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子どもの友達トラブル、親はどこまで入る? ― 「それって僕が悪いの?」から学んだ、子どもの景色を知る5つの視点


はじめに

「それって僕が悪いの?」

長男にそう言われて、
私はハッとしました。

友達とのトラブルについて話していた時、
私は、

「〇〇(長男)にも、そう言わせるところがあったんじゃないの?」

と言ったことがあります。

私としては、
起きた出来事を冷静に見ようとしたつもりでした。

でも長男には、
「自分が悪い」と言われたように届いていたのだと思います。

子どもが友達関係で悩んだ時、
親はつい、何があったのか全体をみて、
出来事を知った気になり、
解決を急ごうとします。

でも、その前に知ることがあるのかもしれない。

その時、子どもには何が見えていたのか。
親には見えていないことがありました。

親は何を聞き、何を見て、どこまで関わればいいのでしょうか。

このnoteでは、長男の友達関係に2〜3年向き合う中で、
私自身が何度も迷いながら見つけてきた5つの視点と、
見守るか、介入するかを考えるための基準について書いています。


第1章 あの日、長男が見ていた景色と、親が見えていなかった景色


ある日、学校から帰宅した長男が言いました。

「今日はサッカーの練習に行かない。」

私は、

「どうしたの?」

と聞きました。

すると、

「みんなが、僕にサッカーチームをやめろって言うんだよ。」

と、ぽつりと話し始めました。


その日の出来事が強く記憶に残ります。

その出来事が、
親である私の見ていた景色を変えることになるとは、
この時はまだ思ってもいませんでした。


私も、一体何があったのだろうと思いました。

長男から続けて話を聞いてみると、

「そんなんなら、

サッカーやめろよ、

って言われた…」

と、言葉数少なく、話します。


とにかく、その発言のまま、
私はサッカー仲間のママ達にも伝えることにしました。

そして、長男不在のサッカー練習後に
ママ達による子ども達への聞き取りが行われたのでした。


そして受けたLINEの報告。

校庭でサッカーで遊んでいる時、
「〇〇(長男)が1人、ふざけたから。」
「注意してもやめなかったから。」

とみんなが言っているとのことです。

とても衝撃的な報告でした。

とにかく、それを本人に伝えると、

長男は、
じわっと涙をためました。

そして、

しばらく黙って、

涙をこらえながら、

言いました。

「僕も悪かったけど…、でもさぁ」

「ふざけていたのは僕だけじゃなかったんだよ。
なのに、他の2人のことはかばって、
僕だけが悪ふざけしたみたいに、言うんだよ。」

それで、息子は自暴自棄になり、
さらにサッカーをまともにやらず、
ふざけ続ける形になったようでした。

さらに、話が二転三転し、驚きました。
でもそれは、長男が見ていた、隠されていた景色に
たどり着けた瞬間でした。



私はママ友とのグループLINEに、長男が話してくれた内容を返信しました。

他の友達も一緒にやっていたこと。
ある友達が、息子だけが悪いように言い張ったこと。

それぞれが、自分の子どもから聞いた話をもとに、その出来事を理解しようとしていました。
けれど、見えている断片が違えば、同じ出来事でも受け取り方は変わります。

私が伝えたかったことは、なかなか同じ形では届きませんでした。

「なんで、あのママには伝わらないんだろう…。」

そんな、うまく言葉にできないモヤモヤが残りました。


みんな、それぞれの色眼鏡で物事を見ている。
それぞれ、違う景色を見ている。


そして、
その思い込みを外すことは、
とても難しい。

それは、自分も一緒です。

だからこそ、
子どもの見ている景色を見て、
自分の見ている景色を広げて、
第三者の見ている景色も取り入れて、


親として、子育てに向き合う中で、
いろいろな景色を理解したいと思うのでした。

出来事だけを見ていてはわからないことがある。

子どもには、
子どもが見ている景色がある。

そして断片だけ見ていたのでは
大人でもその景色にたどり着くことは難しい。

表面だけを見て答えを出すのではなく、
長男が見ていた景色を、
もっと知ろうと思いました。


第2章 「それって僕が悪いの?」から気づいたこと

「それって僕が悪いの?」

そう言われて、ハッとしたことを思い出します。

長男が繊細だから、友達のたわいもない言葉に
勝手に傷ついているのではないかと
思ったこともありました。

でも、
それは子どもが見ている景色を飛び越えて
大人の冷静な解釈を押し付けている可能性があるのだと
気づかされたのです。

また、
友達にとって、長男の何かが気に食わなかったとしても、
それで、乱暴な言動をすることは
その友達自身が選んだ行動です。

その出来事は、長男の責任ではない。

そうも思いました。


「あなたにも原因があったんじゃない?」
その言葉が子どもにどう届くのか。

そう言った時の
長男の驚きと戸惑いの表情が記憶に残ります。

「一番近い親に気持ちを理解されなかった。」

そう思ったかもしれません。

私の発言が、相手の友達にとってみれば
その通りだった可能性もあります。
違う可能性もあります。

ただ、どちらだったとしても
子どもの感情を受け止めることをすっ飛ばして、
大人が見通せる可能性の話をするのは、順番が違っていたのです。

そういった大人のものの見方は、
時に、子どもにとって、突き放された気持ちになるだけかもしれません。

私は、まず長男の感情を聞いて、
受け止めることが大切だったのだと
気付かされたのでした。


長男のことを支えようとしていたはずなのに、
気づけば私は、自分自身の見方にも
目を向けるようになっていました。

子どもの景色を知ろうとすることは、
親である自分の見方を問い直すことでもある。

そんなことを、少しずつ感じ始めていました。

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