腕の重さを、まだ覚えている|自死遺族|
子供がお腹にいる時、祖母が亡くなった。
悲しくて悲しくて泣いていたら、パパが私の話を聞いてくれたり、ぎゅってしてくれた。
今は、パパがいない。
久々に、涙があふれた。
最近、パパの夢をよく見る。
なんとか話をしようと、追いかけていて――
切ない。
かなしい。
会いたい。
私と結婚したいと思ってくれた人。
私のことを好きになって、大切に思ってくれた人。
結婚してよかったよ。
パパは私と結婚してよかった?
私のどんなところが好きだった?
辛い時にそばにいられなくてごめんね。
余裕がなくてごめんね。
あの日、〇〇〇が起きたんだよね。
一人でなんとかしようとしなくて大丈夫だよ。
みんなでしよう。私も力になるよ。
ゆっくりしよう。ゆっくりいこう
――本人に伝えたかった言葉。
寝る時、よくパパの腕を「よいしょ」と自分の体の上に乗せていた。
髪の毛の柔らかさも覚えている。
スネの骨の形や長さ、ちょっと高めの体温も覚えている。
さみしい。
パパは、私の人生の大きな部分をしめていたけれど、パパがいなくなったからといって、すべてがなくなったわけではない。
失ったものばかりに目を向けて、
目の前の幸せに気付けない人にはならない。
『今』も、『自分』も、大切にする。
ああ、気持ちが行ったり来たりする。
同じことばかり考えてしまう。
男性と雑談さえしていないことに気づいて、人から遠ざかっているようで、焦るような気持ちにもなる。
でも、それは「このままではいけない」なのか、「本当にやりたいこと」なのか、自分でもよく分からない。
私は、他人の言動でざわめいたり、傷ついたり、「穏便に終わりますように」と祈ったりして生きてきた。
他人重視で生きてきた。
パパのことがあって、あれだけ忙しかった仕事を長期で休んでいる。
見つめ直せ、ということなのかな。
今回の人生の課題なのかな。
私が成長できるように。
重い悲しみや後悔と、軽やかさや安らぎが、共存しているような不思議な感覚。
亡くなってすぐの頃には想像もできなかった、私の心の動き。
私は、できるかぎりのことをした。
「あなたの決断は間違っていなかったんだよ」
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
ここに書いているのは特別な話ではなく、私の日常です。
同じような気持ちを抱えている方にも、そうでない方にも、何かが届けばうれしいです。
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