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松前町の隣は二つの「八倉」

伊予市に八倉やくらという地名があることは知ってました。
大介うどん伊予八倉店があるから。

「あれ?」
先日Googleマップを眺めてて、砥部町にも八倉があることに気づきました。
しかも隣接してる。

伊予市八倉
伊予郡砥部町八倉

Googleマップ

両方が松前町に接している。
#ヒキダシのクーポンをお店に紹介しようと松前町をウロウロしている私は、こういうの気になって仕方ない。
(社内で二つの八倉について知ってる人も居たので、松山周辺では常識なのかもですが)


八倉村は、なぜ砥部町分と伊予市分に分かれたのか。

国立国会図書館の相談コーナー「レファレンス協同データベース」より

ネット上でもこんな質問が載ってましたが、理由は分からない💦


ざっくり略図を描くとこんな感じ?
すみません、下手なのは許してください。

八倉山(別名・ひばりが峰)という山もあり、ハイキングできるようです。

とりあえず近くに行ってみました。
坂本日吉神社の参道が市・町の境になってました。
印象としては集落を東西に分けるように境が通っている。

この参道の左が砥部町八倉、右が伊予市八倉

地域の方、数人に聞き込みしてみた。
それによると――
①昔から分かれてるから気にしたことがない。
②学校が分かれてるから知り合いは少ない。
(伊予市側は伊予小学校、砥部町側は麻生小学校)
③同じ坂本日吉神社の氏子。秋祭りは1週ズレてる。
(伊予市は伊予市秋まつり、砥部町は松山と同日程)
という感じで、淡々と話してくれる方ばかり。

この近辺では矢取川事件=明和8(1771)年の大水論=という、干ばつに伴う大規模な水争いがあった(松前町の一部も関係していた)。その事件との関連を漠然と考えてましたが、そんな話は出てきませんでした。

八倉の集落から神社(山側)を見たところ


この日は昼から大雨。松山へ帰る途中、松前町中川原の「ちいさなお弁当屋 はち」(クーポンあり)で遅い昼食を買って食べました。

後日。
仕事の合間に、伊予市と砥部町の教育委員会さんに電話で問い合わせてみました。
どちらもすごく丁寧にご対応いただきました。
(小石投げてみたら戦車が来た、ぐらい💦)

伊予市教委の専門家(文化財専門員?)によると、江戸時代の末には別の行政区画だったというのが書物で追える限界、とのこと。
そのころにはすでに別の地域だった。
伊予市側は八倉村(古くは伊予郡)、砥部町側(同じく浮穴郡)は麻生村の小字こあざの八倉という違いもある。

隣接している上、同じ神社の氏子で、名前も同じ八倉なら、やはり元はひとつの集落だったと個人的には思う。が、その確かな証拠はない――とのことでした。

砥部町教委も同様の見解でした。
加えて職員さんの個人的な見解として、今の八倉集会所は以前「八蔵寺」だったので、砥部側の地名「八倉」は伊予市側と違う由来だった可能性もわずかながらあるかも、と話してくれました。


$${\LARGE{結論}}$$。
なぜ伊予市八倉と砥部町八倉が隣り合っているのか、理由は分かりませんでした。

「(隣と)仲が悪いなんてことはないよ~」
境の近くに住まれる高齢女性が笑いながら話されてました。
今となってはこれが事実だな、と思いました。


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