見出し画像

【掌編】Unrequited

 「なあ」
 カイの指が俺の髪に触れる。
 「——っ」
 俺は反射的に顔を背ける。
 「相変わらず、連れねえ奴だ」
 声もなく笑うカイ。
 「——カイ。仕事だ。追跡を」
 俺はわざと素っ気なく応じる。
 「ちっ」
 小さな舌打ちが聞こえた。

 俺たちは政府に飼われたエスパー部隊。
 命令に従って諜報活動から汚れ仕事まで何でもやる。
 この時代になってもエスパーは突然変異が頼みの希少種。
 政府だけではなく、各企業や裏家業の連中がエスパー集めに奔走している。
 
 ESP能力が目覚めた時点で、人権など、何処かに消える。
 それがこの世界の現実だ。

 「追跡対象は、ダートン財閥の当主・ニルスだったな」
 「そうだ」
 「了解」
 カイはスポーツグラス状のゴーグルをつけ、ほう、とひとつ息をつく。
 「ファイ。追跡開始する」
 カイの大きな手が、俺の右手を掴んだ。
 「……」
 俺はゆっくりと目を閉じる。

 網膜の裏に、鮮やかな映像が浮かぶ。
 ここはどこだ。
 ダウンタウンか。
 否。
 もっとカオスな。
 悪の匂いがぷんぷんするような。

 「カイ。こんなところに本当に奴が?」
 「ああ。奴の思念を捕らえた先がここだ」
 「思念波妨害の波動が見えるな」
 「そんなもの、専門職のテレパシストにはクソの役にも立たねえぜ」
 くくく。
 カイは耳障りな声で笑った。

 『カイ、ファイ』
 テレパシーが俺たちの耳を横切った。
 「シグマか」
 カイの声音が冷たく変化した。
 『ファイ。的は捕まえたか?』
 「いえ、まだこれからです」
 『了解。待機する』
 シグマの思念は、直ぐに消えた。

 シグマ、待って。
 俺は思わず、その思いを形にしかけ——。
 今日はカイとペアだったことを思い出し、慌ててそれをかき消した。
 
 「妬けるなあ」
 カイはぼそっと呟いた。
 どうやら俺の思念の欠片を、目ざとく拾い上げたらしい。
 「……」
 俺は素知らぬ顔で、網膜の映像に集中した。
 
 ——いた。
 ニルス・ユーテル・エル・ダートン。
 財閥の当主らしく、一目で上質と分かる素材のスーツ姿。
 贅沢暮らしが詰まった腹を揺すらせて、側近たちを従えて何処かに向かっている。
 左側の側近の手には、革張りのアタッシュケース。
 そこからは嫌でもマネーの匂いがぷんぷんと漂ってくる。
 財閥の主がこんな物騒な場所に来たということは。
 何やら後ろ暗い取引でもする気なんだろう。

 まあ、そんなことはどうでもいい。
 俺は——政府に飼われた犬は、言われた通りのことをするだけだ。
 
 「カイ。もう少し近づけるか」
 「待て」
 「どうした」
 「ニルスの護衛……エスパーか、こいつら」
 「人数は?」
 「感知できる範囲では二人」
 「わかった。対処する。サポートを」
 「了解。導線を作る」

 俺は、黄色のグラスのゴーグルをつける。
 カイが俺の顔を見る。
 その手が俺の両頬を捕らえる。
 額と額を密着させる。
 俺はカイの強力な思念波に心を包まれ——。
 意識はニルスの居る、あの悪意が充満した「現場」へ。

 俺の能力はサイコキネシス。
 単独では遠距離操作は不可。
 カイのような遠距離追跡可能なテレパシストの力を借りて、的に接近し。
 ——仕留める。

 つまりは——俺は政府に飼われた、アサシンだ。

 敵が俺の存在に気付いた。
 どぎつい色のサイキック攻撃が飛んでくる。
 雑だな。
 実に雑な攻撃だ。
 俺はそいつが放った攻撃を受け止めると、ぎゅっと手の中で凝縮する。
 その上に自分のサイキックパワーを乗せて、敵に向けて無造作にお返しした。

