【掌編】Agony of Choice
壇上では、アジア・オセアニアの首脳が演説に臨んでいた。
これまでの自らの実績、そして、これからのこの地域の未来についてのビジョンを熱っぽく語っている。
会場には、議員たちと抽選で選ばれた一般市民がその話に耳を傾けている。
否。
耳は確かに演説を拾ってはいた。
だが。
聴衆の視線は、その片隅に控えめに立っている黒のスーツ姿の麗人に釘付けだ。
艶やかなセミロングの黒髪。
ノーメイクでありながら、色白で完璧なまでに美しい顔。
男にも女にも見える身体つき。
背筋を伸ばし、きりっとした立ち姿。
見た目の美しさもさることながら、「彼」の身体から立ち上る神秘的な雰囲気は、ある種の特異性を以て人々に受け取られた。
故に。
聴衆はその姿から、目が離せない。
——これは、何だ。何者なのだ。
(やれやれ。気配は消したはずなのだが)
「彼」は能面の下で小さく溜息をつく。
「彼」の名はニュウ。特殊エスパー部隊の一員だ。
身体も心も性別未分化の特性を持つ「彼」の能力は、防御特化型サイコキネシス。
その能力が故に、今日のように要人警護の任務にあたることが多い。
言葉数が少なく。
どんな緊急事態下においても冷静沈着。
その美しい顔は能面のようで、何があっても崩れることを知らぬ。
それが、特殊エスパー部隊の面々が知る、平素のニュウの姿だ。
この物語では、そんな「彼」の隠された一面が露になる。
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この日、カイは有給休暇を取って、ぶらぶらと街歩きを楽しんでいた。
ここのところ、彼が所属する特殊エスパー部隊は、穏やかな日常を過ごしていた。
つまりは。
有能なエスパーたちは、あのフロアで暇を持て余しているのだ。
(ま、俺らがヒマなのはいいことだ)
カイはショーウィンドウを冷やかしながら、そんなことを思う。
彼らが多忙ということは、国家にとって良からぬことが起きているということだ。
それも、決して表には出せず、闇から闇へ葬らなければならない、後ろ暗い方向で。
時刻は間もなく18時。
そろそろ小腹も空いてきた。
そうだ。
今日こそは気になっていたあのステーキを食べよう。
カイはそう心に決めると、足取りも軽やかに雑踏の中へと飛び込んだ。
と。
その時。
『んああああああ!』
何やら不穏な叫び声が、彼の耳に届いた。
それも、大音量で!
「ちょっ」
カイは思わず耳を塞ぐ。
わかっている。
これは、音ではない。
誰かの心の叫びだ。
でも、カイの場合、思念波も普通の音と同じく耳で捉える。
つまりは。
ダダ洩れの思念とは、彼にとっては騒音だ。
『どうして、どうして、今日に限って、これは、私に、どうしろというのだああああ!』
『買うべきか、買わざるべきか、それが問題だ!いや、何も買わないという手段はありえぬ!が、しかし』
『しかし、呪わしい。いや、愛らしい?なんだそれ!とにかくこれは恨めしい!』
わんわんと耳に響く誰かの思念。
恨めしそうな。
悩まし気な。
そして。
何処か楽しそうな。
(でもさ)
カイは難しい顔で立ち止まる。
(この「声」、俺知ってるんだよなあ。誰の声だっけ?)
「うーん」
カイは腕組みをして天を仰ぐ。
殺風景な都会の空は、何のヒントも与えてくれなかった。
「駄目だ。思い出せねえ」
カイはぐしゃぐしゃと頭を掻く。
(でも)
その手がぴたっと止まる。
(案外、近くね?声の主)
カイはふっ、と息をつくと、「声の主」の気配を追い始めた。
目抜き通りを抜け。
路地を一本入り。
抜けた先はお洒落な石畳の街並み。
ブティックやら。
カフェやら。
如何にも女の子が好きそうな、そんな雰囲気の店が並んでいる。
『あああ、くそ、あれ、取られた!くわああああありえないありえない!』
恨み節に熱が籠り始めた。
「しかし、うるっせーな。心の声フルパワーでダダ洩れだぞ。いい加減にしてくれ」
カイは悪態を付きながら、石畳の道を行く。
「ここか」
カイは、その一角にある店の前で立ち止まった。
そこは、高級感溢れる洋菓子店。
木製の看板にはお洒落な流線型の文字で「ブランジェリー・ルシエル」と書いてある。
大きなガラス窓越しからでも、ショーケースに並んだケーキ達が愛想を振りまいているのが良く見える。
そのショーケースの前には、スーツ姿の人物が。
つややかな黒髪のセミロング。
ぴしっとした、隙のない立ち姿。
だが。
その背中から醸し出されるオーラは、何やら尋常ではなかった。
「へっ?」
その後ろ姿を見たカイは、ぽかんと口を開けて立ち尽くした。
(もしかして……)
ニュウ?
