通夜と告別式の夜|自死遺族|(本編無料・補足のみ有料)
夫が亡くなった日の夜。
全く眠れなかった。
身体の中心が叫ぶみたいに痛くて、涙は止まらなかった。
家に夫がいない。
家どころかこの世の中にいにい。
その現実だけが何度も押し寄せた。
極限状態の中だったけれど、
「……それでも夫が最期に選んだ自死が、夫のすべてではない」と思うようにした。
夫との思い出、性格、夫の“取扱説明書”のようなものを、スマホにメモし続けた。
通夜の日、子供たちはばあばに預け、私は先に式場へ向かった。
様々な打ち合わせ。
付き添ってくれた親戚と共に、こなす。
子どもたちが到着した。
手にはブーケを持っていた。
笑顔だった。
ばあばが教えてくれた。
「何も知らせていない。
子供たちが選んだ花で作ってある」
子供たちを抱きしめながら、パパが亡くなったことを話した。
お花を選んでブーケを使ったから、誰かのお誕生日会に行くのかと思ったんだって。なんてこと……
子供の気持ちを考え、いたたまれなかった。消えてしまいたかった。
通夜には、
家族、親戚、友人、会社の人、みんな来てくれた。
結婚式は何ヶ月も前から伝えて来てもらうけど、通夜はいきなりでも来てくれるんだな。申し訳ない。
そんなことを、ぼーっとした頭で考えていた。
友人と話していると「笑わなくていいよ」と泣かれた。気を張って笑っていたことに気づいた。涙が溢れた。
その夜、妹と私は葬儀場に泊まることにした。
早々に、ふすまで隔てられた部屋に布団をひいてもらった。姿勢の維持が難しい。食欲ももちろん無い。
親戚が夫の写真で、ムービーを作ってくれていた。
モニターには、姪っ子のダンス発表会のDVDを流れていた。しんみりした葬儀場の音楽より、ずっとよかった。
横になったまま、ただただ涙が流れる。声も出さず、動かず。生命維持だけしている気分だった。
みんなが帰り妹も寝た後、ひつぎの横に椅子を3つ並べ、少しの間パパに添い寝をした。
身体が衰弱していくのが分かった。
告別式の朝も、ずっとえずいていた。
男性用トイレの水が、誰もいないのに勝手に流れた。
「パパがいるの?」と、ふと思った。
子どもたちが来たら、えづくのが止まった。私はこんな時でも、″お母さん″はできるらしい。
いつもは子供特有のサラサラヘアでぱっちりおめめなのに……
前髪がスネ夫みたいに跳ねて、目が一重になっていた。
「パパの仕業?」
ちょっとだけ笑えた。
※ここからは、当時の記事では書けなかった詳細と、今の私が振り返る『あの日の記憶』の補足です。デリケートな内容を含むため、ここから先は有料とさせていただきます。
ここから先は

ひのの『あの日』と『今』をつなぐ補足集
過去の記事では書ききれなかったことや、月日が経った今だから言える本音を、補足として綴っていきます。ひのと子どもたちの日常を応援していただけ…
いつも見にきてくださり、ほんとうにありがとうございます。 もし「ひの、今日も元気でいてね」くらいの気持ちで、そっとチップを置いてもらえたら…すごく励みになります。 無理のない範囲で、大丈夫なときだけで十分です🌿
