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「ワンオペ育児という言葉が嫌い」を考える

「ワンオペ育児という言葉が嫌い」という人が少なからずいます。

わたしと同世代の方にも、その親世代の方にもいますが、その大半は子育て経験のある女性といった印象です。

この言葉を嫌う理由はいろいろあると思いますが、ネットで目立つ意見を拾うとこんな感じ。

「ワンオペ育児っていうけど、私たちの頃はそんなの当たり前で、誰もがやっていた。それなのに大変だって騒ぐのはおかしい。」

「夫が定時に帰ってきて、お風呂にだって入れてくれるのに、そんなのワンオペ育児のうちに入らない。」

要は自分が育児をしていた頃 (あるいは現在の自分) だってすごく大変なのに、自分より恵まれた環境にある人が「育児大変アピール」をするのがうっとうしい、ということのようです。

うーん、分かるような、分からないような……。

そもそもワンオペ育児ってどういう状態?
そう思い言葉の意味や由来を調べてみました。

ワンオペ育児:夫婦の一方あるいは片親が一人で家事・育児のすべてを抱え込む状態。

AIの概要から一部抜粋

ワンオペとはワンオペレーションの略。
本来は「一人体制」という意味で、ネガティブな意味合いはないのですが、牛丼チェーン「すき家」での過酷なワンオペ (一人体制) が社会問題になった頃から、コンビニや飲食店でのブラック労働を指す言葉として定着。

そこから転じて「ワンオペ育児」という言葉が生まれたようです。

具体的に「〇時間以上、家事・育児を一人でこなしたらワンオペ」といった量的な定義がないため、人によってイメージするものが違ってくるのが対立を生む要因になっているのかなと思います。

わたし個人としては「ワンオペ育児」という言葉を積極的に使うことはありませんが、嫌いというわけでもありません。

この言葉がここまで急速に広まったのは、それだけ多くの人の心を捉えたからです。今まで自分が抱えていた漠然とした「しんどさ」に「ワンオペ育児」という言葉で輪郭が与えられた。

ひと昔前までは、家事・育児を一人でこなすことを「つらい」と言うのは許されない雰囲気があったけれど、多くの人の悩みが言語化されたことで、「しんどい」と思うのは当然の反応であり、改善すべき問題なのだという共通認識が生まれました。
それによって救われた人はたくさんいたはずです。

それに「わたしの方が大変なのに(だったのに)、自分よりラクをしていそうな人が育児を大変だというのが許せない」というのも、ちょっと寂しい気がします。

外からは恵まれているように見えていても、その人の抱える本当の大変さ、しんどさはその人にしか分からないものです。

ワンオペ (一人体制) の時間が長かろうと短かろうと、一人で家事・育児をしている事実は変わらないんだから、その大変さを "ガス抜き" として口にするくらい許されるのではないでしょうか。

「ワンオペで大変」と言われたら「そうだよね」「よくやってるよ」って素直に返せばいいと思う。

とはいえ、わたしも「ワンオペで大変」という言葉に共感できずにモヤモヤしてしまうこともありました。でもそんなときは、「わかるよ」が言えないほど、精神的に余裕がないことがほとんどです。

「わたしだって頑張ってる」
「わたしの方が大変なのに」

こう思ってしまうときは、自分が追いつめられているサインなのかもしれません。


もうひとつ、別の視点から難しいなと思うのは、専業主婦として子どもを育てることを美徳と考えている方たちとの世代間ギャップです。

言葉の由来にもあったように「ワンオペ育児」は、問題視すべきもの、改善すべきものという論調でネガティブに語られることが多いです。

でも、一人で育児をすること自体が悪いことではないですよね?

数十年前はそれが世間の当たり前だったし、当然のようにそれが求められてきました。そんな中、一生懸命に子育てをしてきたとしたら。
わたしは「ワンオペ育児」という言葉に対して、次のような感情を抱くかもしれません。


今さら「ワンオペ育児」が問題だなんて、昔はそれが母となった者の義務のように言っていたじゃないか。
夫を支え、子どもを育てることが、わたしたちの役目だって言ってたじゃないか。
世間だってそれを「素晴らしいこと」として認めてくれていたじゃないか。


膨大な時間と労力を子育てに注いできた。
その中で、たしかな幸せも感じてきた。
それなのに、今ではそれらは「ワンオペ育児」という言葉によって一括りにされ、よくない状態、改善すべきものとして扱われる。

わたしの頑張りは、なんだったんだろう?

そんな風に半生を否定されるような気持ちになると思うんです。

わたしは「ワンオペ育児」を放置していい状態だとは思いません。
子どもと一緒に過ごせることは幸せなことではあるけれど、家事・育児を一人で抱えるのは負担が大きすぎるからです。
できることなら、パートナーと協力したり、周囲に助けを求められたらいいと思う。

でも、そうできなかった世代の人たちがいる。
現時点でそうできない人たちがいる。
そこは忘れないでいたいです。


「ワンオペ育児」という言葉に救われる人がいる一方で、「ワンオペ育児」という言葉によって気持ちが揺れる人もいる。

対立しているようにみえて、実はどちらも育児を頑張っている。

「ワンオペ育児」

これからどんな意味の言葉として、定着していくべきだと思いますか?

最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。

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