庄内の風と土と祈り 2024年8月号


撮影地:羽黒町 出羽三山神社

夜明け前、東の空から徐々に真っ暗な空が青みを帯び、月山のうしろから太陽が顔をのぞかせるその少し前の時間。夜通し鳴き続けてた虫たちが、まるで示し合わせたかのようにピタリと鳴き止む。観客の引いたコンサート会場のように無音の世界が庄内平野にひと時広がる。朝の鳥たちがお喋りを始める前まで、世界の静止する僅かな間隙。昆虫記で有名なアンリ・ファーブルはその余白を「青の時間」と呼んだ。「最も偉大な演出家は沈黙である」と私の師の1人はよく口にする。音楽の旋律でさえ、無音が基調となり、そこから繊細で複雑なメロディーがどこからともなく立ち上がってくる。薄明か、あるいはブルーモーメントと呼ばれる空の色にあわせて、庄内平野は青く染まり、その青い沈黙から今日という日が始まっている。
大自然が沈黙する時を、私も含めほとんどの人が寝過ごしていることだろう。日々の喧騒とは異なる聖なる時間や場所が、実はいつも身近にある。そこでは「ああ、自分は今までなんて大切なものを見逃してきたんだ」と思う。しかし次の日もまたそこを訪れることができるとは限らない。身近にはあるが、そこには長い旅の果てにしか訪れることができないようも感じる。
七日七晩と坐り抜いた釈尊は、八日目の明けの明星を見て大悟したと言われる。彼が悟りに到ったその時もまた「青の時間」であったのかもしれない。
「雨後青山青転青(うごのせいざん あおうたたあおし)」
静謐なる山の上の神域。雨上がりに咲く紫陽花はより深く重厚なる青を静かに発色する。青の時間もあれば、青の場所というのもある。もし、この静謐の時間・空間を捜し出し、そこにひと時身をおくことができたなら、そこからの日常は少しだけ青みがかった静けさを纏えるような気がするのである。


「青の時間」アンリ・ファーブル『ファーブル昆虫記』
「雨後青山青転青」(うごのせいざん あお うたた あおし) 宋『事文類聚』

※こちらの文章は庄内の無料地域情報誌「BLOOM」2024年8月号に掲載されました。

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