【松前町と伊予市㊦】善正寺と三秋端の意外な関係
👆️の続きです。連載最終回?です。
エセ歴史好きのライター㋶視点で松前町(愛媛)と伊予市の共通点を探してみた連載3回目(ラスト)です。
Googleマップを見てたら、善正寺ってお寺が松前町にも伊予市にもあるってことに気づきました。
宗派も浄土真宗と真言宗と異なるのでたぶん関係ないんだろうな、と思いつつ行ってみた。
善正寺(松前町筒井)
松前町には㋶の知る限り、「松」の字が山号などに入るお寺が4カ所あります。金蓮寺が玉松山、長徳寺が松安山、不動院が別名松泉寺(以上、同町西古泉)。
そして善正寺が松光山。

手入れの行き届いたきれいなお寺です。
伊予絣の創始者・鍵屋カナの菩提寺として知られています。

鍵屋カナの由緒があることを示す石碑がありました。
この石碑には現在の伊予市三秋端を拓いた江戸期の鉄砲名人・加ノ左衛門(=端の左衛門)との縁も記されています。
現住職さんによると檀家だったそうです。

この日は2月だけど暖かく、梅やロウバイが咲いてました。

善正寺(伊予市大平)
伊予市の街中から中山方面へ。山へ入る手前辺りに大平はあります。
国道56号で何度も通過してますが大平の集落を通るのも初めてだったかもしれません。

こちらも手入れが行き届いてて、周囲の自然と相まって、気持ちいいお寺でした。
㋶がウロウロしてたら住職さんが出てこられ、「名前は一緒だけど(松前の善正寺とは)関係はないですね」と丁寧に教えてくださいました。
松山市への通勤圏内だけど周辺の人口はやはり減ってる、とのこと。

三秋端(端の左衛門の墓)
伊予市まで来たので、鉄砲名人が拓いたという三秋端にも回ってみる。
大平からはけっこう距離がありました。ほぼ旧双海町ですからね。
※三秋端はネット上でいろんな読み方が出てますが、地域での読み方でルビは振りました。
三秋端集落は海の近くなのに山里って風情。

人の姿が見えない。
なので伊予市史跡「端の左衛門の墓」も場所が分からん😭

仕方ないので聞き込み(地域の方すみませんでした)。
数軒回ったところで地区の古老(80代前半)と会えました。
お墓までの道を教えてもらって行ってきました。
「たまに来るよ、あんたみたいな歴史好きが」と笑われました。
㋶はそれほど歴史に詳しいわけでもないし、松前町から流れ流れてたまたま来てるだけなんです、とも言えず💦
獣道ではないけど車は軽四でも厳しい細い山道。
集落から原付で数分。祠がありました。

ツルが口を開けた時に舌を撃ち抜いたとか、ヒヒ(大猿)を退治したとか、家紋の9点を狙って撃ったとか。名人としての伝説が残る左衛門さんのお墓がありました。
今でも定期的に地域の人がお世話をしてるそう。

お墓の横には今にも壊れそうな小さい祠もありました。

古老の話で驚いたのは現在10戸ほどの三秋端集落は、今でも全戸が松前町の善正寺の檀家なのだそう。
左衛門さんが集落を拓いた時に一斉に檀家になり、変わってない。
古老が3歳ぐらいの時に(おそらく左衛門さん生誕)350年祭があった。
松前町からお坊さんが来たことも覚えているそう。
「400年祭はなかったなぁ」と残念そうでした。
ここでも細る集落、という現実を突きつけられた一方、信仰や地域の歴史ってすごいな、と思いました。
以上です。
このnoteでは#ヒキダシに関わる人たちを紹介したり、コラムなどを掲載していきます。今回は番外編です。㋶
#ヒキダシは愛媛新聞社などがLINEで展開しているサービスです 。
まずLINEで友だちになってみよう。

問い合わせ:#ヒキダシ事務局
愛媛新聞社営業局デジタル開発部内
089-935-2323
この#ヒキダシのnoteは試験的にブログ村ランキングに参加しています。
noteの「スキ❤」とバナーをクリックしていただくとうれしいです。

