均等になった記憶と、新年|自死遺族|
パパが生きていたときは、『最近』の印象が強かった。
今は、出会ってから今までの印象が均等にあるように感じる。
結婚したとき、パパは写真を一枚も持っていない人だった。
もし私と結婚していなかったら、亡くなっていない世界線もあったのかもしれない。
でも、パパにこれだけの家族写真があることは、一つのプレゼントだったし、幸せだったと信じたい。
私がスマホで家族を撮ることが多いから、私が写っている写真はもちろん、私とパパのツーショットが無い。
ツーショット写真、意識して撮っておけばよかったな。
パパからしかもらえないものがある。
そこが、ポッカリ空いたまま、私は過ごしている。
何が私たちを分けたんだろう。
死って、身近だ。
あんなに簡単に、そちら側に行ってしまう。
もっと幸せにしてあげたかったけれど、それは傲りなのかな。
「十分幸せだったよ、ありがとう」
それを伝えられたらいいのかな。
年末年始が来る。
去年はパパと……と思う場面が、きっと多い。
考えるだけで胃が痛む。
怖くない。
怖いことはないんだよ。
大丈夫、大丈夫、私。
パパが亡くなっているのを発見したとき、
入れ物(体)を置いて、
「パパがいなくなっちゃった」と感じた。
不思議な感覚だった。
しんどかった。
新婚のとき、アパートで甘えながら隣で寝ていたこと。
つわりのとき、パパの体臭がきつかったことをふと思い出す。
色んな事が、頭の中をぐるぐる……。
新年。
ぽかぽか暖かくて、おひさまもずっと出ていた。
また、新しい気持ちになった。
パパを置いて、私だけが未来に行ってもいいのかな。
前に進んでいいんだね。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
ここに書いているのは特別な話ではなく、私の日常です。
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