短編小説|神様にも金曜病はあるらしい
神様にも得手不得手があるらしく、加藤さんは時間が苦手だった。
業界では常識になっているが、念のため説明しておくと、神様はシフト制だ。月曜から日曜まで七人が担当を持ち、その日の天候や電車の混み具合、人々の機嫌の総量みたいなものを緩やかに管理している。といっても厳密な管理ではなく、「なんとなく場を整える」くらいのざっくりした仕事らしい。私はその詳細を知らないし、知りたいとも思っていない。
私が気にしているのは、金曜担当の加藤さんのことだけ。
加藤さんは遅刻する。毎週ではないけど、体感では2週に1回は来ない。来ないというより、来るのが遅い。午前中いっぱいかけてようやく「来た感じ」がする、という感じ。「来た感じ」というのも変な言い方だけど、神様の出勤を感知する言葉が他に見当たらないので、そう言うしかない。
加藤さんが遅刻している金曜の午前中は、窓口が少し変になる。
例えば、先週は午前中に来た11人全員が申請書類を1枚余分に持ってきた。誰も気づいていないし、私も指摘しなかった。受け取って、1枚だけ処理して、余った一枚は引き出しの中にそっとしまった。今も入っている。何の申請書かもバラバラで、意味のある束ではないけど、捨てる気にもなれない。
その前の週は、午前中だけ私のスタンプの音が鳴らなかった。押せているし、ちゃんと朱肉もついているのに、音だけがしなかった。サイレントスタンプ。誰にも言っていないけど、あれはちょっと気持ちよかった。静かな窓口で、音のないスタンプを100回近く押した。仕事がはかどった。理由はわからない。
今日は金曜日。加藤さんはまだ来ていない。
それがわかるのは、朝、出勤してすぐに確認するからだ。確認の方法は特に決まっていない。なんとなく、空気の具合を見る。整っているか、整っていないか。整っていない日は、加藤さんがまだいない。今日の空気は、少しざらついていた。
午前9時。窓口を開けると同時に、白髪の女性が来た。住民票の写しが欲しいと言った。申請書を渡したら、ペンを忘れたと言って鞄を探し始めた。私は窓口のペンを渡した。女性はそれを受け取りながら、「このペン、インクの出がいいわね」と言った。確かめたことがなかったので、私はその夜、家で自分のボールペンのインクの出を確かめた。普通だった。
午前10時。中年の男性が転入届を持って来た。記入欄に不備があったので、一度書き直してもらった。書き直している間、男性はずっと小声で何かを数えていた。私は聞こえないふりをした。17、18、19、と数えていたが、20になったところで止まった。数え終わった男性は「ありがとうございました」と言って帰った。何を数えていたのかは、わからないままだ。
加藤さんが遅刻している日は、こういう「わからないまま」が増える。
説明のつかない余白みたいなものが、あちこちに発生する。書類が1枚多い。音が消える。女性がペンのインクを褒める。男性が何かを20まで数える。どれも困るほどではないが、どれも理由がない。世界がほんの少し、編集前の状態で動いている、という感じがする。加藤さんがいないと、神様がいない分だけ、世界の余白がそのまま出てくるのかもしれない。
午前11時過ぎ。今日三人目の窓口に、20代くらいの女性が来た。印鑑登録をしたいと言った。申請書を渡して記入を待ちながら、私はなんとなく窓口の外を見た。区役所の前の歩道に、鳩が三羽いた。三羽とも同じ方向を向いて、同じ間隔で並んでいた。まるで整列しているみたいだった。印鑑登録の手続きが終わって、顔を上げたら鳩はいなくなっていた。
隣の窓口の同僚、田中さんが「今日なんか変じゃない?」と小声で言った。田中さんは42歳で、この仕事を13年やっている。神様のシフトについては私より詳しいはずだが、あまり気にしていないらしく、「変な日ってたまにあるよね」くらいの認識でいる。私は「そうですね」と言った。
正午を過ぎたあたりで、加藤さんが来た。
「来たな」とわかるのは、窓口に差し込む光の角度が少し変わるからだ。気のせいかもしれないが、1年半この仕事をして、毎週金曜に確認してきたので、多分気のせいではない。光の角度が変わって、私の隣のコピー機が一枚だけ何も印刷せずに紙を出して、それで加藤さんの出勤は完了する。
白紙が一枚、トレイに残った。
私はそれを手に取って、しばらく見た。何も書いていない。何も印刷されていない。でも、捨てる気にならなかった。引き出しを開けたら、先週の余分な申請書がまだ入っていた。その上に、白紙を重ねた。
午後は何事もなかった。
転入届も、印鑑登録の追加分も、マイナンバーの再発行も、全部つつがなく処理した。光の角度は元に戻り、田中さんのコピーは正しい枚数だけ出て、窓口に来る人たちは誰も何かを数えなかった。世界が、ちゃんと編集されていた。
定時になって、私はロッカーで荷物をまとめた。
引き出しの中のことを、少し考えた。余分な申請書が11枚と、白紙が1枚。来週また増えるかもしれない。増えたら増えたで、また引き出しにしまうだろう。引き出しがいっぱいになったら、そのときに考える。
エレベーターを待ちながら、来週の金曜のことを、少しだけ思った。
加藤さんがまた遅刻するかどうか。遅刻したら、今度は何が起きるか。コピー機が2枚出すかもしれない。スタンプがまた静かになるかもしれない。鳩がもっと増えて、もっときれいに並ぶかもしれない。
エレベーターが来た。私は乗り込んで、閉じるボタンを押した。
神様に感謝するのは、なんか負けな気がするので、しない。
タツト
