」で通販し好評。
2018年の西日本豪雨で被害を受けた産地支援のため始まった事業。今では広く県産の良品を紹介・販売し、地域活性化を応援している。
その縁で#ヒキダシチームがデザインや町の補助金を受ける支援を担当、園独自の化粧箱ができ上がった。

デザインだけでなく、組み立てやすさも重視し試作を重ねた。作業の手間とストレスを軽減できた。
箱を数センチ高くしたのも、宅配業者が重ねて運搬する時、変形してサイズの大きいモモに傷が付くのを防ぐため。
ハーベストの出荷作業中の綱崎さん、少し誇らしげに見える。

化粧箱にモモを詰める出荷作業

愛媛の一番小さい町で

松野町は愛媛県で人口が最少の自治体。高知との県境にある「森の国」。
事業所数も商品販売数も最も少ない(2014年、経産省商業統計調査)。
松山市からは車で1時間40分ほどと、実はそれほど遠くない。
明治期には養蚕や商業で栄えたが、愛媛―高知の人とモノの流れが減り、人口減が続く。
1970年代半ばにはすでに過疎地としての悩みを持っていた。
流れを変えようと、町が決断したのがモモの産地化だった。

「モモか、お茶か、始める時はみんないろんなことを言いなはって、なし」
(いろいろなことをおっしゃってね)
綱崎さんの母(89)は当時を振り返る。南予(県の南部)言葉の響きが優しい。
成熟期(夏場)の日照時間は比較的長く、昼夜の寒暖差もある点は産地向き。
反面雨が多く、繊細なモモの扱いは今も苦労が絶えない。
町が率先して県営農地開発事業(75年~)や国のパイロット事業を受け入れた。
園地が広がり、団地が増え、90年代半ばには28ヘクタールで100世帯を超える農家が従事、県内では「モモと言えば松野」と知られるようになった。

「手をかける」大切さを話す綱崎さん

綱崎さんはまだモモ農家のキャリアは8年ほど。
だがすでに町内外で知られる存在だ。
父の遺した園地を引き継いだ。栽培技術を直接学ぶタイミングはなく、農地と母の言葉を読み解いた。
「父は熱心だった。稼ぐのが上手じゃなかったけど」
隣町から通う県果樹試験場鬼北分場(2008年、県地方局産業経済部に機能移管)の若手職員を大事にしていた。
和歌山や岡山など主要産地への視察に同行したこともあったという。
公務員から農家に転身した綱崎さんの技術のベースになったのは、かつて父がかわいがっていた県の普及指導員たちから伝えられた。

例えば園地の高さ2メートルほどに張り巡らされた黒い棚線。
これは果樹園でよく見る支柱(枝の下に設置する棒)の役割を果たす。
モモは1本の木で400~500個の実をつける。
自重で「ある日折れるんよ。ポキっと」。
それをポリエステル樹脂製の線で支える。棚と同じ仕組み。
枝や葉の間に光が入り、消毒の時の手間が劇的に減った。

品質向上のためには再投資も。
園地の周囲と上を網で囲った。通気性のあるハウスだ。
これが無い時は1日2ケース分(およそ2万円分)が獣や鳥に食べられたこともあった。
1カ月で計算すると60万円の被害。
だったら、と自分の手で鋼管パイプを組み立てた。2024年もカメムシ被害は最小限で済んだ。

モモの木を網で囲った自作ハウス

岡西さんデザインの化粧箱には当初、サルが居た。
松野町の景勝地、滑床なめとこ渓谷に多く、観光客にとっては親しみがある。
サルにはわざわいが去る、としてメデタイが意味ある。
農家にとって「敵」ということは分かって、あえて描いた。
サルに新しい価値観を与えたい、と。
綱崎さんはほぼすべてのデザイン案を受け入れた。
だがサルだけは譲らなかった。
「われわれにとっては、どうしても…ねぇ」
白と青のツートンで囲われた網のハウスを見つつポツリ。

化粧箱の元のデザイン

化粧箱からサルは消えた。
デザイナーと現場の、小さくて大きな相克。
でき上がった箱を見て綱崎さんは最初は少し地味かな、と思った。
岡西さんと消えたサルへの一抹の心苦しさが感じさせたのか。
でも慣れるにしたがって良い、と思えるようになった。

モモを巡る多様な「環」

綱崎さんは朴訥ぼくとつな口調。会話のなかに「手をかける」という言葉が散りばむ。

まずは季節ごとの作業。
冬は土作り。園地を掘り起こし、微生物資材を使い、養分と酸素を含む土壌をつくる。
さぼると夏の笑顔はない。
3月には剪定せんていと摘果で忙しくなる。
収穫期を経て秋にはまた剪定、そして土づくりへ戻る。

改植は周期が大きいが見極めが重要なローテーション。
高齢の木から苗木へ。
小型重機を使って自分で作業する。
若い木が「戦力」になるのは6年目から。一度に植え替えると収量が減る時期が出るので少しずつ。

おいしいモモを切れ目なく出荷するため品種を増やした。
いまや40アールの園地で約30品種。
「どの品種がおいしい、じゃない。おいしい時期のモモを採るんよ」
この日は耳慣れない品種、選抜夏優美を出荷した。

モモをひとつひとつチェックし、収穫する綱崎さん

1本の木にらせる数は比較的多い。
モモ1個1個の様子をチェックし、限界まで樹上でらせる。
タイミングを違えると大きく実ったモモは地面に落ちて商品価値がなくなる。採ると同じ枝の次の実が大きくなる。

園地全体、季節ごと、品種ごと、木ごと、枝ごと、実ごと。
父から子への世代交代も含め、異なるローテのに誠実に対応する。
すべての農業に共通の環。だがここまで「手をかけ」ている、かけられる農家は多くない。
これが綱崎農園のおいしさの秘密だ。
一時は園地を広げることも検討したが、品質と収量は「まだ上げられる」と今の規模で挑戦を続ける。

萎む産地で続く挑戦

町役場前に居た男性はモモ農家を廃業したという。
産地化から50年。人も木も高齢化が進んでいる。
「モモの木が骨粗鬆症こっそしょうしょうみたいになるんよ」
町内のモモ農園は現在7ヘクタール弱、27世帯までしぼんだ(JAえひめ南花木センター)。

それでも町営コミュニティバスを彩るピンクのモモを見ながらの会話はなぜか暗くならない。
綱崎さんたちが踏ん張って産地を繋げていることを知っているからなのか、それとも縁起が良いとされるモモの魔法なのか。

松野町営のコミュニティバス

町も手をこまねいているわけではない。
高級和菓子メーカー(岡山創業、本社東京)に加工用モモを供給する農園を新たに造成し貸与。ここでは地域おこし協力隊員が活躍している。
リモートワークと農業の組み合わせで移住しやすい環境を整えることも視野にある(町ふるさと創生課)。

岡西さんデザインした綱崎農園のロゴは綱の「環」。
就農前の経験を生かし、経営感覚を持ち、試行錯誤して技術を積み上げている綱崎さん。
こんな環が松野全体に広がれば、産地としてのサイクル(環)も新しいステージに進めるのかもしれない。

自宅に持ち帰ったモモ。
包丁を入れた時に違いが分かる。みずみずしい。
そしてサイズもあるから、口いっぱいに甘さと風味が広がる。
ラーメンやカレーを飲むという表現の逆、まるでピーチジュースを食べてるよう…
なるほど。「100%PEACH」という岡西節はこれだ。ナットク。


このnoteは#ヒキダシのプロたちと、関わった企業などを紹介していきます。
今回は「綱崎農園 × カンカク」でした。㋶


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