【BL掌編】からぶり~恋人以上、アイス未満 #4
今日丁度書き下ろした「恋人以上、アイス未満」の最新話がいい感じの文字数だったので。
#今2000字で書けって言われたらどこからの発想で書き始めますか
の企画に参加しました。
今日もマサトは、午後四時過ぎにふらっと店に来た。
「あちー。アイスコーヒー頼むわ」
ネクタイを緩めながら、いつもの注文。
そして、アイスコーヒーを一口飲んでから、黙々と仕事を始める。
マサトはこのまま俺が上がるまで仕事を続け、その後の時間は俺のために空けてくれる。
大体1週間か10日ごとに訪れる、俺たちのちょっとした約束事だ。
マサトは俺に対して、仕事の話をすることは殆どない。
だから、俺はあいつが営業マンってことしか知らない。
どんな商品を売っていて、客先はどんなところで、どんな苦労があって、喜びがあるのか。
ただの喫茶店の店員である俺には、想像もつかない世界だ。
カタカタと小さく音を立ててキーボードを打っていたあいつの手が止まる。
「あー、何だよ」
マサトはポケットからスマホを取り出すと、苛ついた様子で席を立った。
そして、一旦店の外に出た。
マサトはスマホを片手に、宙に向かって唇を動かしている。
どうやら、誰かと通話しているみたいだ。
――会社の人からかな。
ほんの数分で、マサトは店に戻ってきた。
だが、その顔色は冴えなかった。
「ったく」
小さく吐き捨てると、PCの電源を落とし、鞄に突っ込み始めた。
あれ?帰るの?
立ち尽くす俺に気付いたマサトは、ほろ苦く笑った。
「悪りい。出直すわ」
「あ、うん」
俺は「何があったの?」と聞けないまま、マサトに釣銭を渡した。
「じゃ、また」
マサトはいつもの笑顔を振りまくと、足早に駅に向かっていった。
マサトが座っていた席には、飲みかけのアイスコーヒーだけが残された。
俺は小さく溜息をつくと、ゆっくりと片付けた。
お盆が明けてから、初めて顔を合わせたというのに、何だか肩透かしを食らわされた気分だ。
その日の夜11時過ぎ。
風呂上がりの俺は、麦茶をお伴に自分の部屋で何となくスマホを眺めていた。
あの後、マサトは姿を見せなかった。
こういうときは、いつもだったら軽くメッセージ位投げてくるのに、今日はそれさえもなかった。
俺は溜息をつくと、部屋の電気を消そうと手を伸ばした。
その時、スマホが揺れた。
「もしもし?」
俺は飛びつくようにスマホに話しかけた。
「お、ユウか。今日はごめんなあ」
げっそり疲れ果てたような、マサトの声がした。
「ちょ、どうしたんだよ」
流石に俺は心配になった。この能天気男がここまでげんなり感を出すなんて、相当なものだ。
「それがさあ、聞いてくれよ」
俺の言葉を受けて、普段仕事の話をしないマサトが、堰を切ったように愚痴り出した。
「うちの課の奴がとんでもねえミスしでかして、お客さん、怒らせちまったんだよ」
「え、そうなの?」
「おお。その対応に課員全員駆り出されちまってさあ。マジやってらんねえ」
「マサト、謝りに行ったとか?」
「いんや。それは偉い人の役目だから。俺たちは会社で再発防止策やら原因究明やら、そっち」
「へえ……」
マサトは説明してくれたが、残念ながら俺には一般企業のそういうのって本当によくわからない。
「それでさあ。担当者を変えるってことで先方とは折り合いつけたみたいなんだけどさあ」
マサトは実に深くてやるせない溜息をついた。
「どうしたの?」
「そいつの後釜、俺になった」
「え?」
「こっちも大事な案件抱えてるっつうのに、明日からそいつの案件もやんなきゃいけなくなったってことだよ。ったく、なんで俺なんだよ。他にも暇そうな奴いくらでもいるのにさあ。やってられっかよ」
なるほど。
マサトのやるせなさの正体は、同僚のやらかしのせいで、自分の仕事が増えたってことだ。
「そんなわけで、今月はお前んとこ、とても行けそうにねえ。仕事に全集中しねえと、マジでヤバくてさ」
「……そっか」
俺はただ、頷いた。
気の利いた言葉は、残念ながら思いつかなかった。
本音を言えば。
マサトの顔が当分見られないのは、淋しい。
だけど、今のあいつにはとてもそんなこと、言えないじゃないか。
「マサト。飯はちゃんと食えよ」
結局出てきたのは、おせっかい極まりないこんな一言だ。
「おお、そうだな。サンキュ」
マサトは俺の言葉を素直に受け取った。
「じゃあ、今から軽く牛丼でも食うわ。それじゃ」
ぷつっ、と、電話が切れた。
全く、相変わらず余韻というものを理解しない奴だ。
「……」
俺は、スマホを暫く眺めた後で、ようやくサイドボードの上に置いた。
手を伸ばして部屋の灯りを暗くする。
そして、ゆっくりとベッドに身を横たえる。
俺は薄暗闇の中で、天井を見上げた。
「……しょうがねえよな」
そう自分に言い聞かせながら。
【追記】
今回のストーリーは、
・派手なことは何もない
・ちょっとしたことですれ違い
・それで湧き起る心模様(切ない系)
を軸に小説化しました。
短編連作の場合は大体1話2000文字前後で考えるので、
自然とその枠内にハマった感じです。
(大幅に超えることもそりゃありますが)
ロゴス民なので、普段の創作はChatGPTと話をしながら構造背景その他をしっかり自分の中に作り上げてから創作します。
IT技術者らしく徹底的に自分を疑い、思い込みご都合主義その他を排除して回ります。
作風は骨太で、登場人物の有り様は善悪では割り切れず、矛盾を抱えながら私の物語の中で懸命に「生きて」います。