 敵は派手に思考をあちこちにぶちまけて、直ぐに動かなくなった。
 「うわ、うるせーなこいつ。黙ってくたばれっての」
 カイはうんざりした声を上げた。
 標準的なテレパシーしか持たない俺でも耳障りだったし、専門職のカイにとってはかなりのノイズだったんだろう。
 「カイ。もうひとりは?」
 「あれ?いねえ」
 「逃げたのかな」
 「かもな。ファイがえげつねえ攻撃するから」
 「身体がこっちだと加減が難しいんだ」
 「そうか、剥き出しの心のまんまだからかもな」
 カイは妙に納得したような声を出した。

 うわ、うわ。
 狼狽した男の声が、カイ越しに聞こえてくる。
 ニルスか。
 護衛のエスパーの最期を見て、心底震え上がってるみたいだ。
 「ファイ。奴さん、ビビってるけど」
 「関係ない。こっちは仕事だ」
 「マジでファイは冷血だな」
 「カイ。軽口はここまでだ」
 俺は、サイキックパワーを右手に集約する。
 
 「カイ。オーダー通り、ニルス・ユーテル・エル・ダートンを消去する。サポートを」
 
---------------------------------------------------------------------------------- 

 「ファイ。いつもながら実に見事だ。感服した」
 「ありがとうございます!」
 俺は少しだけ頬を紅潮させて、シグマに軽く頭を下げた。

 シグマはエスパー部隊を束ねる、俺達の上役。
 彼は所謂オールラウンダーで、テレパシーは言うに及ばず、テレポートも透視もサイキックも使える。
 全てにおいて高水準の能力を有する、まさに最上級のエスパーのひとりだ。
 
 「今日は遠距離操作だったし、疲れただろう。ゆっくり休みなさい」
 シグマはまるで、父親のように俺を気遣う。
 そう。
 シグマと俺は、親子ほども年が離れている。
 
 シグマは灰色と青が混ざった不思議な色の瞳で、優しく俺を見つめる。
 わかってる。
 シグマにとって俺は。
 ただの優秀な部下の一人だ。

 でも。
 俺は。
 シグマ。
 あなたを。

 「……」
 シグマは、ぴくっと眉を顰めた。
 「ファイ」
 「はい」
 「すまない。前にも言ったが、君の気持ちには答えられない」
 シグマははっきりと、そのことを口にした。

 しまった……。
 思考を形にしすぎた。
 それをまた、シグマに読まれて。
 そしてまた。
 シグマに、余計なことを言わせてしまった。
 
 「ごめんなさい、シグマ」
 俺はシグマに謝罪した。
 「謝る必要はない。ただ、私は君だけではなく、誰の気持ちにも答えられない。その点はどうか理解してほしい」
 「——!」
 俺はシグマに深く一礼すると、逃げるように彼の前から立ち去った。

 シグマは、嘘のつけない男だ。
 正直で。
 誠実で。
 
 でも。
 例え嘘でも。
 俺の気持ちを肯定して欲しかった。
 いつもそれを望んで、今みたいにけんもほろろに跳ね返される。

 わかっている。
 そう思うのは、俺の我儘だ。
 わかっているのに。

 俺はそのまま、テラスに出た。
 「よう。何だそのツラ」
 缶ビール片手に、カイがそこにいた。
 「カイ、帰ったんじゃないのか」
 「吞め」
 カイは俺の問いかけには答えず、缶ビールを差し出してきた。

 ……用意がいいな。
 俺の分も、買ってたのか。

 「カイ、俺の心、読んだだろ」
 「読むも何も、あんなダダ洩れじゃあ嫌でも拾っちまうだろ。こっちは専門職なんだし」
 カイはさらっとした口調で肯定すると、喉を鳴らしてビールを腹に収めた。
 「お前も懲りねえ奴だな。シグマが昔からあんななの、良く知ってるくせに」
 「アセクシャル、だっけ」
 「そう。男にも女にも欲情しねえって奴」
 「……」
 「いい加減諦めろ」
 「そう簡単にいくかよ」
 俺は小さな声で吐き捨てると、ビールを一口だけ飲んだ。

 おわり。


チャレがや、お代わりさせて頂きました。
今回はエスパー×ほんのりBL×近未来SFです。
初めてのお代わりで、しかも文字数3000弱という長さ!
一応、制限なしということだったので…ごにょごにょ(言い訳)

そろそろ次のお題が出るころと思いますが、何になりますかねー。
プールはやっちゃったし。
雨の季節ですし、そのあたり、ですかね。

それでは!

#みくまゆ会
#チャレがや
#