「生まれてはじめての記憶を聞かせてください」はじめに
冬の終わり頃、私と友人はまだまだ冷え込む夜道でぽつんと光る台湾料理店にいました。
店内は家族連れや恋人同士で賑わっていて、厨房からは注文に応える声や、鍋を振る威勢の良い音が聞こえてきます。
あたたかいものをたくさん食べて、たくさん喋って笑って、最後の麺料理を分けっこして食べている時、私がふと「生まれてはじめての記憶ってなに?」と訊きました。
ほんの雑談のつもりで、友人も「なんだろう、あれかなあ」とか言いながら、ぽつぽつと思い出しつつ喋りはじめて、そうしたら不意に彼女が涙ぐんだのです。
私は突然のことでびっくりすると同時に、泣いている彼女の気持ちが強烈にわかりました。その一瞬だけ心が同じになったみたいにわかったのです。
彼女の話した光景を私は全く知らなかったけれど、それを思い出した時の彼女の癒しにも似た懐かしさが私にも押し寄せてきました。
彼女はしばらく卓上のティッシュで目頭を押さえていました。私もいまの体験はなんだったのだろうと、彼女を見つめてしばし放心していました。
あの日、私のお腹の中にいた娘が秋になって生まれてきました。
朝も夜もなくミルクを飲ませて、清潔な布で包んで、泣けば抱き上げて過ごしているうちに、生まれたばかりの人間はこうして誰かに大事にされなければ育たないのだと知りました。
お腹いっぱいになって私の腕の中で眠る娘は、この瞬間をいつか忘れてしまうけれど、いつまでも覚えていられたら幸せなのにな。そう思った瞬間、あの日のことを思い出しました。
そういえばみんなの生まれてはじめての記憶ってなんなのだろう。そう思ったのがきっかけで、それから少しずつ会った人たちに「生まれてはじめての記憶を聞かせてください」とお願いして、聞かせていただいたお話を文章にまとめるようになりました。
いろんな記憶があって、癒されるような話ばかりではなく、傷にまつわるものや、世界に戸惑っていることが伝わるようなお話もあるけれど、どんなエピソードを聞いても、この人はその瞬間から世界を認識して、今日まで生きてきてくれたんだなということが伝わってきて、文章にまとめながら、いつも生まれてきてくれてありがとうと思っていました。
ひとつひとつは短いけれど、思い出の花束のような連載になると思います。
ぜひ、あなたの生まれてはじめての記憶も思い出しながら楽しんでいただけたら幸いです。
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