ニュウと思しきそのひとは、どす黒く渦巻く怨念にも似た感情を周囲にまき散らし続けている。
『不覚っ……私としたことがっ!何故今日が水曜日と気付かなかったのか!』
『そのお陰で、昨夜から練りに練り上げた選定がっ!台無しにっ!』
『……まずい、そろそろ選ばなければ、これは流石に変だと思われる』
『いやすでに十分変か。ふふっ。お店の人が困惑した顔で私を見ているしな。あーこの人いつになったら選んでくれるのかなって、わかるわかる、迷惑だよねこういう客!ごめん!でも!本当に選べないっ!困っているんだ私は!』
「……」
カイはその存念のシャワーを浴びながら、ひくっ、と口元を緩ませた。
もしかして。
あのニュウが。
冷静沈着で能面キープのあのニュウが。
ケーキ選べないだけで。
こんな、ダダ洩れになるの?
ぷぷっ。
カイは、我慢できなかった。
「ん?」
ニュウの背中が、ぴくんと動いた。
(あ、やべ)
カイは慌てて立ち去ろうとしたが、もう遅い。
振り向いたニュウに、その顔をしっかり見られたのだ。
「……」
「あ……ども」
能面の頬をほんのり朱に染めたニュウと、気まずそうに手を上げたカイ。
『カイ』
ニュウのテレパシーが、カイの耳に届いた。
『もしかして、ずっと聞いてましたか?』
『——すみません』
その途端、ニュウのテレパシーが膝を折った。
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「お待たせいたしました。10ポンドリブステーキです!」
愛想のいいウエイターの声と共に、じゅうじゅうと音を立てた特大ステーキがやってきた。
「うはあ、すっげー!」
カイは目を輝かせて、ステーキの堂々たる姿を堪能した。
「……」
カイの目の前の席には、「あっさりチキンの柚子胡椒仕立て」に口を運ぶニュウの姿がある。
「ニュウ。なんかすみません。そんなつもりじゃなかったんすけど」
「いえ。お気になさらず」
ニュウは通常通りの能面で短く回答した。
このステーキは、ニュウの口止め料。
流石にあんなに思考ダダ洩れの姿を口外されるのは、相当恥ずかしかったようだ。
「ニュウ。食べたいケーキ、全部買えばよかったんじゃないすか?給料出たばっかりだし、我慢する方が身体に悪いっしょ」
カイはジューシーな肉を頬張りながら、何気なく話を向けた。
「いえ。己の欲望に従うと歯止めが聞かなくなるので、平素は1個だけ買うと決めているのです」
「へえ……」
「昨日、あの店で季節限定の青肉メロンのケーキが出ることをキャッチして、今日はそれを買うつもりだったのです」
ニュウはここで、フォークを止めて雄弁な溜息をついた。
「ですが、私としたことが、今日は水曜日だということをすっかり失念しておりまして」
「水曜に、何があるんです?」
「水曜にはパティシエのスペシャリテが出るんです。それも、当日お店に行ってみないとわからない」
「スペシャリテ、ですか」
「はい。悩むの確定なので、水曜日にはあの店に近づかないようにしているのですが……」
不覚。
ニュウのテレパシーが、そう叫んで、消えた。
おわり。
また長くなっちゃいましたw
今回もみくまゆ会様の「チャレがや」に参加させて頂きました。
お題は「怨念」
怨念かどうかビミョーですが、大目に見てやってください☆
それでは!
