どうしろっていうのさ。
誰でも経験したことがあるだろう。
なんなら、経験しっぱなしって人もいるだろう。
例えば
「どうして、〇〇してくれないの?」
「これじゃ困るじゃない」
ん??
今、疑問系使ったよな、まだ答えてないけど??
というようなシチュエーション。
日常ではこんなことが当然のことのように繰り返されている。
これが、よく見てみると、目上のものにはあまり使わない。
そして、思うに、自分より目下だと認識している相手に向けたときほど、頻繁に現れる手法なのではないか。
この間ご近所に挨拶回りに行った。その時私は少し体調を崩していて、皆さん口々に「痩せた?」と気にかけてくれた
「ちゃんと食べてる?」と聞かれたので
できる限り心配をかけないようライトに体調に関して説明をしようとしたが、私が口を開くその前に
「ちょっとでも食べないとだめよ」
ん??
「私なんか、もうこの歳でしょ?」と、それは矢継ぎ早に続く
ん???
どうした、まだ答えていないぞ。
しかし、これが三軒殆ど同じような流れだったのだ。
大変興味深い。
なにか?これは鳥の鳴き声か何かか?
「チャントゴハンタベテルノ」
「チョットクライタベナキャダメヨ」
九官鳥か何かなのか。
ちょっとしか食べられないから痩せてんだ、こっちは。
いえね、もちろん心配してくれているのは伝わっているし、ありがたいと思っています。
しかし、疑問系っていうのは、会話をテニスに例えるなら相手にもラケットを渡して、打ち返してくる権利を与えている状態。
にも関わらず打ちっぱなしってどうよ?
いや、いちいち懇切丁寧に話を聞いてくれというつもりはない、ただ疑問系で聞いてきたならちょっとくらい説明聞こうよ、すぐ済むから。
こっちだって聞かれたら真面目に答えようと構えるわけで、遮られた後、空気を飲み込むような、肩透かしを食らった時の、あのなんとも言えない、心配に感謝しているのに、どこか苦味を帯びた気持ちになる行き場の無い気持ち。
どうしろっていうのさ。理不尽。
なにかね、あれは疑問文の姿を借りた説教欲を満たす枕詞か何かなのか。
最近の自分の話をする為の前置きとかなのか?
そして何より、これが社会の一般的な在り方だというのがどうにも解せぬ。今この瞬間も世界中のありとあらゆる場所で、実際は答えに1ミリたりとも興味のない疑問形が飛び交い、言われる側の答えはかき消されているのだろうと想像すると、あの日の自分を思い出して、なんだか、いたたまれない気持ちになる。
なんだか話が大きくなったな。しかし、
こんな言い方して申し訳ないが
舐めてるのか?うん。舐めてるよね。
もう少し、自重してくれないか。
