【母と娘】27才娘。ぎゅーっと抱きしめた日
4月から娘の名古屋暮らしがはじまった。
引越しの2週間前に
「話したいことがあるねんけど」と
娘から切り出してきた。
普通に考えたら引越しの2週間前に伝えるって!遅すぎやろ!って話だけど、私は娘から「話したいことがある」と言われたことに驚いて、そしてじんわりと嬉しかった。
娘は幼いころから自分のことを話さない。
話そうとしても言葉が見つからないのか涙があふれたり、大きくなるにつれて「話したくない」という意思を無言で表していた。
だからつい、私からの質問攻めになる。
返事は
「うん」
「別に」
「ふつう」
「どーでもいいやん」
そんなのばっかり。
けれど、今回は違っていた。
「とにかく何も言わずに最後まで聞いてほしい」と言う。だから一度も口を挟まず、娘の一言一言を受けとめた。
自分の意思が固まる前に誰かに相談して、人の意見に左右されたり自分の気持ちがぐらつくのが嫌だったこと。
なぜ名古屋に住むことにしたのか。
どういう気持ちで決めたのか。
涙はなく、とても落ち着いた様子で、自分の言葉でしっかり話してくれた。
娘が最後まで話し終わった時「聞きたいこと聞いていい?」と尋ねると「うん」というのでいくつか質問したら、ちゃんと丁寧に答えてくれた。「これ聞いていいんかな?」と少し迷うような質問にも、ちゃんと向き合って答えてくれた。
お互いが納得のいく会話を終えた時、名古屋行きがどうこうより、娘は変わったんだな…いや、そうじゃなくて私自身や私と娘の関係が変わったんだなと思った。
娘が自分のことを話したがらないのは、私にも原因がある。子どもの頃から娘の言うことややることは突拍子で、私はいつも面食らっていた。そしてやってみるものの続かないから、この子は考えなしだと決めつけていた。
このまま思いつきだけで行動する大人になったら将来どうなるんだろう?心配がどんどん膨らんで、私はいつも反対したり叱ったり説得したりしてばかりだった。
そんな娘への対応が変わったのが3年前。娘が突然退職して一人暮らしもやめて家に帰ってきてからだ。これも突然の出来事で事情も話さないし「(突拍子な行動が)またはじまった」とうんざりした。けれどしばらく一緒に暮らすうちに、何も話さないけど娘はすごく傷ついて帰ってきたんだということが伝わってきた。
あんなに好奇心旺盛で飛び回っていた子なのに、誰とも連絡を取らずに家に引きこもっている。それが何ヶ月も続いて、私はどうしたらいいのだろう、何かできることはあるだろうかと悩みに悩んだ。
私にできること、考えて考えてたどり着いたのが「オールOK」 娘の全てを認めるということだった。命にかかわることと犯罪以外は全て認めるということ。
オールOKを決めてから、怒ったり、文句を言ったり、反対したりすることを一切やめた。どう考えても娘が間違ってるやろ!ということも、家族をかえりみない身勝手な言動も、見ていてイライラすることも、命にはかかわらなくても健康には確実に悪いやろということも全部全部受け入れた。いいも悪いも全部ひっくるめて「生きているだけでいい、大切な子なんやで」という想いをこめて。本当はもっと幼い頃から伝えてあげてたらよかったな。
娘はすごく感受性が強いから、きっと私からのメッセージを受け取ったんだと思う。ただただ娘に元気になってほしいと思ってのことだったけど、再びこの家を出る前に自分の気持ちを言葉で伝えるという大きなプレゼントを渡してくれた。
3月に27歳になった娘。引越し準備は全部娘が自分でやった。私がしてあげられることは、ご飯を作ることぐらい。「リクエストあったら作るで!」というと「唐揚げかギョーザ!」という返事。普段揚げ物はしないけれど、久しぶりに唐揚げを作ってみた。

中学生頃からかな?頭をなでたりハグしたりを拒否しつづけてきた娘。なんでそんな上手にすり抜けられるん!と舌を巻くほど、頭をひょいひょい動かし、体をくねらせて私の手からすり抜けていく。
見送る日もダメもとでハグしてみた。意外にもじっと抱きしめられている。「幸せになることを考えて自分の心と体を守ってな」と伝えると「うん」とうなずいていた。
思い立ったらやらずにいられない性格だから、たくさん失敗もするし、またそのうち帰ってくるかもしれない。けれど、娘は時代の波にのって私が思いつきもしないようなスペシャルな人生を歩んでいくのかもしれない。やっぱり心配はつきないけれど、今はちょっとだけ楽しみに思える私になっている。
